第7話

文字数 2,360文字

 良子ちゃんの依頼は、奇妙だった。ケンちゃんにあることを言って欲しいのだという。嫌だなあと思いながら聞いてみると、
「第二小の人がまたうろついている」
 と言えばいいらしい。
 そんなことなら自分で言えば良さそうなものだ。私はそう思ったが、反論すると話が長くなりそうだからやめにした。そんなに楽な依頼なら、文句を言わずやったほうが得だ。
 第二小の人たちとは、このあいだ遭遇したばかりだ。実際うろついてるだろうし、ケンちゃんにそう吹き込むぐらいはわけないことだ。

 引き受けたのに、予想に反して、良子ちゃんはまだベンチに座ったままだった。ちょっと前の私のように、ぼんやりときれいな花を見つめている。
 私はたまらなくなって、どうかしたのかと質問した。すると良子ちゃんは、待ってましたといわんばかりに、突然何かを滔々と語り始めた。びっくりして初めのところを聞き逃したが、どうやら自分の恋愛について私に教えてくれているようだった。
 ケンちゃんとの初対面に始まって、いくつかのエピソードを経て、恋に至るまでの過程を詳細に話してくれる。私はふんふんと言っていたが、頭痛のおかげか内容はいまいち頭に入ってこない。へぇへぇと上の空でいたら、

「小田原くんにね、告白したの」

 と言われて、思わず「エッ!」と声が出た。
 告白だなんて、それこそフィクションでしか聞いたことがない。そんなことが身近で起こっていたのが、ショックだった。
 おそるおそる「どうだったの」と訊く。しかし、もちろん、答えはノーだった。

「そういうの俺にはわからん、って言われちゃった」と良子ちゃんは笑う。

 ケンちゃんらしい返答だ。彼にまずわかるのは頭の叩き方だから、恋愛についてわからないのは仕方がない。
 良子ちゃんが告白して数日後、今度は真奈ちゃんが告白したらしい。その時、二人はまだ自分たちの好きな人が一緒であることを、お互いに知らなかった。良子ちゃんがそれを知ったのは、真奈ちゃんが自分の告白が済んでから、良子ちゃんのところに直談判しにきたときだ。

『小田原くんのこと、好きなの』

 いつもと違って、真奈ちゃんにはちょっと威圧感があったらしい。良子ちゃんはすぐに彼女を恋敵だと理解した。それからしばらく、二人は敵対関係にあったのだという。

 私は頭がくらくらした。
 自分の知らないところで、告白という珍事が二件も立て続けに起きている。これは本当に世界が壊れ始めて来ているのだと感じた。この分だと、実は一秒に一人は告白してるかもしれない。告白なんて日常茶飯事なのかもしれない。私の知らないところでは告白したりされたりが頻繁に繰り返されているんだ……変な気分になってきた。

「真奈とケンカみたいになっちゃって」

 懐かしいあの日を振り返るように、良子ちゃんは遠い目をする。
 痛む頭が余計に痛くなってきた。私の見てきた限り、二人に一切そんな様子はなかった。仲良しの二人といえば、良子ちゃんと真奈ちゃんが思いつくほどだった。だというのに、そんな二人が一時期、けんかをしていたらしい。やっぱり現実がねじれている気がする。
 二人が仲直りしたのは、つい最近になってからだと良子ちゃんは教えてくれた。二人とも、無意味ないがみあいに嫌気がさしていたんだろう。結局選ぶのは彼なんだとお互いに確認して、戦争は終わった。それ以後は同盟を結び、今に至るのだという。

「いろいろあるんだね」

 私はそれ以外に言葉が出てこなかった。良子ちゃんが「いろいろあるよお」と重ねて言ったとき、ちょうどチャイムの音が鳴った。

「それじゃあ、さっきお願いしたこと、よろしくね」

 良子ちゃんは立ち上がって、私にもう一度確認する。私が頷いたのを見て、彼女は満足そうにほほえんだ。
 教室に戻ってから、私はなんだかケンちゃんのことが気になって仕方がなかった。授業が始まっても、先生の声は右から左に流れていく。
 だって、まさかケンちゃんが告白されていたなんて、誰が考えるだろう。しかも、二人もだ。彼でさえこの調子なら、適当な男子を捕まえれば、数十人から告白されているかもしれない。平和そうに見えて、案外この教室もどろどろとした恋愛模様があるのかもしれないと思うと、なんだか気味が悪い。

 その点からすると、私は安心だと思った。それから、佳奈ちゃんも安心だ。私たちには、好きな人がいないから、そんな残酷な恋愛物語に参加しないで済む。一人の男の子を指さして、わぁわぁ争わないでよい。バーゲンじゃあるまいし「これは私のものだ!」なんて言って取り合うのはちょっと品がない。恋愛なんてしないに越したことはないわけだ。佳奈ちゃんにだって、恋愛なんてする考えはないに決まっている。

 私はちらりと佳奈ちゃんのほうを見た。尖らせた鉛筆の先っぽに、五円玉を通して真面目な顔をしている。何をしているか知らないが、この頃彼女は催眠術に凝っているから、いつも五円玉を持ち歩いている。授業が退屈だから、ああやって遊んでいるんだろう。そろそろ退屈して、暇つぶしに前の子にちょっかいをかけるかもしれない。そう思っていたら、案の定、佳奈ちゃんはおしゃべりを始めた。予想的中。ふふ、と私は嬉しくなってにやつく。

 次はケンちゃんを見た。居眠りをしている。授業中でもああやって堂々と寝られるんだから大したものだ。そのうち先生から「寝るんじゃない!」とカミナリが落ちた。はっと気が付いたケンちゃんが、立ち上がろうとしてバランスを崩し、横に倒れた。クラスにどっと笑いが起きる。笑われたことが不愉快だったのか、ケンちゃんは「笑うんじゃねえ」と癇癪を起こして、近くの席にいた男子を、八つ当たりにがつんと殴った。
 彼と付き合ってどうするつもりだろう。私はつくづく恋愛というものがわからなくなった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み