第112話 反撃と発見

文字数 2,846文字

 ひたすら防御に徹する俺の眼下には、善戦を続けるぷにっと達。しかし、百紫芋の部屋から飛び出していった獣達が参戦したことで押し戻されつつある様子。
 ──さすがに取り巻きには戦闘の実力の高いのが揃っていたのか。引き離してくれているのはありがたいけど、ぷにっと達に助けを求めるのは無理そうか。
 俺はこうなれば仕方ないと怪我覚悟で、反撃を試みることを決心する。
 ──致命傷さえ避ければ、イド生体変化でなんとでもなるはず。まあ、次は瞳が黒く染まるくらいじゃ済まないかもしれないが……
 覚悟を決めた俺はカニさんミトンによる泡魔法を発動。意識を高濃度の酸の泡の作成にも向ける。
 必然的に、一気に上がってしまう被弾率。飛行スキルによる回避と、ホッパーソードによる防御。さらには酸の泡の作成と。如何に意識を加速させていても、脳の処理が追い付かない。
 敵の弾が俺の四肢を削るように抉っていく。全身から血が噴出する。
 しかしその代わりに得た時間で、最大限に濃縮した酸の泡を生成。白蜘蛛のスキルつきの武器を破壊した時以上の濃度だ。その拳大の大きさの酸の塊を、撃ち出す。
 狙うは、百紫芋、一択。
 「溶かし尽くせっ」と思わず気合いを込めて叫ぶ俺。高速で百紫芋へ迫る、高濃度の酸の塊。
 そのタイミングで、俺も左肩を撃ち抜かれる。
 ──いってぇーっ! だが、とったっ!
 と激痛に苛まれながらも思った、その時だった。
 ぴょんっと百紫芋を庇うように現れたのは、もう一匹の取り巻き。
 小さな愛らしい見た目のラット。
 そいつが、大きく息を吸ったかと思うと、ぷくーと膨らむ。まるで風船のように。小さな手足に、小さな頭のまま。しかし、その胴体部分が、どんどんどんどん巨大化。その巨体が、俺の放った高濃度の酸の塊を体でくるむようにして、掴みかかる。
 当然、如何に巨体だろうが溶かしていく俺の酸の塊。実際ラットの巨体はどんどんと溶けていく。しかし、まるで投げ捨てるように、その巨体を脱ぎ捨てるラット。脱皮ならぬ、脱肉とでも言うのだろうか。見たことも聞いたこともない現象に、俺は怪我も忘れて唖然としてしまう。
 そして酸の塊ごと、横へ飛んでいくラットの脱ぎ捨てられた胴体部分。その場には元のサイズに戻ったラットと、無傷の百紫芋、そして脱ぎ捨てられ溶けていくラットの元胴体。
 元胴体は巨大な溶けかけの肉塊となって部屋の壁に大穴をあると、外へと落下していった。
 ──なんだよ、そんなの、ありかっ。もう一匹の取り巻きは防御用だったわけか。
「残念だったな、小生の対策は万全よ。先程のが貴殿の切り札か。あの程度、楽勝楽勝っ。しかし、しぶといの。どれどれ。せっかくだ。この式神らしきものを使ってみるかの」と勝ち誇った顔で、手にした第一の喇叭ちゃんのモンスターカードを掲げる百紫芋。
 俺は怪我の出血と合わせて、顔面から血の気が引くのを感じる。その間も止まらない黒豹からの攻撃が、阻止しようとする俺の行動を阻む。使えなくなった左腕を庇うようにして再び右手でホッパーソードを振るう。
 ──イド生体変化の回復じゃ遅い! このままじゃ阻止しようにも追い付かないか?!
 そうこうしている間にも、百紫芋がモンスターカードの召喚の文言を読み上げ終えてしまう。
 広がる、白銀の閃光。
「いえーい。貴方の世界にエントロピーを御届け。第一の喇叭ちゃん、また来ちゃいました~。て、あれー? なに、あんた」
「おお! 素晴らしい力の奔流! さあ、あの朽木竜胆という男を殺すのだ」と嬉々として指示する百紫芋。
 何故かそれを冷たい瞳で見下ろしていた第一の喇叭ちゃんは、ぷいと顔を背ける。
「やだねー。キモっ。まじキモっ」と吐き捨てると、まっすぐ下へ。突撃だけで床に簡単に穴を空けると、塔の下層へ飛び去って行った。
 ポカンとする百紫芋。
 第一の喇叭ちゃんの余りにも不可解な行動。しかし、取り敢えずこっちを攻撃して来ないでこの場から居なくなってくれたことに、俺は心底ほっとする。
 ──どこへ行ったか気にはなるが……。百紫芋の命令を無視したのは、たぶん最初に召喚した冬蜻蛉に命令権みたいなものがあるんだろうな。本当に良かった。ここで前みたいなメタンハイドレートの雹とか降らされたら、本当に大迷惑。
 その間もマイペースなのか、止まらぬ黒豹からの攻撃。俺は再度の攻撃を一時諦め、左肩の穴をふさぐことを優先。
 建物の周りを旋回するように飛び回り、さらにホッパーソードで攻撃をはじく。
 黒豹は建物の壁を突き破るようにして白い欠片を正確に俺へと当ててくる。
 ──ぐっ。また刺さっ。いってぇ……
 それでも防ぎきれないものが全身に徐々に刺さり始める。どうやらこの白い欠片は、骨製のようだ。貫通せずに刺さったままの欠片を見て、ようやく素材を理解する。しかし、一つ一つが骨とは思えない重さがある。まるで圧縮されて密度が上がっているかのような。
 考察もそこそこに、僅かでも被弾を少なくしなければと、俺は建物の壁の残っている方、残っている方へと飛び、逃げつづける。しかし黒豹は何の躊躇いもなく壁越しに俺を撃ち抜こうと骨の射出を続ける。
 さんざん悪態をついて落ち着いたのか、ちらりと見え隠れする百紫芋の様子は余裕の表情を取り戻している。
 黒豹の射出した骨の弾で、どんどんと壁に穴が空いていく。

 その時だった、轟音を立てて塔の下の階から、何かが飛び出してくる。
 第一の喇叭ちゃんだ。その手には冬蜻蛉の姿がある。さらに、何やら雑多な物を掴んでいるのがちらりと見える。
 ──冬蜻蛉かっ! よかった!
 何とか左肩の穴をふさいだ俺は再び、酸の泡を作成。
 冬蜻蛉が助け出されたことを確認したことで、前提条件が変わる。
 俺は、今度は酸の濃度をあげることには拘らず、酸の泡を複数作成。ばらまくようにして次々に撃ち出していく。
 百紫芋への直撃コースの酸の泡は、再びラットによって簡単にそらされてしまう。直撃コースではない酸の泡は無視され、塔の壁を次々に溶かしていく。百紫芋達のいる塔の最上階。その壁を。
 もともと黒豹の放つ骨の欠片でズタズタになっていた壁。さらに戦闘で空いた、複数の大穴。
 そこに止めとばかりに放った俺の酸の泡。
 これまで何とか天井を支えていた壁や柱も、ついにその耐過重の閾値を越えてしまう。
 バキッいう音が響く。
 一度、壁の一部が折れてしまえば、あとはその自重だけで、脆くなっていた壁は壊れてしまう。そうすれば後はもう、支えを失った天井が百紫芋達の頭上へと崩れ落ちていくだけ。
 ちらりと見える、驚愕に見開かれる百紫芋の目。
 この事態にさすがの黒豹も攻撃の手を緩める。
 最上階が、天井で押し潰される。
 崩れ落ちた天井の破壊力は、塔自体をも崩し始めてしまう。
 轟音を立てて、塔は上の階から順次潰れていった。


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