第12話 なんだかしんみり

文字数 6,663文字

 消えていた電灯が灯ったようにふっと意識を取り戻した浩太は目を開けた。

「あら~。浩太ちゃん。起きたのね~」

 創元が歓喜の声を上げながらがばりっと仰向けに寝ている浩太を抱き締めた。

「おお。起きたのか浩太。良かったのじゃ」

 竜子が大声で言い創元に抱き締められている浩太を創元の体と腕の隙間から抱き締めた。

「ちょっと、二人とも。何が何やら分かんないんだけど」

 浩太が突然の事に驚きながら言うと創元が浩太を抱き締めたまま口を開いた。

「浩太ちゃんったら。何があったか忘れちゃったの?」

 浩太は創元の言葉を聞いて何があったかですか? と言いながら何があったんだっけと考えた。

「もうじれったいんだから。教えてあげるわ。浩太ちゃんはね。あたくしの事が好きで好きで好き過ぎるから結婚したいって言って、それを反対する天竜ちゃんに殺されかけたのよ。けど、こうして死なずに生き残ったんだからあたくしと結婚するのよ」

 創元が嬉々として言うのを聞いた浩太は全身の血の気が引くのを感じた。

「創元。嘘をつくななのじゃ。浩太。真実はこうなのじゃ。お前はわしとくっ付く事にしたのじゃ。じゃが、わしとお前の仲を嫉妬した天竜に殺されかけたのじゃ。まあ、こうして死なずに済んだから良いのじゃ。お前はわしとくっ付くのじゃ」  

 竜子が言い終えてから浩太の顔を覗き込むように見ると口を大きく開きにやっと笑った。

「うわっー。怖いー。出たその顔。やめてー」

 浩太は竜子の口の中にびっしりと生えている鋭く尖った牙のような歯を見て泣きそうになりながら情けない声で叫んだ。

「嘘を言ってるのは竜子じゃない」

「創元の方なのじゃ」 

 創元と竜子が浩太を抱き締めたまま言い合いを始めた。浩太は言い合いに夢中になり隙だらけになっている二人の腕の中から今がチャンスだと思うとすすっと抜け出した。

「二人とも嘘ついてるでしょ。俺、思い出した。けど、俺、どうして助かったんだろ」

 浩太はそう言いながら上半身を起こすと自分の胸の箸が刺さっていた辺りをじっと見つめた。

「何よ浩太ちゃん。思い出しちゃったの。いや~ん。もう」

 創元が起き上がりながらくねくねと動きつつ至極残念そうに言った。

「なんじゃ。もうばれたのか。つまらないのじゃ。もっとからかってやりたかったのじゃ」 

 竜子が起き上がりながらまたにやっと笑ったが今度は口の中に生えている歯は普通の人間の物と同じ歯だった。

「もう二人とも酷過ぎだよ。そういうのは良いから、創元さん。竜子ちゃん。俺が気絶してからどうなったのか教えて」

 浩太は二人の顔を交互に見ながら聞いた。創元と竜子がお互いの顔を見てから、二人揃って浩太の方に顔を向けると創元が口を開いた。

「何から話そうかしら。そう、ね。まずはここは居酒屋いや~んの店内よ。それと、浩太ちゃんが意識を失ってからまだ三時間くらいしか経ってないわ」

 創元が言葉を切ると立ち上がった。浩太は顔を巡らせて周囲を見た。創元の言う通りここは居酒屋いや~んの店内で浩太が座っているのは座敷の畳の上だった。

「気が利かなかったわね。何か飲み物でも持って来るわ。浩太ちゃん喉渇いてるでしょ。竜子。ごめん。説明の方はお願い」

 創元の言葉を聞いて確かにちょっと喉が渇いてるかも知れない。さすが創元さん気が利くなと思った浩太は座敷から下りて厨房に向かって歩いて行く創元の背中に向かって創元さんすいませんありがとうございますと言った。

「浩太よ。何があったか説明してやるのじゃ。お前は天竜のテイカ―になったのじゃ。散々迷った挙句に天竜がお前をテイカ―にして命を救ったのじゃ」

 竜子が優しい声でそう教えてくれた。

「天竜が俺を? 天竜はどこにいるの?」

 竜子の言った思わぬ言葉に酷く驚きながら浩太が聞くと竜子が悲しそうな顔をした。

「あいつは自分の住処に帰ったのじゃ。お前とはもう二度と会う気はないのじゃ。じゃからお前もあいつに会おうなんて気は起こさない事じゃ」

 竜子が浩太の事を気遣うように見つめながら言った。

「竜子ちゃん。心配してくれてありがとう」

 浩太はそう言ってからがっくりと肩を落とし項垂れた。

「天竜は俺の事嫌いになっちゃったのかな。あんな騙すような事したし。自分の胸に箸を刺して死にかけるようなドジな奴だし」

 浩太は深い深い溜息とともにそんな言葉を漏らした。

「天竜は自分で決めた決まりを自分で破ったのじゃ。そんな事をしておいてほいほいとお前に会いに来られるはずないじゃろ」

 竜子がぶっきら棒に言った。

「それって、どういう事? それって、俺の事嫌いなったんじゃないって事? 諦めないで追い掛け続ければまた会えるかも知れないって事?」 

 浩太が勢い良く顔を上げて言うと竜子が少し困ったような顔をしてから微笑んだ。

「さあな。じゃが、良い心意気じゃ。まあしばらくは我慢する事じゃ。いずれ機会もあるじゃろ。お前は不老不死のテイカーなのじゃからな。時間だけは無限にあるのじゃ」

 竜子がそう言うと浩太の頭を優しくぽんっと叩いた。

「時間だけは無限って、どれだけ時間が掛かるのそれ」

 浩太は会えるかも知れないと思うと嬉しくなったが、どれだけ時間が掛かるんだろうと思うと酷く悲しくなり叫ぶようにして言った。

「どれだけじゃろうな。天竜の気持ち次第じゃ。あれは頑固じゃ。焦らない事じゃ。それに時間が経つうちにお前の気持ちが変わるかも知れないのじゃ。そもそもお前、わしの事も好きじゃったはずじゃ。その事は覚えてないのか?」

 浩太は竜子の言葉を聞いてはっとしてぎくっとした。

「そ、それは、そんな事もあったけど、その後、ほら。俺、天竜一筋みたいになったと、思うんだけど」

 浩太はしどろもどろになりながら言った。

「動揺してるのじゃ。これはわしにもワンチャンありそうなのじゃ」

 竜子がにやにやと何か悪い事でも企んでいるような笑みを顔に浮かべながら言った。

「やめやめ。その話はやめ。ええっと、そうだ。あれだ。俺、テイカーになっちゃたんだ」

 浩太は話を変えようとそう言うと自分の体のあちこちに視線を走らせた。

「なんじゃ。ごまかすとはつまらない奴じゃ。まあ良いのじゃ。そうじゃぞ。お前は天竜の肉を食ってテイカーになったのじゃ。お前は天竜が死なない限りは不老不死になったのじゃ。これからわしらとずっと一緒なのじゃ」

 竜子が言ってから無邪気に嬉しそうに笑った。

「そうか。俺、天竜のお肉を食べたんだ。竜子ちゃん。天竜は大丈夫なの?」

「その事か。実は天竜は」

 浩太の言葉を聞いてそこまで言うと竜子が言葉を切り浩太の顔をじっと見つめて来た。

「何? 何かあるの?」

 浩太はまさか天竜がその所為で酷い怪我をしてるとか? と思い至極不安になり心配しつつ聞いた。

「駄目なのじゃ。何も思い付かないのじゃ。やめやめなのじゃ。大丈夫じゃ。そもそもわしらには再生能力があるのじゃぞ。腕を切り落としたとしても一週間もすればまた生えて来るのじゃ」

 竜子が面倒臭そうに言い放った。

「腕を切り落とした?」

 浩太は思わず大声を張り上げた。

「それはただの例えなのじゃ。腕は腕だが少し肉をえぐっただけなのじゃ。あんな程度ならすぐに治るのじゃ」

 竜子が呆れたような声を出した。

「少しとはいえ、えぐったんだよね。俺はなんて事をしちゃったんだ」

 浩太は酷く落ち込んで独り言ちた。

「心配はいらないのじゃ。天竜が自分で決めてやった事なのじゃ。やりたくなかったらやらないのじゃ」

「あの状況だよ。自分で決めたなんて思えない」

 竜子が慰めてくれても浩太の心は晴れず浩太は顔を俯け黙り込みあれやこれやと天竜の事を考え始めた。

「しょうがない奴なのじゃ。今からわしが自分の腕を切り落とすのじゃ。どれくらいで治るかお前自身の目で見て確かめるのじゃ」

 竜子がさらっとなんでもない事のように言った言葉を聞いて浩太は飛び上がらんばかりに驚いた。

「竜子ちゃん。何言ってんの。駄目だよ」

 浩太が言うと竜子がしてやったりという顔をした。

「わしの事も心配してくれるのじゃな。冗談じゃ。切ったりはしないのじゃ。じゃが。お前が落ちん込んでるままじゃったら本当に切ってしまうかも知れないのじゃ」

 竜子が浩太の目をじっと見つめると優しい声で言った。

「竜子ちゃん。もう。ずるいよ。でも、ありがとう」

 浩太は竜子ちゃんって時々凄く優しいんだよなと思い竜子の心遣いに感謝しつつお礼の言葉を出した。

「ふん。礼などいらないのじゃ。お前が落ち込んでるといじる奴がいなくなってつまらないだけなのじゃ」

 竜子が浩太の目から視線を外すとぶっきら棒に言った。

「竜子ちゃんって時々酷い事言うよね。あ。そうだ。すっかり忘れてた。戦いは? 創元さんも竜子ちゃんも怪我とかしてないみたいだけど、あの後戦いはなかったって事?」

 浩太は天竜の事は今はもう考えないようにしよう。ちょうど怪我の話で思い出した。俺は戦いを止める事はできたんだろうかと思うと聞いてみた。

「そうじゃ。お前のお陰じゃ。お前以外誰一人として傷付いた者はいないのじゃ」

 竜子がそこまで言って一旦言葉を切ってから大した奴なのじゃと言い足した。

「竜子ちゃんそれは褒め過ぎだよ。天竜は怪我してる」

 浩太はそう言ってからしまった。折角竜子ちゃんが気を使ってくれてたのに、天竜の事は今は考えないって決めたばかりなのにと思った。

「なんじゃ。人が折角褒めてやってるのに」

 竜子が天竜の事には触れずに優しい笑みを顔に浮かべながら言った。

「戦いがなくって俺の命が助かって。なんか、凄いハッピーエンドって感じになってる」

 浩太は竜子ちゃんまた気を使ってくれてありがとうと心の中でお礼を言いつつそこまで言って口を閉じた。天竜には会えないからハッピーエンドっていうのは嘘かな。けど、まあ、皆が一応無事で良かった。浩太はそう思うと何かをやり遂げられたような気がして少しだけ嬉しくなった。

「やよちぇんにはもうお前が帰ると連絡してあるのじゃ。お前がここからいなくなると思うとちこっとだけ寂しいのじゃ。じゃから、すぐに飲みに来るのじゃ。そうじゃな、週に、五日は来るのじゃ。残りの二日で受験勉強をすれば良いのじゃ」

 竜子が少し恥ずかしそうにしながら言った。

「俺、帰れるんだ。それも忘れてたけど、そうか」

浩太が言うと竜子が嬉しそうで何よりなのじゃと少し寂しそうな声を出した。

「絶対にまた会いに来るから。けど、竜子ちゃん意地悪するからな。どうしよっかな」

 絶対に会いに来るからと言った瞬間にとても寂しさを感じたのでそれをごまかす為に途中からわざと浩太は竜子をからかうような言葉を作った。

「二人とも何やら盛り上ってるみたいじゃないの。あたくしも混ぜなさいよ」

 創元が飲み物の入ったコップを載せたお盆を持って二人の傍に来た。

「竜子ちゃんから全部聞きました。なんか。なんていうか。お世話になりました。色々ありがとうございました」

 浩太はすっと立ち上がると座敷から下りて言い頭を下げた。

「何よ~。急に。浩太ちゃん。頭を上げなさいよ。もう。ちょっと、ほうら」

 創元が言ったので浩太は頭を上げた。

「う、うわっ。創元さん!?」  

 創元が両手を大きく広げ浩太に抱き付いて来たので浩太は思わず悲鳴のような声を上げてしまった。

「もうお別れなのね。楽しかったわ。浩太ちゃん。最高よ。またいつでも会いに、いえ、飲みに来て。浩太ちゃんならいつ来てもただにしちゃうから」

 そう言った創元の目から涙が溢れ出た。

「創元さん」

 浩太は創元の腕の中から一刻も早く出たいと思っていたが創元の涙を見て、しょうがない、もうちょっとだけ我慢しようと思い直すといつの間にか無意識のうちに創元の体を突き放すように伸ばしていた両腕から少しだけ力を抜いた。

「おいー。お前ら。別れの時までそれか? 浩太。お前、本当は創元の事が好きなのか?」

 竜子がもううんざりなのじゃというように言った。

「好きなはずないでしょ。今だって本当は嫌なんだから」

 浩太は思わずそう言ってしまってからはっとした。

「何よ。浩太ちゃんったら。もう。今のはさすがに傷付いたわ。あたくしみたいなオカマは打たれ強いのが信条だけど、本当に傷付く時だってあるのよ。もう。いや。あたくし、死んじゃいそうだわ」

 創元がくねくねと動きつつ言い浩太から手を放すとその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。

「創元さん」

 浩太は創元の名を呼んだが、ここで謝ると、じゃあもう一度抱き付かせてとか言われそうで怖いし俺の事が好きだって俺と天竜の気持ちを確かめる為に俺が竜子ちゃんの胸を触った時に言ってたから絶対に甘い顔はしちゃ駄目だと思いつつ、でもこの状況どうすれば良いんだろと悩みながら途方に暮れそれ以上言葉を続けて出す事ができずに押し黙った。

「浩太。もう帰るのじゃ。創元は放っておけば良いのじゃ。このままだらだらしてるといつまで帰れなくなるのじゃ」

 竜子が言いながら創元を脇に押し退けつつ浩太の前に来た。

「あら? いや。ちょっと、竜子?」 

 押し退けられ浩太の視界の外に追いやられる創元が何か言っていたが竜子は構わずに創元をぐいぐいと押し退け続けた。

「でも、このままじゃ、創元さんが」 

 浩太はそう言うと創元の方を見ようとして顔を動かそうとしたが両手で挟むようにして浩太の顔を竜子が押さえたので浩太は顔を動かす事ができなくなった。

「わしを見るのじゃ」

 竜子が言ったので浩太は竜子の顔を見た。竜子と浩太は見つめ合った。浩太は竜子が何かを言うんだろうと思い竜子の言葉を待っていたが竜子はすぐには何も言わずに浩太の顔をじっと見つめ続けていた。ま、まさか別れのキスとか?! 浩太はそんな事を唐突に思い付くとうへへへへと頭の中をピンク色に染め目を閉じて竜子の唇が自分の唇に触れる瞬間をどきどきしながら待った。

「浩太よ。頑張るのじゃ。しっかり精一杯人の世界で生きるのじゃ。そして、いつかどうあがいても不老不死の為に人の世界で生きられなくなったらこっちに帰って来るのじゃ。わしらはいつまでもお前の帰りを待ってるのじゃ」

 竜子が優しいが力強いしっかりとした口調で言うと浩太の顔をぐいぐいと自分に背中を向けさせるように動かした。

「いた、いたた。ちょっと竜子ちゃん?」

 うわー。キスじゃなかった、でも、まあそうだよねと微妙に落ち込みつつ浩太は顔を動かされながらも振り向こうとした。

「振り向くななのじゃ。とっとと行くのじゃ。あ。でもたまには来ても良いのじゃ。でも本当にたまにじゃぞ」

 竜子が叫び浩太の顔から手を放すと浩太の背中をどんっと突き飛ばすようにして押した。

「竜子ったらもう。浩太ちゃん。竜子はたまになんて言ってるけどいつでも何度でも飲みにいらっしゃい。待ってるわ」

 創元の優しい声が聞こえて来た。

「竜子ちゃん。創元さん」

浩太はよろけながら数歩進んでから足を止めると一瞬振り向きかけたがぐっとこらえて振り向かずに二人の名を自分の心に刻み込むようにして言った。

「行くのじゃ浩太」

「またね浩太ちゃん」 

「もうずるいよ。そんな風に急に別れの挨拶とかして。二人の言葉を聞いてたら急に悲しくなって来たじゃないか。創元さん。竜子ちゃん。会いに来るから。絶対来るから。二人ともいつまでもいつまでも元気でいて。また。また来るから」

 目から涙が流れ出し始めたが浩太は今涙を拭くと二人に泣いてると気付かれると思い頬を伝う涙をそのままにして歩き出した。浩太はゆっくりと進んで行き居酒屋いや~んの出入り口の引き戸に手を掛けそれを開いた。明るい日差しが浩太の目を一瞬眩ませたが浩太はしっかりと目を開き前を見ると店の外に向かって足を踏み出した。
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