第3話  今視えている日常 3

文字数 5,115文字

昨日に引き続き、今日も太陽に誘われるように目を覚ます。
「あ。洗濯物」
 今日は昨夜のうちに室内干しをしてた洗濯物を取り込んでおかないと、学校に間に合わなくなってしまうから、朝のまどろみを振り切るようにして起き上がり、そのままパジャマから制服に着替えてしまう。
 髪が短いから制服に着替えるだけで身支度自体はあらかた終わってしまう。
 幸いにしてこの時期はもうそんなに肌寒さも感じないから、起きるのにも着替えるのにも身支度するのにも辛くはない。
「うん。全部乾いてる」
 制服に着替えた後、下へ降り室内干しをした洗濯物を確認して取り込んでしまう。
 それが終わると玄関のポストを確認して、そのまま朝ごはんの支度をしてしまう。


「おはようねーちゃん」
 朝ごはんの支度もそこそこに終わりかけと言う所で、(けい)が降りてくる。
「どうしたの慶?  今日は珍しく自分で起きたんだ」
 昨日みたいに中々起きない事もそんなにあるわけじゃないけど、今日みたいに自分で起きて来るのもまた珍しい。
「いや。今日は早くに目が覚めたから。それに昨日みたいにねーちゃんに部屋に入って来られても困るし……」
 私の質問に、少し恥ずかしそうに最後は小声になる。
「それはあんたが、早く起きないから。今日みたいにいつも早く起きたら、お姉ちゃん起こしに行かなくて済むよ?」
 私が憎まれ口を叩くも、
「部屋の外から声掛けてくれれば起きるのに……」
 小声で言い返してくる。それでも起きない事が多いから部屋の中まで入って起こすのに、そんな事をつらつらと考えていると、
「それより、昨日ジジイとババアから電話?」
 話を変える為か、あからさまに口調と内容を変える慶だけど、
「慶、お父さんとお母さんをそんな呼び方したら駄目っていつも言ってる」
 昨日は高説かもしれない鬱憤があっただろうから大目に見たけれど、今日は何もないはず。
「ねーちゃんにはしてねーだろ」
 そんな私の注意にすぐに言い返してくる慶。ホント私の両親が思っているほど悪い子じゃないんだけれど、いかんせんこの口の悪さが、色々な誤解を招いてる。外でもそんなんじゃなければ良いんだけど。
「それでも駄目。せっかく昨日のお母さんとの電話で、慶の高説を無くして貰うように頼んで、お小言で済むようにしてもらったのに」
 でも、そんな私の気持ちをどこまで知ってか全く知らずか
「ありがと、ねーちゃん。助かる」
 慶が素直にお礼を言ってくる。これが本当私の両親にも同じ対応なら、もっと信用して貰えるんだと思うけど、
「せめてお父さんとお母さんの前だけでも、おとなしく反省して言葉に気を付なよ?」
「うん分かった」
 私の前でも口は悪いけど、両親の前に比べるとかなり素直な方だと思う。
「それと。昨日も言ったけれど今日はお姉ちゃん総括会があるから、帰るの少しだけ遅くなるから、我慢して部屋でおとなしくしてなよ?」
 両親には慶が反省してるって事を伝えてあるのだから、これは守ってもらわないとダメ。
「分かったけど、ねーちゃんと蒼依(あい)さんは?」
 ほんっとこの子は蒼ちゃんの事ばっかり……
「お姉ちゃんが総括会終わるのを待ってからになるだろうから、いつもより少し遅いくらいで済むと思うよ」
 ため息交じりに慶の質問に答える。
「分かった。サンキュねーちゃん」
「ホント調子良いんだから」
 そんな慶に苦笑いをしながら、
「はい。今日のお弁当。今日はお母さん夕方には帰るって言ってたから、帰ったら初めに弁当箱出すように。分かった?」
 慶がお母さんに余計なお小言を貰わないように気を使ったのに、
「その余計な一言がねーちゃんがモテない原因なんだよ。女の細かいのは男にモテないって」
 またカチンと来る一言を言い返してくる。
「ちょっと慶――」
「んじゃ。俺学校行くわっ!」
 私が何かを言うより早く、いつの間にか平らげた朝ごはんの横に置いておいた、弁当箱を持って学校に行ってしまう。
「もう。慶の奴」
 私は慶の言った言葉を持て余しながら、私も遅れて学校へ行く準備をして、家を出る。


「おはよう(あお)ちゃん」
「おはよう(あい)ちゃん」
 朝の教室に入ってすぐ蒼ちゃんに声を掛けると、蒼ちゃんからもすぐに挨拶が返ってくる。
「あ~今日もテストかあ」
 でもその表情もすぐに曇ってしまう。
「来週から通常授業、来週末が追試だから今日はテストだけだよ」
 私の返事にも、曇った表情は晴れずに、
「この世の中、家庭科の授業だけだったら良かったのに」
 怨嗟にも近い愚痴を言ってくる。まあ実際に家庭科の成績は常にトップなのだからその気持ちも分からなくはないけれど、
「まあまあ。全部赤点ってわけじゃないんだから、そこまで憂鬱にならなくても」
 私が苦笑いを浮かべて蒼ちゃんにそう言い返した時、
「愛美。今日の昼休みテストの答え合わせ。いい?」
「……っ!」
 突然気配を感じさせずに、実祝さんが会話に入ってくる。しかも身長が高い為上から覗き込むように見下ろすので、威圧感もあるかもしない。そんな実祝さんの突然の
 言葉にびっくりした蒼ちゃんは声が出せないみたいだ。
「おはよう実祝(みのり)さん」
「おはよう、愛美。それに防さん」
 苦笑いしながらの私に挨拶を返した後、蒼ちゃんにも挨拶をするのだけど、蒼ちゃんはまだびっくりしてる。そんな蒼ちゃんに少ししまったなあと言う表情をした後、
「今日のテストも負けない」
 改めて、私に宣戦布告みたいな聞き方をして来るから、
「実祝さんは昨日のあのチャレンジ問題解けた? 私あれが少し自信がなくて……」
 ちょっと探りを入れる事にする。
「あたしも自信はないけど、解答だけは合ってる……はず」
「解答だけって? そうかぁ、答えだけなら公式使えば簡単だもんね」
 私は公式を使って答えだけ合わせたのだと思ったのだけれど、
「ん? 本当は階差数列というのを使えば確かに簡単だけど、あたしは全部足して解いたから」
「え? 全部足したの? 時間足りた?」
 確かに授業で習った公式を使わずに解かないといけないもんね。
 それにしても、全部足したのか。
「ギリギリ。だから見直しはしてない。後、途中の式が無いからそこが厳しい」
 まあ、ギリギリだったら見直しをしても直す時間はないだろうしそれは置いておくにしても。
「100個とも足したんだ。私と解き方が違う……」
 時間が足りたんだとしたら、私が間違っているかもしれない。だって私はオリジナルで解いたから。
 そんな私たちの会話にやっと復帰してきたのか、蒼ちゃんが
「二人ともすごいね。蒼依には分からないよ。蒼依は基礎問題でも分からない所あったし」
 羨望のまなざしで私と実祝さんを見る。
「それは努力次第」
 そんな実祝さんは蒼ちゃんに対して、そっけなく答える。
 それを聞いた蒼ちゃんは、うっ……と言葉を詰まらせてしまう。
 時間を確認すると、もうそろそろ予鈴の鳴りそうな時間だったから、
「そろそろ、チャイムが鳴るから実祝さん。また昼休みに」
「うん。昼休み楽しみにしてる」
「蒼ちゃんもまた後で」
「うん」
 それで朝はお開きとなる。


 そして、今日も2科目を終えて帰るだけになったいつもより少し早い時間の昼休み、
「ギリギリだよ~」
 涙目で私に泣きついてくる蒼ちゃん。
「それでも赤点じゃないなら今日のは追試じゃ無いんだし、良かったと思うけどぁ」
 実際こういう反応の時の蒼ちゃんは大丈夫だったりする。そう言いつつ蒼ちゃんを慰めようとしていた所へ
「おーし。それじゃ、このままHR始めるからなー」
 担任の先生が入ってきたから、慰め半ばでHRを受ける事に。
 今日は昼から統括会がある旨と、来週からは通常授業である事、来週の週末の放課後に再テストの実施を改めて伝えられたところで、先生からの終了の合図があると、一斉に教室が解放ムードに変わる。
 私が朝の実祝さんとのやり取りを思いながら、教室のガヤの中でお弁当を食べに行くために、机の上を整理していると
「愛美。今日――」
 その実祝さんから声をかけられたので、少し申し訳なく思いながら
「うん大丈夫。統括会は午後からだから、お弁当食べながらでも良い?」
 提案すると、逆に実祝さんから
「ん。分かった。あたしもお昼一緒したいから食堂でも良い?」
 提案があったから、朝約束をしたにもかかわらず言い出しにくそうにしている
 蒼ちゃんに目配せをしながら、
「蒼ちゃんも一緒でも良い?」
 伺いを立てると
「もちろん」
 あまり変わらない表情での返事だったからか、蒼ちゃんは少し居心地悪そうに、実祝さんは何とも言えない表情を浮かべながら、3人で食堂へ向かう。


 食堂へ着いた私は食券の列へ行く2人を見送りながら、水の用意と席の確保をする。
 お弁当を目の前に2人の背中を見るともなしに見ながら思う。
 2人とも性格は違うけれども、中身的にはとても良く似ているのになぁと。
 実祝さんに対してあそこまでびくびくする必要はないし、逆に蒼ちゃんに対してもう少し砕けても良いとも思う。そんなこと考えてると、
「愛ちゃんお待たせ! あっ、お水ありがとう」
 トレイを持った蒼ちゃんが声をかけてくれる。また、そんな蒼ちゃんの後ろから
「愛美お待たせ」
 実祝さんもトレイを持って、3人とも食べる準備が整う。
 私がお弁当の蓋を開けると、
「やっぱり愛ちゃん料理上手だねぇ」
 蒼ちゃんがため息交じりに私の弁当を眺める。すると
「愛美が欲しい……」
 実祝さんも私のお弁当を見て同じような感想を漏らす。
「そんなことないよ? こんなの毎日やってれば出来るようになるし」
 そんな二人にやっぱり少しだけ照れながら、私は言い訳を心の中で並べる。
「あたしはそもそも料理を実習以外で作ったことない」
 それを聞いた実祝さんは私のお弁当をうらやましそうに見ながらそんなことを言う。
「蒼依はお菓子ばっかり作るからなぁ」
 蒼ちゃんも私のお弁当を見ながらそんなことを言う。
 さすがに照れが強くなってきた私は、
「そんなことより早く食べよ? 2人とも冷めちゃうよ」
 そう言って私のお弁当から意識をそらして、お昼を平らげることを提案する。
 ある程度平らげたあたりで、実祝さんが
「で。数学のチャレンジ問題だけど」
 そういうので、
「私も自信はないけど、実祝さん全部足したって言ってたよね朝」
 私も最後の一口を口に入れて弁当を片付けながら返答する。
「愛美。食べ終わってからで良いから。うん。でも時間はギリギリ大丈夫だった」
 実祝さんの指摘に、少しだけ頬が熱くなるのを感じながら、水と一緒に流し込む。

 そこ、はしたないなんて思わないでよ? 男子の前では絶対にしないからっ!

「時間ギリギリって、すごいね。それまでの問題で結構時間かかったから私だったら全部足してたら時間足りなかったよ」
 そんな私の姿に気持ち苦笑いを浮かべつつ実祝さんは
「じゃあ愛美はちゃんと解いたんだ?」
 言外に解き方分かったのかと聞かれているような気がしたから、
「ううん。ただ、何となく公式を使ったらだめだって事だから、違う解き方をしただけだよ。実祝さんが朝言っていた階差数列を使えたらすごく簡単なんだけれどね。だから使ったのは四則演算だけだよ」
 似たようなもんだと言う事を伝えたところで、綺麗に食事を終えた蒼ちゃんが
「やっぱり2人ともすごいよ。あの問題ってクラスでも数人しか解けないんでょ?」
 朝と同じように少し羨望を交えた目で私を実祝さんを見てくる。
「それは朝も言ったけど、あなたの努力が足りないから」
 そんな蒼ちゃんに対して、少し冷たく聞こえる声色で返してしまう。
「うっ……」
 それを聞いた蒼ちゃんが声を詰まらせてしまったので、
「まぁまぁ、実祝さん。人には得手不得手があるから」
 少し実祝さんに視点をずらしてもらう。するとやっぱり思う節があったのか
「ごめん。言い過ぎた」
 実祝さんは素直に蒼ちゃんに謝る。
 謝られるとは思ってなかったのか、蒼ちゃんは少し慌てながら、
「や、そこまでは……気にしてないし……」
 尻すぼみになりながらも、その言葉を受け入れる。
 そんな2人のやり取りを見て、さっきの思考の続きで実祝さんもまたこの表情と
 物言いで誤解されやすいけど、本質はとっても良い人なんだなと私はあらためて実感した。


 そして、周りが少し静かになったなと辺りを見回して、時計を見ると
「あ。私そろそろ統括会に行かないと」
 時間が思っていたより経っていたから、お弁当箱を片付けながら席を立つと
「じゃああたしも用事があるから」
 と言って席を立つ。
 それを見た蒼ちゃんも
「蒼依も準備しないと」
 そう言いながら3人とも席を立ったところで、私も統括会へ向かった。
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