第208話 救いを求める声
文字数 2,274文字
ガラリアが、地龍サラシャの腕の中で見えなくなった目を見開く。
ヴァシュラムの中にいるのに、ここまで来てもヴァシュラムが手を差し伸べてくれない。
駄目だ、よくよく考えるとヴァシュラムは、るつぼに来たらこの身体で復活させてやるとは、ひと言も言わなかった。
しまった、また言葉遊びに引っかかったのかもしれない。
今すぐ泉へ……いや、もう引き返しても遅い。
自分は見放されたのだ、ああ、とうとうこの時が来てしまった。こんなタイミングで。
最悪だ。
ヴァシュラムは、子供のこともオモチャにしか思っていない。
私が消えたら、次はあの子で遊ぶつもりだろう。
意識が遠のく、私はどうなってしまうのか。
身体が死んで、取り出した霊体を好きなようにされるのか、何か違う物に作り替えられてしまうのか、もしかしたら永遠に石ころにでも封じられるのかもしれない。
自分はヴァシュラムとフレアゴートとの契約で、輪廻の輪からはずされている。
契約に応じたときは、子供のことがあったし、その頃のまま、その先も大切にされると思ったから安心して応じてしまった。
でも……それからそう感じることは、ほとんど無くなった。
これは罰だ、私を守って死んだ村人や家族が、私に与えた呪いだ。
ならば受けなくてはならない。
それはずっと覚悟してきた。
でも……本当は、終わりがないのは恐ろしい、怖い。
リュシエールのことが心残りでたまらない。
霊体で捨てられてもきっと、安らかに眠ることなど出来ないだろう。
自由を失い、安息とはほど遠く、苦しみ抜いて悪霊に変わるかもしれない。
若返りの施術の時も、不安が無かったわけじゃ無い。
でも、肉体を失うと霊体がどうなるのか、どうされてしまうのか、それはヴァシュラムの思うままだ。
言いようのない恐怖が、絶望が心を満たす。
あの時、盗賊達と共に土砂に埋もれて死んでしまえば良かったのだろうか。
お前は汚れてなどいないと、優しく抱いてくれた、あの頃が懐かしい。
飽きられ、弄ばれても、それでもあの言葉を支えに懸命に生きてきた。
でも、こうなったのは浅はかにも精霊の言葉を信じてきた、自分の過ち……あとは運を天に任せるしかない。
ああ……駄目だ……
リュシエール、私はまたお前を救うことが出来なかった。
また幸せに出来なかった。
私を、私だけを恨め。私だけを憎め。
他の誰にも罪は無い、私が、私の存在がすべて悪いのだ。
気が遠くなる、これが自分の意志を語れる最後の会話となるかもしれない。
せめてと、ガラリアは力を振り絞ってサラシャに口を開いた。
「サラシャ……地龍殿……」
「ここに、ここにおります」
「地龍殿……気高き、あなたが……汚され、汚れきった……身の私などに、ほんの一時でも頭 を……垂れることになり、申し訳……なかった……」
「そのようなこと、言ってはなりませぬ……」
「私は……私は、これが最後かもしれぬ……
皆に……世話になったと…… 伝えて……… 欲しい……
う、うう……」
「何を……大丈夫でございますとも。御方様、しっかりなさいませ!」
ガラリアの身体からはすっかり生気が消えて、真っ白で色は抜け、肌はボロボロですでに希望が見えない。
サラシャが急いでいた足を止め、彼の身体を抱きしめた。
髪がハラハラと落ち、身体が崩れ始める。
「ああ、ああ、誰か、誰か!主様 !」
流したことのない涙が彼の頬に落ち、流れて消える。
ここはすでに神域なのに、なぜ精霊王は助けて下さらないのか。
苦しむ彼を見るのが恐ろしい。
これほど思うようにならない命のもどかしさに、サラシャは生まれて初めて嗚咽を漏らす。
それでも、彼は最後の時まで詫びの言葉しか囁かなかった。
「……リュ… シエ… ル…… すまない……
イ……イネス、……私は……私は…………巫子じゃない……偽物で……
皆を……あざむいて……許し……て……
でも、……あ、あ……ヴァ……ヴァシュ……どうか……
怖い、 こわ……
あ… あ… サラ… シャ…… あ り…… が…… と…… 」
「御方様!御方さ……あっ、」
手の中でガクリと彼の身体から力が抜けた瞬間、神域が強烈な緑の光に包まれた。
るつぼに渦巻く力が一息に集中し、ガラリアの身体を包んで宙に浮く。
「おお、主ぬし様!間に合って良かった。もっと早う!早うお出でなされませ!」
ホッと息を吐き、力が抜けてサラシャの姿が崩れ全身蛇のような姿になった。
髪はするりと額でまとまって3本の角となり、口からぺろりと細い舌が覗く。
銀のウロコは更に固く固まり、岩に当たると鈴のようにシャンシャンと鳴った。
「主様、御方様の再生の儀を。」
緑の輝きはぼんやりと人の形となり、その中に取り込まれたガラリアが目を開けた。
「ああ……良かった……まだ、私の声が……まだ……良かった……」
彼がつぶやくと、愛しそうに見えない無数の手が彼の身体をかき抱く。
弱々しく震える手を合わせ、見上げるガラリアの緑色の瞳が輝き、涙がガラスのような玉となって光の中で輝いた。
「精霊王よ、朽ちかけた身の私に……ほんの少しでもお目を向けて下さるなら、これまでお仕えしてきた情けに、ほんの少しのお慈悲をお分け下さい……。
どうか……どうか……お慈悲を……もう少し、ほんの一時だけの時間を……どうか、お慈悲を……どうか……」
その力無く、今にも消え入りそうな言葉を遮るように、輝きが彼の唇に口づけを落とす。
ガラリアは救いを求めて両手を頭上に掲げ、不安に心さいなまれながらも目を閉じて、輝きに身を任せるしかなかった。
緑の輝きは、ガラリアを包み込んだままるつぼの更に奥へと向かう。
それを追って、サラシャもスルスルと奥へと消えていった。
ヴァシュラムの中にいるのに、ここまで来てもヴァシュラムが手を差し伸べてくれない。
駄目だ、よくよく考えるとヴァシュラムは、るつぼに来たらこの身体で復活させてやるとは、ひと言も言わなかった。
しまった、また言葉遊びに引っかかったのかもしれない。
今すぐ泉へ……いや、もう引き返しても遅い。
自分は見放されたのだ、ああ、とうとうこの時が来てしまった。こんなタイミングで。
最悪だ。
ヴァシュラムは、子供のこともオモチャにしか思っていない。
私が消えたら、次はあの子で遊ぶつもりだろう。
意識が遠のく、私はどうなってしまうのか。
身体が死んで、取り出した霊体を好きなようにされるのか、何か違う物に作り替えられてしまうのか、もしかしたら永遠に石ころにでも封じられるのかもしれない。
自分はヴァシュラムとフレアゴートとの契約で、輪廻の輪からはずされている。
契約に応じたときは、子供のことがあったし、その頃のまま、その先も大切にされると思ったから安心して応じてしまった。
でも……それからそう感じることは、ほとんど無くなった。
これは罰だ、私を守って死んだ村人や家族が、私に与えた呪いだ。
ならば受けなくてはならない。
それはずっと覚悟してきた。
でも……本当は、終わりがないのは恐ろしい、怖い。
リュシエールのことが心残りでたまらない。
霊体で捨てられてもきっと、安らかに眠ることなど出来ないだろう。
自由を失い、安息とはほど遠く、苦しみ抜いて悪霊に変わるかもしれない。
若返りの施術の時も、不安が無かったわけじゃ無い。
でも、肉体を失うと霊体がどうなるのか、どうされてしまうのか、それはヴァシュラムの思うままだ。
言いようのない恐怖が、絶望が心を満たす。
あの時、盗賊達と共に土砂に埋もれて死んでしまえば良かったのだろうか。
お前は汚れてなどいないと、優しく抱いてくれた、あの頃が懐かしい。
飽きられ、弄ばれても、それでもあの言葉を支えに懸命に生きてきた。
でも、こうなったのは浅はかにも精霊の言葉を信じてきた、自分の過ち……あとは運を天に任せるしかない。
ああ……駄目だ……
リュシエール、私はまたお前を救うことが出来なかった。
また幸せに出来なかった。
私を、私だけを恨め。私だけを憎め。
他の誰にも罪は無い、私が、私の存在がすべて悪いのだ。
気が遠くなる、これが自分の意志を語れる最後の会話となるかもしれない。
せめてと、ガラリアは力を振り絞ってサラシャに口を開いた。
「サラシャ……地龍殿……」
「ここに、ここにおります」
「地龍殿……気高き、あなたが……汚され、汚れきった……身の私などに、ほんの一時でも
「そのようなこと、言ってはなりませぬ……」
「私は……私は、これが最後かもしれぬ……
皆に……世話になったと…… 伝えて……… 欲しい……
う、うう……」
「何を……大丈夫でございますとも。御方様、しっかりなさいませ!」
ガラリアの身体からはすっかり生気が消えて、真っ白で色は抜け、肌はボロボロですでに希望が見えない。
サラシャが急いでいた足を止め、彼の身体を抱きしめた。
髪がハラハラと落ち、身体が崩れ始める。
「ああ、ああ、誰か、誰か!
流したことのない涙が彼の頬に落ち、流れて消える。
ここはすでに神域なのに、なぜ精霊王は助けて下さらないのか。
苦しむ彼を見るのが恐ろしい。
これほど思うようにならない命のもどかしさに、サラシャは生まれて初めて嗚咽を漏らす。
それでも、彼は最後の時まで詫びの言葉しか囁かなかった。
「……リュ… シエ… ル…… すまない……
イ……イネス、……私は……私は…………巫子じゃない……偽物で……
皆を……あざむいて……許し……て……
でも、……あ、あ……ヴァ……ヴァシュ……どうか……
怖い、 こわ……
あ… あ… サラ… シャ…… あ り…… が…… と…… 」
「御方様!御方さ……あっ、」
手の中でガクリと彼の身体から力が抜けた瞬間、神域が強烈な緑の光に包まれた。
るつぼに渦巻く力が一息に集中し、ガラリアの身体を包んで宙に浮く。
「おお、主ぬし様!間に合って良かった。もっと早う!早うお出でなされませ!」
ホッと息を吐き、力が抜けてサラシャの姿が崩れ全身蛇のような姿になった。
髪はするりと額でまとまって3本の角となり、口からぺろりと細い舌が覗く。
銀のウロコは更に固く固まり、岩に当たると鈴のようにシャンシャンと鳴った。
「主様、御方様の再生の儀を。」
緑の輝きはぼんやりと人の形となり、その中に取り込まれたガラリアが目を開けた。
「ああ……良かった……まだ、私の声が……まだ……良かった……」
彼がつぶやくと、愛しそうに見えない無数の手が彼の身体をかき抱く。
弱々しく震える手を合わせ、見上げるガラリアの緑色の瞳が輝き、涙がガラスのような玉となって光の中で輝いた。
「精霊王よ、朽ちかけた身の私に……ほんの少しでもお目を向けて下さるなら、これまでお仕えしてきた情けに、ほんの少しのお慈悲をお分け下さい……。
どうか……どうか……お慈悲を……もう少し、ほんの一時だけの時間を……どうか、お慈悲を……どうか……」
その力無く、今にも消え入りそうな言葉を遮るように、輝きが彼の唇に口づけを落とす。
ガラリアは救いを求めて両手を頭上に掲げ、不安に心さいなまれながらも目を閉じて、輝きに身を任せるしかなかった。
緑の輝きは、ガラリアを包み込んだままるつぼの更に奥へと向かう。
それを追って、サラシャもスルスルと奥へと消えていった。