第5話  今視えている日常 5

文字数 4,072文字

「ただいまー」
 蒼ちゃんを送った後、少しだけ遠回りをして家に帰る。
 リビングを横切って、先に手洗いをしようと、洗面所に向かおうとすると
「愛美! 元気してたか!」
 挨拶もそこそこにお父さんが、私に抱き着こうと――
「えぐっ?! ちょっと母さん?!」
 したところで、お母さんに襟をつかまれて、変な声を上げるお父さん。
 お父さんも帰ってたのか。靴を確認してなかった。
「お父さん? 年頃の娘に何をしようと?」
 お母さんが、お父さんの後ろで仁王立ちになっている。
「いやだって母さん? 愛美の顔見るの久しぶりだよ?」
 そんなお母さんの前で、お父さんがオロオロしている姿が少しおかしい。
「それと抱き着くのは話が違います」
 そう言って、ぴしゃりとお父さんの意見を抑え込んでしまう。
 その間に、手を洗ってリビングに戻ると、
「……」
 ちょっと寂しそうにお父さんがこっちを見てくる。
 さすがに可愛そうになったから、お母さんがご飯作って背中を向けている間に、
「おかえりお父さん! 久しぶりだね」
 笑顔と共に、一瞬だけお父さんの腕に抱き着く。
 それ以上はさすがに恥ずかしいから、パッと離れる。
「あ、あぁ。愛美も元気そうで良かったよ。困った事とかないか?」
 そんな私の行動に、驚きつつも嬉しそうに、少し照れ臭そうに私の事を気遣ってくれる。
「うん。慶も最近は言う事聞くし、困った事とかは無いよ」
 他の家がどうかは知らないし、他の家と比べるのも変な話だとは思う。
 ただ、友達の話や色々なニュースを見ていると、私は両親からとても大切にされていることは本当によくわかるし、身に染みる。
 だから、私は両親の前では出来るだけ笑っていたいし、心配もかけたくない。
「そう言えば(けい)は?」
「ああ、慶久(のりひさ)は今、自分の部屋で勉強してる」
 見まわしても慶がいない。高説のある時は、慶もお父さんの事文句言ってるけど、基本的にはお父さんには割と懐いている方なのだ。だからてっきりいるかと思ったのだけれど、
「お父さん。慶の事だけどあんまり――」
 私が言い終わる前に、
「ああ、大丈夫だ。さっき母さんからも聞いてるから、今日は何も言わない。みんなで楽しくご飯を食べよう」
 お父さんが私の言葉にかぶせてくる。
「さぁ、愛美、ご飯が出来る前に先にお風呂でもはい――」
「お父さん。何度同じ事言わせるんですか? 先に入ってきてください。お父さんが上がったら慶久(のりひさ)に入ってもらいます」
 いつの間に聞いていたのだろうか、お母さんが再びお父さんの言葉をさえぎって、お父さんに先に入るように、お母さんが言いきってしまう。
「後で愛美も私も入りますから、湯船は綺麗にお願いしますね」
「だったら先に……」
 お父さんが何かを言いかけるも、
「――何か?」
 お母さんの迫力の前に、お父さんは何も言えずにお風呂に向かう。
 私の家では、男の人が先にお風呂とか、女の人は後回しだとか、言い方は大げさだけれどそう言う男尊女卑みたいなのはない。
 さっきも言ったように私は、両親からとても愛情を注いでもらってるのを、身にも肌にも感じている。だからそう言う家庭的な問題でもない。その証拠に、
「本当にお父さんもデリカシーがいつまでたっても無いんだから」
 そんなお父さんの背中にお母さんが優しい表情を浮かべて、言葉をこぼす。
 そんなお母さんの気持ちもお父さんの気持ちもわかるから、
「あんなにはっきり言わなくても、お父さんかわいそうだよ?」
 ちょっとお父さんの味方をする。
「何言ってんの。愛美はどこへ出しても恥ずかしくない自慢の娘なんだから、もう少し女の子としての自覚を持っても良いのよ。それに慶久(のりひさ)の事もあるんだから」
 まあお母さんの言ってる事も分かる。
 ちょっと恥ずかしいけれど“女の子の日”とか、そう言うのを分からなくするために普段からそうしているんだと言う事も。
 ただ(けい)の事はあんまりよく分からない。
「何でここで慶が?」
 するとお母さんがちょっと心配そうに、
「まあ分からなければ気にしなくてもいいわよ」
 そう言って、
「愛美は週末くらいはゆっくりしてて良いから」
 再び台所へと向かう。


慶久(のりひさ)、最近お姉ちゃんと仲良くやっているんだってな」
 食事中の一コマ、お父さんが慶に近況を確認する。
「まあ、ねーちゃんだけじゃ心配だし?」
 そんなお父さんの確認に、何故かドヤ顔を披露する慶。
「そんなこと言うけど慶、なんかお姉ちゃんを手伝ってくれた?」
 せっかくなので弟をいじる。
「な!? 風呂洗いとかやってるじゃねーか」
 相変わらずの言葉遣いである。それを見とがめたお母さんが
「慶久あんた、いつもお姉ちゃんにそんな喋り方?」
 慶にお説教モードに入りかけるも、
「慶久? 女の子にモテるには、女の子に優しくしないとダメだぞ」
「いや、ねーちゃん女って感じがしねーし」
 お父さんがせっかくフォローを入れてくれようとしているのに、要らない事を言うから、
「まあ、慶がそう思ってるんならそれで良いけど、でも、その言い方だけは何とかしなさい」
 どうしたのか、お母さんがたしなめると思ったんだけど、そのまま、まとめ込んでしまう。
 まあ久しぶりにみんなでご飯だから、細かい事は言いたくなかったのかも知れない。
「それと愛美。優しくしてくる男はみんな下心持ってるから、絶対気をつけてな」
 なんかお父さんがすごい偏見を持ってる気がする上に、さっき慶に反対の事言っていた気がするんだけれど。
「大丈夫だよ。クラスでも男子とほとんどしゃべる機会がないから」
 自分で言ってて悲しくなる。まあ蒼ちゃんほども女の子らしくもないし、かといって自分から男子に話しかけるのも、なんかはしたない気がする。
 いや、実際は男女仲良くなれるのが一番なんだろうけど。分け隔てなく接することが出来る人がちょっとうらやましい。なんだかんだ言って男子と喋るのを私が恥ずかしがってるだけだと思う。
 それに、実際男子の考えてる事が分からないから、何とも言えない……事も無いか。慶を見ていれば、考えてる事もわからないでもない。
 フケツだとは思うけど、思春期の男子だから多少は……ね。
「それならそれで良いけどな」
 お父さんがほっとした表情をする。
 そんなお父さんの言葉に、慶がため息をつきながら
「2人とも、ねーちゃんの事好きすぎるだろ」
 珍しく的を得た事言う。
 でも、慶の事も同じくらいには愛されているとは思うんだけどな。
「何を言うんだ。お父さんは慶久(のりひさ)の事も好きだぞ~」
 そう言って、お父さんが慶に投げキッスをする真似をする。
「おいおっさん、辞めろよ」
 言葉とは違い、まんざらでもない慶。
「お父さん? 今は食事中ですよ?」
 そして、そんなお父さんをすかさずたしなめるお母さん。
 そんな中で久しぶりに、両親と取る食事は、普段よりもとてもおいしく感じた。


 そんなかんだで、私、お母さんの順番でお風呂に入って、しばらくリビングでのお父さんお母さんと慶との雑談も終わり、もう寝ようかと自分部屋へ戻ってしばらくすると部屋のドアがノックされる。
「愛美? 今大丈夫?」
 お母さんが扉の外から声をかけてくる。
「うん大丈夫だけど、何かあった?」
「ええ、ちょっと愛美とゆっくり話をしようと思って」
 そう言って、遠慮がちにドアを開けて入ってくる。そんなお母さんをみて、
「お父さんは?」
 お父さんもなんか私と話がしたかったように見えていたから聞くと
「お父さんは慶久(のりひさ)と話するって慶久の方へ行ったわよ」
 それを聞いて、何故か安心する。(けい)だって、この家の大切な家族なのだから。
 私は大切にされていて嬉しいけど、やっぱり弟も大切にしてやって欲しい。他の家族と、ホント比べても仕方がないのは十分わかるけど、家族揃っての団欒が他の家族よりも少ないのが分かるから、余計に心からそう思う。
「そっか。それなら良かった」
 私の返事を皮切りに、
「愛美? いくら家族と言っても、部屋のドアのカギはちゃんとしておきなさいよ?
 普段はお母さんもお父さんもいないんだから」
 そんな事を言ってくる。やっぱりさっきのは久しぶりの食事だったからなのか、慶の事を信用していない口ぶりで、私をたしなめてくる。
 もちろんその気持ちは嬉しいのだけれど、
「お母さん。私に対する気持ちは嬉しいけど、もう少し慶の事信用してやってよ。あの子、確かに言葉遣いアレだし、私も腹立つ事多いけど、でも、そんなに悪い子じゃないよ?」
 やっぱり、慶も大切にしてやって欲しい。
「愛美は優しいから。さっきのお父さんじゃないけど、下心持った悪い男に騙されないかは心配よ」
 さっき蒼ちゃんにも似たような事言われたけど、私って警戒心みたいなの低いのかな。
「大丈夫だって。男子だって声をかけるなら私よりも、もっと可愛い子に声かける
 だろうし」
 そのまま蒼ちゃんのスタイルを思い出して、私って女としてまだまだだなって改めて思ってしまう。そんな私の意見に、小さくため息をついた後、
「お母さん、愛美のその自信のない所だけが心配。愛美は絶対可愛い。特に笑った顔は、誰にも負けないと思うわよ? それに、そんな外見だけで判断する男子なんてこっちから願い下げなさい」

 その後、お母さんが何かに気が付いたのか、
「なら明日お母さんとお父さんと、慶も誘ってみんなでお買い物に行きましょう。愛美の服買ってあげる。愛美が少しでも自信が持てるように、とびっきり可愛い服を買いに行きましょう。愛美、明日は用事ないわよね?」
 私が意見を挟む間もなく、お母さんがまくし立ててしまう。
 お父さんが途中で口をはさめないのも、何となく分かってしまった一コマ。
「うん用事は大丈夫」
 ボランティア活動は、後で(あか)先輩に連絡だけしておこう。
 蒼ちゃんからもし分からないところがあれば……その時に言おう。
 先に連絡して遠慮させてしまうのもなんだし。
「じゃあ、今日はゆっくり休みなさいよ。明日の朝もご飯の事とか考えなくていいから」
 私が明日の事を考えている間に、お母さんがそう言い残して、部屋を
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