逆鱗に触れる

文字数 2,506文字

 水虎がもっている珠は、まごうこと無き葵龍の如意宝珠だった。

「これが何かわかるかい、葵龍神」
「それは私のものです。返してください」

 さんざん探して見つけることが出来なかった、なんでも願いが叶う珠。
 それが、邪悪なものの手の中に握られている。

「嫌だね。葵龍神、お前を殺したら、この珠は俺のものになるのかなあ」

 くすくすと笑う水虎に葵龍は毅然と言った。

「それは私の一部となっているものだから、私が死ねばその珠は消えます」
「本当かなあ、それ。じゃあ、試してみてもいいかい?」

 大雨の降るなか、水虎は如意宝珠を天に掲げて叫んだ。

「葵龍神に千本の矢を放て!」

 大きな龍の姿の葵龍の周りには、しかし何も変化はなかった。

「それは私の珠だと言ったはずです。私を害する願いには効力がありません」
「フン。じゃあいいや。その代わり、そこの後ろの娘を殺す。さっき喰いそびれた仕返しだ。千本の――いや、十本で十分か。矢を放て!」

 藤の周りに先端が鋭く光る矢が出現した。
 邪悪な水虎の行動は、あまりにも早かった。

「藤!」
「葵龍さま!」

 それが、中心の藤めがけて動き出す。

「藤!」

 気も狂わんばかりに葵龍は叫んだ。
 頭が沸騰しそうなほどの怒りと焦りを感じたが、なすすべがない。

 しかし、藤にそれが突き刺さろうとした瞬間、すべての矢が燃え上がり、灰になって消えたのだ。

 水虎は驚愕した。

「な、なんで……炎が!」

 周りを見渡した水虎は、そこに原因を見いだせなかった。
 葵龍神も水虎も、水はある程度あやつることができるが、炎には縁がない。

「上だよ!」

 強い声音に上を向いてみると、そこには雨の中でも炎を纏った鳳凰が飛んでいる。
 黄色、橙、赤、と燃え立つ炎の翼がばさりと舞い、熱風を水虎にふき付ける。
 水虎は顔を熱風から守る様に腕で覆うと、上空の炎の鳥を見上げた。

「な、なんで蘭鳳神(らんほうしん)まで……」

 水虎が鳳凰(ほうおう)に気を取られている隙に、葵龍は素早く人間の姿に戻り龍宮の庭に降りる。
 そして、そこに放り出されていた神弓と破魔矢を拾った。
 さきほどの男が、藤から奪って庭に捨てたものだ。
 弓を素早く構えて、破魔矢をつがえる。

「水虎!」

 水虎を振り向かせるために言った葵龍の言葉と同時に、水虎の眉間に破魔矢が突き刺さった。
 滴る水のごとき矢でも、(あやかし)である水虎にはものすごい威力を発揮する。
 矢の当たった部分から蒸気のような煙があがり、水虎は口をあけたまま断末魔の悲鳴をあげた。

「がああああーーーー!!!!」

 地面に倒れて、苦しみのたうつ水虎は、次第に身体全体が蒸気になっていく。
 そして、それが徐々に天へとのぼっていった。
 水虎の身体が溶けていく。
 物も言わず崩れ落ちていく。
 水虎の身体がすべて無くなったのを確認して、葵龍は神弓を降ろした。
 雨はあがり、空がこころなしか明るくなってくる。

「はあ、はあ……」

 胸に手をあてながら、葵龍は荒い息を整える。

「藤、無事ですか? どこにも矢は刺さっていませんか?」
「はい! 葵龍さま、私は大丈夫です」
「良かった……。水虎はとても邪悪な妖ですから。完全に消滅させることが出来たのも、よかった……」

 ころころと如意宝珠が水虎がいたところから転がって来る。足元に来たそれを、藤は拾いあげた。
 青紫色の、手のひら大の透明な珠。
 なんでも願いが叶う珠。
 これがあれば、きっと雫村に雨が降る―― 

「葵龍さま、これ」

 すべてが終わった。
 そう思って、藤が葵龍に拾った如意宝珠を差し出したのだけれど。
 葵龍は弓を取り落として、頭を抱えて苦しげなうめき声をあげた。
 その拍子に、いつもかぶっていた紫色の頭巾が、はらりと取れる。

「葵龍さま?」

 ただ事ではない様子に、藤は不安になって葵龍を凝視した。
 いつも頭巾で隠されていた葵龍の頭には、鹿のような形の角が、二本生えていた。
 その金色の角が光輝いている。

「あああーーー!!!」

 叫ぶ葵龍の角はだんだんと大きくなっていって。
 異変に気が付いた上空にいる鳳凰は、龍宮の庭で人型になって、葵龍を止めようと彼に近づき、後ろから羽交い絞めにした。

「蘭鳳神さま! 葵龍さまはどうなってしまったんですか!」

 またもや、しめった風が大きく吹いた。

 それは、つい最近、陽明国の王都で経験したときと同じような、荒れた天気の予兆のような風だった。
 どうして今、蘭鳳神がここにいるかということよりも、目の前の葵龍の変化に藤は戸惑う。
 風の音に負けないように蘭鳳神も叫んだ。

「龍の逆鱗に触れたんだ! 葵龍のヤツ、キレやがった。娘、お前が水虎や村の者に害されることが、こいつには耐えられないくらい頭にくることだったんだろうよ!」
()めて下さい! 葵龍さまを!」
「今、やってる!」

 しかし、葵龍は蘭鳳神を振り切ると、大きな銀色の龍にかわり、空へと舞い上がった。

「葵龍さまを止めて下さい、蘭鳳神さま!」
「無理だろ! どう見ても!」
「神様なんでしょ!」
「神様も万能じゃねえんだよ!」

 空に舞い上がった葵龍は、長い龍の身体をくねらせながら、雫村の方へと飛んでいく。
 その間に、空には黒雲が立ち込めて、雷鳴がとどろき始めた。
 幾千本もの光の竜が黒い雲間を駆け巡り。
 木々に十数本もの雷が同時に落ちて、先ほどとは比較にならない、どしゃぶりの豪雨が一帯を叩くように降り始めた。
 木々の葉に、枯れた大地に、人々の家屋に。
 壊れそうなほどの雨が降る。

 ナゼ フジ ヲ コロソウト スルノデスカ

 カノジョガ ナニヲ シタト イウノデス

 荒ぶる龍神は、金色だったの瞳を真っ赤に染めて、我を忘れて上空で暴れた。

「葵龍さま! それ以上、雨を降らせないでください! 村が……雫村が水浸しになってしまう! あそこには私の家族がいるんです!」

 ハヤブサ王のいた陽明城でのことを思い出す。
 葵龍は龍の姿のとき、己の感情の起伏で、無意識に天候が変わるのだと言っていた。
 この豪雨は、今まさに葵龍が降らせているのだ。

 藤は必死で叫んだが、上空の葵龍には聞こえるわけがなかった。

「葵龍さま!」

 なすすべも無く、空で暴れる葵龍を藤や蘭鳳神、錦と彩は見上げていた。
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登場人物紹介

主人公 藤(ふじ)


元気で健康、活発な少女

葵龍(きりゅう)


陽明国の北であがめられている神。

龍神として祀られている存在だけど――


蘭鳳(らんほう)


陽明国の南であがめられている神。

人型のときは後頭に鳳凰の尾羽が生えていて、本体になると炎をまとう鳳凰(ほうおう)になる。

ハヤブサ王


陽明国の賢王。

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