第89話 サイド冬蜻蛉1
文字数 1,703文字
僕は初めて目の当たりにした、朽木の魔法を見てこう思ったんだ。
これが、奇跡なんだ、と。
お父さんもお母さんも殺され、連れてこられた、駐車場。そこには、たくさんの子供達と、ごくわずかの水と食べ物だけがあった。
いるのは、僕よりも小さい子どもばっかりで。
その子達も、何人かは本当にようやく歩き出したばかり。
最初は少ない食べ物を何とか皆で分けて過ごしていた。
時たま差し入れられる食べ物。
それが唯一の彼らとの接する機会。
僕は、すぐに食べ物と水だけじゃどうにもならないことに気がついたんだ。
だから僕は、その数少ない機会に、彼らに身ぶり手振りで懇願する。どうしてもオムツが欲しいって。
彼らもたぶん、駐車場に充満していた異臭は感じていたのだろう。
それからだ。水と食べ物以外も、ホームセンターにあるものなら、たまに持ってきてくれるようになったのは。
それからだ。彼らとの交渉の窓口になっていた僕は、いつの間にか子供達のリーダーのような形になっていた。
でも、すべてが順調だった訳じゃないんだ。
子供達は増えたり、減ったりしていた。
彼らが新たに連れてくる子もいれば、連れていかれてしまう子もいた。
そう、僕の妹も。
その日は、いつもと変わらず始まったのに。
彼らはその日もきた。
穴を通って。
その手には、水と食べ物。
それにお願いしていた毛布。
前に連れてこられた新入りの子の分を、僕がお願いしていたのだ。
でも、その日は彼らは一人きりじゃなかった。
そういう日は、決まって誰かが連れていかれてしまう日。
僕たちはそんな時は、ぎゅっと一所に固まるんだ。
隠れても無駄だから。
逃げても無駄だから。
暴れても無駄だから。
ただ、誰が連れていかれても良いように。
皆で別れを惜しむように。
お互いの体温で互いを慰め、行ってしまう子を励ますために。
でも、無駄だとわかっても。ただ、怪我をしてしまうだけとわかっていても。リーダーとしてそれが間違った事だとわかっていても。
僕は、妹の腕が彼らに捕まれた時。
目の前が真っ赤になって、何も考えられずに、彼らに飛びかかっていたんだ。
その後の記憶はないんだ。
気がついたら全身が痛くて。
妹は居なくて。
痛くて痛くて、起きるのも無理で。
ひたすら這って。這い回って。駐車場を探して。隅々まで探して。
小さな子達は口々に僕に教えてくれたんだ。僕の妹も連れていかれてしまったと。
でも、僕は自分の目で見たかったんだ。もしかしたら、妹は途中で逃げてこの駐車場のどこかに隠れているんじゃないかって。それを僕なら見つれられるんじゃないかって。
何日も何日も。
ようやく起き上がれるようになった頃には。僕はすっかりやる気をなくしてしまっていたんだ。
そんな僕の代わりに、皆の面倒は猫林檎がみてくれていたみたい。彼女は僕たちの次にここに連れてこられた子だった。
何故か僕の事をアネキアネキと慕ってくれていたんだ。
駐車場の隅でボーッと座り込むだけの僕。妹が連れていかれてしまってから何日も過ぎた時の事だった。
すっと僕は、隣に暖かい物を感じる。
それは、身を寄せるように座り込んできた猫林檎だった。
そしてそっと僕の腕の中に、その時いた一番幼い子を。
まだ物心もおぼつかないその子は、ただ、バタバタと僕の腕の中で暴れている。
そのぬくもり。そして横にいてくれる猫林檎の存在。
僕が落ち込んでいる間に、どんどん子供達の数は減っていった。
でも、ようやく立ち直れた僕は、残り少ない子供達のために、一生懸命頑張っていたんだ。
そんな僕の前に、現れたんだ。奇跡が。
それは、轟音と共に現れたんだ。大穴を開けて。彼らがやってくるその穴。その形がわからなくなるぐらい、さらに大きな穴を。
そのときに響いた音は今でも忘れられない。
駐車場中に響き渡る、その音。
僕が、僕たちが必死に耐えていた絶望が砕かれた音。
目を真っ黒に染めた、奇跡が現れた音だった。
これが、奇跡なんだ、と。
お父さんもお母さんも殺され、連れてこられた、駐車場。そこには、たくさんの子供達と、ごくわずかの水と食べ物だけがあった。
いるのは、僕よりも小さい子どもばっかりで。
その子達も、何人かは本当にようやく歩き出したばかり。
最初は少ない食べ物を何とか皆で分けて過ごしていた。
時たま差し入れられる食べ物。
それが唯一の彼らとの接する機会。
僕は、すぐに食べ物と水だけじゃどうにもならないことに気がついたんだ。
だから僕は、その数少ない機会に、彼らに身ぶり手振りで懇願する。どうしてもオムツが欲しいって。
彼らもたぶん、駐車場に充満していた異臭は感じていたのだろう。
それからだ。水と食べ物以外も、ホームセンターにあるものなら、たまに持ってきてくれるようになったのは。
それからだ。彼らとの交渉の窓口になっていた僕は、いつの間にか子供達のリーダーのような形になっていた。
でも、すべてが順調だった訳じゃないんだ。
子供達は増えたり、減ったりしていた。
彼らが新たに連れてくる子もいれば、連れていかれてしまう子もいた。
そう、僕の妹も。
その日は、いつもと変わらず始まったのに。
彼らはその日もきた。
穴を通って。
その手には、水と食べ物。
それにお願いしていた毛布。
前に連れてこられた新入りの子の分を、僕がお願いしていたのだ。
でも、その日は彼らは一人きりじゃなかった。
そういう日は、決まって誰かが連れていかれてしまう日。
僕たちはそんな時は、ぎゅっと一所に固まるんだ。
隠れても無駄だから。
逃げても無駄だから。
暴れても無駄だから。
ただ、誰が連れていかれても良いように。
皆で別れを惜しむように。
お互いの体温で互いを慰め、行ってしまう子を励ますために。
でも、無駄だとわかっても。ただ、怪我をしてしまうだけとわかっていても。リーダーとしてそれが間違った事だとわかっていても。
僕は、妹の腕が彼らに捕まれた時。
目の前が真っ赤になって、何も考えられずに、彼らに飛びかかっていたんだ。
その後の記憶はないんだ。
気がついたら全身が痛くて。
妹は居なくて。
痛くて痛くて、起きるのも無理で。
ひたすら這って。這い回って。駐車場を探して。隅々まで探して。
小さな子達は口々に僕に教えてくれたんだ。僕の妹も連れていかれてしまったと。
でも、僕は自分の目で見たかったんだ。もしかしたら、妹は途中で逃げてこの駐車場のどこかに隠れているんじゃないかって。それを僕なら見つれられるんじゃないかって。
何日も何日も。
ようやく起き上がれるようになった頃には。僕はすっかりやる気をなくしてしまっていたんだ。
そんな僕の代わりに、皆の面倒は猫林檎がみてくれていたみたい。彼女は僕たちの次にここに連れてこられた子だった。
何故か僕の事をアネキアネキと慕ってくれていたんだ。
駐車場の隅でボーッと座り込むだけの僕。妹が連れていかれてしまってから何日も過ぎた時の事だった。
すっと僕は、隣に暖かい物を感じる。
それは、身を寄せるように座り込んできた猫林檎だった。
そしてそっと僕の腕の中に、その時いた一番幼い子を。
まだ物心もおぼつかないその子は、ただ、バタバタと僕の腕の中で暴れている。
そのぬくもり。そして横にいてくれる猫林檎の存在。
僕が落ち込んでいる間に、どんどん子供達の数は減っていった。
でも、ようやく立ち直れた僕は、残り少ない子供達のために、一生懸命頑張っていたんだ。
そんな僕の前に、現れたんだ。奇跡が。
それは、轟音と共に現れたんだ。大穴を開けて。彼らがやってくるその穴。その形がわからなくなるぐらい、さらに大きな穴を。
そのときに響いた音は今でも忘れられない。
駐車場中に響き渡る、その音。
僕が、僕たちが必死に耐えていた絶望が砕かれた音。
目を真っ黒に染めた、奇跡が現れた音だった。