第221話 地の魔導師ニードの報告

文字数 1,963文字

「じゃ、後でね。」

黒猫アイは、庭を横切り廊下へと走ってゆく。
昼間でも薄暗い王宮の廊下では、闇に溶けてその姿は滅多に目にしない。

「うーん、泥棒猫でも良さそうだ。これはいい契約をしたな。」

クスッと笑って自室へと戻り始める。
ふと立ち止まり、城の2階の窓から飛び出して飛んでいく精霊の姿を見つけ目で追った。

「あれは騎士長の部屋か。
昨夜から風の精霊が騒がしい……、そう言えばセフィーリア様の姿を見ないな……
まさか……」

柔らかな風がふわりと向きを変える。
空を見上げると、風の精霊たちがキラキラと普通の人間には見えない光を小さく輝かせて町の方へと飛んでゆく姿が見えた。
それは、セフィーリアの館がある方角だ。

「これは……まさか、確認せねば。」

ルークは呪を唱えてその方角へ杖を振った。
杖から小さな光が飛び出し、それが小鳥となって飛んでゆく。
精霊たちが今もしセフィーリアの館を目指すのなら、その理由は一つだろう。

火の巫子が帰ってきたのだ。

ああ、そうだとも。
この城内で口外など出来ぬが、彼は間違いなく火の巫子だ。
ヴァルケンを呼び出した時は、体中の毛が逆立ち、鳥肌が立って城中を走り出したい気持ちになった。
だからこそ、身を引き締めなければ。

「王子の様子が変わった原因が、もしあの剣なら……過ちを繰り返す事など許されぬ。」

思わぬ物が出てきた。
必要なのは巫子だ。
だが、王子から剣を離すことが出来るかどうか。
遙か昔、ランドレール王子は決して離そうとしなかったと聞く。

「これは荷が重い。すべての事を慎重に進めなければ。」

つぶやきつつ自室へと足を向け、渡り廊下から城内へと入り、仮設の魔導師の塔へとドアを開ける。
仮設の魔導師の塔は、棟の角にある1、2、3階だ。
居城としていたシリウスから大量に書物を取り寄せたので、その重さに耐えうる、尚且つ術に必要な物を置けるほどほどの広さという事でこの角部屋となった。

隣室は多少狭い寝室だが、そこも書物が積み重なっている。
2階はニード、1階はシャラナが使っている。
他の部屋とは途中の階段を隔てるので、各階廊下にドアを急あしらえてこの縦の階層を塔とした。
これなら薬草の匂いなどを遮断できるうえ、ドアには鍵をかけて魔導師の塔として独立できる。

だが今は3人なので何とかなるが、人が増えたら考えねばなるまい。
それぞれ見習いや下働きを共にしているのだが、彼らはベッド一つ分の空間しかない。
部屋が足りない事だけが一つの悩みだ。

2階に上り、踊り場でくるりと身を翻す。
すると、ニードの部屋の前で黒い髪をボサボサにした旅装束の青年が元気に手を上げた。

「よ」

「ニード、もう帰ったのか、早いな。」

「もう帰ったは無いぜルーク、じゃない長殿。
あのほこらに何が入ってたのか、やっぱ神殿でわかったぜ。
ここじゃ話も出来ないな。部屋だ、お前さんの部屋に行こう!」

今帰ったばかりなのだろう、ニードが背中の背負い袋に刺した杖を引っこ抜いてコンコンと床を突きながら先を行く。
彼は地の紋章の入っていたほこらを壊されたあと、そこに何か見過ごしてはならぬ物が封じられていた事を察して地の神殿まで調べに行っていたのだ。
グルクに乗っての早旅で、疲れているだろうにその影も見せない。

「髪、ボサボサだな。」

「……ああ、うん」

階段を上りながら声をかけると、指で髪を適当にすきながら、ふと立ち止まって振り返る。
その目が、ジトッとルークをにらんだ。

「髪とかどうでもいい事を気にしてる所を見ると、どうも君を驚かせる事は出来ないようだな。」

「うーむ、悪いがきっと……そうだな」

ニードの勘の良さにクスリと笑う。

「中に入ってたのは剣一本。」

「ああ、やっぱりね。」

「ちぇっ、ほんと昔から面白くもない奴。だから友達が出来ないんだぜ?」

「失礼な奴だな。友達はいるさ、とても親しくて頼りになる奴がな。」

「俺、って言ったら、三代先まで友達が出来ない呪いを全身全霊でかけてやる。」

なんだかニードの機嫌を損ねたようだ。
パンッとルークが手を合わせ、芝居がかったキラキラした目でルークをのぞき込む。

「何怒ってるんだい?君が無事に帰ってきてくれて、こんなに喜んでるのに。
旅の無事を祝して、あとで祝杯でも上げようじゃないか。」

「白々しい、俺は友達を選び損ねた。」

ニードがガッカリして、ひょいと肩を上げ首を振る。

「ま、いいさ。もう一ついい事教えてやる。
今日は、ためになる奴連れてきたんだぜ。」

ニイッと笑うニードが、足取りも軽く階段を上る。

ために…… まさか…… セレス様??じゃなければ、イネス様?!!

ためになる奴が誰なのか、ルークは期待に目を見開き彼を追い越して自室へ急いだ。

バッ

いきなりノックも無く、ドアを開く。
驚いた顔で、本棚の前で本を一冊手に取った、黒髪おかっぱの小柄の少年が目を見開き、こちらを振り向いた。
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