第82話 バリケードの先には
文字数 2,285文字
俺は手早くバリケードを調べる。
乱雑に積み上げられただけ、と思いきや。よく見ると、内部の方に細い金属が見える。どうやら、チェーンで様々な家具等が固定され、バリケードが作られているようだ。
「これは、厄介だな……。うん? あれは」
俺はバリケードの下の方を見ようと屈みこむ。
「ここに、小さな穴があるな。奥まで続いてそうだ。この大きさ……。ゴブリンサイズか、これは」
ざっと調べた結果に、思わず顔をしかめてしまう。
──どうする。酸で溶かせば通るのは容易いけど、かなり物音がしそうだ。慎重にチェーンを切って、重力軽減操作をかけて一つ一つどかしていけば静かにできそうだけど、時間が掛かりすぎる。スルーして下のフロアへ行くか。いや、見張りまで居たんだ。このフロアは確認しておいた方が良い気がする。よしっ。
俺はカニさんミトンを構える。
イド・エキスカベータを形成。
限界までイドを汲み出す。俺の体に満ち、すぐに溢れそうになるイド。俺は気にせず、酸の泡の生成にイドを注ぎ込む。
一つ二つ。そして一気に数を増していく、酸の泡。
掲げた俺の左手のカニさんミトンの周囲から。そして今いる踊り場を埋め尽くさんばかりに、泡を展開させていく。
黒く染まった俺の瞳からポタポタと黒いものが垂れ始める。
──これが、限界か……
俺は乱暴に右手の二の腕で顔を拭うと、呟く。
「穿て」
限界までその数を増やした酸の泡が、バリケードへと殺到する。
泡が触れる端から、バリケードを作っていた物が溶け落ちていく。
金属とゴム、木材の溶ける体に悪そうな匂いが密閉空間に近い踊り場に充満する。
辺りに響く、ジュウッという音。そして、溶け残った破片が床に叩きつけられ、騒音を奏でる。
「やっぱり、うるさくなるよねー」
壁の一部まで溶かした大量の酸の泡は、その役割を無事に果たす。目の前のバリケードには、大穴が開けていた。
──ここからは時間との勝負だろう、な。
俺は覚悟を決めると飛行スキルを発動。一気に四階フロアへと飛び込む。
そこは屋上に引き続き、駐車場のようだ。
低い天井にぶつからないように気を付けながら、四階、駐車場フロアを飛ぶ。
ゴブリンの気配は、ない。
すぐに駐車場に、違和感を感じる
──車が、端に寄せられている?
明らかに駐車用のラインを無視して、自動車が端に密集して置かれている。その代わり、フロアの中央が広くスペースが作られているようだ。
俺は飛行スキルを切り、中央スペースに隣接して置かれた自動車の上へと、降り立つ。
身を低くして中央スペースを観察する。
そこにあるのは、数台のバン。そしてドラム缶に、椅子らしき家具。さらには鍋や食器。
明らかに煮炊きしたような跡も見える。
その時だった。
一台のバンのドアが開く。
開いたドアからそっと顔を覗かせる、何か。
それは、不安そうな表情をした、人間の子供のものだった。
バンのドアから首だけ出し、その子供はキョロキョロと辺りを見回す。
──うわっ。人いたよ。けどまさか、子供とは。確認しに来ておいて、本当に良かった。
問答無用でホームセンターに火をつけなかった過去の自分の判断にほっとしつつ。
「いやはや、どうしよう、これ」思わず漏れる呟き。
俺は頭を抱えたくなりながら、立ち上がると、床へと飛び降りる。
ビクッとこちらを向く、その子供と目が合う。
子供とは思えない険しい視線が、俺の瞳へ向けられる。
──あっ、フード着けてなかった。こんな状況で瞳が真っ黒の人間見たら、そりゃあ、警戒して当然か。
声をかけようとした俺より先に、その子供が半身をバンからのぞかせ、問いかけてくる。
「……おじさん、誰」子供特有の、少し甲高い声。
「お、おじ……あー。こんにちは。俺は朽木。冒険者なんだが──。君の名前、聞いても?」
「……冬蜻蛉 」
「冬蜻蛉さん、か」
──とりあえず、名前は聞けたぞ。しかし、冬蜻蛉。ずいぶんと珍しいな。苗字か、名前か。いやハンネとかの可能性もあるのか。
俺が黙り混んでしまうと、再び冬蜻蛉が口を開く。
「朽木は、あいつらの仲間なの?」
真剣な表情。その瞳が、諦めと希望の狭間で揺れ動く。
──あいつら? ゴブリンの事か?
「あいつらってのが誰かわからないからはっきりと言えないけど、違うと思うよ。今、俺の仲間は一人だけ、だから」
「ならっ! ここから僕たちを助けてっ」と、バンから飛び降りながら、抑えた叫びを上げるその子供。
何枚も重ね着された大人用のジャンパー。裾が、飛び出す動きに合わせてはためく。
近くで見ると、ジャンパーの下からのぞく服もぶかぶか、顔もだいぶ汚れている。
しかし、最初に思ったよりも幼くないみたいだ。多分、十歳は越えている気がする。
──ジャンパー、何枚も重ね着しているの、初めて見た。しかも大人用でサイズ感が……。いや、そんなことよりも聞き捨てならない台詞があったような?
俺は嫌な予感にとらわれながらも、問いかけてみる。
「僕たちって? ──えっと、何人いるのかな?」
冬蜻蛉は重ね着したジャンパーの間に手を突っ込む。ちらっと目に入った限りだが、様々な物がジャンパーの間に吊るされているようだ。
取り出された冬蜻蛉の手には、体育の授業で使うようなホイッスル。
冬蜻蛉が短くホイッスルを鳴らす。
周りのバンのドアが開く。
するとそこからぞろぞろと、子供達が降りてきた。
乱雑に積み上げられただけ、と思いきや。よく見ると、内部の方に細い金属が見える。どうやら、チェーンで様々な家具等が固定され、バリケードが作られているようだ。
「これは、厄介だな……。うん? あれは」
俺はバリケードの下の方を見ようと屈みこむ。
「ここに、小さな穴があるな。奥まで続いてそうだ。この大きさ……。ゴブリンサイズか、これは」
ざっと調べた結果に、思わず顔をしかめてしまう。
──どうする。酸で溶かせば通るのは容易いけど、かなり物音がしそうだ。慎重にチェーンを切って、重力軽減操作をかけて一つ一つどかしていけば静かにできそうだけど、時間が掛かりすぎる。スルーして下のフロアへ行くか。いや、見張りまで居たんだ。このフロアは確認しておいた方が良い気がする。よしっ。
俺はカニさんミトンを構える。
イド・エキスカベータを形成。
限界までイドを汲み出す。俺の体に満ち、すぐに溢れそうになるイド。俺は気にせず、酸の泡の生成にイドを注ぎ込む。
一つ二つ。そして一気に数を増していく、酸の泡。
掲げた俺の左手のカニさんミトンの周囲から。そして今いる踊り場を埋め尽くさんばかりに、泡を展開させていく。
黒く染まった俺の瞳からポタポタと黒いものが垂れ始める。
──これが、限界か……
俺は乱暴に右手の二の腕で顔を拭うと、呟く。
「穿て」
限界までその数を増やした酸の泡が、バリケードへと殺到する。
泡が触れる端から、バリケードを作っていた物が溶け落ちていく。
金属とゴム、木材の溶ける体に悪そうな匂いが密閉空間に近い踊り場に充満する。
辺りに響く、ジュウッという音。そして、溶け残った破片が床に叩きつけられ、騒音を奏でる。
「やっぱり、うるさくなるよねー」
壁の一部まで溶かした大量の酸の泡は、その役割を無事に果たす。目の前のバリケードには、大穴が開けていた。
──ここからは時間との勝負だろう、な。
俺は覚悟を決めると飛行スキルを発動。一気に四階フロアへと飛び込む。
そこは屋上に引き続き、駐車場のようだ。
低い天井にぶつからないように気を付けながら、四階、駐車場フロアを飛ぶ。
ゴブリンの気配は、ない。
すぐに駐車場に、違和感を感じる
──車が、端に寄せられている?
明らかに駐車用のラインを無視して、自動車が端に密集して置かれている。その代わり、フロアの中央が広くスペースが作られているようだ。
俺は飛行スキルを切り、中央スペースに隣接して置かれた自動車の上へと、降り立つ。
身を低くして中央スペースを観察する。
そこにあるのは、数台のバン。そしてドラム缶に、椅子らしき家具。さらには鍋や食器。
明らかに煮炊きしたような跡も見える。
その時だった。
一台のバンのドアが開く。
開いたドアからそっと顔を覗かせる、何か。
それは、不安そうな表情をした、人間の子供のものだった。
バンのドアから首だけ出し、その子供はキョロキョロと辺りを見回す。
──うわっ。人いたよ。けどまさか、子供とは。確認しに来ておいて、本当に良かった。
問答無用でホームセンターに火をつけなかった過去の自分の判断にほっとしつつ。
「いやはや、どうしよう、これ」思わず漏れる呟き。
俺は頭を抱えたくなりながら、立ち上がると、床へと飛び降りる。
ビクッとこちらを向く、その子供と目が合う。
子供とは思えない険しい視線が、俺の瞳へ向けられる。
──あっ、フード着けてなかった。こんな状況で瞳が真っ黒の人間見たら、そりゃあ、警戒して当然か。
声をかけようとした俺より先に、その子供が半身をバンからのぞかせ、問いかけてくる。
「……おじさん、誰」子供特有の、少し甲高い声。
「お、おじ……あー。こんにちは。俺は朽木。冒険者なんだが──。君の名前、聞いても?」
「……
「冬蜻蛉さん、か」
──とりあえず、名前は聞けたぞ。しかし、冬蜻蛉。ずいぶんと珍しいな。苗字か、名前か。いやハンネとかの可能性もあるのか。
俺が黙り混んでしまうと、再び冬蜻蛉が口を開く。
「朽木は、あいつらの仲間なの?」
真剣な表情。その瞳が、諦めと希望の狭間で揺れ動く。
──あいつら? ゴブリンの事か?
「あいつらってのが誰かわからないからはっきりと言えないけど、違うと思うよ。今、俺の仲間は一人だけ、だから」
「ならっ! ここから僕たちを助けてっ」と、バンから飛び降りながら、抑えた叫びを上げるその子供。
何枚も重ね着された大人用のジャンパー。裾が、飛び出す動きに合わせてはためく。
近くで見ると、ジャンパーの下からのぞく服もぶかぶか、顔もだいぶ汚れている。
しかし、最初に思ったよりも幼くないみたいだ。多分、十歳は越えている気がする。
──ジャンパー、何枚も重ね着しているの、初めて見た。しかも大人用でサイズ感が……。いや、そんなことよりも聞き捨てならない台詞があったような?
俺は嫌な予感にとらわれながらも、問いかけてみる。
「僕たちって? ──えっと、何人いるのかな?」
冬蜻蛉は重ね着したジャンパーの間に手を突っ込む。ちらっと目に入った限りだが、様々な物がジャンパーの間に吊るされているようだ。
取り出された冬蜻蛉の手には、体育の授業で使うようなホイッスル。
冬蜻蛉が短くホイッスルを鳴らす。
周りのバンのドアが開く。
するとそこからぞろぞろと、子供達が降りてきた。