第229話 井戸で出会った黒い物

文字数 2,216文字

黒い髪の少年……リュシーの下僕であるはずのフェイクが、リュシーを見つめてつぶやく。

「そうか、 お前は、誰よりも早く見つけたのだな。
だが、青の巫子は、器は未完成だった、 すまぬ……
これは、神殿を失うことになってしまった、わしの弱さよ。」

あの時、リリサレーンを失った悲しさが……
あれほど人間たちを愛し、愛されたリリサレーンが、火の激情に惑わされてこの国を焼き、人間たちの憎しみを一身に受けて、父親の刃を受けたことに、わしは耐えられなかった。
あの時、すぐに次の巫子を探し、育てて戻せば。ひっそりとでも良かったのだ。
必要なことはわかっていたのに、わしは何もかも投げ出してしまった。

「すまぬ、 お前たち親子を、これほど苦しめることは無かったのだ……

もうすぐだ。もうすぐすべてがそろう。
すべて……そろったら……」

ふと、リュシーが顔を上げた。

「僕は、 ここは、僕が本当にいる所?」

「どうしてここに来たかったんだと思う?」

「うん、もう一人の僕は

うん、もう一人の僕は、あの子たちを探してるんだ。
ここに来れば、いるかもしれないって。

でも、あの黒いのが、あいつしか頼る物がなかったから。」

「なぜ黒いのの言うことを聞いた?」

「井戸で出会った黒い物が。
怖い声が、黒いものから、とても怖い声がしたんだ。

うつわが、こわされた、おまえのまりなはころされた。
あとらーなが、にくい、にくいだろう?って。

ずっと、何度も,何度も、何度も、何度も繰り返してたんだ。
だから、アトラーナを、王様たちを、滅ぼすんだって。
なにか黒い物が、そう、呪いをかけたんだ。

だから、もう一人は思い出してしまった……うつわが死んでしまったことを……
まりながいない、眠る所が無いって……

もう一人の僕は、黒い声の方しか見なくなってしまった。
火が炭のような色に、どんどん真っ黒になっていって、ただ、ただ黒いものの言葉しか響かずに……
黒いものの声の言うことしか聞かなくなって……

そのうち、まりなって、なんだろうって! なんだろうって!!

忘れちゃったんだよ?

まりなを忘れちゃったんだ、もう一人は、もう一人は変わってしまった。
まりなが死んであんなに悲しんでたのに、ビックリして、とても怖かった。

でも、あの金色の人が現れると、真っ黒の火を沢山吸い取って、どんどん消えていってね。
火がね、すうっと減っちゃったんだ。それで……

ああ、そうだ。
だから、僕は火の間から顔を出してみることにしたんだ。
ちょっぴり勇気を出して、怖くてたまらなかったよ。でもね、
あの、金色の光がとても綺麗で、こう、ふわっとあったかくて、ちょっぴり勇気が出たんだ。
でも、僕はもう一人も助けたい。ずっと、一緒だったから。

もう一人は、もう、もう、ただ、赤い子のところへ帰りたかったのに。
僕は、僕は、もう、また火の中に包まれたくないんだ。」

「 そうか 」

フェイクが薄く微笑み、リュシーの手からコップを受け取る。
そして、リュシーをベッドに横たえて、上にブランケットをかけた。

「優しい子よ、疲れただろう、少し休め。」

「うん、もう一人の僕は、どうすれば元に戻るんだろう。
僕、 僕、 ずっと、ずっと、表に出られなかったんだよ。
僕は、どうすれば火から出られるんだろう。

あ、ああ、ああ、金色の人はどうなったのかな。
いっぱい、いっぱい黒い火を吸っちゃった、あの金色の、
僕も消えそうで怖かったけど、あれは、金色の人が助けてくれたのかな?
あれは、誰だったんだろう。

ああ、ガーラの甘い水が飲みたい。
ぎゅうって、 して欲しい。
僕は、 僕は、 ガーラ、 僕は、 誰だろう、 ガーラって、誰だろう……」

すうっと目を閉じる。
沢山話をするなんて、何百年ぶりなんだろう……
言葉を忘れてしまったと思っていたのに、沢山、口からあふれ出てくる。

フェイクの手をさわると、ガーラの暖かさを、優しい手を思い出してきた。
それだけで、ホッとして気持ちが落ち着く。

僕は、ずっとそれを探して、火に囲まれて、火の中で諦めて、ずっと泣いていた。

僕は、ガーラと、会えるんだろうか……
僕は、ガーラに会ったら、わかるんだろうか……
僕は、会いたい、わからなくても、会いたい……

ぎゅうってして、 だっこして、 ガーラ……会いたい……

フェイクが、寝息を立て始めたリュシーの頭をなでる。
そっと、目を閉じ、そして、悲痛な表情に変わった。

「すまぬ、すまぬ……」

大きくため息をつく。

「ああ、すまぬ………

無理をさせた為にお前の大切な者は、ガラリアは死にかけてしまった。

今だ、我らはお前達を苦しめている。
なんということだ……わしは、自分のことしか考えぬ愚か者であった。

わしは、傍観者でいることをやめた。
お前を飲み込んだ火は、今飲んだ水の護りが、シールーンが押さえる。だから安心するが良い。
もう2度と燃え狂うことなど許さぬ、愛しいリリサレーンのような苦しみなど、もう2度と……

お前のことは、我らが守る。
だから、安心して眠れ。」

フェイクの髪が、一瞬ぼうと燃え上がる。

右の手を王子の部屋の方へ差し伸べると中の様子が、話し声が、まるで壁が消えたように見て取れる。
焦った様子のジレと、渋い顔で策略を練る王子である物。

その魂の色は、確かに見覚えがあるのだ。
フェイクがうめくように囁く。

「愚かな亡霊どもよ、お前達が憎くとも、復讐などと言う言葉、我ら精霊には縁が無い。

だが…………

………たとえ千年過ぎようと、この怨み……忘れることは……無い………」
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