薄暗い舞台の上で(1)
文字数 4,673文字
「皆さん! シノ先生についての判断を明日行うというのは村長が決めたことです。落ち着いてください!」
舞台の前ではツチヤが大声を張り上げ村人達に説明している。村長の名が出たことで多くの村人は納得したが、一部では不満げな態度を継続させる者もいた。ドテもその一人だ。
「なんでもかんでも母ちゃんの言いなりかよ」
ドテは小馬鹿にした態度で言い捨てる。
対して、隣にいる彼の父親は未だ動揺していた。
「でもナオキよぉ、このままじゃシノ先生が死んじまうんだぞ? 恩人を殺そうとするなんて、父ちゃんはお前をそんなサイコパスに育てた覚えはねぇぞ?」
「ばっ……違ぇよ! そうじゃなくて」
ドテは慌てて何か言いかけたが、彼が次の言葉を口にするより先に会話へ割って入る者がいた。
「違うんですか? てっきり嫌われたのかと思っていましたが」
「うるせぇ! あんたは大人しくしてろ!」
表情も変えず嫌味を言うシノをドテはにらんだ。が、その威圧をシノはあっさり跳ね除ける。
「大方、私に密猟者の疑いをかけることで事態を混乱させ、儀式を延期させたい、といったところでしょうか」
「!」
途端、ドテは彼から視線を反らす。
「えぇ? そうなのかナオキ?」
言葉に詰まった息子を見て父親が意外そうになった。シノは淡々と続ける。
「あなたは村の風習自体に否定的な考えを持っていると聞いていますし、誰も生き埋めにするつもりはないんでしょう。さすが、大卒は先進的な考えをお持ちだ」
「お、良かったなナオキ。褒められたぞ。父ちゃんも鼻が高ぇや」
「うるせぇ!」
呑気な父親へドテは乱暴に返す。彼は一度肩で息をすると、改めてシノをにらみつけた。
「あのなぁ、俺があんたを密猟者だと疑ってるのは本当だぞ? そりゃあ生き埋めにしたいとは思っちゃいないが、警察に今すぐ突き出したいとは思ってる」
が、やはりシノは意に介さなかった。
「さて、その願いは叶うでしょうか。私が密猟者である疑いは、あなたのおかげで村中に知れ渡っています。私が村から出られるとは思えませんが」
「…………」
「あなたは若く、村での発言権も弱い。企みは上手くはいかないでしょう。あなたは犠牲者の選択肢を増やしただけです」
シノは、静かに言い切る。
「今日の儀式では、確実に、誰かが死にます」
「それはどうだろうな?」
しかし、答えは予想外な方向から返ってきた。シノはハッとして声の主を探す。
「おぉ? 誰でぇ?」
ドテの父親が素っ頓狂な声を上げるのと、群衆がどよめいたのは同時だった。
「おい! あそこにいるのって……」
誰かが舞台の上を指差したことで村人達の視線が一点に集中する。彼らが見ているのは、ちょうどドテの後ろ。導かれるようにドテは後ろを振り向き、そこにいる人物を見つけると驚きの声をもらした。
「ヒロさん!?」
「よぉ」
舞台上のヒロは片手を上げる。彼が殺されるために作られた場所へ、ヒロは自らの意思で上がりこんでいた。
「なっ、何してんだヒロさん!? 早く降りるんだ!」
ドテは慌ててうながしたが、ヒロの存在に気付いたのは彼だけではない。
「おや、これは話が早い。大抵の人は大暴れして、舞台に登らせるのが大変なんですよ」
ツチヤは嘲りヒロを見据える。
「自らそこに立ったということは、罪を認めるということですね?」
ヒロは臆せず首を横に振った。
「そうじゃねぇよ。今日の主役である俺を差し置いて、無関係なヤツの話題で盛り上がってるもんだから、それが気に食わなくてな」
「はぁ?」
「この舞台は俺のために作ってくれたんだろ? なら、俺が勝手に使ったって問題ねぇよな?」
ヒロの台詞を聞いたツチヤは、いや、広場に集った村人全員が言葉を飲む。密猟者が自ら死にたがったと思いきや殺人犯が身勝手なことを言い出し、すっかり困惑しているようだ。
一方、大衆の視線を一身に集めたヒロは内心冷汗をかいていた。とにかく村人達の関心を自分へ向けさせるため舞台へ登ったが、いざやってみると想像以上に緊張する。とんでもない高所に立っている錯覚におちいり目がくらみそうになったヒロは、自身を勇気づけるため大声を張り上げた。
「だいたい、これって殺人犯を生き埋めにするために作ったんだろ。ノリで目的を変えるんじゃねぇよ!」
言いながら周囲を見渡し、観衆が自分を注視しているのを再確認すると、ヒロは間を空けずに舞台の下に立つ男へ声をかける。
「おい、あんたに質問だ。シノはマサヨって人を殺したと思うか?」
「えぇっ? 俺かい?」
問われて驚いたのはドテの父親。自分で自分を指差している彼へ、ヒロはわざとらしく頷いて見せた。
「そうだ。あんた昨日、自分の考えを俺に話してくれたじゃねぇか。それをもう一回、話してくれ」
急に話を振られた男はオロオロしつつも応じる。
「えーと……俺は、シノ先生はマサヨちゃんを殺してないと思ってる。理由は……んーと……?」
「アヤの話」
「そうそう! アヤ様が、マサヨちゃんが余所者の男に殺されたって言ってたからだ! もしシノ先生に殺されたんなら、マサヨちゃんはシノ先生に殺されたって言うはずだもんな」
何度も頷いて男は言い切った。この推理はヒロが檻で目覚めた時点で聞かされていたもので、ヒロはドテの父親の口から初めてシノとアヤの名前を聞いたのだ。
ヒロは改めて村人達を見下ろす。
「そして皆知ってる通り、アヤの霊能力は本物だ。アヤは被害者の居場所を言い当てたんだから、この点には文句ないだろ」
彼の問いに村人達は顔を見合わせ頷いた。
「で、今問題なのは、シノは被害者を殺したのかどうか。殺していないことの根拠は被害者自身の発言なんだが、面倒なことに被害者は死んでて、その声を聞けたのは霊能力者のアヤだけ。そして更に厄介なことに、アヤはシノの助手で親しい仲だ。もし被害者がシノに殺されたと訴えたとしても、アヤはシノを庇って嘘の証言をする可能性がある」
ヒロの台詞を聞いた村人達が一斉にアヤを見た。アヤは舞台から少し離れた位置にいたが、彼女の赤い髪はよく目立つため群衆の中にいても探しやすい。
彼が何を言おうとしているのか分からないアヤは戸惑いうつむいていた。ヒロは彼女の方を見ずに話を続ける。
「でも、ちょっと考えれば、この疑いは馬鹿馬鹿しいってことに気付く。もし被害者がシノに殺されてて、アヤがシノを庇う目的で犯人を偽るなら、余所者の男に殺されたなんて言うわけねぇ。被害者が死体で見つかった時点で、村にいた余所者の男はシノだけだ。庇うためにぼかすにしてももっとマシな嘘をつくだろう」
今度こそヒロはアヤは見た。見られているのに気付いた彼女が少しだけ顔を上げ、二人の視線が交差する。
「アヤ、嘘はついてないよな?」
「……うん」
返ってきた言葉は小さいが、アヤはしっかり頷いた。周囲の村人達も納得したように小声で話し合っていたが、それをさえぎって声を上げた男がいた。
「これで、私がマサヨさんを殺していないのが証明された、と」
「おう」
舞台の下から問いかけてきたシノへヒロは応じる。対するシノは何も面白くなさそうに言葉を繋げた。
「しかし密猟の疑いについては何も解決していませんね。依然として、私にも舞台を使う権利があるように思えますが?」
「なんでこんな場所の使用権を欲しがんだよ」
ヒロは呆れたが食い下がられるのは想定内だった。
シノの物言いによって再び人々の関心は舞台上に集まる。ヒロはぐるりと村人達を見回すと改めて口を開いた。
「じゃあ、次はシノが密猟者かどうか、だ」
「俺は違うと思ってるぞ!」
質問に答えたのは調子が上がっているドテの父親。しかし、ヒロは彼の発言を押しとどめた。
「今回はあんたに質問しねぇよ。ちゃんとした証拠があるから、見てもらった方が早い」
「証拠だって?」
男はきょとんとし、その感情は伝染するように周囲の人々へも伝わっていく。いくつもの不可解そうな顔を確認してから、ヒロはもったいぶった動作でポケットへ手を入れた。
「これだ」
彼が取り出したものの正体に真っ先に気付いたのはドテ。
「ツチノコの皮じぇねぇか。それがどうしたってんだ?」
ヒロが手にしていたのは小さな茶色い紙のようなもので、まさにドテの言う通りツチノコの皮だった。
馴染み深いものを仰々しく見せつけられた村人達はますます不可解そうになっている。ざわめきだした集団へ向かって、ヒロは大きめの声を張り上げた。
「これは、ツチノコの骨が隠されていた洞窟にあったんだ」
「えぇ!?」
ドテ、そして村人達は更にざわめきを大きくさせる。ヒロは今度は落ち着いた声でドテへ問いかけた。
「密猟者の狙いは、ツチノコの皮だな?」
「……そうだ」
一拍置いて頷いたドテを見てから、ヒロは再度村人達へ向かって問いかける。
「おかしいと思わねぇか? もしシノが密猟者だとしたら、ツチノコを殺すだけ殺して、肝心の皮を放置してるってことになる。そんなわけで、俺はシノが密猟者だとは思えねぇ」
彼が話し終えてもざわめきは収まらなかった。シノを密猟者扱いした者とシノを庇った者が言い合いをしているようだが、とにかく彼への疑惑については結論が出たようだ。
「どうだ、シノ? これで密猟の疑いは晴れたと思うんだが?」
ヒロが自慢げに尋ねるとシノは渋々といった形相で頷く。
「……そのようですね」
「じゃ、じゃあ、あの洞窟の骨は何なんだ?」
ドテは困惑していたが、ヒロは首を横に振るしかなかった。
「さぁな。皮が残ってんだから密猟者とは関係ないんだろうが……それ以上は俺には分かんねぇよ」
洞窟にはツチノコの残骸しか見当たらなかったため、ヒロから言えることは限られる。ツチノコの骨は隠される目的で洞窟へ遺棄されていたのだから何者かの仕業なのは確かだが。
ヒロは考えこもうとしたが、その集中は大声によってさえぎられた。
「皆さん、お静かに!」
舞台の前で村人達へ呼びかけたのはツチヤ。
「これで、本日やるべきことが決まりました。少々遅れましたが本来の儀式を執り行いましょう」
彼はジロリと舞台上のヒロへ視線を向けた。ツチノコのことなど考えている場合ではないのを察したヒロは思考を切り替える。
「その件についても、ちょっと話を聞いてくれねぇか?」
「今更何を言うんです。あなたのおかげでシノ先生の無罪は証明されたんですから、もはや罪人はあなたしかいません」
ツチヤはきっぱり拒絶したが、そんな彼へドテの父親が声をかけた。
「なぁ、マコトよぉ。ヒロさんのおかげでシノ先生の無実が証明されたんだから、ちょっとくらいヒロさんの話を聞いても良いんじゃねぇか? 他の連中だってそう思ってるぜ?」
「な……っ」
ツチヤが後ろを振り向く。いつの間にか、広場に並ぶ人々の顔には戸惑いが浮かんでいた。
他にも、はっきりと不服を示す者、興味津々でヒロを眺めている者など様々だが、村人達の関心がツチヤの思惑とは別の場所にあるのは明らかだ。
自分に対しての観衆の感情が変わったのを見てヒロは内心ホッとしていた。とにかく自分へ好感を持ってもらうため、医師として村へ貢献しているシノを助ける作戦でいったのだが上手くいったようだ。味方化とまではいかないが、とりあえずこちらの言葉へ耳を傾ける気にはなってくれただろう。
ヒロがメアリスを見ると、彼女は遠くから腕で大きな丸を作って見せた。村人達の態度の軟化はメアリスの呪術の効果もあるはずだ。今のところ上手くいっているが、まだまだヒロにとっては気が抜けない状況が続く。
舞台の前ではツチヤが大声を張り上げ村人達に説明している。村長の名が出たことで多くの村人は納得したが、一部では不満げな態度を継続させる者もいた。ドテもその一人だ。
「なんでもかんでも母ちゃんの言いなりかよ」
ドテは小馬鹿にした態度で言い捨てる。
対して、隣にいる彼の父親は未だ動揺していた。
「でもナオキよぉ、このままじゃシノ先生が死んじまうんだぞ? 恩人を殺そうとするなんて、父ちゃんはお前をそんなサイコパスに育てた覚えはねぇぞ?」
「ばっ……違ぇよ! そうじゃなくて」
ドテは慌てて何か言いかけたが、彼が次の言葉を口にするより先に会話へ割って入る者がいた。
「違うんですか? てっきり嫌われたのかと思っていましたが」
「うるせぇ! あんたは大人しくしてろ!」
表情も変えず嫌味を言うシノをドテはにらんだ。が、その威圧をシノはあっさり跳ね除ける。
「大方、私に密猟者の疑いをかけることで事態を混乱させ、儀式を延期させたい、といったところでしょうか」
「!」
途端、ドテは彼から視線を反らす。
「えぇ? そうなのかナオキ?」
言葉に詰まった息子を見て父親が意外そうになった。シノは淡々と続ける。
「あなたは村の風習自体に否定的な考えを持っていると聞いていますし、誰も生き埋めにするつもりはないんでしょう。さすが、大卒は先進的な考えをお持ちだ」
「お、良かったなナオキ。褒められたぞ。父ちゃんも鼻が高ぇや」
「うるせぇ!」
呑気な父親へドテは乱暴に返す。彼は一度肩で息をすると、改めてシノをにらみつけた。
「あのなぁ、俺があんたを密猟者だと疑ってるのは本当だぞ? そりゃあ生き埋めにしたいとは思っちゃいないが、警察に今すぐ突き出したいとは思ってる」
が、やはりシノは意に介さなかった。
「さて、その願いは叶うでしょうか。私が密猟者である疑いは、あなたのおかげで村中に知れ渡っています。私が村から出られるとは思えませんが」
「…………」
「あなたは若く、村での発言権も弱い。企みは上手くはいかないでしょう。あなたは犠牲者の選択肢を増やしただけです」
シノは、静かに言い切る。
「今日の儀式では、確実に、誰かが死にます」
「それはどうだろうな?」
しかし、答えは予想外な方向から返ってきた。シノはハッとして声の主を探す。
「おぉ? 誰でぇ?」
ドテの父親が素っ頓狂な声を上げるのと、群衆がどよめいたのは同時だった。
「おい! あそこにいるのって……」
誰かが舞台の上を指差したことで村人達の視線が一点に集中する。彼らが見ているのは、ちょうどドテの後ろ。導かれるようにドテは後ろを振り向き、そこにいる人物を見つけると驚きの声をもらした。
「ヒロさん!?」
「よぉ」
舞台上のヒロは片手を上げる。彼が殺されるために作られた場所へ、ヒロは自らの意思で上がりこんでいた。
「なっ、何してんだヒロさん!? 早く降りるんだ!」
ドテは慌ててうながしたが、ヒロの存在に気付いたのは彼だけではない。
「おや、これは話が早い。大抵の人は大暴れして、舞台に登らせるのが大変なんですよ」
ツチヤは嘲りヒロを見据える。
「自らそこに立ったということは、罪を認めるということですね?」
ヒロは臆せず首を横に振った。
「そうじゃねぇよ。今日の主役である俺を差し置いて、無関係なヤツの話題で盛り上がってるもんだから、それが気に食わなくてな」
「はぁ?」
「この舞台は俺のために作ってくれたんだろ? なら、俺が勝手に使ったって問題ねぇよな?」
ヒロの台詞を聞いたツチヤは、いや、広場に集った村人全員が言葉を飲む。密猟者が自ら死にたがったと思いきや殺人犯が身勝手なことを言い出し、すっかり困惑しているようだ。
一方、大衆の視線を一身に集めたヒロは内心冷汗をかいていた。とにかく村人達の関心を自分へ向けさせるため舞台へ登ったが、いざやってみると想像以上に緊張する。とんでもない高所に立っている錯覚におちいり目がくらみそうになったヒロは、自身を勇気づけるため大声を張り上げた。
「だいたい、これって殺人犯を生き埋めにするために作ったんだろ。ノリで目的を変えるんじゃねぇよ!」
言いながら周囲を見渡し、観衆が自分を注視しているのを再確認すると、ヒロは間を空けずに舞台の下に立つ男へ声をかける。
「おい、あんたに質問だ。シノはマサヨって人を殺したと思うか?」
「えぇっ? 俺かい?」
問われて驚いたのはドテの父親。自分で自分を指差している彼へ、ヒロはわざとらしく頷いて見せた。
「そうだ。あんた昨日、自分の考えを俺に話してくれたじゃねぇか。それをもう一回、話してくれ」
急に話を振られた男はオロオロしつつも応じる。
「えーと……俺は、シノ先生はマサヨちゃんを殺してないと思ってる。理由は……んーと……?」
「アヤの話」
「そうそう! アヤ様が、マサヨちゃんが余所者の男に殺されたって言ってたからだ! もしシノ先生に殺されたんなら、マサヨちゃんはシノ先生に殺されたって言うはずだもんな」
何度も頷いて男は言い切った。この推理はヒロが檻で目覚めた時点で聞かされていたもので、ヒロはドテの父親の口から初めてシノとアヤの名前を聞いたのだ。
ヒロは改めて村人達を見下ろす。
「そして皆知ってる通り、アヤの霊能力は本物だ。アヤは被害者の居場所を言い当てたんだから、この点には文句ないだろ」
彼の問いに村人達は顔を見合わせ頷いた。
「で、今問題なのは、シノは被害者を殺したのかどうか。殺していないことの根拠は被害者自身の発言なんだが、面倒なことに被害者は死んでて、その声を聞けたのは霊能力者のアヤだけ。そして更に厄介なことに、アヤはシノの助手で親しい仲だ。もし被害者がシノに殺されたと訴えたとしても、アヤはシノを庇って嘘の証言をする可能性がある」
ヒロの台詞を聞いた村人達が一斉にアヤを見た。アヤは舞台から少し離れた位置にいたが、彼女の赤い髪はよく目立つため群衆の中にいても探しやすい。
彼が何を言おうとしているのか分からないアヤは戸惑いうつむいていた。ヒロは彼女の方を見ずに話を続ける。
「でも、ちょっと考えれば、この疑いは馬鹿馬鹿しいってことに気付く。もし被害者がシノに殺されてて、アヤがシノを庇う目的で犯人を偽るなら、余所者の男に殺されたなんて言うわけねぇ。被害者が死体で見つかった時点で、村にいた余所者の男はシノだけだ。庇うためにぼかすにしてももっとマシな嘘をつくだろう」
今度こそヒロはアヤは見た。見られているのに気付いた彼女が少しだけ顔を上げ、二人の視線が交差する。
「アヤ、嘘はついてないよな?」
「……うん」
返ってきた言葉は小さいが、アヤはしっかり頷いた。周囲の村人達も納得したように小声で話し合っていたが、それをさえぎって声を上げた男がいた。
「これで、私がマサヨさんを殺していないのが証明された、と」
「おう」
舞台の下から問いかけてきたシノへヒロは応じる。対するシノは何も面白くなさそうに言葉を繋げた。
「しかし密猟の疑いについては何も解決していませんね。依然として、私にも舞台を使う権利があるように思えますが?」
「なんでこんな場所の使用権を欲しがんだよ」
ヒロは呆れたが食い下がられるのは想定内だった。
シノの物言いによって再び人々の関心は舞台上に集まる。ヒロはぐるりと村人達を見回すと改めて口を開いた。
「じゃあ、次はシノが密猟者かどうか、だ」
「俺は違うと思ってるぞ!」
質問に答えたのは調子が上がっているドテの父親。しかし、ヒロは彼の発言を押しとどめた。
「今回はあんたに質問しねぇよ。ちゃんとした証拠があるから、見てもらった方が早い」
「証拠だって?」
男はきょとんとし、その感情は伝染するように周囲の人々へも伝わっていく。いくつもの不可解そうな顔を確認してから、ヒロはもったいぶった動作でポケットへ手を入れた。
「これだ」
彼が取り出したものの正体に真っ先に気付いたのはドテ。
「ツチノコの皮じぇねぇか。それがどうしたってんだ?」
ヒロが手にしていたのは小さな茶色い紙のようなもので、まさにドテの言う通りツチノコの皮だった。
馴染み深いものを仰々しく見せつけられた村人達はますます不可解そうになっている。ざわめきだした集団へ向かって、ヒロは大きめの声を張り上げた。
「これは、ツチノコの骨が隠されていた洞窟にあったんだ」
「えぇ!?」
ドテ、そして村人達は更にざわめきを大きくさせる。ヒロは今度は落ち着いた声でドテへ問いかけた。
「密猟者の狙いは、ツチノコの皮だな?」
「……そうだ」
一拍置いて頷いたドテを見てから、ヒロは再度村人達へ向かって問いかける。
「おかしいと思わねぇか? もしシノが密猟者だとしたら、ツチノコを殺すだけ殺して、肝心の皮を放置してるってことになる。そんなわけで、俺はシノが密猟者だとは思えねぇ」
彼が話し終えてもざわめきは収まらなかった。シノを密猟者扱いした者とシノを庇った者が言い合いをしているようだが、とにかく彼への疑惑については結論が出たようだ。
「どうだ、シノ? これで密猟の疑いは晴れたと思うんだが?」
ヒロが自慢げに尋ねるとシノは渋々といった形相で頷く。
「……そのようですね」
「じゃ、じゃあ、あの洞窟の骨は何なんだ?」
ドテは困惑していたが、ヒロは首を横に振るしかなかった。
「さぁな。皮が残ってんだから密猟者とは関係ないんだろうが……それ以上は俺には分かんねぇよ」
洞窟にはツチノコの残骸しか見当たらなかったため、ヒロから言えることは限られる。ツチノコの骨は隠される目的で洞窟へ遺棄されていたのだから何者かの仕業なのは確かだが。
ヒロは考えこもうとしたが、その集中は大声によってさえぎられた。
「皆さん、お静かに!」
舞台の前で村人達へ呼びかけたのはツチヤ。
「これで、本日やるべきことが決まりました。少々遅れましたが本来の儀式を執り行いましょう」
彼はジロリと舞台上のヒロへ視線を向けた。ツチノコのことなど考えている場合ではないのを察したヒロは思考を切り替える。
「その件についても、ちょっと話を聞いてくれねぇか?」
「今更何を言うんです。あなたのおかげでシノ先生の無罪は証明されたんですから、もはや罪人はあなたしかいません」
ツチヤはきっぱり拒絶したが、そんな彼へドテの父親が声をかけた。
「なぁ、マコトよぉ。ヒロさんのおかげでシノ先生の無実が証明されたんだから、ちょっとくらいヒロさんの話を聞いても良いんじゃねぇか? 他の連中だってそう思ってるぜ?」
「な……っ」
ツチヤが後ろを振り向く。いつの間にか、広場に並ぶ人々の顔には戸惑いが浮かんでいた。
他にも、はっきりと不服を示す者、興味津々でヒロを眺めている者など様々だが、村人達の関心がツチヤの思惑とは別の場所にあるのは明らかだ。
自分に対しての観衆の感情が変わったのを見てヒロは内心ホッとしていた。とにかく自分へ好感を持ってもらうため、医師として村へ貢献しているシノを助ける作戦でいったのだが上手くいったようだ。味方化とまではいかないが、とりあえずこちらの言葉へ耳を傾ける気にはなってくれただろう。
ヒロがメアリスを見ると、彼女は遠くから腕で大きな丸を作って見せた。村人達の態度の軟化はメアリスの呪術の効果もあるはずだ。今のところ上手くいっているが、まだまだヒロにとっては気が抜けない状況が続く。