第68話 ダンジョンマスター

文字数 2,769文字

 俺は右手の魔法銃と、左手のカニさんミトンをアクアに突きつける。 
「アクア、わざわざそちらから出向いてくれて嬉しいよ。何が目的だ?」
 アクアは、その小さく完全にスライム状の体から、粘体をゆっくりと上に伸ばし始める。
 ゆっくりと人型をとる粘体。人の形をした上半身だけ、スライムの体から生えてくる。
 その人型についた顔は、かつてのアクアと同じものであった。
 アクアが口を開く。
「うばぅ、の。……その、銃。よこせぇ、なのぉ。かいろぅ、回廊の礎ぇ、の」
 出てきたのは呂律の回らない不明瞭な声。
 (どうした? まるで知能が退化したみたいな。師匠の命をかけた攻撃が効いているのか? それともダンジョンマスターになった影響? どちらにしろ、狙いはこの魔法銃のようだが。ダンジョンコアだけじゃあ回廊とやらが出来なかったのか?)
 俺が困惑していると、ぶつぶつと不明瞭に呟き続けていたアクアが、急に耳障りな叫び声を上げる。高まるイドの気配。
「まずいっ」
 アクアの叫びに合わせ、その周囲に巨大な魔法陣が展開されていく。俺の足元までくるくる回転しながら広がってくる魔法陣。
 俺は飛行スキルで離脱しながら、ダメもとでアクアめがけて魔法銃と酸の泡を乱射する。不安定な体制で放ったそれら。数発は当たるか、というところで、魔法陣からぬっと出てきた巨大な蹄に弾かれる。
 巨大な蹄は俺の攻撃を弾くと、ぐいっと曲がり、地面を押し下げるようにして、その持ち主の姿が魔法陣から現れる。
 出てきたのは、巨大な体に牛の頭を持つミノタウロスであった。
 俺は江奈の近くまで飛行スキルで避難する。
「あれは、ここが『焔の調べの断絶』ダンジョンだった時のダンジョンコアの番人っ?!
「知ってるの? 江奈さん」
「話で聞いただけだけどね。ここがまだ生きたダンジョンだった時の話よ。ダンジョンコア前の、最後の番人が巨大なミノタウロスだったそうよ。魔法耐性が高くて、ガンスリンガー殺しとして有名。でも、よくみると、体が所々腐ってるみたい。……ねぇ、朽木」
「確かに腐ってる。アンデット化してるのか」
「違う、あれは」
 言葉を切る江奈。
「腐って穴が空いている部分に、スライムが入ってるのが見えるわ。あれ、中でスライムが動かしているのよ」
 それが合図だったかのように、ミノタウロスの肩に乗っていたアクアが、スライムの形に戻ると、ミノタウロスの耳ににじり寄り、そのまま耳の中へと侵入していく。
 雄叫びを上げるミノタウロス。
 そのまま、跳躍する。巨体に反してその速度は凄まじく、押し潰さんとばかりに俺たち目掛け迫ってくる。
 俺はとっさに江奈を抱える。
 そのまま超低空で、飛行スキルを発動。ミノタウロスのいる、

に向かって、飛行する。まるでスライディングしているかの体勢。飛びかかってきたミノタウロスと、地面の隙間を、無事すり抜ける。これが、速度を出すと、一直線にしかまだ上手く飛べない俺にとって唯一の回避ルートだったのだ。
 俺たちの行き先を一瞬見失うミノタウロス。俺はその隙に江奈だけ下ろすと、挑発するように魔法銃を乱射しながら、上空へとまっすぐに舞い上がる。
 ミノタウロスの背中に次々に着弾する俺の黒い魔法弾。しかし、そのミノタウロスの皮膚は高い魔法耐性で、俺の魔法弾は、ほとんど弾かれるように霧散してしまう。
 時たまある、皮膚の裂け目。そこに詰まったスライムに当たった時だけ、スライムが弾け飛ぶ姿が確認できる。
 しかし、すぐにミノタウロスはくるりと身を翻すと、その場で垂直に跳躍。
 一気に俺のいる高さまで迫ると、そのまま回転を生かして右前肢で殴り付けてくる。
 (はやいっ、回避が!)
 一気に意識のギアが上がり、世界の動きがゆっくりに感じられる。
 しかし、その境地にあっても、物理的に回避が間に合わないほど、ミノタウロスのパンチが高速で迫り来る。
 俺はインビジブルハンドを展開し、ミノタウロスの右前脚に伸ばす。押し上げるように力を加え、少しでも、自分の体からそらそうと試みる。微かに攻撃の軌道の軸をずらすことに成功するが、まだ直撃コース。
 その時。地上の江奈から放たれた七色王国(セブンキングダム)がミノタウロスの右前肢に炸裂する。
 衝撃でさらにずれる軌道。
 俺は何とかその致命的な攻撃を掻い潜るように回避する。
 (江奈さん、ありがとう!)
 パンチを空振りし、がら空きの背中に、俺は飛びかかり、しがみつく。カニさんミトンをミノタウロスの背中に押し当てると、強制酸化を発動。
 (効いてくれっ)
 そんな俺の願いもむなしく、その皮膚はほとんど変わらない。微かに手の平大の火傷のような跡がつくも、魔法耐性の高さでどうにもならない。
 それならばと、這うように移動し近くの皮膚の裂け目に左手を突っ込むと、強制酸化を発動する。
 (中のスライムならどうだ!)
 確かに手の届く範囲のスライムは次々に酸化してぼろぼろに崩れていく。だが、どうやらスライムは小さな分体が無数に詰まっているようだ。手の届く範囲のスライムを全て倒すと、後が続かない。ミノタウロスは体内も魔法耐性が変わらないようで、その肉もほとんど酸化してくれず。体内のスライムも避けるようにして、寄ってこない。
 そうこうしているうちに、ミノタウロスと俺は落下し始める。
 そのタイミングで、ミノタウロスの右前肢が弾け飛ぶ。その傷跡から溢れ出すスライム。スライムの粘体が固まり、バトルアックスの形をとる。
 (げっ、ヤバい。このまま地面に着いたら、あのバトルアックスで叩き潰される未来しか見えないぞ。といっても離脱しても、このミノタウロス、驚異的な速さだ。追い付かれるのも必至。何とか地面に着くまでに打開策を考えないと。地面、着く……。そうだ、あれならっ)
 俺は地面を必死に見回し、手放したホッパーソードを探す。ちょうど落下地点の近くに刺さっているのを見つけると、インビジブルハンドを伸ばす。
 (よし、掴んだっ)
 インビジブルハンドでホッパーソードを引き寄せる。
 落下する俺たちへ、ぶつかるようにして迫るホッパーソード。そのまま軽く身体をそらす。ホッパーソードの勢いを活かして、ミノタウロスの背中に刺さるように誘導する。
 無事にミノタウロスに刺さり俺の目の前で揺れるホッパーソードを掴むと、急ぎイド・エキスカベータを作る。
 ミノタウロスの着地の振動を刺さったままのホッパーソードに掴まり耐える。
 振りかぶられるミノタウロスのバトルアックス。
 (間に合ったっ)
 俺はすべてのイドをGの革靴に注ぎ込み、触れたままのミノタウロスに、重力加重操作を発動した。
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