第4話  今視えている日常 4

文字数 5,382文字

「それじゃ、今日の統括会を始める」
 いつも通り、部活棟の3階の役員室で、会長が統括会の音頭を取る。
 そしてみんなが軽く頭を下げたところで、会長がまたいつものように、
「じゃあ、空木後よろしく」
 そう言って、
「あ! 会長どこ行くんですか!」
 こちらもいつも通り、声を上げた総務の人が会長とどこかへ行ってしまう。
 それを見届けた後、
「それじゃあ、今日の議題どうします?」
 議長が副会長――空木(うつぎ)君――へ視線を向ける。空木君は少し迷いながら
「それじゃ、ここにいる皆は聞いていると思うけど『非行をする生徒について』
 でどうかな?」
 少しうかがうよなそぶりを見せながら、私と議長を順に見る。その視線を受けて
「別にかまわないけれど、この学校の生徒って事の話だよね?」
 私は空木君に聞き返す。
「先生の話でもそうだったので、もちろんそうだね」
 でも、何故か言い出した空木君が思ったより硬めの返事を繰り出す。
 それを見かねたのか
「じゃあ今日の議題はそれで行きましょう」
 議長のこの一言で、先生からの『非行をする生徒について』の話が始まった。


 冒頭の方でも思っている通り、私はこの学校は割と風紀の良い学校だと思ってる。
 イジメに関しても、非行などに関しても。だから、
「私は、先生の言う事には賛同できないよ」
 初めに否定の立場を取っておく。すると議長の方が、
「そう言う岡本先輩の気持ちは分かりますけど、実際派手な格好をしている生徒も
 一部では見受けられますよ?」
 私の意見に真っ向からと言うわけでもないけど、少し否定的に言葉を投げかけてくる。
「でも、見かけだけで判断するのは良くないと私は思う」
 もちろん校則もあるし、地域の目もあるからある程度の規範はあるとは思うけど、
 どうしても私の中では、弟の、慶の事が頭を少しよぎる。
「副会長はどう思います?」
 私と議長で1対1だと判断したのか、空木君へと水を向ける。
「僕はどちらかと言うと、岡本さんの意見かな? もちろん見かけも大切ではあるけどそれで『非行をしている』と言うのは乱暴だと思う」
 空木君の意見を聞いた議長は、息を吐きだしながら
「じゃあ、月曜日の全校集会は、それで行きましょう」
 と言う事で、大まかな指針が決められる。

 その後、色々意見が出たのを書記の私が書き留めていく。
 そんなかんだで、一通り意見が出尽くしたところで、3階の役員室に昼下がりの陽が差し込み始める。
 今日はテスト期間扱いの為に、昼から始めたちょっとした議題での話し合い。
 昼下がりの陽が差し込むと言う事は、そこそこ時間が経ったと言う事でもある。
 そして、その陽に目をすがめた二人も同じことを思ったのか、
「じゃあ、岡本さん。月曜日の原稿またお願いしても?」
 まずは空木(うつぎ)君が私に聞いてくる。
「うん。月曜日の朝一で空木君に渡せば良いよね」
「それでお願いするよ」
 毎月一回の全校集会では総括会の代表が一言挨拶する事になっている。
 その原稿はいつも書記である私の基本的な仕事。なので、いつもの受け答え。
「いつもありがとうございます。岡本先輩の原稿って、まとまっていていつも参考に
 させて頂いています」
 そして議長も、私にお礼を言ってくる。少しむずがゆさを覚えた私は、
「そんなことないって。これが私の役職だから」
 空木君や議長と同じように、自分の役職を果たしているだけだから。
 そんなニアンスを含ませたところで、
「じゃあ、今日は会長も総務の子もいないからこれくらいで終わりにしようか。テスト明けで疲れてるだろうしね」
 空木君の一言で、今日のちょっとした議題は終わりを迎える。


 (あお)ちゃんを待たせていると思いつつ、少し急ぎ目に家に帰る。
 家に帰った頃にはもう、昼下がりを過ぎた時間に差し掛かっていたから急いで
『蒼ちゃんごめん。ちょっと生徒会で遅くなった。今からでも大丈夫?』
 私服に着替えてから、蒼ちゃんに電話をする。
『うん。大丈夫。じゃあ今からクッキー持って行くね。慶久(のりひさ)君にもよろしくね』
『ありがとう! じゃあ待ってるね』
 そして、今から来るというのを確認した後、2階の慶の部屋をのぞくと
「……」
 さすがに今日はまじめにやっている。ホントこういう姿を親にも見せればいいのに。私はそう思いながら、そのまま下に降りて蒼ちゃんが持ってくるクッキーに合わせた飲み物を準備する。
 飲み物の準備だけを済ませて一息ついた所で、誰かが来た事を告げる呼び鈴が鳴る。
「あ! 蒼衣(あい)さんが来た?」
 私が出ようとしたところに、すかさず慶が2階から駆け足で降りてくる。
 ホントこの子は蒼衣にラブなんだから。それでも、今日はまじめに机に向かっていたみたいだから、何も言わずにそのまま慶の後を追って、私も蒼ちゃんを出迎える。

「あ~やっぱり蒼依(あい)さんの作るお菓子は美味しいですね」
 時間も少し遅めになったと言う事もあって、先にせっかく作ってもらったクッキーを頂く事に。
慶久(のりひさ)君、それは褒めすぎだよ。これくらいなら何回か作れば直ぐに上達するよ」
 もう、本当にラブかって言うくらいに慶は蒼ちゃんにメロメロになってる。
「慶、この後勉強もするからね? それとお弁当箱は?」
 なので、ちょっとクギを刺しておく。
「これだからねーちゃんは。蒼依さんとは大違い。ちょっとは蒼依さんを見習えよ」
「ちょっと慶! あんたねぇ!」
 腹立って来たから、私は慶に報復をしてやろうとしたら
「はいはい、慶久君? 男の子なんだから、女の子には優しくしなきゃだよ?」
 蒼ちゃんがすぐに間に入ってくれる。
「いやでも、ねーちゃん。女とは思えないし」
 それでもまだ言うのか慶は。
 今日の高説を、お小言にしたのは誰だと思っているのか。
「そんな事言ったらだめだよ。お姉ちゃんのご飯美味しいんでしょ?」
 そんな私には出来ない穏やかな言い回しで、慶に言葉を重ねる蒼ちゃん。
 一瞬こっちを見て
「まあ。ご飯だけなら」
 少し恥ずかしそうにモゴモゴと口を動かしながら、蒼ちゃんに答える。
 そんな慶を見て、蒼ちゃんはこっちに
「……(どう?)」
 視線だけで聞いてくる。まあ私もそこまで腹立てたわけでもないからというか
 いつもの事でもあるのだからと、私も蒼ちゃんに納得の意を返すと、蒼ちゃんが再び慶の方に向き直って、
「今日はお勉強するんでしょ? 蒼依と一緒にしよう?」
 そんなやり取りを見てても、私にはあの対応は無理だなって思う。
「まあ。蒼依さんがそう言うなら」
 そんな蒼ちゃんにほだされたのか、慶も渋々ながら勉強に同意する。

 クッキーのひと時を終えて、追試対策と言う名の勉強をしばらくすると、
「愛美。だたいま」
 ドアの開錠の音がしたと思ったら、そのままお母さんが帰ってくる。
 時計を見ると、もう夕方も日が沈もうかという時間になっていた。
「あら? 愛美のお友達?」
 お母さんがリビングにまで来たところで、私と慶と蒼ちゃんを順番に見渡す。
「は、はい。お邪魔しています」
 突然の親の帰宅に慌てた蒼ちゃんが少しどもりながら挨拶をする。
「いつも愛美がお世話になってるわね」
 そんな蒼ちゃんにお母さんが軽く会釈をする。それを受けて増々恐縮したのか
「い、いえ、今日は愛――愛美さんに勉強を教えてもらってまして……」
 言葉の最後の方が小さくなっていく。
 そんな蒼ちゃんにお母さんは少し苦笑いをしながら
「あ、驚かせたらごめんなさいね。みんなでお勉強でもしてたの?」
 テーブルの上に広げていた教材を見てお母さんが質問を投げかける。
「うん。(けい)も交えて。みんなでテスト対策をね。中間試験もすぐにやってくるし」
 追試対策をしているというと、また慶が何か言われるだろうし。
 そう思って言ったのだけど、お母さんはそう取らなかったみたいで、
「あんまり息をつめないで、たまにはお友達と遊びに行ってきなさいよ?」
 慶に言うのとは全く反対の事を言ってくる。
「……」
 慶の方を見ると案の定、口をあんぐりとあげている。それを見とがめたのか、
「お姉ちゃんは慶久(のりひさ)と違って、勉強もよく出来るし、何より赤点取らないでしょう?」
 お母さんの視線が慶に向く。昨日の約束と言うか話もあるから、
「まあ、でも今日は慶も一緒に勉強してたし。あんまり言わないでやってよ」
 あんまり慶を責めないように、やんわりと横槍を入れる。
「まあ、愛美がそう言うなら、今回はお母さんは何も言わないけど」
 そんな話しをしていると、いつの間にか片づけを終えたらしい蒼ちゃんが、
「あの、じゃあ蒼依はこれで……」
 遠慮がちに、お暇しようと声を上げる。
「じゃあ私、蒼ちゃんを送っていくから。慶、あんた自分の部屋で勉強しときなよ」
 私の意図を理解したのか、
「うん分かった」
 素直にうなづいて勉強用具を片付けて、自分の部屋へと引っ込む。それを確認して
「じゃあ、私も送っていくから」
 もう一度お母さんに声をかけて、家を出る。


「多分、慶久君っていい子なんだろうね」
 帰り道、いつもの交差点までの道すがら、ぽつりと蒼ちゃんが言葉を落とす。
「まあ悪い子ではないけど、言葉が乱暴だから親にも誤解されてるし」
 慶が蒼ちゃんに心酔しているのは分かるから、脚色にならない程度に肯定しておく。そんな私の返事にも思うところがあるのか、
「う~ん。それもなんか違う気がするんだけどなぁ」
 私の言葉に首をかしげる蒼ちゃん。
「蒼ちゃんは慶の乱暴なところ知らないからなぁ」
 なんせ蒼ちゃんの前では、別人のようにネコをかぶる慶である。
「まあ慶は、蒼ちゃんの事気に入っているから、蒼ちゃんの前では素直だよね」
 そこは私の言葉に満足したのか、
「男の子はあれくらい元気な方が良いよね」
 ひょっとしてこれは好感触なのか。蒼ちゃんがそう言って笑う。
 そんな蒼ちゃんの表情と、
「でも、あの子も男の子でエッチだから、蒼ちゃんも気を付けなよ」
 私は学校以外では基本ハーフパンツか、ショートパンツがほとんどだからそこは気にしなくても良いけど、どうしても、自分と蒼ちゃんのある部位のサイズが違い過ぎて、
「はぁ……」
 ため息が出てしまう。そんな私の視線に気が付いたのか、
「愛ちゃんもやっぱり姉弟だねぇ」
「ちょっと待って? 今慶と一緒って言われるのは――」
 私が言い終わる前に、蒼ちゃんが片腕で胸を隠すような仕草をして、もう片方の腕で、私の頬をはたくような真似をしながら、
「慶久君からも視線感じたよ」
 そう言われた私は、途中で口を閉じるしかなかった。
 私は自分の事を棚に上げて、私の友達に対して“慶、許すまじ”と考えていると、
「それを言うなら、蒼依だって愛ちゃんに結構ハラハラしてるんだよ?」
 蒼ちゃんが逆に私に言い返してくる。
「え? 私?」
 ちょっと思い返しても、私がハラハラさせてるって言うのに思い当たる節がない。
「だって、愛ちゃんクラスでも割と見えそうになってる事多いよ?」
「――え?!」
 何がとまでは言わない。そして言われなくても思い当たったと言うか、その手の話なら、今までに何回か蒼ちゃんに指摘をもらったこともある。
「や……でも私、スカート長めにしてるし」
“万一”を思うと、どうしても顔が火照ってくる。
「スカートが長いからって……男子の視線気にならない?」
 蒼ちゃんがあきれ半分、しょうがないなぁの表情半分で私に聞いてくる。
「え? でも、男子の視線って……今まで見えてないよね?」
 多分端から聞いたら、なんて会話をしているんだろうかと思われていても不思議じゃない。と言うか、月曜日学校行くのが恥ずかしくなる。
「愛ちゃん。長いと見えなくなるんじゃなくて、見られる可能性が減るだけだよ?」
 それって、それって……最後まで言わないのは蒼ちゃんの優しさなのかもしれないけれど、私の顔の火照りはいよいよ手で仰ぎたくなるくらいにはなっていて、
「愛ちゃんって気づいてないんだろうけど、学校でも男子から結構人気あるよ?」
 蒼ちゃんが微風(そよかぜ)にさらされた艶のある綺麗なロングヘアーを、片手で押さえながら私に笑いかけてくるのを見て、私には蒼ちゃんのような可愛さはないなって恥ずかしさは消えて、その代わり冷静さが戻ってくる。
 その私の表情をどう取ったのか、蒼ちゃんが
「さっきの愛ちゃんの照れた表情。男子が見たら多分みんな放っておかないと思う」
「……ぅぇ?」
 私の顔を再び火照らせようとしてくるけど、
「だから愛ちゃんこそ、人気あるんだから男子に安売りしたら駄目だよ? どうしてもの時でも蒼依が安売りはさせないから、愛ちゃんも気を付けてね」
 さっきの蒼ちゃんの表情が少し脳裏に残る。そんな会話をしていると
「あ」
 いつもの交差点でどちらともなく声を上げる。
 それでさっきまでの話は終わりだという意味も込めて
「蒼ちゃん、今日はおいしいクッキーをありがとう。また分からない所あったらいつでも聞いてね」
 それを聞いた蒼ちゃんも、
「勉強教えてもらったのは私の方なのに、また分からない所あったら聞くね」
 苦笑いを浮かべながら、お互いを見送った最後、
「もう一度言うけど! 愛ちゃん本当に可愛いんだから自信を持ってね!」
 それだけを言って、私に何も言わせないまま背を向けて走って帰っていく。
 私は、そんな蒼ちゃんの背中を見えなくなるまで見送ってから、家路へと就いた。
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