第282話 ホムラとエリンの旅立ち

文字数 2,156文字

エリンが食料を入れたカバンをたすきにかけ、庭に出る。
そして神官たちや騎士、リリスがぞろぞろと庭にそろって、出発する二人の見送りに出てきた。

「では、参ります。どうか、我らが不在の間は…… 」

「わかりました、できるだけ動きません。」

ホムラがムッと、顔を歪める。
グレンに向けて、グッと拳を突き出した。

「有事あれば、巫子を縛り付けてもお止めせよ! 」

それは相当難しい難題だ。
だが、グレンは手を上げ返答した。

「承知。常に我らは巫子の隣にある。」

ホムラはうなずきながら、苦汁の経験が記憶の底に湧き上がる。
だが、青の巫子も守らねばならない。
戦える赤の巫子よりも、戦わない青の巫子は数倍危険が増すのだ。

「エリン殿、火打ち石は持ったか? 」

ゴウカから聞かれ、エリンが苦笑して首元から取り出した2つの石を見せる。

「ええ、ここに。寝ているうちに何故か自分で紐を織り出して、私の首にぶら下がっていました。」

エリンはこのグレンにもらった石に命を救われた後で詳しく聞こうと思ったのだが、それは我らの守り石だと言われただけで、詳しくは教えてくれなかった。

「火打ち石には意思がある。
それはあなたを選んだのだ、きっと役に立つ、だが頼ってはならない。」

「役に立つが頼れない、なんとも難しい石ですね。わかりました、頼らないようにします。」

「青様は魔物を引きつける、その理由は見ればわかるだろう。
汝が無事で戻れるかはわからぬ。だが、どうか巫子の力になりますように。
あと、気休めですがこれを。」

ゴウカが、一本の木筒を渡す。

「これは身を隠す結界を作る粉です。
周囲に細くまいて火打ち石で火を付けると、燃えている間は中のものの姿を消すことが出来ます。
ほんの一時ですが、使うことが無い事を祈っています。

「ありがとうございます。心強いことです。」

エリンが腰のベルトにある木筒を刺すホルダーに入れる。
彼は見た目は腰にナイフがあるくらいだが、上衣をめくると他にも沢山の道具をぶら下げている。
ゴウカがそれを見て少し安心したように微笑み、彼の手をギュッと握って離れた。

「では! それでは、旅の無事を願って。」

二人に手を伸ばすリリスに、目を閉じてホムラとエリンが片膝ついて頭を下げる。

「汝ら火の御使い(みつかい)、巫子の守り手。
フレアゴートの名の下に、火よ来たれ、わが守りに加護を与えよ。
どうぞ、道中御無事であらんことを。
マリナと共に、無事にまた会えることを祈ります。
必ず帰ってきて下さい、我らの道はまだ始まったばかりです。」

リリスがそう言ったとき、どこからともなく遠吠えが聞こえた。

オオオオオオーーーーーンン………

ポッと、リリスの手に赤い火が灯る。
その手で二人の頭に触れると、二人の胸の奥に何か暖かいものが届いたような気がした。

ホムラが顔を上げ、リリスの顔をじっと見る。
何か言いたげなその顔に、リリスは小さくうなずき彼の剃髪した頭に手を置いた。

「私のことは心配いりません。
どうか、マリナをよろしく願います。
彼は長く黄泉で修行を積んだようですが、青の巫子に戦うすべは少ないと聞いております。
あの子はあの子でこの世に慣れていないのではと思います。」

「承知。どうか、どうか、戻りますまで、何ごともお待ち下さいますよう。」

「はい、ホムラ様、エリン様を忘れないで連れて帰って下さいね? 」

「ははっ! では、参ります。」

不安げな様子で、ホムラがグルクに姿を変える。
エリンがその背に乗ると、一気に上空へと飛び立った。

見送って、ブルースが少し不思議そうにグレンに聞いた。

「その方らは、仲間に頼むとは言わないのだな。」

グレンはうつむいて、そして小さくなったホムラの姿に目をやる。

「我らは、残る者にそう、言わずともわかっているのです。
残る者は、決死の覚悟で巫子をお守りする。それは当たり前のことです。

ミスリルの我らには、普通の人間など相手にもならない。
あの日、オキビのひどい有様を見て、そう高をくくっていた自分が情けなかった。
なぜ、私かホムラ、どちらか一人でも、マリナ様のおそばに残っていなかったのか。
何故、私はマリナ様のおそばを離れてしまったのか。

オキビは、マリナ様をお守りしていたオキビは、切られても、刺されても、立ち上がって盾になるしかなかった。相手があの方では、我らに手出しは出来ない。
せめて、青様を連れて空を飛べる者が残っていれば。
頼むという前に、万全の体制を敷くのが肝要。でなければ、後悔ばかりが残ります。」

「すまない、苦いことを聞いてしまった。」

「いえ、神殿無き今、我らは赤様青様を命に替えてもお守りします。それだけです。」

「まあ、貴方らに比べれば微々たる物だろうが、我ら騎士3人も付いている。
恐らく向こうの青様って奴にも騎士が付いてるさ。少しは頼ってくれよな! 」

ニイッと笑うブルースに、グレンが渋い顔になる。

「奴は余計です。貴方らも巫子への言葉遣いには気をつけられるように。」

「おお! すまんすまん! 巫子殿が子供ばかりでどうも馴れ馴れしくなってしまう。」

「でも、 赤様へのご注意は助かります。我らには、とてもあそこまで出来ませんので。」

ブルースが親指を立てると、グレンがニヤリと笑って前垂れで顔を隠す。
そして、少し寂しそうに家に戻って行くリリスの傍らに、そっとゴウカと共に寄り添った。
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