第2話 今視えている日常 2
文字数 8,313文字
「ん。こんなもんかな」
一通り出来上がった答案用紙を最終確認する。
計算間違い・解答欄ミス・途中の式抜けなど、残り時間は十分切ってる。
この時点で一つミスが見つかると、時間的にギリギリ。二つだと修正時間切れで満点が無くなってしまう。
ただ幸いなことに、見直したところではミス自体はなさそうだから、発見できないミスが無ければ満点かもしれない。
そう結論付けたところで、テスト終了のチャイムが校舎全体に鳴り響く。
「それでは答案用紙を後ろから集めてきてくれー。そのまま終礼のホームルームに入るからなー」
今日は担任の先生もちゃんと終礼をする気がないのか、特に連絡事項も無いのか、来週からは通常授業があるということ、クラブ活動や統括活動自体も来週からになるという旨を伝えて、喧々諤々 とした教室内で終礼も締めくくられる。
「あーそれと一点だけ、岡本。申し訳ないけど後で職員室に寄ってくれ。それじゃ解散!」
最後に一言残して。
私は、机の上の帰る準備もそこそこに先生と一緒に職員室へついていく。職員室へ着いた先生は私に、
「悪いけど、少しだけそこで待っててもらっていいか? 答案用紙置いたらすぐに行く」
私をパーティションの奥へ目配せをし、それだけを言い残して一旦立ち去ってしまう。
私はソファに腰掛けて先生が来るのを待つ。程なくして、
「テストで疲れているところ申し訳ない。ちょっと聞きたいことがあってな」
先生の視線をなんとなく感じながら気にしつつ、少し顔が温かくなることを自覚しながら、足を揃えることとスカートの上に手を置くことを意識して、
「聞きたいことって何ですか?」
私が訪ねると、先生は少し言いにくそうにしながら、小声で、
「実は今日一般の方から、この学校の生徒が非行をしていると連絡が入ったから、こうやって統括会をやっている連中に、個別に話を聞いている最中でな。それで声をかけた」
言いたい事は分かったけど、
「でもそれだけじゃ漠然としすぎてませんか? それに非行って何ですか?」
今は学校側も教師側も何かあればすぐに皆騒ぐし、話が大事になりやすい……今じゃなくても進学校と言うのがそうさせているのかもしれないけれど。
それに関して、先生が神経質になるのも分かるけど、その度に生徒が疑われるのは、統括会メンバーとしてもあんまり気分の良い話じゃない。
「いや。疑ってるわけじゃないんだ。もちろんその連絡の信憑性も疑って掛からなければならんし、何より生徒の事は信用してる。だから俺はもちろんそれが全てでは無いとは思うけどな。ただ、こういった連絡があって学校側は知らん振りできないというのも分かるだろ」
それは分かるけれど。
「すみません。私、この連休中、弟の面倒と休み明けテストの勉強していてあんまり外出てないので分からないです」
これは本当。
そもそも両親が中々家に帰ってこないから家事炊事などは私が大体の事をしている。もちろんお母さんが帰って来てる時はお母さんが作ってくれるし、色々アドバイスや助言を貰える事も多い。
「そうか。テストで疲れてるところ呼び出したりして。ただ、この事は信憑性にも欠けるからまだ口にしたり、広めたりしないでくれるか?」
先生が私をねぎらい、開放する前に一言付け足す。
「はい。分かりました」
当然の一言を付け足して私は職員室を後にする。
そうして、帰る準備もそこそこだった自分の教室に戻ると、
「あ、愛ちゃんお帰り。職員室、何の用事だったの?」
そう言って蒼ちゃんが私を出迎えてくれる。
「統括会の話だから。まだあんまり話せないかな?」
嘘じゃない。でも若干の秘密に心の中に小さなわだかまりを作りつつ、その心の中で友達に謝る。
「じゃあ仕方がないね。それより今日のテストどうだった? って愛ちゃんに聞く必要ないんだけどね」
帰る準備を進める私を見つつ、そんな私の気持ちを溶かすように、苦笑いを浮かべながら今日のテストの手ごたえを聞いてくる。
「多分大丈夫だと思うけど……蒼ちゃんは?」
私自身のこともそうだけど、あれだけ昼休みに泣き言を言ってた蒼ちゃんが気になり、少し手を止めて私からも聞き返すと、ため息をつきながら、
「愛ちゃんの大丈夫は蒼依の大丈夫とは違うからなあ。蒼依は理科追試確定」
返答をくれる蒼ちゃん。
帰り支度を終えて教室から出るさながらさすがに気の毒に思った私が、
「じゃあ明日、追試の勉強一緒にする?」
そう提案すると、蒼 ちゃんが待ってましたと言わんばかりに、
「本当に? それものすごく助かる」
私の提案に乗ってくる。ただ下駄箱の前で靴を履き替えながら、蒼ちゃんに尋ねる。
「明日は統括会あるからそれ終わってからでも良い?」
明日は連休明けで週末の統括会なので、多分遅くなる気がする。
「うん良いよ。そしたら蒼依 は一回帰ってお菓子作ってから、愛ちゃんの家にお邪魔して良い?」
私が念の断りを入れると、蒼ちゃんから願ってもない提案が追加される。
「ホントに!? 蒼ちゃんの作るお菓子美味しいから、私大好きなんだ」
帰宅道すがら、私は思わず手を叩いて喜ぶ。
蒼ちゃんはあんまり前向きな性格じゃないけど、私と同じように家事も炊事も一通りはこなしてしまう。
ただ私と違うのは蒼ちゃんはお菓子も作ることが出来るということ。
しかも、普通のお店に並べても遜色無い位には美味しいと私も慶も思っている。
以前学校の調理実習でお菓子作りをしたけれど、その時も他の班とは別次元のお菓子を作って、先生や皆を驚かせていた。
「愛ちゃんにそう言って貰えると嬉しい。慶久 君の分も作るから明日よろしくね」
なんだか、勉強を見るあたしよりも対価が大きすぎて逆に恐縮してしまう。
「慶 の分もありがとう。まあ、慶は蒼ちゃんに懐いてるから喜ぶよ」
そして気がつけば、分かれ道まで来ていたので、
「そしたら私買い物して帰るから」
「うん。じゃあ明日よろしくお願いします」
そう言ってお互いここで見送ることにした。
「ただいま」
少し重さのある買い物袋を玄関口において冬に比べると幾分長くなった日に照らされながら靴を脱いでいると、
「お帰りねーちゃん。腹減った」
私の顔を見るなり、空腹を訴えてくる。こっちだって今帰ったばかりで疲れてるってのに。
「はいはい。早くご飯食べたかったら今日の夕飯手伝う事。分かった?」
取り合えずお腹が空いているとうるさいので、それだけ約束させる。
「うっせーめんどくせぇ。今食べたいの。パン買って来てないの? おにぎりとか」
もうほんっとに腹立つ。
「買って来てないって。そんなに食べたいなら自分のお小遣いで買ってきなよ」
取り合えずうるさいので外に追いやることにする。
「分かったよ。ホントババアみたいな事言いやがって」
文句を言いながら外に買いにいく慶 。取り敢えずは買い物袋を台所に置き、自室に戻り私服に着替える。
スカートだと色々気を使わないといけないのがね。
「取り敢えずはお弁当箱を洗って……ってまたカバンの中入れっぱなし?」
台所・テーブル。どこを見ても慶のお弁当箱が無い。多分カバンから出さずにそのままなんだと思う。
「何で毎回毎回……あれだけ出せって言ってるのに」
こう何回も同じ事が続くと私も愚痴っぽくなる。
取り合えずカバンの中を見ないようにお弁当箱だけ取り出して洗う。
そして、夕飯の下ごしらえが出来たところで、慶が帰って来たから、
「慶 ! いつも出してって言ってんのに、アンタ何で弁当箱出さないわけ?」
開口文句を言うと、慶 が慌ててカバンに駆け寄り
「はあ? 何で勝手に人のカバン開けてんの? 俺すぐ帰って来るって分かってんだら、それまで待てよ」
中身を確認して、改めてこっちに振り返って逆切れする慶。
「慶 、アンタも毎回毎回お姉ちゃんがカバンから出すって分かってるなら、その前に出しときなよ、どうせお姉ちゃんに見られて困るもんでも入ってるんでしょ?」
「な?! 見られて困るもんなんてねーよ」
私の言葉に対し、大慌てで言い繕おうとする慶。ホント男ってこんな事ばっかり考てるのか。それとも慶だけなのか。
「ホント変態」
取り合えず腹立ったので、主語無しでそれだけ言ってやる。
「それより、今日テストあったんでしょ? どうだった?」
連休中勉強している姿は見てないから、大体分かるけど、さっきの仕返しとばかりにこっちから聞いてみる。すると、次はうろたえたように
「いや? 普通だし。ねーちゃんに心配されるような結果じゃねーし。そもそも変態関係ないし」
……普通。結果……ひょっとて当日返却なのか。
「今週末の明日、お母さんもお父さんも帰って来るって。その時テストの結果楽しみにしてるって言ってたよ」
ちょっと気になったから、もう少しエサをぶら下げてみる――恐怖と言う名の。
「へ。へぇーそうなんだ。明日中に試験結果返って来たら良いなあ」
別に、私の両親は怖いとか、勉強しなさいとかそう言うタイプじゃない。ただ人並には出来ないと、後で私達のように本当に苦労するから、人並みにはちゃんとしなさいと、あまりひどいと長時間の説教と言うか高説が始まる。しかも正座で。
がさつな慶がそれに耐えられるわけも無いから、慶は結果的に恐怖することになる。
「明日はお姉ちゃん統括会あるから遅くなると思う。それに慶も知ってる蒼 ちゃんも来から」
ふらついている慶にもう一つ追撃。
「明日お父さんとお母さんが帰ってきたら、高説かあ。蒼ちゃんと話出来ないかもね」
お菓子の話をすると調子に乗りそうだったから、ここまでエサを撒ききる。
これで釣れなければ多分本当に返ってきてないんだと思っていると、
「これ、結果」
しぶしぶカバンの中から、私に目線を合わせずにくしゃくしゃになった答案用紙をに
見せる。私はその答案用紙を見ながら、
「これ。明日お父さんとお母さんが見たら絶対に高説だね」
さすがに、自分の弟ながらちょっと哀れみの視線を投げかける。
「うん。お姉ちゃんご飯作ったげる。まずは元気出そう」
そうやって、まずは夕食の準備を完成させようと――
「ちょっと待てよ? それだけ? じゃなんで俺に鎌かけたんだよ? ジジィとババァの説教からかばってくれんじゃねーのかよ?」
私が何事も無かったように夕飯の準備をしようとすると、慶が私に食って掛かってくる。
「はぁ? 何でお姉ちゃんが慶をかばうの? ちゃんと勉強しなかった慶が悪いんでしょ?」
取り合えずうっとおしいので追い払う。
「だって明日蒼依 さん来るんだろ?」
まあ、慶 は蒼 ちゃんを気に入ってるからそうなんだろうけど。
「普段から勉強しないあんたが悪い」
身から出た錆。慶には反省をしてもらおうとぴしゃりと言い切ると、
「何で蒼依 さんはねーちゃんと違って、やさしくて女らしいのに、こんな鬼みたいなねーちゃんと友達できてるんだか」
慶の視線とともに、とても腹立つ一言どころじゃない言葉を投げられる。
「ちょっと慶! アンタ調子乗りすぎ!」
さすがに腹立ったので、慶の頭に拳骨を一つ落とす。
「ってえ! 何すんだよ? そんなだから女に見えないんだよ!」
「あんたはいちいち一言多いの。わかる?」
蒼ちゃんは弟に男として見られても~なんて言ってたけど、逆に弟ごときにここまで女を否定されると、やっぱ腹立つよ。
「いってえな。人には駄目だって言うくせに、自分は暴力ばっかり振るいやがって」
慶が涙目になりながら、私を恨めしそうに見てくる。
昔だったら確実に慶もやり返してきたのだけど、最近は私にやり返してくることも無くなった。ただ、本当に言葉遣いだけは良くない。
「取り合えずお腹空いてるんでしょ? 早い目にご飯作るから少し待ってなさい」
このままだと夜ごはんも遅くなるから、一旦会話を切ってご飯を作ってしまう。
「お母さんにはお姉ちゃんから言っておくから。明日まっすぐ学校から帰ったら自分の部屋で勉強してなよ? 蒼ちゃん来たら呼んであげるから」
夜ごはんの最中、私も点数だけ聞いて慶を放置しておくのも、蒼ちゃんが慶の為にもお菓子作ってくれる事を思いながら、妥協案を出す。
「ねーちゃんは?」
「お姉ちゃんは明日統括会があるから、帰るの遅くなるよ。その間にお父さんとお母さん帰ってきたらあんた確実に高説だね」
慶は基本好き嫌いがないから、私が何を作っても文句を言わずに食べる。
体調が悪かったり、時間が無くて簡単なものしか作れなくてもそこは文句を言わない。
「しかし慶、ホントもう少し勉強しておかないと、中間テスト苦労するよ?」
私が作ったものをちゃんと残さず食べてくれる。そんな慶を見てると、こっちとしても情が沸いてくるから、放っておくことはしないで、軽く釘だけはさしておく。
「でも。友達付き合いって大事だろ。友達付き合いを疎かにするとクラスで、ハブられる事も最悪あるんだっつうの」
慶のご飯のお代わりをよそい、
「だから、友達付き合いも、付き合う友達も考えないと駄目だって言ってるのに。それに、なんでも友達のせいにするのはお姉ちゃん良くないと思うよ」
慶にお茶碗を返す。
「確かにそうかもしれねーけど……」
普段は口も悪いし、さっきのような腹立つ一言どころか、たくさん言って来る慶だけど多分私の両親が思ってるような“悪い子”じゃ無いとは思う。聞く時はちゃんと聞くし。慶の態度に絆されつつある私は、
「慶。赤点の教科は何?」
取り合えず聞いてみる。
「見せた答案の数学ともう一つ物理」
二科目もあったか。一科目だったら親も説得できたと思うのに。慶は勉強ちゃんとついて行けてるのか。さすがに不安になる。
「慶? 勉強ついて行けてる?」
さすがに不安になって、そのまま言葉が口をついて出てしまう。
「……あんまり。でも俺一人じゃなくて何人か赤点取ってる友達もいるから」
言いにくかったのか、言った後言い分けも合わせて付いて来る。
「明日蒼ちゃんも、追試対策で勉強する為に来るんだけど、慶も一緒にやる?」
やってる範囲も難易度も違うけど、教科は同じだから一緒に出来ない事も無いと思う。
それにお父さんとお母さんの高説を逃れるのも、良い手だとは思う。
「え? 俺も一緒に?」
私の申し出が意外だったのか、聞き返してくる慶。なので私は自分の考えを提案する。
「そう一緒に。蒼ちゃんも理科だし。一緒にしてればお父さんもお母さんも勉強中には何も言っては来ないと思うよ? ただし、終わったら高説だとは思うけどね」
同じ理科でも科目が違うけれど、そこはまあ私からしたら実はあまり変わらない。だから慶に一緒にどうかと伝える。
すると弟は嬉しそうに、
「サンキュねーちゃん。俺が今日は洗い物やっとくから」
そう言って、善は急げとばかりに綺麗に平らげた茶碗やお皿を台所に持って行って洗い始める慶。そんな慶を可愛く思いながら、
「じゃあ。お姉ちゃんお風呂沸かしておくから、沸いたら先入って」
「おう」
慶の返事を耳に聞きながら、私はお風呂を沸かす為、浴場へ向かう。
その際に、
「洗濯物あったら、今日の内に回してしまうから出しといて」
慶に声を一言声を掛けてからお風呂の準備をして、自分の部屋にいったん戻る。
しばらく自分の部屋でノートを広げていると、“鍵のかかった”私の部屋の外から
「ねーちゃん。風呂空いたから」
それだけを言ってそのまま立ち去ろうとする気配がしたので、
「分かったけど慶。あんた明日はテストは?」
鍵とドアを開けて慶がまだいる事を確認してから夕食前の会話を確認する。
すると慶は私に視線を合わせずに、
「明日はテストはもうない。普通の授業だけ」
それだけを言って、そのままそそくさと自分の部屋に戻ろうとするから、
「ちょっと待ちなって慶。じゃあ追試は何時なの?」
もう一度引き留めると、渋々と言った感じで
「追試は来週月曜日」
答えるので、
「慶。今日の内に間違えた問題の復習くらいしときなよ」
もう一度念を押しておく。
「何でだよ? 明日蒼依さん来るんだろ? さっき言ってた通り、ねーちゃん帰って来るまで明日は部屋でおとなしく勉強するからって約束だろ」
まあ、そんな事だろうとは思ってたけど、
「今からしておきなよ? 試験前も慶は勉強してないでしょ? でないと明日蒼ちゃんに点数バラすよ?」
明日からすると言って、いつもズルズル行く慶の事だから、蒼ちゃんをちらつかせて、釘を刺しておく。
「分かったよ。ったくなんて酷いねーちゃんだよ。蒼依さんと代わって欲しい」
普段から勉強しない慶にしたら愚痴の一つで済んでるのだから、蒼ちゃんの力はすごいと思う。
「勉強一区切り付いたら、冷蔵庫と冷凍庫にジュースとアイス入れてあるからそれ食べてもいいよ。後、洗濯物も回しても良い?」
なので、こちらからもご褒美と言うわけではないけど、甘いものを用意しておく。
やっぱり頭を使った後の甘い物って美味しいから。
「分かった。後洗濯もOK」
不機嫌そうではあるけど、一応返事をして自分の部屋に戻る慶を見届けてから、私もお風呂へと向かう。
お風呂から上がり、洗濯機を回してから自分の部屋へと戻り程なく、固定電話が鳴ったから下に戻り子機の受話器を取ると
「あ。お母さん?」
お母さんからの電話だったから、そのまま自分の部屋に子機を持ち込んでお母さんとの連絡で今日あった事などを伝える。
「お母さんたち明日帰るけど、変わった事とか無い?」
いつもの決まったやり取りではあるけど、とても私たちの事を想ってくれているのが判るから、
「うん。こっちは大丈夫。慶も大丈夫。元気に生活してるよ」
こちらも慶の事含めて元気である事を伝える。
「そう。それなら良いけど。あの子問題起こしてない?」
私はそこまで慶の事は悪い子だとは思ってないけど、親と言うのはまた違った見え方をしているみたいで、
「問題なんて起こしてないよ。私の言う事も聞いてくれるし」
慶の事となると何かをしでかしているというのが、親の見え方みたいだ。
「それなら良いけど。何でもいいからなんかあったら、いつでも連絡してきて良いから、連絡先は知ってるわよね?」
そんな私の気持ちも知ってか知らずか、
「大丈夫だってお母さん。連絡先も知ってるから。それに明日帰って来るんでょ?」
「ええもちろんよ。愛美をあれだけ粗野な弟と長い間二人きりには出来ないし」
私の質問に、間を入れずに答えを返してくれるお母さん。昔の事があるからだろうけれど、さすがにここまで慶の印象が親に悪いと、慶が不憫になってくる。まあ、この話は、明日またするとして、
「愛美は聞かなくても大丈夫だと思うけど、慶久 の方は休み明けのテストはどう?」
テストの事を把握しているお母さんが、結果を気にする。
「私は大丈夫だとは思うけど、慶がね……」
一旦話題が逸れたのは良かったとは思うけど、それにしても慶にしてみれば肩身が狭い会話ばかりが続く気がする。
「あの子はほんっとに。また明日帰ったら説教かしら」
案の定お母さんがため息をつきながら、慶の心配をする。
さすがに、さっきの約束の事もあるし、明日の事もあるから、
「お母さん。今回の成績に関しては慶も珍しく反省しているみたいで、今も復習してるから明日は大目に見てやって? それに明日は私の友達も一緒に勉強する事になってるし」
慶を弁護する。でも、
「そんな事まで愛美に押しつけたりはしないわよ」
どう勘違いしたのか、私がお母さんの代わりに慶の叱り役をしたと思っているみたいだから
「ううん。そうじゃなくて、明日蒼ちゃんが来るんだけど、同じ教科を勉強するから、慶も一緒に混ぜてやろうかなって思っていて、慶の範囲だと私も蒼ちゃんも良い復習になるし、だから今回は慶の事を叱らないでやって欲しいなって思ってる」
私が思ってる事を言い含めて、お願いしてみる。
「愛美がそう言うなら、今回はあまり言わないけど、でも親として一言くらいは言うと思うわよ」
まあ、一言くらいならあの高説に比べたら何でもないかな。
「うん分かった。ありがとうお母さん」
なので、お母さんにお礼を言うと
「なんで愛美がお礼を言うの? お礼を言うのはお姉ちゃんに庇って貰った慶久 でしょうに」
お母さんが少し笑い気味に返してくれる。
「じゃあ、私たちは明日の夕方には家に帰ってるから、夜ごはんの事は考えなくて良いわよ。週末くらいはゆっくりして良いから」
「うん。ありがとう」
明日の夕方には帰る事を聞いた私は、受話器を置き、洗濯物を干して、自室に戻った。
一通り出来上がった答案用紙を最終確認する。
計算間違い・解答欄ミス・途中の式抜けなど、残り時間は十分切ってる。
この時点で一つミスが見つかると、時間的にギリギリ。二つだと修正時間切れで満点が無くなってしまう。
ただ幸いなことに、見直したところではミス自体はなさそうだから、発見できないミスが無ければ満点かもしれない。
そう結論付けたところで、テスト終了のチャイムが校舎全体に鳴り響く。
「それでは答案用紙を後ろから集めてきてくれー。そのまま終礼のホームルームに入るからなー」
今日は担任の先生もちゃんと終礼をする気がないのか、特に連絡事項も無いのか、来週からは通常授業があるということ、クラブ活動や統括活動自体も来週からになるという旨を伝えて、
「あーそれと一点だけ、岡本。申し訳ないけど後で職員室に寄ってくれ。それじゃ解散!」
最後に一言残して。
私は、机の上の帰る準備もそこそこに先生と一緒に職員室へついていく。職員室へ着いた先生は私に、
「悪いけど、少しだけそこで待っててもらっていいか? 答案用紙置いたらすぐに行く」
私をパーティションの奥へ目配せをし、それだけを言い残して一旦立ち去ってしまう。
私はソファに腰掛けて先生が来るのを待つ。程なくして、
「テストで疲れているところ申し訳ない。ちょっと聞きたいことがあってな」
先生の視線をなんとなく感じながら気にしつつ、少し顔が温かくなることを自覚しながら、足を揃えることとスカートの上に手を置くことを意識して、
「聞きたいことって何ですか?」
私が訪ねると、先生は少し言いにくそうにしながら、小声で、
「実は今日一般の方から、この学校の生徒が非行をしていると連絡が入ったから、こうやって統括会をやっている連中に、個別に話を聞いている最中でな。それで声をかけた」
言いたい事は分かったけど、
「でもそれだけじゃ漠然としすぎてませんか? それに非行って何ですか?」
今は学校側も教師側も何かあればすぐに皆騒ぐし、話が大事になりやすい……今じゃなくても進学校と言うのがそうさせているのかもしれないけれど。
それに関して、先生が神経質になるのも分かるけど、その度に生徒が疑われるのは、統括会メンバーとしてもあんまり気分の良い話じゃない。
「いや。疑ってるわけじゃないんだ。もちろんその連絡の信憑性も疑って掛からなければならんし、何より生徒の事は信用してる。だから俺はもちろんそれが全てでは無いとは思うけどな。ただ、こういった連絡があって学校側は知らん振りできないというのも分かるだろ」
それは分かるけれど。
「すみません。私、この連休中、弟の面倒と休み明けテストの勉強していてあんまり外出てないので分からないです」
これは本当。
そもそも両親が中々家に帰ってこないから家事炊事などは私が大体の事をしている。もちろんお母さんが帰って来てる時はお母さんが作ってくれるし、色々アドバイスや助言を貰える事も多い。
「そうか。テストで疲れてるところ呼び出したりして。ただ、この事は信憑性にも欠けるからまだ口にしたり、広めたりしないでくれるか?」
先生が私をねぎらい、開放する前に一言付け足す。
「はい。分かりました」
当然の一言を付け足して私は職員室を後にする。
そうして、帰る準備もそこそこだった自分の教室に戻ると、
「あ、愛ちゃんお帰り。職員室、何の用事だったの?」
そう言って蒼ちゃんが私を出迎えてくれる。
「統括会の話だから。まだあんまり話せないかな?」
嘘じゃない。でも若干の秘密に心の中に小さなわだかまりを作りつつ、その心の中で友達に謝る。
「じゃあ仕方がないね。それより今日のテストどうだった? って愛ちゃんに聞く必要ないんだけどね」
帰る準備を進める私を見つつ、そんな私の気持ちを溶かすように、苦笑いを浮かべながら今日のテストの手ごたえを聞いてくる。
「多分大丈夫だと思うけど……蒼ちゃんは?」
私自身のこともそうだけど、あれだけ昼休みに泣き言を言ってた蒼ちゃんが気になり、少し手を止めて私からも聞き返すと、ため息をつきながら、
「愛ちゃんの大丈夫は蒼依の大丈夫とは違うからなあ。蒼依は理科追試確定」
返答をくれる蒼ちゃん。
帰り支度を終えて教室から出るさながらさすがに気の毒に思った私が、
「じゃあ明日、追試の勉強一緒にする?」
そう提案すると、
「本当に? それものすごく助かる」
私の提案に乗ってくる。ただ下駄箱の前で靴を履き替えながら、蒼ちゃんに尋ねる。
「明日は統括会あるからそれ終わってからでも良い?」
明日は連休明けで週末の統括会なので、多分遅くなる気がする。
「うん良いよ。そしたら
私が念の断りを入れると、蒼ちゃんから願ってもない提案が追加される。
「ホントに!? 蒼ちゃんの作るお菓子美味しいから、私大好きなんだ」
帰宅道すがら、私は思わず手を叩いて喜ぶ。
蒼ちゃんはあんまり前向きな性格じゃないけど、私と同じように家事も炊事も一通りはこなしてしまう。
ただ私と違うのは蒼ちゃんはお菓子も作ることが出来るということ。
しかも、普通のお店に並べても遜色無い位には美味しいと私も慶も思っている。
以前学校の調理実習でお菓子作りをしたけれど、その時も他の班とは別次元のお菓子を作って、先生や皆を驚かせていた。
「愛ちゃんにそう言って貰えると嬉しい。
なんだか、勉強を見るあたしよりも対価が大きすぎて逆に恐縮してしまう。
「
そして気がつけば、分かれ道まで来ていたので、
「そしたら私買い物して帰るから」
「うん。じゃあ明日よろしくお願いします」
そう言ってお互いここで見送ることにした。
「ただいま」
少し重さのある買い物袋を玄関口において冬に比べると幾分長くなった日に照らされながら靴を脱いでいると、
「お帰りねーちゃん。腹減った」
私の顔を見るなり、空腹を訴えてくる。こっちだって今帰ったばかりで疲れてるってのに。
「はいはい。早くご飯食べたかったら今日の夕飯手伝う事。分かった?」
取り合えずお腹が空いているとうるさいので、それだけ約束させる。
「うっせーめんどくせぇ。今食べたいの。パン買って来てないの? おにぎりとか」
もうほんっとに腹立つ。
「買って来てないって。そんなに食べたいなら自分のお小遣いで買ってきなよ」
取り合えずうるさいので外に追いやることにする。
「分かったよ。ホントババアみたいな事言いやがって」
文句を言いながら外に買いにいく
スカートだと色々気を使わないといけないのがね。
「取り敢えずはお弁当箱を洗って……ってまたカバンの中入れっぱなし?」
台所・テーブル。どこを見ても慶のお弁当箱が無い。多分カバンから出さずにそのままなんだと思う。
「何で毎回毎回……あれだけ出せって言ってるのに」
こう何回も同じ事が続くと私も愚痴っぽくなる。
取り合えずカバンの中を見ないようにお弁当箱だけ取り出して洗う。
そして、夕飯の下ごしらえが出来たところで、慶が帰って来たから、
「
開口文句を言うと、
「はあ? 何で勝手に人のカバン開けてんの? 俺すぐ帰って来るって分かってんだら、それまで待てよ」
中身を確認して、改めてこっちに振り返って逆切れする慶。
「
「な?! 見られて困るもんなんてねーよ」
私の言葉に対し、大慌てで言い繕おうとする慶。ホント男ってこんな事ばっかり考てるのか。それとも慶だけなのか。
「ホント変態」
取り合えず腹立ったので、主語無しでそれだけ言ってやる。
「それより、今日テストあったんでしょ? どうだった?」
連休中勉強している姿は見てないから、大体分かるけど、さっきの仕返しとばかりにこっちから聞いてみる。すると、次はうろたえたように
「いや? 普通だし。ねーちゃんに心配されるような結果じゃねーし。そもそも変態関係ないし」
……普通。結果……ひょっとて当日返却なのか。
「今週末の明日、お母さんもお父さんも帰って来るって。その時テストの結果楽しみにしてるって言ってたよ」
ちょっと気になったから、もう少しエサをぶら下げてみる――恐怖と言う名の。
「へ。へぇーそうなんだ。明日中に試験結果返って来たら良いなあ」
別に、私の両親は怖いとか、勉強しなさいとかそう言うタイプじゃない。ただ人並には出来ないと、後で私達のように本当に苦労するから、人並みにはちゃんとしなさいと、あまりひどいと長時間の説教と言うか高説が始まる。しかも正座で。
がさつな慶がそれに耐えられるわけも無いから、慶は結果的に恐怖することになる。
「明日はお姉ちゃん統括会あるから遅くなると思う。それに慶も知ってる
ふらついている慶にもう一つ追撃。
「明日お父さんとお母さんが帰ってきたら、高説かあ。蒼ちゃんと話出来ないかもね」
お菓子の話をすると調子に乗りそうだったから、ここまでエサを撒ききる。
これで釣れなければ多分本当に返ってきてないんだと思っていると、
「これ、結果」
しぶしぶカバンの中から、私に目線を合わせずにくしゃくしゃになった答案用紙をに
見せる。私はその答案用紙を見ながら、
「これ。明日お父さんとお母さんが見たら絶対に高説だね」
さすがに、自分の弟ながらちょっと哀れみの視線を投げかける。
「うん。お姉ちゃんご飯作ったげる。まずは元気出そう」
そうやって、まずは夕食の準備を完成させようと――
「ちょっと待てよ? それだけ? じゃなんで俺に鎌かけたんだよ? ジジィとババァの説教からかばってくれんじゃねーのかよ?」
私が何事も無かったように夕飯の準備をしようとすると、慶が私に食って掛かってくる。
「はぁ? 何でお姉ちゃんが慶をかばうの? ちゃんと勉強しなかった慶が悪いんでしょ?」
取り合えずうっとおしいので追い払う。
「だって明日
まあ、
「普段から勉強しないあんたが悪い」
身から出た錆。慶には反省をしてもらおうとぴしゃりと言い切ると、
「何で
慶の視線とともに、とても腹立つ一言どころじゃない言葉を投げられる。
「ちょっと慶! アンタ調子乗りすぎ!」
さすがに腹立ったので、慶の頭に拳骨を一つ落とす。
「ってえ! 何すんだよ? そんなだから女に見えないんだよ!」
「あんたはいちいち一言多いの。わかる?」
蒼ちゃんは弟に男として見られても~なんて言ってたけど、逆に弟ごときにここまで女を否定されると、やっぱ腹立つよ。
「いってえな。人には駄目だって言うくせに、自分は暴力ばっかり振るいやがって」
慶が涙目になりながら、私を恨めしそうに見てくる。
昔だったら確実に慶もやり返してきたのだけど、最近は私にやり返してくることも無くなった。ただ、本当に言葉遣いだけは良くない。
「取り合えずお腹空いてるんでしょ? 早い目にご飯作るから少し待ってなさい」
このままだと夜ごはんも遅くなるから、一旦会話を切ってご飯を作ってしまう。
「お母さんにはお姉ちゃんから言っておくから。明日まっすぐ学校から帰ったら自分の部屋で勉強してなよ? 蒼ちゃん来たら呼んであげるから」
夜ごはんの最中、私も点数だけ聞いて慶を放置しておくのも、蒼ちゃんが慶の為にもお菓子作ってくれる事を思いながら、妥協案を出す。
「ねーちゃんは?」
「お姉ちゃんは明日統括会があるから、帰るの遅くなるよ。その間にお父さんとお母さん帰ってきたらあんた確実に高説だね」
慶は基本好き嫌いがないから、私が何を作っても文句を言わずに食べる。
体調が悪かったり、時間が無くて簡単なものしか作れなくてもそこは文句を言わない。
「しかし慶、ホントもう少し勉強しておかないと、中間テスト苦労するよ?」
私が作ったものをちゃんと残さず食べてくれる。そんな慶を見てると、こっちとしても情が沸いてくるから、放っておくことはしないで、軽く釘だけはさしておく。
「でも。友達付き合いって大事だろ。友達付き合いを疎かにするとクラスで、ハブられる事も最悪あるんだっつうの」
慶のご飯のお代わりをよそい、
「だから、友達付き合いも、付き合う友達も考えないと駄目だって言ってるのに。それに、なんでも友達のせいにするのはお姉ちゃん良くないと思うよ」
慶にお茶碗を返す。
「確かにそうかもしれねーけど……」
普段は口も悪いし、さっきのような腹立つ一言どころか、たくさん言って来る慶だけど多分私の両親が思ってるような“悪い子”じゃ無いとは思う。聞く時はちゃんと聞くし。慶の態度に絆されつつある私は、
「慶。赤点の教科は何?」
取り合えず聞いてみる。
「見せた答案の数学ともう一つ物理」
二科目もあったか。一科目だったら親も説得できたと思うのに。慶は勉強ちゃんとついて行けてるのか。さすがに不安になる。
「慶? 勉強ついて行けてる?」
さすがに不安になって、そのまま言葉が口をついて出てしまう。
「……あんまり。でも俺一人じゃなくて何人か赤点取ってる友達もいるから」
言いにくかったのか、言った後言い分けも合わせて付いて来る。
「明日蒼ちゃんも、追試対策で勉強する為に来るんだけど、慶も一緒にやる?」
やってる範囲も難易度も違うけど、教科は同じだから一緒に出来ない事も無いと思う。
それにお父さんとお母さんの高説を逃れるのも、良い手だとは思う。
「え? 俺も一緒に?」
私の申し出が意外だったのか、聞き返してくる慶。なので私は自分の考えを提案する。
「そう一緒に。蒼ちゃんも理科だし。一緒にしてればお父さんもお母さんも勉強中には何も言っては来ないと思うよ? ただし、終わったら高説だとは思うけどね」
同じ理科でも科目が違うけれど、そこはまあ私からしたら実はあまり変わらない。だから慶に一緒にどうかと伝える。
すると弟は嬉しそうに、
「サンキュねーちゃん。俺が今日は洗い物やっとくから」
そう言って、善は急げとばかりに綺麗に平らげた茶碗やお皿を台所に持って行って洗い始める慶。そんな慶を可愛く思いながら、
「じゃあ。お姉ちゃんお風呂沸かしておくから、沸いたら先入って」
「おう」
慶の返事を耳に聞きながら、私はお風呂を沸かす為、浴場へ向かう。
その際に、
「洗濯物あったら、今日の内に回してしまうから出しといて」
慶に声を一言声を掛けてからお風呂の準備をして、自分の部屋にいったん戻る。
しばらく自分の部屋でノートを広げていると、“鍵のかかった”私の部屋の外から
「ねーちゃん。風呂空いたから」
それだけを言ってそのまま立ち去ろうとする気配がしたので、
「分かったけど慶。あんた明日はテストは?」
鍵とドアを開けて慶がまだいる事を確認してから夕食前の会話を確認する。
すると慶は私に視線を合わせずに、
「明日はテストはもうない。普通の授業だけ」
それだけを言って、そのままそそくさと自分の部屋に戻ろうとするから、
「ちょっと待ちなって慶。じゃあ追試は何時なの?」
もう一度引き留めると、渋々と言った感じで
「追試は来週月曜日」
答えるので、
「慶。今日の内に間違えた問題の復習くらいしときなよ」
もう一度念を押しておく。
「何でだよ? 明日蒼依さん来るんだろ? さっき言ってた通り、ねーちゃん帰って来るまで明日は部屋でおとなしく勉強するからって約束だろ」
まあ、そんな事だろうとは思ってたけど、
「今からしておきなよ? 試験前も慶は勉強してないでしょ? でないと明日蒼ちゃんに点数バラすよ?」
明日からすると言って、いつもズルズル行く慶の事だから、蒼ちゃんをちらつかせて、釘を刺しておく。
「分かったよ。ったくなんて酷いねーちゃんだよ。蒼依さんと代わって欲しい」
普段から勉強しない慶にしたら愚痴の一つで済んでるのだから、蒼ちゃんの力はすごいと思う。
「勉強一区切り付いたら、冷蔵庫と冷凍庫にジュースとアイス入れてあるからそれ食べてもいいよ。後、洗濯物も回しても良い?」
なので、こちらからもご褒美と言うわけではないけど、甘いものを用意しておく。
やっぱり頭を使った後の甘い物って美味しいから。
「分かった。後洗濯もOK」
不機嫌そうではあるけど、一応返事をして自分の部屋に戻る慶を見届けてから、私もお風呂へと向かう。
お風呂から上がり、洗濯機を回してから自分の部屋へと戻り程なく、固定電話が鳴ったから下に戻り子機の受話器を取ると
「あ。お母さん?」
お母さんからの電話だったから、そのまま自分の部屋に子機を持ち込んでお母さんとの連絡で今日あった事などを伝える。
「お母さんたち明日帰るけど、変わった事とか無い?」
いつもの決まったやり取りではあるけど、とても私たちの事を想ってくれているのが判るから、
「うん。こっちは大丈夫。慶も大丈夫。元気に生活してるよ」
こちらも慶の事含めて元気である事を伝える。
「そう。それなら良いけど。あの子問題起こしてない?」
私はそこまで慶の事は悪い子だとは思ってないけど、親と言うのはまた違った見え方をしているみたいで、
「問題なんて起こしてないよ。私の言う事も聞いてくれるし」
慶の事となると何かをしでかしているというのが、親の見え方みたいだ。
「それなら良いけど。何でもいいからなんかあったら、いつでも連絡してきて良いから、連絡先は知ってるわよね?」
そんな私の気持ちも知ってか知らずか、
「大丈夫だってお母さん。連絡先も知ってるから。それに明日帰って来るんでょ?」
「ええもちろんよ。愛美をあれだけ粗野な弟と長い間二人きりには出来ないし」
私の質問に、間を入れずに答えを返してくれるお母さん。昔の事があるからだろうけれど、さすがにここまで慶の印象が親に悪いと、慶が不憫になってくる。まあ、この話は、明日またするとして、
「愛美は聞かなくても大丈夫だと思うけど、
テストの事を把握しているお母さんが、結果を気にする。
「私は大丈夫だとは思うけど、慶がね……」
一旦話題が逸れたのは良かったとは思うけど、それにしても慶にしてみれば肩身が狭い会話ばかりが続く気がする。
「あの子はほんっとに。また明日帰ったら説教かしら」
案の定お母さんがため息をつきながら、慶の心配をする。
さすがに、さっきの約束の事もあるし、明日の事もあるから、
「お母さん。今回の成績に関しては慶も珍しく反省しているみたいで、今も復習してるから明日は大目に見てやって? それに明日は私の友達も一緒に勉強する事になってるし」
慶を弁護する。でも、
「そんな事まで愛美に押しつけたりはしないわよ」
どう勘違いしたのか、私がお母さんの代わりに慶の叱り役をしたと思っているみたいだから
「ううん。そうじゃなくて、明日蒼ちゃんが来るんだけど、同じ教科を勉強するから、慶も一緒に混ぜてやろうかなって思っていて、慶の範囲だと私も蒼ちゃんも良い復習になるし、だから今回は慶の事を叱らないでやって欲しいなって思ってる」
私が思ってる事を言い含めて、お願いしてみる。
「愛美がそう言うなら、今回はあまり言わないけど、でも親として一言くらいは言うと思うわよ」
まあ、一言くらいならあの高説に比べたら何でもないかな。
「うん分かった。ありがとうお母さん」
なので、お母さんにお礼を言うと
「なんで愛美がお礼を言うの? お礼を言うのはお姉ちゃんに庇って貰った
お母さんが少し笑い気味に返してくれる。
「じゃあ、私たちは明日の夕方には家に帰ってるから、夜ごはんの事は考えなくて良いわよ。週末くらいはゆっくりして良いから」
「うん。ありがとう」
明日の夕方には帰る事を聞いた私は、受話器を置き、洗濯物を干して、自室に戻った。