薄暗い舞台の上で(5)
文字数 4,265文字
空が暗い。目の前の事態に集中するあまり気づかなかったが、既に時刻は夜だ。
舞台に備え付けられた電灯の光が妙にまぶしく、ヒロは一度強く目を閉じた。深呼吸すると草木の臭いが混じった冷たい空気が身体を満たしていく。肩の荷が降りたような清々しさを感じ、それがなぜかと考えた時、彼は自身の無実が証明されたのを理解した。
自分は人を殺していないし、生き埋めになる必要もない。実感がじわりと強まるにつれヒロは安堵のあまり座り込みそうになった。無茶をしたものだと我ながら呆れてしまう。
「ヒロ、やったね!」
メアリスの声が舞台の下から聞こえる。いつの間にか彼女はヒロの正面へ移動しており、嬉しそうに彼を見上げていた。
「ああ……なんとかなるもんだな」
ヒロは疲労のにじんだ口調で応じたが気分は晴れやかだ。彼は舞台を降りてメアリスの前へ立つ。
「ありがとな、メアリス。村長に呪術、使ってくれたんだろ?」
「ちょっとだけ、ね」
彼女は複雑そうに頷いた。村長が自白したのは自責の念もあるだろうが、それを後押ししたのはメアリスの呪術だ。
「……まさか村長さんが犯人だったなんて」
独り言のようなメアリスの言葉へヒロが返す。
「俺は、初対面の時に犯人扱いされなかった辺りで違和感は持ってたけどな。メアリスは呪術師の力で、なんか変な雰囲気とか感じなかったのか?」
「……興奮してるのは分かってたけど、マサヨちゃんが死んじゃったせいだと思ってた。それに、村長さんが犯人だなんて想像もしてなかったし」
溜息交じりの台詞を聞いたヒロは、少しメアリスへ近寄って小声で問いかける。
「……村長、大丈夫だよな? 俺、村長に自白させるために色々しゃべってみたんだけど、後遺症とか出ねぇよな?」
村長を怪しんでいたヒロだが最大の問題は証拠がない点だった。後がない状況で、村一番の権力者を犯人だと納得させるには、なんとかして村長を自白させる必要があった。
メアリスが「呪術で秘密を自白させることができる」と言っていたのを覚えていたヒロは、彼女が呪術を使用している状態で村長の感情を揺さぶれば事態が打開できるのではないかと判断し、実行した。幸い上手くいったものの、今度はメアリスの「その人が秘密を隠そうとする気持ちが強いほど強い呪術を使うことになり危険」という台詞が引っ掛かっていた。己の命のためとはいえ、相手が殺人犯とはいえ、自分のせいで誰かが発狂するのは後味が悪い。
不安げなヒロをメアリスは見上げる。
「あの感じなら大丈夫そうだよ。村長さんは自白したいっていう気持ちが元々あったんだし、それほど魂に負担はかかってないからね」
言って、彼女は淡い笑顔を浮かべた。
「ここまで上手くいったのはヒロが頑張ったからだよ。お疲れ様」
メアリスに誉められたヒロは身体から力が抜けていくのを感じる。
「じゃ、これで一安心ってことで良いんだな……」
彼の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。しかし、緩んだ気持ちは広場に生まれたざわめきによって再び緊張する。
「母さん……どうして……っ」
ざわめきの中心にいるのはツチヤ。彼は村長にすがりついたまま、先ほどから似たような台詞を繰り返していた。対する村長は涙を何度かぬぐった後、震える声を絞り出す。
「……村の、ためだったんだよ。あの子は急ぎ過ぎた」
「でも、それはっ……マサヨだって、村のために……!」
今だ唖然としているドテは何も受け入れられない様子でいる。
ヒロとメアリスは神妙な面持ちで成り行きを見守っていたが、突然大きな溜息が聞こえたことで集中は途切れた。
「見苦しいですねぇ。この期に及んで、まだ嘘をつくとは」
嘲る口調で割って入ったのはシノ。彼は未だ舞台の前におり、隣には戸惑ったままのアヤが立っている。
「……嘘?」
アヤが尋ねると、シノは彼女を見ないまま、村人達へ聞こえるように声を張り上げた。
「マサヨさんとの約束を守るつもりでしたが、気が変わりました。真実をお話しましょう」
混乱状態の村人達はシノの勢いに飲まれ話を聞く態勢になった。彼らの顔を見回しシノは続ける。
「私はマサヨさんから祖母、つまり村長について相談を受けていました。どうやら村長は、隠れてツチノコを食べているようだと。村で保存しているツチノコの肉にも手を付けていて、ごく一部の村人もそれを知っていた。そうですね?」
「そういや、肉の数が合わないって騒いでたことがあったな……」
ドテの父親が呟いたが、さえぎるようにツチヤが怒鳴った。
「それがなんだというんです!? 確かに母さんは肉を食べていましたが、村人全員にいきわたる数は確保していました!」
しかしシノは冷ややかな態度を崩さない。
「マサヨさんが問題視していたのは、そこではありません。問題は、村長のツチノコへの執着が異常だという点です。村長は村にある肉だけでは満足できなくなっていたんですよ」
言葉を区切ると、金色の瞳を村長へ向ける。
「だから自ら、山の中でツチノコを殺して食べていたんです」
「えぇ? 勝手にツチノコを殺すのはダメだって、昔から決まってんのに……?」
ドテの父親が戸惑いの声を上げた。他の村人達も似たような表情で互いに顔を見合わせている。村の長が村の掟を破っていたという事実が信じがたいようだ。
一方、ヒロとメアリスも戸惑っている。シノがどういうつもりで話し始めたか分からず、聞きに徹する他ない。
周囲のざわめきを余所にシノは話を続ける。
「気づいていたのは孫であるマサヨさんだけでした。年々食べる量が増えていく祖母を彼女は心配していましたよ。長年食べているとはいえ、元素を肉体に含む生き物である妖を大量に取り込むのは危険ですからね」
シノは相変わらず村長を見つめたままでいた。視線の先の老婆は固まったように身じろぎしないが、肩が小さく震えているように見える。
「そしてある日、マサヨさんは村長の後をつけました。どれほど食べているか確認するためでしたが、見つけたのは想像以上のツチノコの骨の山だったんです」
ヒロは今日見た光景の一つを思い出した。
「それって……もしかして、さっきの洞窟か?」
シノは頷く。
「ええ、そうです。私も行ったのは初めてでしたが、マサヨさんが言っていた方角と位置が合います」
「あ、あれが村長の仕業だってのか!?」
ドテが仰天した声を上げたが、それには応じずシノは続けた。
「洞窟の有様を見たマサヨさんは村長を責めました。身体に悪いのもそうですが、数が減っているツチノコをあれだけ殺しては、やがてツチノコはいなくなってしまいます。そうなれば村の特産品である元素粉が作れなくなりますからね。しかし残念ながら、孫娘に責められてもなお、村長は隠れてツチノコ狩りを続けた。そこでマサヨさんは、部外者であり妖の知識もある私に相談したんです。村の人には秘密にしてくれという前提でね」
シノは鼻で溜息をつく。
「とはいえ、急に言われても私に何ができるわけでもありません。あの時マサヨさんは、また村長と話し合うと言って別れました。それが事件の前日の話です」
「じゃあ……マサヨが殺されたのは、村長がツチノコを食べるのを止めようとしたせい……?」
ドテが気の抜けた声をもらした。シノは相変わらず彼の方を見ず、視界に村長をとらえたままでいる。
「村のためにやった? 何を言っているのやら。よくそんな嘘がつけるものですね」
シノは嘲りを隠さず、嫌悪すらこもった口調で台詞を吐き出した。
「あなたは、自身の食欲のために孫娘を殺したんです」
「……っ!!」
指摘された途端、村長は言葉にならないうめき声をもらす。そのまま頭を抑え椅子から崩れ落ちた老婆へ慌ててツチヤが駆け寄った。周りを囲む村人達は村長へ呼びかけようとしていたが、結局口をパクパク動かすだけで何もできずにいる。
想定外の事実に唖然としているのはヒロとメアリスも同じだった。洞窟を見つけた時、骨の山を作り出したのが何者なのかシノは分かっていたのだ。彼は「ツチノコに導かれて洞窟まで来た」と言っていたが、導かれるより前に洞窟の存在は知っていたのだろう。
誰も動けない広場では老婆の嗚咽だけが響いている。うずくまって震えている村長をシノは忌々し気に眺めていたが、そんな彼へ近づいていく人物がいた。
「!?」
突然平手打ちされたシノは驚いて隣を見る。立っていたのはアヤで、彼女は怒りと悲しみが交じり合った顔でシノをにらんでいた。
「……やりすぎよ」
低い、絞り出すような声。そのやりとりに村人達は気づいていなかったが、近い位置にいるヒロとメアリスには聞こえていた。
意外なアヤの行動にヒロは目を丸くする。声をかけた方がいいかと彼は口を開きかけたが、何か言うより先に横から妙な音がした。
「……んぎゅう」
「うわっ」
不意にメアリスが体勢を崩したのを見てヒロはとっさに彼女を抱きとめる。メアリスは目を閉じ、顔面は蒼白になっていた。身体の全ての力が抜けているようで、放っておいたら地面に倒れ伏していただろう。
「ちょっ……メアリス!? どうしたっ!?」
ヒロは呼びかけたが彼女は反応しない。目立った外傷はなく、浅いが呼吸もしている。どうやら気絶したようだ。
急な事態に困惑するヒロだが、追い打ちをかけるように広場から大声が上がった。
「お、おい! あれって……!?」
村人達が空を見上げ騒いでいる。つられてヒロも上を見ると、夜空に白い光が一つ浮かんでいるのが見えた。星にしては大きなそれに違和感を抱くと同時に、光がどんどん強くなっているのを知りヒロはますます混乱する。しかし、耳に届いた人工的な音によって光の正体は即座に知れた。
「ヘリだ! 警察のヘリがきたぞぉ!」
村人の一人が声を張り上げる。光の正体は村へ向かってくるヘリコプターのライトだ。夜に似つかわしくない騒々しい音は、広場に漂っていた重苦しい空気をかき消した。
「警察に連絡がいったんだ!」
「着陸する! 皆、広場から離れろ!」
村人達は口々に言い合って我先にと動き出す。皆、居たたまれなさに限界を感じていたのだろう。かけ合う声は大きいが彼らの表情は歪に強張っていた。
ヒロは無言で夜空を見上げる。闇を切り裂き上空を飛行するヘリコプターは、今の状況を綺麗に解決してくれる救世主のようにすら感じられた。そんな上手い話はないだろうなと心の中で自嘲して、彼は抱えたままのメアリスを見る。いつの間にか彼女は安らいだ表情になっており、穏やかな寝息まで立てていた。
舞台に備え付けられた電灯の光が妙にまぶしく、ヒロは一度強く目を閉じた。深呼吸すると草木の臭いが混じった冷たい空気が身体を満たしていく。肩の荷が降りたような清々しさを感じ、それがなぜかと考えた時、彼は自身の無実が証明されたのを理解した。
自分は人を殺していないし、生き埋めになる必要もない。実感がじわりと強まるにつれヒロは安堵のあまり座り込みそうになった。無茶をしたものだと我ながら呆れてしまう。
「ヒロ、やったね!」
メアリスの声が舞台の下から聞こえる。いつの間にか彼女はヒロの正面へ移動しており、嬉しそうに彼を見上げていた。
「ああ……なんとかなるもんだな」
ヒロは疲労のにじんだ口調で応じたが気分は晴れやかだ。彼は舞台を降りてメアリスの前へ立つ。
「ありがとな、メアリス。村長に呪術、使ってくれたんだろ?」
「ちょっとだけ、ね」
彼女は複雑そうに頷いた。村長が自白したのは自責の念もあるだろうが、それを後押ししたのはメアリスの呪術だ。
「……まさか村長さんが犯人だったなんて」
独り言のようなメアリスの言葉へヒロが返す。
「俺は、初対面の時に犯人扱いされなかった辺りで違和感は持ってたけどな。メアリスは呪術師の力で、なんか変な雰囲気とか感じなかったのか?」
「……興奮してるのは分かってたけど、マサヨちゃんが死んじゃったせいだと思ってた。それに、村長さんが犯人だなんて想像もしてなかったし」
溜息交じりの台詞を聞いたヒロは、少しメアリスへ近寄って小声で問いかける。
「……村長、大丈夫だよな? 俺、村長に自白させるために色々しゃべってみたんだけど、後遺症とか出ねぇよな?」
村長を怪しんでいたヒロだが最大の問題は証拠がない点だった。後がない状況で、村一番の権力者を犯人だと納得させるには、なんとかして村長を自白させる必要があった。
メアリスが「呪術で秘密を自白させることができる」と言っていたのを覚えていたヒロは、彼女が呪術を使用している状態で村長の感情を揺さぶれば事態が打開できるのではないかと判断し、実行した。幸い上手くいったものの、今度はメアリスの「その人が秘密を隠そうとする気持ちが強いほど強い呪術を使うことになり危険」という台詞が引っ掛かっていた。己の命のためとはいえ、相手が殺人犯とはいえ、自分のせいで誰かが発狂するのは後味が悪い。
不安げなヒロをメアリスは見上げる。
「あの感じなら大丈夫そうだよ。村長さんは自白したいっていう気持ちが元々あったんだし、それほど魂に負担はかかってないからね」
言って、彼女は淡い笑顔を浮かべた。
「ここまで上手くいったのはヒロが頑張ったからだよ。お疲れ様」
メアリスに誉められたヒロは身体から力が抜けていくのを感じる。
「じゃ、これで一安心ってことで良いんだな……」
彼の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。しかし、緩んだ気持ちは広場に生まれたざわめきによって再び緊張する。
「母さん……どうして……っ」
ざわめきの中心にいるのはツチヤ。彼は村長にすがりついたまま、先ほどから似たような台詞を繰り返していた。対する村長は涙を何度かぬぐった後、震える声を絞り出す。
「……村の、ためだったんだよ。あの子は急ぎ過ぎた」
「でも、それはっ……マサヨだって、村のために……!」
今だ唖然としているドテは何も受け入れられない様子でいる。
ヒロとメアリスは神妙な面持ちで成り行きを見守っていたが、突然大きな溜息が聞こえたことで集中は途切れた。
「見苦しいですねぇ。この期に及んで、まだ嘘をつくとは」
嘲る口調で割って入ったのはシノ。彼は未だ舞台の前におり、隣には戸惑ったままのアヤが立っている。
「……嘘?」
アヤが尋ねると、シノは彼女を見ないまま、村人達へ聞こえるように声を張り上げた。
「マサヨさんとの約束を守るつもりでしたが、気が変わりました。真実をお話しましょう」
混乱状態の村人達はシノの勢いに飲まれ話を聞く態勢になった。彼らの顔を見回しシノは続ける。
「私はマサヨさんから祖母、つまり村長について相談を受けていました。どうやら村長は、隠れてツチノコを食べているようだと。村で保存しているツチノコの肉にも手を付けていて、ごく一部の村人もそれを知っていた。そうですね?」
「そういや、肉の数が合わないって騒いでたことがあったな……」
ドテの父親が呟いたが、さえぎるようにツチヤが怒鳴った。
「それがなんだというんです!? 確かに母さんは肉を食べていましたが、村人全員にいきわたる数は確保していました!」
しかしシノは冷ややかな態度を崩さない。
「マサヨさんが問題視していたのは、そこではありません。問題は、村長のツチノコへの執着が異常だという点です。村長は村にある肉だけでは満足できなくなっていたんですよ」
言葉を区切ると、金色の瞳を村長へ向ける。
「だから自ら、山の中でツチノコを殺して食べていたんです」
「えぇ? 勝手にツチノコを殺すのはダメだって、昔から決まってんのに……?」
ドテの父親が戸惑いの声を上げた。他の村人達も似たような表情で互いに顔を見合わせている。村の長が村の掟を破っていたという事実が信じがたいようだ。
一方、ヒロとメアリスも戸惑っている。シノがどういうつもりで話し始めたか分からず、聞きに徹する他ない。
周囲のざわめきを余所にシノは話を続ける。
「気づいていたのは孫であるマサヨさんだけでした。年々食べる量が増えていく祖母を彼女は心配していましたよ。長年食べているとはいえ、元素を肉体に含む生き物である妖を大量に取り込むのは危険ですからね」
シノは相変わらず村長を見つめたままでいた。視線の先の老婆は固まったように身じろぎしないが、肩が小さく震えているように見える。
「そしてある日、マサヨさんは村長の後をつけました。どれほど食べているか確認するためでしたが、見つけたのは想像以上のツチノコの骨の山だったんです」
ヒロは今日見た光景の一つを思い出した。
「それって……もしかして、さっきの洞窟か?」
シノは頷く。
「ええ、そうです。私も行ったのは初めてでしたが、マサヨさんが言っていた方角と位置が合います」
「あ、あれが村長の仕業だってのか!?」
ドテが仰天した声を上げたが、それには応じずシノは続けた。
「洞窟の有様を見たマサヨさんは村長を責めました。身体に悪いのもそうですが、数が減っているツチノコをあれだけ殺しては、やがてツチノコはいなくなってしまいます。そうなれば村の特産品である元素粉が作れなくなりますからね。しかし残念ながら、孫娘に責められてもなお、村長は隠れてツチノコ狩りを続けた。そこでマサヨさんは、部外者であり妖の知識もある私に相談したんです。村の人には秘密にしてくれという前提でね」
シノは鼻で溜息をつく。
「とはいえ、急に言われても私に何ができるわけでもありません。あの時マサヨさんは、また村長と話し合うと言って別れました。それが事件の前日の話です」
「じゃあ……マサヨが殺されたのは、村長がツチノコを食べるのを止めようとしたせい……?」
ドテが気の抜けた声をもらした。シノは相変わらず彼の方を見ず、視界に村長をとらえたままでいる。
「村のためにやった? 何を言っているのやら。よくそんな嘘がつけるものですね」
シノは嘲りを隠さず、嫌悪すらこもった口調で台詞を吐き出した。
「あなたは、自身の食欲のために孫娘を殺したんです」
「……っ!!」
指摘された途端、村長は言葉にならないうめき声をもらす。そのまま頭を抑え椅子から崩れ落ちた老婆へ慌ててツチヤが駆け寄った。周りを囲む村人達は村長へ呼びかけようとしていたが、結局口をパクパク動かすだけで何もできずにいる。
想定外の事実に唖然としているのはヒロとメアリスも同じだった。洞窟を見つけた時、骨の山を作り出したのが何者なのかシノは分かっていたのだ。彼は「ツチノコに導かれて洞窟まで来た」と言っていたが、導かれるより前に洞窟の存在は知っていたのだろう。
誰も動けない広場では老婆の嗚咽だけが響いている。うずくまって震えている村長をシノは忌々し気に眺めていたが、そんな彼へ近づいていく人物がいた。
「!?」
突然平手打ちされたシノは驚いて隣を見る。立っていたのはアヤで、彼女は怒りと悲しみが交じり合った顔でシノをにらんでいた。
「……やりすぎよ」
低い、絞り出すような声。そのやりとりに村人達は気づいていなかったが、近い位置にいるヒロとメアリスには聞こえていた。
意外なアヤの行動にヒロは目を丸くする。声をかけた方がいいかと彼は口を開きかけたが、何か言うより先に横から妙な音がした。
「……んぎゅう」
「うわっ」
不意にメアリスが体勢を崩したのを見てヒロはとっさに彼女を抱きとめる。メアリスは目を閉じ、顔面は蒼白になっていた。身体の全ての力が抜けているようで、放っておいたら地面に倒れ伏していただろう。
「ちょっ……メアリス!? どうしたっ!?」
ヒロは呼びかけたが彼女は反応しない。目立った外傷はなく、浅いが呼吸もしている。どうやら気絶したようだ。
急な事態に困惑するヒロだが、追い打ちをかけるように広場から大声が上がった。
「お、おい! あれって……!?」
村人達が空を見上げ騒いでいる。つられてヒロも上を見ると、夜空に白い光が一つ浮かんでいるのが見えた。星にしては大きなそれに違和感を抱くと同時に、光がどんどん強くなっているのを知りヒロはますます混乱する。しかし、耳に届いた人工的な音によって光の正体は即座に知れた。
「ヘリだ! 警察のヘリがきたぞぉ!」
村人の一人が声を張り上げる。光の正体は村へ向かってくるヘリコプターのライトだ。夜に似つかわしくない騒々しい音は、広場に漂っていた重苦しい空気をかき消した。
「警察に連絡がいったんだ!」
「着陸する! 皆、広場から離れろ!」
村人達は口々に言い合って我先にと動き出す。皆、居たたまれなさに限界を感じていたのだろう。かけ合う声は大きいが彼らの表情は歪に強張っていた。
ヒロは無言で夜空を見上げる。闇を切り裂き上空を飛行するヘリコプターは、今の状況を綺麗に解決してくれる救世主のようにすら感じられた。そんな上手い話はないだろうなと心の中で自嘲して、彼は抱えたままのメアリスを見る。いつの間にか彼女は安らいだ表情になっており、穏やかな寝息まで立てていた。