第9話 ピンクのミトン

文字数 1,681文字

 俺は軽く周りを見回し、誰も見ていないことを確認すると、手早くミトンをつける。
 片手分しかないので、とりあえず左手につける。
 ステータスを表示させる。

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 氏名 朽木 竜胆
 年齢 二十四
 性別 男
 オド 二十四(三増)
 イド 四(十一)

 装備品 
 ホッパーソード (スキル イド生体変化)
 革のジャケット 
 カニさんミトン (スキル 強制酸化)
 なし
 Gの革靴 (スキル 重力軽減操作)

 スキル 装備品化′
 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「か、カニさんミトン……」
 言われてみればデフォルメされたカニの爪のようにも見えるデザイン。しかし、あんまりなネーミングに、カニさんミトンを思わず投げ捨てそうになる。
 必死に自分を抑える。
(落ち着け落ち着け。少なくともオドは3も上がっている。しかもスキルだってついているんだ。多少見た目があれで名前が酷くても……)
 俺は一度、深呼吸をする。
(切り替えろ、切り替えるんだ自分ー。ふぅ。この強制酸化ってなんだろうな? これも聞いたことのないスキルだ。多分、何かを酸化するんだろうけど)
 そこで俺は重大なことに気がつく。
「あっ、カニさんのさんって酸化の酸か」
 思わず呟きが漏れる。
 なんだか脱力してしまい、ステータスを閉じる。その時、ちょうど次のピンクキャンサーが弾幕を掻い潜って俺の所まで来る。
 俺は向かってくるピンクキャンサーを迎え撃つ。振り下ろされるハサミをひらりひらりとかわし、根元を切りつけ傷つける。
 両方のハサミが傷つけられると、やはり酸の泡を飛ばしてくるので、隙を伺って全速力で駆け寄り、かに味噌目掛けてホッパーソードの切っ先を突っ込む。
(さっき倒したから、何となく攻略法が見えてきた。それにオドが上がって、攻撃が通りやすい。一丁上がり、と)
 その後も、散発的に流れてくるピンクキャンサーを処理しつつ、ガンスリンガー達の様子を伺う。
 本隊の指揮が良いのか、うまく補給を回して戦線を維持しているようだ。
 江奈は一人で左側の戦線を支えている。無数のピンクのカニの氷の像が立ちならぶ景色は、どこぞの悪夢のようだ。
 このまま耐えきれるかと思った時だった。
 そいつが、現れた。
 広場の入口にたむろしていたピンクキャンサー達が撥ね飛ばされる。うにうにと動く無数のかに足が、通路から飛び出してくるのが見える。その下敷きになったピンクキャンサーは甲羅ごと踏み潰されてしまっている。
 次いで、巨大な胴体部分が現れた。
 そいつは、通路いっぱいいっぱいの大きさをした巨大なピンクキャンサーだった。
 横歩きの状態で通路を通ってきたのだろう。ピンク色の偉容な姿だが、所々壁に擦れたのか引っ掛かったのか、すり傷が無数にある。
「変異体! 大きくなりすぎて、外を求めたか」
 ガンスリンガーの誰かの声が聞こえてくる。
(でっけー。あれが変異体ってやつか。てことは、今回のスタンピートの元凶か)
 その大きさは、今いる広場でもきつそうに見えるほどの大きさだった。
 しかし、巨大ピンクキャンサーはそれでも広いことが嬉しいのか、明らかにカニよりも本数の多い脚を広げ、蠢かす。その度に周りにいる無数のピンクキャンサーが潰されていく。
 次に、広さを堪能しているかのように、四本もある巨大なハサミを無茶苦茶に振り回し始める。
(あ、ヤバい!)
 振り回された巨大なハサミに、前衛で他のピンクキャンサーと戦っていた槍の冒険者の体が、引っ掛かる。信じられないスピードで撥ね飛ばされ、ダンジョンの壁に激突する槍の冒険者。
 激しい衝突音。
 そのまま、どさりと地面に落ちる。
 ガンスリンガーの一人が、急ぎ手当てに向かうが、ピクリとも動かない様子がここからでも見える。
 俺は、戦慄しながらその様子を目で追っていた。
 その時、江奈の号令が響き渡る。
「全体、後退しながら全力射撃! 戦線を放棄する。しんがりは私がやるわ!」
 それは、撤退を告げるものであった。
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