第1話 今視えている日常 1
文字数 6,078文字
カーテンの隙間から、太陽の光が瞼を照らす。
「んー」
朝の6時。私は背伸びをしながら布団から這い出る。
今日はゴールデンウィーク明けの久しぶりの学校。
「んー! 久しぶりの学校、晴れで良かった。今日も一日頑張ろう」
私はパジャマから制服に着替えてまずは玄関口に新聞を取りに行き台所へ降り立つ。
え? 着替えやトイレはどうしたって? 女の子に着替えとかトイレとか聞かない!
想像しない! デリカシーないぞ! そう言うのはもっと仲良くなって、
“この人なら良いかな?”って思えてから……分かった?
「今日は昨日の残りと味噌汁、サラダで良いかな? 後はお弁当っと」
私は台所にあるものを確認しながら慶久 ――弟の分の朝食とお弁当の
用意をする。
お父さんとお母さんはもちろん健在だけど、忙しい両親なので、あんまり家には帰ってこない。それでも私の事を
――年頃の娘を、長い時間粗野な弟と二人きりにはしておけない――
と言う理由で最低でも週に1回は両親ともないしはどちらかが必ず家に帰って来てくれる。
何の仕事かはあんまり詳しくないけど、どうも夫婦で卸業者みたいな事をしている
ようで、新規の取引先がどうのこうの・卸した商品に、不良品があっただのよくあちこちに出払って帰ってこない。
それでもさっきのような理由で、ちょくちょく家には帰ってきてくれる。
そう、私の弟である慶久はとにかく乱暴――ではないけど、口は悪いし、すぐ物に当たる。初めは人にも当たってよく近所の子達を泣かせて私やお母さんが謝りに行っていたけど、少し前から私がかなり厳しく言い聞かせているから、多少はマシになった……と思ってる。
ただ、全部慶久が悪いかと言うとそうでもないので、そこは私とお母さんの認識が
違うところ。
ただし、口が悪いのは中々直らない……
あらかたの朝ごはんの準備が整って、そろそろ朝も7時を回ったと言う時間になり
「慶 ー! そろそろ起きなさーい!」
取り敢えずは1階から声をかけて起こす。あんまり起きるのが遅いとさすがに2階まで起こしに行くけど、慶 の部屋に入ると、
「勝手に入ってくんな! 変態!」
って言われる。女の子に変態って、どっちが変態なんだか。ホント失礼する。
そうこうする間に全部準備が整い、時間も時間になってきたので、今度は慶 の部屋まで直接起こしに行く。
「ちょっと慶! いつまで寝てんの!」
私は、これ以上は二度寝もしないように布団をそのまま剥がしにかか――っ!?
「うわっ! ちょっ!? ねーちゃん何勝手に入ってきてんだよ!?」
布団を剥がされた弟は慌てて私に抗議の声を上げるけど、私はそれどころじゃない。そんな私の視線に気がついた弟が、
「――っ?!?!」
声にならない悲鳴を上げて、持っていた私の手から布団を取り返して
「変態! 早く出てけ!」
もう一度布団をかぶりなおしながら、私に抗議の言葉をぶつけてくる。
「――えっち」
私は多分顔を真っ赤にしながら、あの様子で二度寝するとも思えないので、
それだけ言って慶 の部屋から出る。
「……」
朝食の時間。さっきの事を意識して二人とも無言になる。ただそんな時間に居た堪れなくなったのか、
「ねーちゃんって本当に女とは思えなくらいにデリカシー無いよな」
ぼそりと言ってくる。そんな言葉にカチンと来た私は、
「はぁ?慶 には言われたくない。慶も朝からそんなにがっついて女子にモテないでしょ?――フケツ」
弟に今まで彼女がいないことを知っていたのでそこをついてやる。すると慶が何故か勝ち誇ったように、
「ふん! ねーちゃんだって彼氏がいたことないくせに。女っぽくないねーちゃんなんか、男子の目に止まんねーよ」
私に言葉を放つけど、そこは私の勝利。
「そう? じゃあ女っぽくないお姉ちゃんが作ったお弁当は要らないね。今日は学食で食べる?」
そう言いながら私は弟の弁当箱を自分のかばんの中にしまう素振りを見せる。
自分の好きなものを必ず一品入ってることを知っている弟は、とても悔しそうに
「ごめん。俺が悪かった。その弁当持っていく」
私に謝る。
そう。お弁当を持って行かないと自分の小遣いからお昼ご飯代を捻出しないといけないのだ。
私に謝る慶を見るのが気持ち良いってわけじゃないけど、そんな慶は姉の私から見たら、可愛く思える瞬間でもある。ただ、
「でも慶、そのがっつく癖だけは治さないと女子にはモてないよ? ただでさえ言葉遣い良くないのに」
それだけは心配してる。
「ばっ!? アレは、俺の意思とは無関係で、だからねーちゃんはいつも入って来んなって言ってんのに」
私のしている心配も知る由の無い慶 は私の言葉に恨めしそうに顔を向ける。
もう少しのんびりしてても良いけど、私は慶 の為に
「慶 。そろそろ時間じゃない?」
時計を指差す。私の指先を目で追った慶は
「うわ! じゃあ俺行って来るわ」
慶は弁当を忘れずに手に取り、そのまま玄関に向かっていく。
「慶の所も今日は休み明けテストあるでしょ? しっかり頑張りなさいよ」
そんな弟に、挨拶代わりに一声かけて見送る。
弟を見送った後、私も朝ごはんの片づけをして、学校へ向かう。
「おはよう」
久しぶりの学校で、朝の教室は割と明るい。
最近はクラスや学校単位でイジメが行われていて、それを隠そうとする学校が増えている中で、私たちの学校は比較的そう言ったのとは縁が薄いと私は今は思ってる。
「おはよう愛 ちゃん」
自分の席について、準備を済ませたのを見計らって、
「おはよう蒼 ちゃん」
友達の防蒼衣 ちゃんが空いている前の席に座って、私に挨拶をしてくる。
なお、名前の呼び方に関しては、呼び方が紛らわしいからって事で、敢えて蒼 ちゃんって呼んでる。
そして何故か自分の事を呼ぶ時も、私に気を使ってくれているのか、蒼依 じゃなくて蒼依 って呼んでくれている。
お互いに久しぶりの顔合わせ。そのまま私の顔を覗き込むように、長い髪の毛を耳に引っ掛ける仕草をしながら、
「連休中どうだった? どっか遊びに行った?」
むしろ自分がどこに行ったかを聞いて欲しそうに私に聞いてくる。
「私は弟の面倒と休み明けテストの勉強をしてたかな? 蒼ちゃんはどっか行ったの? ってどっか行ったんだよね?」
蒼ちゃんは、思っていることや感情が比較的出やすい。だから私は逆に聞き返した。
「うん。蒼依 はこの休みの間におばあちゃんの家に行ってたよ」
蒼ちゃんがとても嬉しそうに話し始める。
「家にいてもあんまりやることないし、おばあちゃんの家に遊びに行って、そこでおばあちゃんからなんとお小遣いをもらっちゃった」
そう言って、嬉しそうに目をキラキラさせながら私に話してくる。
――だから今日のお昼は私のおごりでご飯食べよ――
言外にそう言いたそうな瞳を少し申し訳なく思いながら、
「ごめんね。慶の分の弁当を今日も作ってるから、私の分もあるんだ。だから学食じゃないけど、もし良かったら一緒に学食で私とお弁当食べよう?」
「うん! じゃあ今日の昼休みは約束ね」
私の言葉に嬉しそうに約束の念を押してくる蒼ちゃん。でも、その表情に幾分も経たずに影がさす。
「でも蒼依 はこの試験勉強してないよ。大体休み明けにテストって普通しないと思わない?」
蒼ちゃんの言いたい事も分かるけど、慶の事を知っている私としては、
「まあまあ。私の弟も今日は休み明けテストがあるとか言ってたから、テストやるの私達だけじゃないって」
気休めになるかどうかは分からないけど、他の学校でも試験をやる事もさり気なく
伝えてみる。そんな私の前で憂うような表情を見せた後、
「もし、追試になったらまた助けてくれる?」
「いやいや。もちろん助はするけれど、追試受けること前提は無し。ちゃんとがんばろ?」
追試になることを前提で頼んでくるから、さすがに苦笑いをしながら、嗜めておく。蒼ちゃんはやれば出来ると思うんだけど、あんまり気が強くない。むしろ結構気が小さいから試験前で上がったり、プレッシャーに弱かったり。
まあ、そこら辺が女の子っぽくて結構可愛いと男子の間でたまに会話に上がったりする。それに胸だって――
「愛ちゃん。今、男の人みたいな視線、してたよ?」
私の視線を感じた蒼ちゃんが、胸に手を当てながら私を覗き込んでくる。
そんな蒼ちゃんの指摘に私は顔を赤くしながら、
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど、蒼ちゃんは女の子らしくて良いなって思って」
私は、自分の足まで、ほぼ何の障害も無く見下ろすことが出来る、自分の胸に小さくため息をつく。
「いやいや。これ本当、大きくてもあんまり良いこと無いよ? それ目的で近づいてくる男子なんて蒼依 やっぱり怖いって思っちゃうし。それに愛ちゃんだって可愛いよ。って言うか愛ちゃんの方が可愛いって」
そんな私のため息を聞いて、慌ててフォローみたいな何かをしてくれる蒼ちゃん。
「でも、今朝弟にも全然女の子らしくないって言われたばかりだし。後、デリカシーが無いとも」
自分で言っててだんだん腹立ってきた。それを聞いた蒼ちゃんが
「そりゃ弟はそうでしょ? 弟から可愛いなんて言われたら“えー?”ってなると思うけどなあ」
首をかしげながら“どうなんだろ?”と思考にふけっている。
でも弟ごときに女を否定されたらそれはそれで腹立つけどね。
そんな話をしていると、いつの間に時間が過ぎたのか、始業開始予鈴チャイムが鳴る。
「じゃあ自分の席戻るね」
就業開始予鈴のチャイムと同時にクラス中の生徒が自分の席に着く。それと同時に
教室に入ってきていた先生が、
「それじゃ今日は休み明けテストをするからなー。今回の成績は初学期の成績表に反映されるから、しっかりと見直しをして、点数の取り損ないの無いようにしろよー」
この先生の注意事項と私たち生徒側からのため息にて、本日のテストが始まった。
「はあー午前中は疲れた」
今は昼休み。午前中の蒼ちゃんの約束通り私は弁当箱を持って食堂で昼食を取ってる。
「でも、今回のテストはそんなに難しくなかったよ」
私は向かいで昼食のトレイの手前に頭を突っ伏して項垂れている蒼ちゃんに取り敢えずは感想を述べる。
すると突っ伏していた頭を、顔だけをこちらに向けるようにテーブルに顔を載せた状態にして、
「それは愛ちゃんが賢いからだよー」
なんか可愛く抗議してくる。そんな姿を見ていたくもあったけど、
「早く食べないと冷めちゃうよ? それで昼からの試験勉強少ししよ?」
早く食べることを促して、教室へ戻ることにする。
「昼からは数学だね」
「昼から数学なんてキツイ……」
試験勉強しようと私の机まで来て、早くも目が死んでる蒼ちゃん。
「いやいや、基本問題だけ押さえておけば赤点は無いから」
確かに数学はなぜかチャレンジ問題といって範囲外の問題が一問だけ必ず出題される。
しかも今まで習ったことを応用すれば何とか物に出来そうな問題。解けるのは学年で数人らしい。
そう言った問題を解こうとしなければ、基本問題だけで三割あるので赤点回避はそんなに難しくない。
「うー。愛ちゃんがそう言うなら頑張る」
蒼ちゃんはそれだけ言って、とりあえず公式を頭に叩き込もうとする。
私もそれに習って教科書に書いてある数字を見るともなしに見てるとその頭の上から
「愛美さん。今度の試験では絶対に負けない」
声が降ってきたので私は顔を上げる。
「実祝 さん?」
思わず敬語で返事をしてしまうけれど同じクラスの夕摘実祝 さん。なんかとても綺麗な人でちゃん付けが似合わないから私は、さん付けで呼んでいる。
しかも試験のたびによくこうやって競い合っている。
特別仲良いと言うわけでもないけど、良きライバル、と向こうは思ってくれているかもしれない。
「今度の数学のテストでは絶対に負けない」
私の反応が実祝 さんの思うような反応じゃなかったからか、再度同じ事を口にする実祝 さん。
あんまり愛想は無いけど、それでも目の奥の瞳が燃えているように思える。
そんな実祝さんを見て反射的に
「あ。姫――っ! なんでもないです。ごめんなさい」
言いかけて、実祝さんに一睨みされて縮こまった蒼ちゃんがすかさず謝る。
「防 さん。あたしが“姫”って呼ばれるの嫌なこと知ってるはず。それでも呼ぶのは何で?」
それでも、気がすまないのか実祝さんは蒼ちゃんに理由を聞く。
しかも、実祝 さんは愛想が無いのと少し背が高いのとで、女の人の割には結構な威圧感がある。
「……ごめんなさい……」
気の弱い蒼ちゃんはそんな実祝 さんの態度にますます萎縮されていく。
さすがにこのままでは埒が明かなくなりそうだからと、
「実祝さん。そのあたりで押さえて? でないと蒼ちゃんがびっくりしてる」
まずは実祝さんをなだめにかかる。すると、実祝さんが少し不服そうに
「愛美さん、いつも防 さんの肩を持つ」
こちらに抗議をして来る。私はそんな実祝さんに
「そんなことないと思うけど。まあ、実祝さんが誤解されるのもね?」
教室の喧騒の中で、はっきり言うのも何なので、言外に匂わせるように言う。
その一方で、
「蒼ちゃんも、実祝さんが嫌がってるんだから言っちゃ駄目だよ」
蒼ちゃんの方をなだめにかかる。そして双方が落ち着いたところで、実祝さんが蒼ちゃんをびっくりさせないように一歩引いて、
「なんで、あたしの事を “姫” って呼ぶの?」
と改めて問う。そんな実祝さんに蒼ちゃんは小さな声で
「だって皆が呼んでるし、そんなに悪い言葉でもないし……」
ぶつぶつと小声で質問に対する回答を述べていくけど、当然俯いて小さな声で答えてると聞き取りにくいので、実祝さんは言葉を聴こうと一歩近づく。
だから私は慌てて、
「他のクラスメイトが呼んでるからついつい思わず口に出ちゃったんだよね?」
蒼ちゃんの代弁をする。でもそれを聞いた実祝さんは更に私からしたら思案顔で蒼ちゃんから見たら、迫ってくるように見えるだと思うけど、
「でも、愛美はあたしの事 “姫” って呼んでない」
更に質問してくる。そんな私への質問に私は思わず
「だって、実祝さんが嫌がってるの分かってるから」
言ってから後悔、
「だったら何で防 さんはそう呼ぶの?」
これでは会話が堂々巡りになる。だから、
「あーーごめん! なんかごめん。だからこの話ここでおしまい!」
とりあえず私が謝ってその勢いで話を変えてしまう。
「私だってテストで負けるつもりないよ! 今回も実祝さんに勝てるよう頑張る!」
「それはこっちだって同じ!」
それだけを言って、実祝さんは少しだけ笑いを堪 える様な表情をして自分の席へ戻っていってしまう。それを見届けた蒼ちゃんが
「夕摘さんも愛ちゃんも頭良いもんね。うらやましいよ」
心底うらやましそうに私と自分の席に戻って行った実祝さんを交互に見る。
「んじゃ。残り少しでも教科書見とこっか」
そう言って、残りの時間をいつもよりも少しだけ静かな昼休みの中の教室で、復習に充てた。てた。
「んー」
朝の6時。私は背伸びをしながら布団から這い出る。
今日はゴールデンウィーク明けの久しぶりの学校。
「んー! 久しぶりの学校、晴れで良かった。今日も一日頑張ろう」
私はパジャマから制服に着替えてまずは玄関口に新聞を取りに行き台所へ降り立つ。
え? 着替えやトイレはどうしたって? 女の子に着替えとかトイレとか聞かない!
想像しない! デリカシーないぞ! そう言うのはもっと仲良くなって、
“この人なら良いかな?”って思えてから……分かった?
「今日は昨日の残りと味噌汁、サラダで良いかな? 後はお弁当っと」
私は台所にあるものを確認しながら
用意をする。
お父さんとお母さんはもちろん健在だけど、忙しい両親なので、あんまり家には帰ってこない。それでも私の事を
――年頃の娘を、長い時間粗野な弟と二人きりにはしておけない――
と言う理由で最低でも週に1回は両親ともないしはどちらかが必ず家に帰って来てくれる。
何の仕事かはあんまり詳しくないけど、どうも夫婦で卸業者みたいな事をしている
ようで、新規の取引先がどうのこうの・卸した商品に、不良品があっただのよくあちこちに出払って帰ってこない。
それでもさっきのような理由で、ちょくちょく家には帰ってきてくれる。
そう、私の弟である慶久はとにかく乱暴――ではないけど、口は悪いし、すぐ物に当たる。初めは人にも当たってよく近所の子達を泣かせて私やお母さんが謝りに行っていたけど、少し前から私がかなり厳しく言い聞かせているから、多少はマシになった……と思ってる。
ただ、全部慶久が悪いかと言うとそうでもないので、そこは私とお母さんの認識が
違うところ。
ただし、口が悪いのは中々直らない……
あらかたの朝ごはんの準備が整って、そろそろ朝も7時を回ったと言う時間になり
「
取り敢えずは1階から声をかけて起こす。あんまり起きるのが遅いとさすがに2階まで起こしに行くけど、
「勝手に入ってくんな! 変態!」
って言われる。女の子に変態って、どっちが変態なんだか。ホント失礼する。
そうこうする間に全部準備が整い、時間も時間になってきたので、今度は
「ちょっと慶! いつまで寝てんの!」
私は、これ以上は二度寝もしないように布団をそのまま剥がしにかか――っ!?
「うわっ! ちょっ!? ねーちゃん何勝手に入ってきてんだよ!?」
布団を剥がされた弟は慌てて私に抗議の声を上げるけど、私はそれどころじゃない。そんな私の視線に気がついた弟が、
「――っ?!?!」
声にならない悲鳴を上げて、持っていた私の手から布団を取り返して
「変態! 早く出てけ!」
もう一度布団をかぶりなおしながら、私に抗議の言葉をぶつけてくる。
「――えっち」
私は多分顔を真っ赤にしながら、あの様子で二度寝するとも思えないので、
それだけ言って
「……」
朝食の時間。さっきの事を意識して二人とも無言になる。ただそんな時間に居た堪れなくなったのか、
「ねーちゃんって本当に女とは思えなくらいにデリカシー無いよな」
ぼそりと言ってくる。そんな言葉にカチンと来た私は、
「はぁ?
弟に今まで彼女がいないことを知っていたのでそこをついてやる。すると慶が何故か勝ち誇ったように、
「ふん! ねーちゃんだって彼氏がいたことないくせに。女っぽくないねーちゃんなんか、男子の目に止まんねーよ」
私に言葉を放つけど、そこは私の勝利。
「そう? じゃあ女っぽくないお姉ちゃんが作ったお弁当は要らないね。今日は学食で食べる?」
そう言いながら私は弟の弁当箱を自分のかばんの中にしまう素振りを見せる。
自分の好きなものを必ず一品入ってることを知っている弟は、とても悔しそうに
「ごめん。俺が悪かった。その弁当持っていく」
私に謝る。
そう。お弁当を持って行かないと自分の小遣いからお昼ご飯代を捻出しないといけないのだ。
私に謝る慶を見るのが気持ち良いってわけじゃないけど、そんな慶は姉の私から見たら、可愛く思える瞬間でもある。ただ、
「でも慶、そのがっつく癖だけは治さないと女子にはモてないよ? ただでさえ言葉遣い良くないのに」
それだけは心配してる。
「ばっ!? アレは、俺の意思とは無関係で、だからねーちゃんはいつも入って来んなって言ってんのに」
私のしている心配も知る由の無い
もう少しのんびりしてても良いけど、私は
「
時計を指差す。私の指先を目で追った慶は
「うわ! じゃあ俺行って来るわ」
慶は弁当を忘れずに手に取り、そのまま玄関に向かっていく。
「慶の所も今日は休み明けテストあるでしょ? しっかり頑張りなさいよ」
そんな弟に、挨拶代わりに一声かけて見送る。
弟を見送った後、私も朝ごはんの片づけをして、学校へ向かう。
「おはよう」
久しぶりの学校で、朝の教室は割と明るい。
最近はクラスや学校単位でイジメが行われていて、それを隠そうとする学校が増えている中で、私たちの学校は比較的そう言ったのとは縁が薄いと私は今は思ってる。
「おはよう
自分の席について、準備を済ませたのを見計らって、
「おはよう
友達の
なお、名前の呼び方に関しては、呼び方が紛らわしいからって事で、敢えて
そして何故か自分の事を呼ぶ時も、私に気を使ってくれているのか、
お互いに久しぶりの顔合わせ。そのまま私の顔を覗き込むように、長い髪の毛を耳に引っ掛ける仕草をしながら、
「連休中どうだった? どっか遊びに行った?」
むしろ自分がどこに行ったかを聞いて欲しそうに私に聞いてくる。
「私は弟の面倒と休み明けテストの勉強をしてたかな? 蒼ちゃんはどっか行ったの? ってどっか行ったんだよね?」
蒼ちゃんは、思っていることや感情が比較的出やすい。だから私は逆に聞き返した。
「うん。
蒼ちゃんがとても嬉しそうに話し始める。
「家にいてもあんまりやることないし、おばあちゃんの家に遊びに行って、そこでおばあちゃんからなんとお小遣いをもらっちゃった」
そう言って、嬉しそうに目をキラキラさせながら私に話してくる。
――だから今日のお昼は私のおごりでご飯食べよ――
言外にそう言いたそうな瞳を少し申し訳なく思いながら、
「ごめんね。慶の分の弁当を今日も作ってるから、私の分もあるんだ。だから学食じゃないけど、もし良かったら一緒に学食で私とお弁当食べよう?」
「うん! じゃあ今日の昼休みは約束ね」
私の言葉に嬉しそうに約束の念を押してくる蒼ちゃん。でも、その表情に幾分も経たずに影がさす。
「でも
蒼ちゃんの言いたい事も分かるけど、慶の事を知っている私としては、
「まあまあ。私の弟も今日は休み明けテストがあるとか言ってたから、テストやるの私達だけじゃないって」
気休めになるかどうかは分からないけど、他の学校でも試験をやる事もさり気なく
伝えてみる。そんな私の前で憂うような表情を見せた後、
「もし、追試になったらまた助けてくれる?」
「いやいや。もちろん助はするけれど、追試受けること前提は無し。ちゃんとがんばろ?」
追試になることを前提で頼んでくるから、さすがに苦笑いをしながら、嗜めておく。蒼ちゃんはやれば出来ると思うんだけど、あんまり気が強くない。むしろ結構気が小さいから試験前で上がったり、プレッシャーに弱かったり。
まあ、そこら辺が女の子っぽくて結構可愛いと男子の間でたまに会話に上がったりする。それに胸だって――
「愛ちゃん。今、男の人みたいな視線、してたよ?」
私の視線を感じた蒼ちゃんが、胸に手を当てながら私を覗き込んでくる。
そんな蒼ちゃんの指摘に私は顔を赤くしながら、
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど、蒼ちゃんは女の子らしくて良いなって思って」
私は、自分の足まで、ほぼ何の障害も無く見下ろすことが出来る、自分の胸に小さくため息をつく。
「いやいや。これ本当、大きくてもあんまり良いこと無いよ? それ目的で近づいてくる男子なんて
そんな私のため息を聞いて、慌ててフォローみたいな何かをしてくれる蒼ちゃん。
「でも、今朝弟にも全然女の子らしくないって言われたばかりだし。後、デリカシーが無いとも」
自分で言っててだんだん腹立ってきた。それを聞いた蒼ちゃんが
「そりゃ弟はそうでしょ? 弟から可愛いなんて言われたら“えー?”ってなると思うけどなあ」
首をかしげながら“どうなんだろ?”と思考にふけっている。
でも弟ごときに女を否定されたらそれはそれで腹立つけどね。
そんな話をしていると、いつの間に時間が過ぎたのか、始業開始予鈴チャイムが鳴る。
「じゃあ自分の席戻るね」
就業開始予鈴のチャイムと同時にクラス中の生徒が自分の席に着く。それと同時に
教室に入ってきていた先生が、
「それじゃ今日は休み明けテストをするからなー。今回の成績は初学期の成績表に反映されるから、しっかりと見直しをして、点数の取り損ないの無いようにしろよー」
この先生の注意事項と私たち生徒側からのため息にて、本日のテストが始まった。
「はあー午前中は疲れた」
今は昼休み。午前中の蒼ちゃんの約束通り私は弁当箱を持って食堂で昼食を取ってる。
「でも、今回のテストはそんなに難しくなかったよ」
私は向かいで昼食のトレイの手前に頭を突っ伏して項垂れている蒼ちゃんに取り敢えずは感想を述べる。
すると突っ伏していた頭を、顔だけをこちらに向けるようにテーブルに顔を載せた状態にして、
「それは愛ちゃんが賢いからだよー」
なんか可愛く抗議してくる。そんな姿を見ていたくもあったけど、
「早く食べないと冷めちゃうよ? それで昼からの試験勉強少ししよ?」
早く食べることを促して、教室へ戻ることにする。
「昼からは数学だね」
「昼から数学なんてキツイ……」
試験勉強しようと私の机まで来て、早くも目が死んでる蒼ちゃん。
「いやいや、基本問題だけ押さえておけば赤点は無いから」
確かに数学はなぜかチャレンジ問題といって範囲外の問題が一問だけ必ず出題される。
しかも今まで習ったことを応用すれば何とか物に出来そうな問題。解けるのは学年で数人らしい。
そう言った問題を解こうとしなければ、基本問題だけで三割あるので赤点回避はそんなに難しくない。
「うー。愛ちゃんがそう言うなら頑張る」
蒼ちゃんはそれだけ言って、とりあえず公式を頭に叩き込もうとする。
私もそれに習って教科書に書いてある数字を見るともなしに見てるとその頭の上から
「愛美さん。今度の試験では絶対に負けない」
声が降ってきたので私は顔を上げる。
「
思わず敬語で返事をしてしまうけれど同じクラスの
しかも試験のたびによくこうやって競い合っている。
特別仲良いと言うわけでもないけど、良きライバル、と向こうは思ってくれているかもしれない。
「今度の数学のテストでは絶対に負けない」
私の反応が
あんまり愛想は無いけど、それでも目の奥の瞳が燃えているように思える。
そんな実祝さんを見て反射的に
「あ。姫――っ! なんでもないです。ごめんなさい」
言いかけて、実祝さんに一睨みされて縮こまった蒼ちゃんがすかさず謝る。
「
それでも、気がすまないのか実祝さんは蒼ちゃんに理由を聞く。
しかも、
「……ごめんなさい……」
気の弱い蒼ちゃんはそんな
さすがにこのままでは埒が明かなくなりそうだからと、
「実祝さん。そのあたりで押さえて? でないと蒼ちゃんがびっくりしてる」
まずは実祝さんをなだめにかかる。すると、実祝さんが少し不服そうに
「愛美さん、いつも
こちらに抗議をして来る。私はそんな実祝さんに
「そんなことないと思うけど。まあ、実祝さんが誤解されるのもね?」
教室の喧騒の中で、はっきり言うのも何なので、言外に匂わせるように言う。
その一方で、
「蒼ちゃんも、実祝さんが嫌がってるんだから言っちゃ駄目だよ」
蒼ちゃんの方をなだめにかかる。そして双方が落ち着いたところで、実祝さんが蒼ちゃんをびっくりさせないように一歩引いて、
「なんで、あたしの事を “姫” って呼ぶの?」
と改めて問う。そんな実祝さんに蒼ちゃんは小さな声で
「だって皆が呼んでるし、そんなに悪い言葉でもないし……」
ぶつぶつと小声で質問に対する回答を述べていくけど、当然俯いて小さな声で答えてると聞き取りにくいので、実祝さんは言葉を聴こうと一歩近づく。
だから私は慌てて、
「他のクラスメイトが呼んでるからついつい思わず口に出ちゃったんだよね?」
蒼ちゃんの代弁をする。でもそれを聞いた実祝さんは更に私からしたら思案顔で蒼ちゃんから見たら、迫ってくるように見えるだと思うけど、
「でも、愛美はあたしの事 “姫” って呼んでない」
更に質問してくる。そんな私への質問に私は思わず
「だって、実祝さんが嫌がってるの分かってるから」
言ってから後悔、
「だったら何で
これでは会話が堂々巡りになる。だから、
「あーーごめん! なんかごめん。だからこの話ここでおしまい!」
とりあえず私が謝ってその勢いで話を変えてしまう。
「私だってテストで負けるつもりないよ! 今回も実祝さんに勝てるよう頑張る!」
「それはこっちだって同じ!」
それだけを言って、実祝さんは少しだけ笑いを
「夕摘さんも愛ちゃんも頭良いもんね。うらやましいよ」
心底うらやましそうに私と自分の席に戻って行った実祝さんを交互に見る。
「んじゃ。残り少しでも教科書見とこっか」
そう言って、残りの時間をいつもよりも少しだけ静かな昼休みの中の教室で、復習に充てた。てた。