第108話 門

文字数 2,543文字

「人間、そこ、立ち止まる」と、三対の牙を持つゾウ。
 俺は言われたまま立ち止まる。相手がしゃべれる事、そしていきなり襲ってこず、声をかけてきた事を考慮して。
「「何か用ですか?」」と今度は双頭のキリン。こちらは二つの頭で同時にしゃべるせいか、声がハモって聞こえる。
「俺は朽木竜胆っ! 冒険者だ。ここの主に話があってきた」
 俺は戦闘になる可能性が高いと最初から思っていたので、強気に答える。
 江奈さんに処置される前の銀斑猫の例を見ても、こちらの道理や倫理観が通じる相手とは思いがたいので。
 それでも万が一戦闘を回避できたら儲け物と、会話を続ける。
「百紫芋様に?」「「ねぇ、象右頭(ぞうづ)。何か聞いてる」」「いや。左麒麟(さきり)」「「私もよ」」「こいつ、殺すか」
 ぺちゃぺちゃと会話をかわすゾウとキリン。なかなか雲行きは怪しい。
 このまま戦闘になるかなと、身構えたながら、一応もう一声かけてみることにする。
「ここに、冬蜻蛉という名前の人間がいるはず。俺は彼女の保護者だ」
「保護者、なんだそれ」「「守護しているって事よ。私達が門を守護しているみたいに」」「そうか。それで?」「「確かに人間が一人いるわねー」」「いたか?」「「象右頭も、百紫芋様から襲わないように言われたじゃない」」「こいつ、襲わない、いい?」「「そうねー?」」
 と双頭をそれぞれ左右に開くようにして、首をかしげるキリン。
 俺はもしかして、このまま押しきれそうかと言葉を重ねる。
「俺はその百紫芋様がお客扱いしている冬蜻蛉の、さらに客ってことになるっ! 門を通してもらっていいか?」
「客?」「「お客様?」」と顔を見合わせるゾウとキリン。
「客、ここ、通る」「「そうね。お客様ならお通ししなくちゃ」」
 と言って門の前を開けるように左右に別れるゾウとキリン。
 ──えっ、これで本当にいいの? ちょろくないか。
 俺はそんなことを思いながらゆっくりとゾウとキリンの間に足を進める。
 そして気がつく。いま左右から攻撃されるとなかなかにピンチだと。
 動物園のゲートの前。冷や汗がたらりと背中を伝う。
 しかし、俺の心配は杞憂だったのか。ゾウもキリンもこちらを見つめるだけで襲ってこない。
 そのまま、ゲートを抜ける。ちらっと後ろを振り向く。
 ゾウもキリンももう俺には興味ないと言った風に前を向き、動物園の門の守護に戻っている。
 俺はこっそりと胸を撫で下ろすとゾウ達の気が変わらぬうちにと、足早にゲートを離れた。
 ゲートを抜けると、そこは野生の王国だった。
 二足歩行の小動物が歩き回り、開け放たれた檻を自由に動物たちが出入りしている。
 二足歩行も、四足歩行も、それ以上の足で歩く動物たちもいる。
「ちょっと! 足邪魔よ。どけてちょうだいっ」足元から甲高い声。
「あっ、ごめんなさい」俺は思わず足をどける。下を見るとミーアキャットの一団が通り過ぎて行くところだった。
 良く見るとその背中に、人の口がついている。
 その背中の口でペチャクチャと互いにおしゃべりをしている。どうやら先頭のミーアキャットが俺に声をかけてきたようだ。そのまましゃべりながら立ち去っていくミーアキャット達。
 ぽかんとそれを見送る俺。
「ホッホッ。朽木竜胆殿ですかな」再び声をかけられる。今度は名前も呼ばれて。俺は警戒気味振り向く。
 そこにいたのは、亀とウサギのあいのこのような生き物だった。
 上半身が亀。下半身がウサギのその謎生物が、俺の返事を待っている。
「そうですが、そちらは?」俺は、丁寧な呼び掛けに、とりあえず敬語で返しておく。例え敵だとしても。
「これは失礼しました。兎兎亀(うさぎとかめ)と及び下さい」
「え……。はい」と、あまりにもそのまんまの名前に、戸惑う。
 そんな俺の反応を気にした風もなく、兎兎亀が話し続ける。
「象右頭から連絡があったときは驚きました。よくぞいらしてくださいました。我が主の元まで、この兎兎亀が案内致しますね」
 ──連絡? そんな素振りは全くなかったが……。何か特殊な能力か何かかな。まあ、すんなり通れたけど、あのゾウとキリンはちゃんと門番としての仕事をしてたって訳か。しかも俺が門を通ってほぼ即時のこの対応。
 と言って俺に背を向け歩き出す兎兎亀。
 俺はその甲羅に覆われた背を見て迷う。
 ──素直について行くか、否か。悩み所だな。この対応だと、銀斑猫が俺たちの事を伝えているのかどうか。まだ良くわからない。ただまあ、ここが敵地なのは最初からわかりきっている事だしな。一番警戒すべきは罠がある可能性、か。
 俺はここで兎兎亀を攻撃するリスクを考える。周りの動物達は今は襲ってこないとはいえ、潜在的には敵ばかりな訳で。それなら行けるところまで行ってしまうのもありか。
 そう考えて素直について行くことにする。
 俺が覚悟を決めて一歩踏み出した時だった。兎兎亀が背中を向けたまま話しかけてくる。
「ホッホッ。それが賢明ですな」と、まるで俺が攻撃するか検討していたのが、ばれているかのように。
「我が主は強者には寛大なのですよ」と脈絡もなくそんな事をいい始める兎兎亀。
「……つまり?」と俺はホッパーソードに手をかけながら応える。
「なに、戦闘に関しましては十二分に証を立てられてます。ただ、この兎兎亀もただ案内するわけにもいきませんで。それでどうかこの老いぼれにも、一つその力を見せて頂きたく思いましてな」
「もし、断ったら?」
「ホッホッ。残念ながらすでに始まってましてな。残念ながらお断り頂くのはちと難しいかと。もちろん、この状況から脱して見せて下さっても、合格とさせて頂きますよ」
 俺はその言葉に、最大限の警戒をしながら辺りを見回す。
 ──状況から脱してみせろ? いつの間にか何かの罠にかかってしまったか?
 辺りを見回した俺は驚く。あれほどいた動物達の姿がない。それどころか、気がつけば動物園内とは似ても似つかない、山のなかにいた。
「ホッホッ。さてさて、それでは始めましょうか」と、姿が見えなくなっている兎兎亀の声だけが辺りに響いて消えていった。


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