第95話 スキルの可能性

文字数 2,762文字

 目の前で、ぼろぼろのスニーカーをぬぎ、革靴に履き替える冬蜻蛉。
「サイズはどうだい」俺はその様子を見守りながら声をかける。
「うん、ぴったり。どう?」軽く歩きながら、きいてくる冬蜻蛉。
 この、どう? とは多分見た目がどう見えるかと言うことだろう。答え方を間違うと後々まで禍根が残るという噂に高い質問に違いない。
 今回は着替えずにそのまま来ていた冬蜻蛉。当然ジャンパーを重ね着している。一番外側のジャンパーが、俺があげた新品の黒色で、色合い的には靴と揃ってはいる。
 しかし異世界人の俺からしたら、そもそものジャンパーの重ね着が変にしか見えないので、そこに加わった真っ黒な革靴と言うのは奇抜さがアップしたようにしか見えない。
 しかし、当然そんなことは口が裂けても言えず。
「ああ、色合いがあってるよ?」とお茶を濁した回答をしてみる。
「ふーん」と冬蜻蛉。俺の回答が不満かどうか微妙なところ。
「なんだか、革靴って、かたくて歩きにくい。底も厚いし」
 まあ、当然革靴なんて履いたこともないだろう。俺はファッションの話題から離れてほっとする。
「すぐ慣れるよ。それじゃあ、さっそくスキルを使ってみるか」
 俺は来る途中で拾ってきた木の枝を冬蜻蛉に渡す。軽くホッパーソードで表面の削り、握っても怪我しないようにしてある。
「それにスキルをかけてみてくれ。その革靴についているスキルは重力軽減操作。質量は変わらないんだけど……」
 と、そこまで話した所で、きょとんとした表情の冬蜻蛉に気がつく。
 ──そうか。物理学とか知らないか。そういや冬蜻蛉達がどれくらいの教育を受けているかなんて全然把握してなかったな。
 俺はその境遇を思って暗い気分になる。
「とりあえず、棒よ、軽くなれ軽くなれって思ってみてくれる?」
 俺は冬蜻蛉が倍加のスキルを発動させていたのを見ていたので、これで大丈夫だろうと、分かりやすく伝えてみる。
 ──重力軽減操作はイドの消費が少ないからこれで大丈夫だと思うんだけど……
 俺がじっと見守る先で、冬蜻蛉が両手で木の棒を握り、目をつむっている。
 そっと目を開ける冬蜻蛉。
 不思議そうな顔をしながら、手にした棒を上下に振り始める。
「ダメみたい?」と残念そうな冬蜻蛉。
「えっ! もう一回やってみてくれる」
 俺は改めて冬蜻蛉のイドの流れに集中してみる。
 ……確かに、イドの流れが見えない。棒を握って再び集中している冬蜻蛉。その体にイドがあるのは見えるが、俺が自分で重力軽減操作をしたさいに見える、イドの流れが冬蜻蛉からは感じられない。
 逆にイドが何故か冬蜻蛉の中で渦巻くように動いているのが見える。ふと、思いつきを口にしてしまう
「冬蜻蛉、試しに自分自身に軽くなれって念じてみてくれる?」
「え、うん」木の棒をかえすがえすしていた冬蜻蛉の肯定の返事。
 棒を持ったまま、だらんと腕を下げた冬蜻蛉。
 その体に宿るイドが、革靴に集まったかと思うと、次の瞬間、ばっと全身に広がるのが俺の染まった瞳にうつる。
 パチッと目を開ける冬蜻蛉。
 軽く膝を曲げ、飛び上がる。
 俺の身長を軽く越える、跳躍。一瞬見失った冬蜻蛉を目で追う。跳躍の頂点で一瞬静止した冬蜻蛉の、驚きに見開かれた瞳。
 驚きのあまりか、ぐらりと空中で姿勢を崩す冬蜻蛉。俺はとっさに落下地点へ。
 ストンと俺の腕の中へ落ちてくる冬蜻蛉。その体は羽のように軽くなっていた。

 あれからしばらくして、目の前を高速で移動している冬蜻蛉。
 軽やかな動きは、最小限の力でその肉体を移動させているのが自然と伝わってくる。
 ──才能、あるんだろうな、これ。
 冬蜻蛉は最初の失敗以降、あっという間にコツを掴んでしまったようだ。
 体勢を崩し落ちてきて、収まっていた俺の腕から抜け出すと、すぐさま自分自身に再び重力軽減操作をかけた冬蜻蛉。
 そのままその場でジャンプし始める。
 一跳びごとにその到達地点が高くなっていく。あっという間に数メートルの高さにまで到達すると、何度もその高さのジャンプを繰り返し、自分の動きを確かめている様子。
 その次に、彼女は空き地をまっすぐ走り始める。
 俺がイドを読み取る目で見守っていると、走りながら重力軽減操作を始めたのがわかった。 
 始めのうちは、まるで月を歩く宇宙飛行士のような動きをみせる。しかしすぐにその姿勢は前傾になり。
 さらに、スキルの発動が瞬きのように細かく繰り返されているのが、イドの流れから見える。
 そうやって、走り続けるなかで微調整されていくスキルの発動。冬蜻蛉の足の動き、腰のひねり、そして重心移動。
 それらが次々と噛み合っていくのが、手に取るようにわかる。
 ポーンポーンと跳び跳ねていたのがまるで嘘のように、彼女はあっという間に地面を這うようにして、高速で移動することに成功してしまう。
 今ではすっかり空き地を縦横無尽に飛び回り、跳ね回る冬蜻蛉。なんだかその表情も楽しそうだ。
 俺は結局、基本的に見守っていただけ、だな。
 ──イドの流れを見ると、冬蜻蛉はかなり細かく重力軽減操作のオンオフを繰り返している、みたいだ。でも結局、あのあとも試して貰ったけど自分自身以外への重力軽減操作は成功しなかった。その代わり、自分自身への重力軽減操作は俺とは比べ物にならないぞ、これ。しかも自由に軽減率を操作出来るみたいだし。
 俺は目の前で天高くまで跳躍した冬蜻蛉を仰ぎ見ながら舌を巻く。
 ──倍加スキルといい、もしかして俺の装備品のスキルって使う人間で効果に差があったりするのか?
 俺は自分の装備を改めて眺めながら、そんな疑念にかられる。その時だった。ズボンの裾が後ろに引っ張られるのを感じる。
 振り向くと、そこには一体のぷにっとの姿が。
「どうした? わざわざこんなとこまで」俺は目線を下げながらそのぷにっとに話しかける。
 手に持つ物を、伸ばすようにして差し出して来る、ぷにっと。その手にアスファルトで出来た犬耳のようなもの。
「っ! これ、もしかして市街地で見つけたのか?」
 問いかける俺に対し、こくこくとうなずくぷにっと。
 それは、どうやら、ようやく見つかった手がかりのようだ。失踪したぷにっと達へと至るための、それ。
「冬蜻蛉!」俺は少し離れた所でバク宙を繰り返していた冬蜻蛉に声をかける。
「なに?」俺の声に潜む緊迫感が伝わってしまったのか。すぐさまバク宙をやめてこちらへ走ってくる冬蜻蛉。
「すまないが、今日は訓練はこれで中止だ。冬蜻蛉はネカフェに戻っていてくれ」
 俺は急ぎ冬蜻蛉にお願いすると、手がかりを持つぷにっとを抱え、飛行スキルを発動した。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み