藤の料理とお掃除事情

文字数 2,490文字

「ふじ、お前、もちろん飯はたけるよな」

 厨房について開口一番、藤は彩に聞かれた。

「炊けるよ。私の炊くごはんは美味しいよ」
「じゃあ、ふじは飯炊きな。ぼくは魚を焼くから」
「じゃあ、ぼくは漬物を出してきて切るね!」

 錦は外へ壺のなかの漬物を取り出しに行く。

 厨房には年代物のかまどがあった。
 藤は脇に置いてある薪をかまどにくべて火をおこす。
 そして昨夜のうちにといでおいた米と水を窯にいれて火にかける。
 一刻後――

 窯からおいしそうな匂いと共に、湯気が立ちのぼっていた。
 一人用の膳の上に彩の焼いた魚、そして錦が切った漬物を添えて、食事をする部屋へ運ぶ。
 炊きあがった米も、おひつに移して、みそ汁と一緒に運んだ。

 部屋の中に入ると、(とこ)()の壁に大きな銀色の弓が掛けてあった。
 その下の黒い台に白羽の矢が矢筒に入っておいてある。

 それをじっと見ていると、錦が後ろにたっていた。
 そのあとに彩も。
 弓をみている藤を見て、彩は得意気に語りだす。

「これは葵龍さまの神弓(しんきゅう)だ。邪悪なものを討つ破魔矢と一緒に使う、魔を払う弓だよ」

「神弓……」

 細かい細工が施してある銀色に光る弓は、その名の通りの神弓と呼ぶにふさわしく神々しい。
 藤が熱心に見ていたので、錦が藤を見た。

「藤は弓を使えるの?」
「え、ああ、うん。うちは神職だったから、葵龍神さまの供物を捕まえるのに弓で獣をとったりしてたよ」
「葵龍さまの供物か。たしかに葵龍さまは肉も好きだよ。けっこう好き嫌いなく食べてる。供物ってそのあと、どうなるの? 捨てちゃうの?」
「ううん、私達家族がおいしくいただく。そうするのが、無駄がなくていいからね」

「いい心がけですね」

 心地よい声がそれに応えた。

「葵龍さま」

 三人で声をそろえて振り向くと、葵龍が障子をあけて部屋に入ってきたところだった。

「美味しそうな匂いがします」

「はい、私の炊くご飯は天下一品です! ぜひご賞味あれ!」

 藤は大きな声をあげて胸をはった。

「楽しみです」

 彩が残りの膳を運び終えて、葵龍を上座にして、その両側に錦と彩の膳、錦のとなりに藤の膳を置いた。
 各自、膳の前に座ると、藤はそこに乗っている茶碗に、おひつから炊き立てのご飯をよそっていく。

 (我ながら会心の出来!)
 
 米がたってつやつやしている。
 顔がにやけそうになるのを必死で我慢して、葵龍の前へ差し出す。
 
「ありがとう」

 葵龍は藤の目を見て礼を言い、茶碗を受け取った。

 (自分の(あが)める神さまに自分の作ったご飯を食べて頂ける……! それにその神さまが初恋の人だなんて……なんて幸せ……!)

 しゃもじを持って感動に打ち震えている藤に、錦と彩が口をとがらせる。

「ぼくにもよそってー!」
「ぼくにもね」

 赤目と青目の白髪おかっぱ少年たちは、藤に茶碗を差し出した。
 
「ああ、今よそってあげるよ」

 最高に気分のいい藤は、飯を大盛でよそう。

 一柱の神と三人の小間使いの飯がいきわったところで、葵龍は皆を見渡した。

「では、いただきましょう」
「はい、いただきます」

 三人の声がそろった。

 葵龍がみそ汁を飲み、飯に手を付ける。
 それを藤はじっと見つめていた。

「……藤……なんでしょうか」

 あまりに藤が見つめるから、葵龍は不思議に思って彼女を見た。
 藤は自分の挙動不審を後悔して彼からパッと目をそらす。
 いま、変に思われたかも……。
 そう思う心を必死でなだめて、下を向いて自分の箸をとる。
 そして、気になっていることを聞いてみた。

「あ、あの、ごはん、美味しいですか!」

 赤くなってそう言った藤に、葵龍は藤の挙動不審の理由をすべて察した。
 だから安心するように言葉を発した。

「ええ、美味しいです。最高に」
「……!」

 柔らかく微笑んで美味しいと言ってくれた葵龍に、藤の胸がドキドキと鼓動をうつ。
 
 (ああ、しあわせ……!)

 舞い上がる気持ちを隠せず、顔が赤くなる。
 そんな藤が可愛い、と葵龍は思った。

 幸せそうに笑う藤を見て、葵龍もしあわせな気持ちになった。



 食事が終わり、藤は使い終わった食器を洗いながら、葵龍さまはいま何をしているのだろう、と彼のことが気になった。
 だから、鼻歌を歌いながら、錦に聞いてみる。
 
「いま、葵龍さまは何をしていらっしゃるのかな」
「うーん、今の時間は里を見て回っているんじゃないかな。病人とかけが人とかいたら治してあげるんだよ」
「すごい、それって神力で直すの?」
「葵龍さまは薬を調合できるから、薬をつかってる」
「薬かあ。私の村じゃ、高くて買えなかったなあ」

 病人やけが人を治しているのなら、さらに(あが)められて当然な気がする。
 
 彩も洗った食器を布巾(ふきん)で拭いて、戸棚に仕舞いながら、得意げに口を開く。

「薬の調合の仕方も龍宮の書庫にあったし、葵龍さまは役に立つからと薬学を学んだんだ。先代の葵龍神さまから教えてもらったそうだよ。そして今は里の人たちを診ている」
「そうなんだ」

 藤はますます葵龍のことが好きになった。
 
 あらかた食器が片付け終わると、錦はぞうきんを藤に渡した。
「さて、じゃあ、藤、今度は掃除だよ。僕は部屋の掃除をするから藤は廊下を拭いてね」

 藤は曖昧に笑んだ。
 掃除は苦手だ……と思ったが、言わないでおく。
 何か有能なところを見せないと、ここにおいてくれないかも、と思ったから。

「廊下をふくだけなら大丈夫!」
「?」

 何が大丈夫なのか錦は不思議に思ったが、自分の持ち場へ去って行った。
 そして、数分後――

 どたどた、がしゃん!
 
 という大きな音が響いた。
 廊下のつきあたりにある障子扉が外れて壊れたのだ。
 障子は穴だらけになり、木枠も折れてしまい、その上に藤がひっくり返って乗っていた。

「なにごとだ!」

 大きな音を聞いて様子を見に来た彩に、藤は頭をかいて状況を説明しようとする。

「あー、なんといったらいいか……」

 廊下を拭いていて、勢い余って正面の障子に突っ込んだのだ。
 それを、なるべく当たり障りのないように藤は彩に告げたのだけど。
 
「藤~!!」

 彩の怒号が龍宮に響き渡った。

「ご、ごめんなさいー!」

 藤は掃除が苦手なのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

主人公 藤(ふじ)


元気で健康、活発な少女

葵龍(きりゅう)


陽明国の北であがめられている神。

龍神として祀られている存在だけど――


蘭鳳(らんほう)


陽明国の南であがめられている神。

人型のときは後頭に鳳凰の尾羽が生えていて、本体になると炎をまとう鳳凰(ほうおう)になる。

ハヤブサ王


陽明国の賢王。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み