エピローグ(1)
文字数 3,038文字
「じゃあ、メアリスは昨日から寝てないのか!?」
「いや、一昨日からだな。村に来てから全然休んでないはずだ」
「そりゃあ倒れるわけだよ……」
ドテの訂正を聞いたヒロは呆れた声をもらす。彼の視線の先には布団に横たわったメアリスがいた。客用のフカフカの布団に包まれた彼女は安心しきった顔で眠っている。
現在地はドテの家。正面に『土手商店』と書かれた大きな看板が掲げられているため、彼の家が雑貨屋を営んでいるのがヒロには一目で分かった。いわゆる店舗兼住宅といった建物で、現在ヒロ達がいるのは客間、を兼ねているらしい仏間だ。壁の上部には遺影が飾られており、ドテの一族が白黒の顔で見下ろしている。
警察のヘリが広場に着陸したことで村には今までと違うざわめきが訪れていた。事件捜査の専門家の登場で居場所がなくなったヒロは、ドテに招かれ彼の家に立ち寄っている。道中、慌ただしく右往左往する村人達とすれ違ったが、皆ヒロなど既に眼中にない様子だった。
そしてヒロとしても、周りの状況より突然倒れたメアリスの容態が気がかりだった。しかし、その原因はドテの口から簡単に知ることができた。つまり、過労だ。一昨日から寝ずに事件調査のため山を歩き回っていた彼女は、事件解決と同時に体力の限界を迎えたのだ。拝殿へ向かう際、妙に体調が悪そうだったのも疲労が響いていたからだろう。
一応医者であるシノにも診せたいのだが、彼は事件の関係者として、被害者の死体を調べた医者として、警察と色々話すことがあるらしく村長宅へ行ったままだ。
アヤはメアリスが倒れたのを知って心配そうにしていたが、同じく関係者として警察に呼ばれたためこの場にいない。
現在、部屋にいるのはヒロとドテ、そしてメアリスの三人。ドテの父親は何をしているやら帰ってくる気配がない。一緒に住んでいるドテの祖母は広場での一件を目の当たりにして寝込んでしまっている。
ドテはメアリスのために布団を敷き、ヒロへお茶を出した後、落ち着かない様子で部屋をうろうろしていた。騒がしい外とは対照的に家の中は無音だが、それでも夜には似つかわしくない浮足立つような空気に満たされている。
ヒロもお茶に手を付ける気になれず、なんとなくメアリスを見下ろす。のんきな顔で熟睡する彼女の口元は緩んでいた。
「笑ってんじゃねぇよ」
思わずヒロは脱力する。この様子なら過労以外に問題なさそうだ。同じくメアリスの顔を見たドテも溜息を吐き出す。
「少しは休んだ方が良いってツチヤさん達も言ってたんだけどなぁ。人のためにこんだけ頑張れるのは凄ぇと思うけど、自分が倒れちゃ駄目だよな」
「一人でよくやるよ」
彼女を横目で見ながらヒロがぼやく。その言葉を聞いたドテが「あっ」と小さく声を上げた。
「そういやヒロさんは知らねぇか。一昨日、メアリス様が村に来た時は三足教の人が二人一緒に来てたんだぞ」
「えっ、そうだったのか? どんなヤツだ?」
「俺は会ってねぇけど、男と女だったって親父が言ってたな。その二人とメアリス様が山を調べてたら怪しい男を見かけたって言うんで、俺らも行ってみたらヒロさんが見つかったってわけだ」
ドテがヒロの前に座って話を続ける。
「その二人はヒロさんが見つかる前日の夜に、いつの間にか引き上げてたらしい。三足教は出来たばかりの組織だから忙しいんだとさ。こっちとしても自分達で犯人を捕まえたかったから別に文句はなかったけどよ。そもそも、メアリス様達が来てくれたのだって三足鳥とかいう神様の啓示だったらしいし、助けてもらう俺らがあれこれ言うのもおかしな話だしな」
「三足鳥ねぇ」
久し振りに聞いた気がする単語をヒロは呟く。同時に、自分が三足教とやらに入っていたのも思い出すと不思議な気分になってきた。メアリスと一緒にいたという二人組にも、いずれ会うことになるだろう。
「ま、大卒の俺としては神様なんてのはうさんくせぇと思ってるが」
やれやれと言いたげにドテが台詞に付け加えた。
正直なところヒロも似たような気持ちだ。事態が事態だったためやむを得ず入信したが、三足鳥について彼は何も知らない。急に神を信じろと言われても難しい話だし、別の可能性が過ってしまう。
「三足鳥なんか存在してなくて、メアリスが嘘ついてる、ってか?」
「いやいや! メアリス様は嘘をつくような人じゃねぇよ」
ドテがブンブンと首を横に振った。
「俺が考えてるのは、神を騙る詐欺師にメアリス様が騙されてんじゃねぇかってことさ。三足鳥の啓示だって、どこかから村で事件が起こってるのを知って、組織の宣伝のためにメアリス様達を派遣したってだけかもしれねぇ」
「……俺、ずっと引っ掛かってることがあるんだけどよ」
ヒロは考え込む顔つきになって口を開く。
「昨日の夜に俺、檻から出ちまっただろ? あの時、三足鳥がメアリスを助けるために俺を出したんじゃねぇかって話になったんだが、どう思う?」
思い出されるのは昨夜の光景。檻の中からなぜかヒロが出ていたという奇妙な現象は、事件が解決した今でも原因不明のままだ。犯人である村長にも、手助けしたシノにも、ヒロを逃がそうとする理由はない。村人達が言っていたように、あれは三足鳥がメアリスを助けるために起こした奇跡だったのだろうか。
真剣に悩むヒロだが、対照的にドテは雑に答える。
「そんなの簡単さ。酔っぱらった俺の親父がヒロさんを出しちまったんだ」
「まぁ、その可能性も聞いたけど」
「うちの親父は昔からそうなんだよ。酔っぱらうと近所の犬を逃がしたり、逆に猫を紐で繋いでみたりしてよぉ。ヒロさんの檻だって平気で開けると思うぜ?」
「……そうなのかなぁ」
ヒロは納得いかなそうにしていたが、ドテはまったく不思議に思っていないらしかった。
「んなことより、俺はヒロさんが何者なのかが引っ掛かるな。犯人でないのは良かったけど、結局ヒロさんはどこの誰なんだ?」
自分自身の話題に移ったことでヒロは答えが出ない疑問を保留にする。
「それはさっぱり分からねぇから、俺、警察に行ってみようと思ってる」
ヒロは視線を窓へ向けた。ドテの家は広場に近いため窓からでも広場の様子がよく分かる。現在、広場に見えるのは沈黙している青色のヘリと、黒い制服を着た数名の警察関係者。
「あの警察官達ってホノキョウ市から来たんだろ? だから俺もホノキョウ市に行ってさ、警察に俺の捜索願いでも出てないか確認してみるかなって」
ヒロはヘリを指で示す。ヘリの側面にはホノキョウ島警察と書かれていた。メアリスはホノキョウ市に警察署があると言っていたのだから、あの警察官達はホノキョウ市から来たのだろう。
ヒロの計画を聞いたドテは深く頷く。
「それが良い。やっぱ事件があったら警察を頼るのが一番さ。さっき聞いたら明日にはホノキョウ市への道が開通するって言ってたし、さっそく行ってきたらどうだ」
「そうなのか? もう少しかかるかと思ってたよ」
「なんでも、ツチヘビ村で事件が起こった知らせが警察に届いたから、緊急車両を通すために大急ぎで開通作業してるんだと。夜通しやってるって言ってたから今も作業してるのかもな。ありがてぇことだよ」
「へぇ……」
ずいぶん行動が早いなとヒロは感心した。ホノキョウ島では法律より風習が優先されると聞いていたため、古い掟を重視する村は行政とは不仲な印象を持っていたのだ。事件が起こった途端に警察が動いたということは、この先入観は杞憂なのだろう。
「いや、一昨日からだな。村に来てから全然休んでないはずだ」
「そりゃあ倒れるわけだよ……」
ドテの訂正を聞いたヒロは呆れた声をもらす。彼の視線の先には布団に横たわったメアリスがいた。客用のフカフカの布団に包まれた彼女は安心しきった顔で眠っている。
現在地はドテの家。正面に『土手商店』と書かれた大きな看板が掲げられているため、彼の家が雑貨屋を営んでいるのがヒロには一目で分かった。いわゆる店舗兼住宅といった建物で、現在ヒロ達がいるのは客間、を兼ねているらしい仏間だ。壁の上部には遺影が飾られており、ドテの一族が白黒の顔で見下ろしている。
警察のヘリが広場に着陸したことで村には今までと違うざわめきが訪れていた。事件捜査の専門家の登場で居場所がなくなったヒロは、ドテに招かれ彼の家に立ち寄っている。道中、慌ただしく右往左往する村人達とすれ違ったが、皆ヒロなど既に眼中にない様子だった。
そしてヒロとしても、周りの状況より突然倒れたメアリスの容態が気がかりだった。しかし、その原因はドテの口から簡単に知ることができた。つまり、過労だ。一昨日から寝ずに事件調査のため山を歩き回っていた彼女は、事件解決と同時に体力の限界を迎えたのだ。拝殿へ向かう際、妙に体調が悪そうだったのも疲労が響いていたからだろう。
一応医者であるシノにも診せたいのだが、彼は事件の関係者として、被害者の死体を調べた医者として、警察と色々話すことがあるらしく村長宅へ行ったままだ。
アヤはメアリスが倒れたのを知って心配そうにしていたが、同じく関係者として警察に呼ばれたためこの場にいない。
現在、部屋にいるのはヒロとドテ、そしてメアリスの三人。ドテの父親は何をしているやら帰ってくる気配がない。一緒に住んでいるドテの祖母は広場での一件を目の当たりにして寝込んでしまっている。
ドテはメアリスのために布団を敷き、ヒロへお茶を出した後、落ち着かない様子で部屋をうろうろしていた。騒がしい外とは対照的に家の中は無音だが、それでも夜には似つかわしくない浮足立つような空気に満たされている。
ヒロもお茶に手を付ける気になれず、なんとなくメアリスを見下ろす。のんきな顔で熟睡する彼女の口元は緩んでいた。
「笑ってんじゃねぇよ」
思わずヒロは脱力する。この様子なら過労以外に問題なさそうだ。同じくメアリスの顔を見たドテも溜息を吐き出す。
「少しは休んだ方が良いってツチヤさん達も言ってたんだけどなぁ。人のためにこんだけ頑張れるのは凄ぇと思うけど、自分が倒れちゃ駄目だよな」
「一人でよくやるよ」
彼女を横目で見ながらヒロがぼやく。その言葉を聞いたドテが「あっ」と小さく声を上げた。
「そういやヒロさんは知らねぇか。一昨日、メアリス様が村に来た時は三足教の人が二人一緒に来てたんだぞ」
「えっ、そうだったのか? どんなヤツだ?」
「俺は会ってねぇけど、男と女だったって親父が言ってたな。その二人とメアリス様が山を調べてたら怪しい男を見かけたって言うんで、俺らも行ってみたらヒロさんが見つかったってわけだ」
ドテがヒロの前に座って話を続ける。
「その二人はヒロさんが見つかる前日の夜に、いつの間にか引き上げてたらしい。三足教は出来たばかりの組織だから忙しいんだとさ。こっちとしても自分達で犯人を捕まえたかったから別に文句はなかったけどよ。そもそも、メアリス様達が来てくれたのだって三足鳥とかいう神様の啓示だったらしいし、助けてもらう俺らがあれこれ言うのもおかしな話だしな」
「三足鳥ねぇ」
久し振りに聞いた気がする単語をヒロは呟く。同時に、自分が三足教とやらに入っていたのも思い出すと不思議な気分になってきた。メアリスと一緒にいたという二人組にも、いずれ会うことになるだろう。
「ま、大卒の俺としては神様なんてのはうさんくせぇと思ってるが」
やれやれと言いたげにドテが台詞に付け加えた。
正直なところヒロも似たような気持ちだ。事態が事態だったためやむを得ず入信したが、三足鳥について彼は何も知らない。急に神を信じろと言われても難しい話だし、別の可能性が過ってしまう。
「三足鳥なんか存在してなくて、メアリスが嘘ついてる、ってか?」
「いやいや! メアリス様は嘘をつくような人じゃねぇよ」
ドテがブンブンと首を横に振った。
「俺が考えてるのは、神を騙る詐欺師にメアリス様が騙されてんじゃねぇかってことさ。三足鳥の啓示だって、どこかから村で事件が起こってるのを知って、組織の宣伝のためにメアリス様達を派遣したってだけかもしれねぇ」
「……俺、ずっと引っ掛かってることがあるんだけどよ」
ヒロは考え込む顔つきになって口を開く。
「昨日の夜に俺、檻から出ちまっただろ? あの時、三足鳥がメアリスを助けるために俺を出したんじゃねぇかって話になったんだが、どう思う?」
思い出されるのは昨夜の光景。檻の中からなぜかヒロが出ていたという奇妙な現象は、事件が解決した今でも原因不明のままだ。犯人である村長にも、手助けしたシノにも、ヒロを逃がそうとする理由はない。村人達が言っていたように、あれは三足鳥がメアリスを助けるために起こした奇跡だったのだろうか。
真剣に悩むヒロだが、対照的にドテは雑に答える。
「そんなの簡単さ。酔っぱらった俺の親父がヒロさんを出しちまったんだ」
「まぁ、その可能性も聞いたけど」
「うちの親父は昔からそうなんだよ。酔っぱらうと近所の犬を逃がしたり、逆に猫を紐で繋いでみたりしてよぉ。ヒロさんの檻だって平気で開けると思うぜ?」
「……そうなのかなぁ」
ヒロは納得いかなそうにしていたが、ドテはまったく不思議に思っていないらしかった。
「んなことより、俺はヒロさんが何者なのかが引っ掛かるな。犯人でないのは良かったけど、結局ヒロさんはどこの誰なんだ?」
自分自身の話題に移ったことでヒロは答えが出ない疑問を保留にする。
「それはさっぱり分からねぇから、俺、警察に行ってみようと思ってる」
ヒロは視線を窓へ向けた。ドテの家は広場に近いため窓からでも広場の様子がよく分かる。現在、広場に見えるのは沈黙している青色のヘリと、黒い制服を着た数名の警察関係者。
「あの警察官達ってホノキョウ市から来たんだろ? だから俺もホノキョウ市に行ってさ、警察に俺の捜索願いでも出てないか確認してみるかなって」
ヒロはヘリを指で示す。ヘリの側面にはホノキョウ島警察と書かれていた。メアリスはホノキョウ市に警察署があると言っていたのだから、あの警察官達はホノキョウ市から来たのだろう。
ヒロの計画を聞いたドテは深く頷く。
「それが良い。やっぱ事件があったら警察を頼るのが一番さ。さっき聞いたら明日にはホノキョウ市への道が開通するって言ってたし、さっそく行ってきたらどうだ」
「そうなのか? もう少しかかるかと思ってたよ」
「なんでも、ツチヘビ村で事件が起こった知らせが警察に届いたから、緊急車両を通すために大急ぎで開通作業してるんだと。夜通しやってるって言ってたから今も作業してるのかもな。ありがてぇことだよ」
「へぇ……」
ずいぶん行動が早いなとヒロは感心した。ホノキョウ島では法律より風習が優先されると聞いていたため、古い掟を重視する村は行政とは不仲な印象を持っていたのだ。事件が起こった途端に警察が動いたということは、この先入観は杞憂なのだろう。