神弓と狩り

文字数 2,266文字

 次の日の朝食後、部屋に飾ってある神弓が余りにも立派だったので、藤はそれを正座でとくとくと見ていた。
 銀色の弓は力強く、下に置いてある矢筒の中の矢は、羽が白くて綺麗だ。
 藤の使っていた弓はもっとボロボロのものだったので、ますますこの神弓が立派に見える。

「弓の前で正座して、そんなにこの弓が気になりますか」

 気が付くと葵龍が後ろに立っていた。

「あ、葵龍さま。えーっと、私が使っていた弓とは全然違う、良い弓だなと思いまして」
「そうですね。この弓も代々受け継がれた弓です。私も獲物をとるのに使っています」
「葵龍さまが弓で獲物をとるんですか!? っていうか神弓で!?」

 穏やかな葵龍が弓をもって獲物を狙うさまが少し想像できない、と藤は思う。

「ええ。あの弓は私の弓ですし、ここで食べる獲物はたまに私がとってきます。錦と彩に、あの弓はひけませんからね。里のものが獲物をもってきてくれる時もありますよ」

 いつも葵龍が狩りをしているわけではないらしい。
 そして、子供ではあの弓をひくのは体格的に無理なのだろう。

「葵龍さま。私にも、その獲物を取る役目をさせていただけませんか?」
「藤が、ですか……」
「私も弓を使って獲物を取っていました。私ならあの弓を引けると思うんです」

 葵龍は顎に手をあてて、考え込んだ。

「……試しにひいてみますか? あの弓を」
「はい! やってみます」
「では狩場へいってみましょう。さっそく出かけるとしましょうか」

 藤と葵龍は狩場へと出発した。
 歩きながら葵龍は楽しそうに思い出を語る。

「狩場は藤と初めて会った、あの森なんですよ」
「え! 迷いの森ですか!? 今はあそこの木々はほとんど枯れかけていますよ」

 生贄になると聞いたときに逃げ込んだ森が、迷いの森だった。
 そこで昔のアオイの夢を見て、幸せな時間を過ごしたのは、つい最近のできごとだ。

「奥の方では木々がしげっていて動物がいます。そこまで人が入れないように私の力で結界がはってあるんです」

 さすが神様、と藤は思った。
 あの森はもともと迷うように神力が掛けられていたのだ。
 藤が(とお)のころ、迷った森。
 葵龍に手を引かれて、やっと出てこられた森。

 そこに、また成長した葵龍と一緒にいけることが、藤はとても嬉しかった。



 歩いて一刻ほどたっただろうか。
 木々が覆い茂る森につく。

「本当に葉が茂っていますね」
「ええ。動物もいます。藤の村の方では枯れてしまっているんですね」
「はい……」

 しんみりとしてしまったところで、葵龍は背に背負った神弓を外し、かまえて見せた。

「この弓はかなり大きいので飛距離も長いです。その分、引くのに力がいります」
「はい」

 背に背負う矢筒から、茶色の羽の矢をだして、弓につがえた。

「あの樹の上の鳩を狙います」

 すーと弓が引かれて、狙いをつけたと同時に矢が放たれた。
 それは力強くまっすぐに鳩へ命中し、矢と共に鳩は樹から落ちる。
 周りの鳥たちがばっと散って行った。

 流れるような動作で、少しも(りき)まず獲物をしとめた葵龍に、藤は感心する。
 穏やかなだけじゃなくて、生活能力も十分ある神さまだ。

「獲物をとってきましょう。ここには鳥が沢山いますから藤もそれを狙うのがいいでしょう」
「はい、私も鳩を狙います」

 木々の上にはまた鳩がとまっていたから、藤は迷いなくそれを狙うことにした。

 葵龍が獲物の鳩から矢を抜き、腰の袋に入れる。
 
 それが終わると、神弓を藤に渡した。
 大きくて豪華な見た目に反して、神弓はとても軽かった。
 神の弓というだけあって、一般の弓とは違うのかもしれない。

「さあ、藤、構えてみてください」
「……はい!」

 自分の弓とは勝手が違うが、弓は弓。矢をつがえて弦を引くと、感覚が戻って来る。
 この前キツネを仕留めたように、きりきりと引き絞って的である鳩を捕らえた。

 矢を放つと、しゅっと素早く飛んでいく。その手ごたえに、とても使いやすい弓だと思った。矢は鳩に命中し、ばさりと樹から落ちる。

「筋がいいですね。一回で命中とは。夕食に鳩が二匹もとれました。豪華な食事になりそうです」

「はい、私、また腕によりをかけて料理します! ねえ、葵龍さま、また一緒に狩りに来てもいいですか?」

 藤は満面の笑みで葵龍に頼んだ。
 それに葵龍も応える。

「ええ、いいですよ。暫くはここでの狩りの決まりを知ってもらうことも必要ですしね」

「決まり事? ですか?」

「ええ。第一に、今日の狩りはもう終わりです。自分たちが食べる分だけとったら、それで終わり。魚も果物も、獣も鳥も。この山の(めぐみ)は偉大ですが、それでも無尽蔵にあるわけではないですからね」

 その考えは藤も心得ていた。
 しかし、藤の村の山々では圧倒的に獲物をとれるときの方が少なかった。
 この山は、来れば獲物が取れる確率が高い山らしい。
 葵龍がいったように、この山の恵みは、けた外れに偉大だ。

「冬はどうしているんですか? この森でもさすがに冬は動物も少ないでしょう?」
「冬でも何かはいます。狐、タヌキ、イノシシ、それに川が流れていますから、魚も採れますしね。私が狩りをするのはたまにですので、それらは里のものが獲って龍宮に持ってきてくれます」

 そして、葵龍は思いついたようににこりと藤の顔をみた。

「今度さなか釣りも一緒にいきましょうか」
「はい! 葵龍さま!」

 次の約束をして、葵龍と藤は狩場から家路につく。
 今日の狩りの成果を楽しげに話しながら。

 あまりにも葵龍の治める里が豊かすぎて、藤は雨が降らない雫村のことを、このとき忘れてしまっていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

主人公 藤(ふじ)


元気で健康、活発な少女

葵龍(きりゅう)


陽明国の北であがめられている神。

龍神として祀られている存在だけど――


蘭鳳(らんほう)


陽明国の南であがめられている神。

人型のときは後頭に鳳凰の尾羽が生えていて、本体になると炎をまとう鳳凰(ほうおう)になる。

ハヤブサ王


陽明国の賢王。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み