第11話

文字数 1,984文字

 ベンチに腰掛ける。私は、良子ちゃんが話し出すのを待った。色恋沙汰には関わらないと決めた私は、この二人の事情が気になって仕方がなかった。

 良子ちゃんは、真奈ちゃんとの同盟を結ぶ前のことを話し出した。二人が競うようにして、ケンちゃんにアプローチしていた頃の話だった。
 彼から撥ねつけられ続けて、良子ちゃんはだんだんあきらめ始めていた。告白もして、こっちの気持ちを知っているはずなのに、彼からちっとも嬉しい反応が出てこない。そんな彼に対して、不満すら覚えていた。

『小田原くんのこと、どうして好きなの』

 良子ちゃんはあるとき、真奈ちゃんにそう質問した。張り合おうとする気もまったくなくなっていたし、だいたい、彼に対する気持ちも冷めかけていた。

 その頃の二人の関係はぎくしゃくしていたから、真奈ちゃんの口は固かった。それでもしつこく訊いていたら、ようやく、教えてくれたらしい。「ドッジボールだよ」と真奈ちゃんは言った。
 真奈ちゃんは、ドッジボールが嫌いだった。当たると痛いし、人に当てるのも嫌だった。避けてばかりいたら、最後までコートに残ってしまい、大勢から狙われた。
 そこに、たまたま外野から戻って来れたケンちゃんが、真奈ちゃんを守ったらしい。ありがとうとお礼を言ったら、「チームなんだから当たり前だろうが」と彼は怒った。「俺のチームなんだから、ちゃんと立ち向かえ」とも言った。
 それ以来、彼のことが気になっている、という……。

 私には、なぜそれが好きになる理由になるのか、いまいちわからなかった。多分、ケンちゃんは本気で怒っているし、守っているというより勝つためにやっている。立ち向かえというのは「逃げるんじゃなくてお前もボールを投げろ」という意味だ。彼は自分のチームにいる女子は基本的に邪魔だと思っている。

 良子ちゃんは私の反応を見て、ちょっと笑った。

「私もわからないよ。それで好きになるなんてさ。でもねぇ、それ聞いて、好きってなんなのか、それ自体も、よくわかんなくなっちゃってさ」

 良子ちゃんは、少し寂しげだった。

「じゃあ、今は真奈ちゃんのことを応援してるってこと? だから、一緒に帰れるように段取りまでして……」
「そうだね」
「その、あの、……あきらめた、ってこと?」

 私の質問に、良子ちゃんはつらそうにした。嫌なことを訊いてしまった。私がごめんと謝ると、良子ちゃんは「まぁその通りだから」と言って笑う。

「あの子、告白した時にさ、とんでもないフラれ方してるんだよ。真奈より先に私が告白してるでしょ。連続して告白されたもんだから、小田原くんが怪しんでね、これドッキリだろって。本気で言ってないんだろ、騙してるんだろって。全然まともに取り合ってくれなかったんだって。散々建物の影とか探し回ったあとに、真奈がもう一回告白したら、今度は『無理だ』って一言言って帰ったんだって。信じられる?」

 ケンちゃんならやるだろう、と思った。むしろ良子ちゃんのときにそれをしなかったのが、奇妙なぐらいだ。

 しかし「無理だ」と言ったことには、ちょっと引っ掛かった。彼らしくないと思った。ふだんの彼なら間違いなく「いやだ」と言うだろう。無理だ、なんてまるで事情があるからできません、とでも言っているみたいだ。

 良子ちゃんも、同じように考えたらしい。

「小田原くんがそんなはっきりしないこと言うなんて、変でしょ。だから私、それから真奈も、小田原くんにはもう好きな人がいるんじゃないかって、そう話してるの」
「まさか」

 私は思わず笑った。あの人は、私と佳奈ちゃんぐらい、恋愛に縁がない人だ。
 しかし、良子ちゃんは真面目だった。深刻な雰囲気に、私の口が閉じていく。

「好きな人に、好きな人がいたら、実里ちゃんだったらどう?」

 そう訊かれて、私はどきりとした。なんと答えるべきか迷ってから、

「嫌だ、と思う」

 と答えた。良子ちゃんは頷いた。

「でもね、真奈は別にいいんだって。好きな人がいても、自分は小田原くんのことが好きなんだって……なんで、そんな風に思えるのか、私、わけわかんないよ」
「わかる。そんなの、つらいよね」
「でも真奈は違うんだよ。好きな人が、好きな人と一緒になれたら、嬉しいんだって。そのとき思ったね。こりゃあ、この子には絶対敵わないってさ。真奈に比べて自分って幼稚だなって思ったら、急に熱が冷めて来て、もうどうでもよくなっちゃった――あきらめちゃった」

 あきらめた、という言葉が、重たく私に響いてくる。心臓がばくばくと鳴って、喉に刃物でも突き付けられたような気分がした。

「そっか」

 と私は言った。何度も言った。

「真奈ちゃんは、このこと知らないんだよね」

 と確認すると、良子ちゃんは「当たり前じゃん」と笑った。「あきらめたなんて、真奈に言えるわけないじゃん」

 その笑顔を見るのが、私にはつらかった。
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