第232話 退路は一つ、命がけ

文字数 1,868文字

エリンがここを踏むようにと眠る精霊を横目に、石畳の道筋を指で合図しながら皆一列になって石碑の前にたどり着く。
やがて中央のひときわ大きい石碑の前に出ると、刻まれた文字の一つをなぞった。
エリンが指で、左の石碑を指さす。
皆が見ると、左の石碑の脇にある石が、一枚ゆっくりと浮き上がった。

ブルースがそれを持ち上げようと手を出すと、エリンがそれを遮り足で踏む。
すると、中央の石碑の後ろの石が奥へ斜めにスライドした。
なんとも複雑で、小細工がヴァシュラムらしいなとリリスが呆れる。

これじゃ急いで逃げ込むなんて無理ですよね。
と、口から出そうで慌てて口を手で塞いだ。

精霊避けの香り粉は、ミスリルにも幾ばくかは影響があるらしい。
気がつくと、ゴウカが前垂れを下げ、それで口を覆っている。
先にホムラが入り、次にブルース、そしてリリス、続いてゴウカとガーラントが入る。
振り返るとホムラと目を合わせ、うなずき合ったグレンが外に残り、外から扉を閉めた。



大きく息をつき、エリンが腰から一本の木を取りだして横の壁にシュッとこする。
木の先に難なく火が付き、思わずブルースが声を上げてハッと口を塞いだ。

「もう話しても大丈夫ですよ。
ここから城まで結構距離があります。
現在は使われていない様子なので、水音がする場所では滑らないようお気をつけ下さい。」

皆、詰めていた息をふうっと吐く。
地下通路は思っていたより整備されたトンネルのようだ。
密かに作らせた物とは思えないほど、緻密にレンガ状に切られた石が整然と敷き詰めてある。
昔王家は今より精霊とのつながりが深かったことを思えば、ここは地の精霊が作った物かもしれない。

「グレン様は?一緒に行かれないのですか?」

「グレンは残ってあの場所を確保します。
退路がここ一カ所ですから、出口を確保しておかねば逃げられませんので。」

「そ…か……わかりました。では、参りましょう。」

出口は一つ……リリスの表情が、緊張からなのか、硬くなった。

これから進む先が、真っ暗な穴の底に見えてくる。

閉塞感に、逃げ場が無い現実が暗く重く、突然ドッと鉛が落ちてきたように感じた。
自分の判断で、これだけの人数の運命を左右するのか。
気がつくと、手が、膝が小さく震えている。

前のめりになるが、その一歩が踏み出せない。
歩き出せない。

前を見ると、エリンが、火の神官達が、ブルースが振り返って待っている。
みんな、リリスが急に臆して恐怖に震えているのだとわかっていた。

どうしよう……足が前に出ない……どうしよう

焦りに額に汗が流れ、手が濡れて、手を開いて見る。
息が詰まる。
思わずうつむいて目を閉じた。

「巫子殿」

バンッと突然背を叩かれた。

「何を緊張されている。これだけの達人に囲まれて、何を怖がることがある。」

ガーラントが、何度も肩を叩いてリリスを力づける。
リリスが彼を見上げ、じっと見つめて唇を噛む。

「……こわい……のです……」

声を、振り絞った。

「大丈夫だ」

「みなさまを、こんな所に……もし、帰れなかったら……」

「大丈夫だ」

大きな手で、背をグッと押された。

「恐れも知らず、魔物に立ち向かうあなたが何を言う。
我らはあなたを守る為にここにいる。

あなたがそうやって怖がるのは、いつも自分の為に他人が命をかけるときだ。
だが、あなたは誰よりも生きなければならない。
さあ、思い出すんだ。

ここに、あなたは何をしに来た?」

ガーラントのその言葉に、突然前が開けた気がした。
目を見開き、顔を上げ前を見据える。

「ああ……ああ……そうです。
僕は、私は……  そうです。

そうでした。前に…先に進む為、火の巫子の指輪を探さねば。
なんてことでしょう、すっかりこの…どこまでも続く壁と闇に圧倒されていました。」

大きく息をついて、パンパンッと頬を両手で叩く。
もう一度、深呼吸する。
ぎゅうっと手を握りしめ、よしっと力をこめた。

「皆様、お待たせして申し訳ありません!どうぞよろしゅうお願いします。
さあ、参りましょう。」

「よし、行こう!」

バンッとガーラントが彼の背を叩き、活を入れる。
思わず前につんのめって、笑って振り返る。
足が軽くなり、エリンの後ろまで歩みを進める。

狭い通路の中、皆の横を通り過ぎる時、思い思いに背を押し、肩を叩いてくれる。
いつものリリスの顔で、エリンが微笑みホッと安堵の息を吐き前を向いた。

「さあ参りましょう。
私のあとを離れぬよう、分かれ道ではお気をつけ下さい。」

「はい!」

リリスの元気な返事に、ブルースが後ろを来るガーラントに親指を立てる。
ガーラントがニッと笑って手を軽く上げ、前を見ろと合図して返した。
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