神という存在

文字数 1,865文字

 ――ししょう。なぜ、私たち龍には角があるのでしょうか。里の子供たちには角などありません。それに、なぜ、私たちは龍になれるのでしょう。

 ――アオイ。それは私たちが『龍』だからですよ。人間にあがめられる神という存在、龍神だからです。

 ――でも、ししょう。私は自分が神だとは思えません。人と違う、異形のものに思えます。私はししょうから生まれて、人間のように寿命があって、そして年老いて死んでいく。それは神という崇高なモノではなく、普通の生きもののいとなみに思えます。

 ――……アオイは人間が好きですか。

 ――え? はい。だから同じ生きものだったら良かったのにって思います。

 ――でも、実際は彼らと私たちは全く違う生きものです。だからある程度距離をとって暮らしている。そんな私たちを人間が神だと敬うのなら、それでもいいと私は思っています。それに、もう一つ。私達が人と違うところがあります。

 ――なんですか

 ――アオイ、私達が感情を荒げると、大地が水浸しになるほどの大雨が降ります。それを『龍の逆鱗(げきりん)に触れる』、と人はいいます。だから、常に穏やかでいられるようにするのです。

 ――むずかしいです、怒らないなんて。

 ――そうですね。わたしも過去に何度も過ちをおかしました。でもね、アオイ。大事な人を守る為には、私たち龍はそうするしかないのです。

 そうしないと、取り返しのつかないことになりますよ、アオイ。



 ニクイ ニクイ フジ ヲ キズツケタ ソンザイ スベテガ ニクイ



 理性と制御できない感情が入り交じって、葵龍のこころに渦巻いている。
 昔むかしの師匠とのやりとりを白昼夢のように思い出しながら、己を支配する圧倒的な怒りに空の上でのたうちまわる。



「葵龍さま……」

 藤は手を組もうとして、その両手に握られている青紫色の珠に気がついた。
 さっき、葵龍に渡そうとして、それが出来なかった、如意宝珠だ。

「あ……」

 藤が如意宝珠を見ると、蘭鳳神もそれに気が付いた。

「娘、それで葵龍に呼びかけてみろ! お前の声なら今のあいつの頭に届くかもしれん!」

「はい!」

 藤は如意宝珠を葵龍に掲げて叫んだ。

「如意宝珠よ、葵龍さまを止めて! 葵龍さま、もどってきて!」

 しかし、声は届いていないのか、葵龍の動きがとまることはなかった。
 やはり大雨を降らせてのたうち回るばかりだ。

「駄目なの……?」
「ちっ。行動を制するってことで、あいつを害する願いってのに当てはまるのか? 」

 先ほど水虎に言っていた。
 葵龍自身を害する願いには効力がないと。

「じゃあ、どうすれば!」
「なんでもいい、お前が思うことを言ってみろ!」

 藤は何を言えばいいのか、考えた。
 葵龍の心に、頭に、直接ひびくような言葉じゃないと、きっと今の葵龍には届かないだろう。
 藤の知っている葵龍のこと。藤だけが知っている葵龍の心に届く言葉は。
 藤は葵龍に向かって如意宝珠をかかげ、声がかすれるほど大きく叫んだ。

「如意宝珠よ、私の声を葵龍さまに届けて!」

 内側からほわっとと如意宝珠が光を放った。
 如意宝珠は藤の願いを聞いてくれた。藤の声を葵龍に届けるという願いを。
 あとは藤の言葉しだい――
 
「葵龍さま、いいえ、アオイさま! 今すぐ雨を降らすのをやめて、私のところへ戻ってきて!」

 きっと、葵龍の本当の名はアオイ、というのだ。
 遠い昔にも言っていた。彼の名前はアオイ、だと。
 そして、最初に会ったときにも言っていた。
 アオイ、と呼んでくれてかまわない、と。

『葵龍』神というのは、神の名前なのだから。

 心へ直接うったえかけるには、本当の名前を呼ぶのがいい。



 ――アオイ、ほら、大事な人が困っているよ。

 ――師匠。

 ――声が聞こえるだろう。



 葵龍の頭に藤の声がだんだんと響いてくる。

『アオイさま! 今すぐ雨を降らすのをやめて、私のところへ戻ってきて!』

 葵龍は頭がはじけるように覚醒していった。
 真っ赤な目を見開いて、呆然とする。

 自分はいま、何をしている?
 藤が泣きそうな顔をして叫んでいる。
 どうして?
 どうして自分はいま龍の姿なんだ?
 大雨が降っている。
 なぜ?


 フジ ノ トコロへ モドラナケレバ


 藤の声を聞いた葵龍は、頭の中がそれで一杯になった。 
 大きな銀色の龍は、次第に落ち着いて、ゆっくりと龍宮へ向きを変える。
 雨が小雨になり、雷はやんでいき。

 そして、荒ぶる龍神は、龍宮の庭までくると人型にもどり意識を失った。

「葵龍さま!」

 藤が葵龍の元へと駆け寄って行く。
 錦と彩、蘭鳳神もそのあとを追った。


 

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登場人物紹介

主人公 藤(ふじ)


元気で健康、活発な少女

葵龍(きりゅう)


陽明国の北であがめられている神。

龍神として祀られている存在だけど――


蘭鳳(らんほう)


陽明国の南であがめられている神。

人型のときは後頭に鳳凰の尾羽が生えていて、本体になると炎をまとう鳳凰(ほうおう)になる。

ハヤブサ王


陽明国の賢王。

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