第5話 母さんが大変です
文字数 5,110文字
「浩太ちゃん。親御さんになんて言うか考えたの?」
いたたたと言いながら立ち上がると創元の声が店の奥の方から聞こえて来たので浩太は慌てて創元のいる方に顔を向け声を上げた。
「創元さん戻って来たんですね。そんな事よりどうするんですか?」
創元が浩太の傍に来ると、視線を斜め下に向けた。
「まあ、そこの椅子に座りなさい。それで、まずはあたくし達の事よりも親御さんに連絡をする事。なんならあたくしが電話しちゃおうかしらん?」
創元の言葉を聞いた浩太はぶんぶんと頭を大きく左右に振った。そんな事をされたら母さんはどう思うんだろう。そう考えると激しい不安に駆られ絶対に駄目だと思った。
「俺が自分で電話します」
浩太は宣言するように言うと椅子に座り胸のポケットから携帯電話を取り出し操作して母親に電話を掛けた。数コールの後に繋がるともしもしと母親の声が受話口から聞こえて来た。
「ああ。母さん。すぐ出てくれて良かった。それで、ええっと、あ、ああ~。そうだ。体調は? 体の具合の方はどう?」
しばらく帰れなくなっちゃったんだと言おうとしたが言葉を出す直前にそんな事をいきなり言ったらどう考えても母さんが心配すると気付いた浩太はその言葉を出す事ができなくなり言う事がなくなってしまったので慌てて体調の事を聞いてごまかした。
「ちょっと、浩太ちゃん。どういう事? お母さんは病気か何かなの?」
創元が大きな声を上げた。
「え、ああ。ええっと、ちょっと」
うわ。創元さん声でかい。これじゃ母さんに創元さんの声が聞かれちゃうと思った浩太は叫ぶように言いながら創元から距離を取った。
「浩太、今どこにいるの? 今の声は誰?」
母親の声を聞いて浩太は悲鳴を上げそうになった。聞かれてる創元さんの声が母さんに聞かれてる。そう思うと浩太は慌ててなんでもないなんでもないなんでもないからと言った。
「今の声、なんか母さんの知り合いに似てるのよね。けどあれね。浩太はまだお酒飲んだりしてないもんね。だから浩太が居酒屋なんかにこんな時間から行くはずないわよね。はっ、でも、自棄酒? 母さんの息子だもんね。お酒好きに決まってるわよね。浩太、あんたひょっとして今飲んでるの?」
知り合い? 居酒屋? まさか創元さんと母さんが知り合いなんて事はないよね? だってここは竜の居酒屋なんだから普通の人間は来られないんだよね? と思いながら浩太は創元の方に顔を向けた。
「創元さん。ここって普通の人は飲みに来たりできないですよね? それと、どこにいるか聞かれてもここの事は話しちゃ駄目ですよね?」
送話口を手でぎゅっと押さえながら浩太は小声で聞いた。
「来られるわよ。それに表向きはただの居酒屋として商売してるから居酒屋いや~んという名前と場所なら言っても大丈夫よ。あたくし達の事も竜とか言わなければ何を言っても平気。ただ、お店に来てもらっても浩太ちゃんと会わせてあげる事はできないわ」
教えてくれてありがとうございましたと創元に向かって言いながら、浩太はなんだ普通に普通の人間が飲みに来られるんだと思った。思ってからじゃあ同級生と飲んでてこれから遊びに行ったりそいつの家に泊まりに行ったりするからしばらくは帰れないって言おう。あ、でも俺はこれからどれくらい家に帰れないのかな? 二日間くらいならこの言い訳でごまかせそうだけどそれ以上だときついかな? と考えながら口を開いた。
「母さん今日はなんか勘が冴えてるね。実はちょっと飲んでみてるんだ。同級生と会ってさ。居酒屋でも行こうよなんて強引に誘われちゃってつい。こんな時なのに」
言葉の途中で浩太はあれ? まさか、ひょっとしてやっぱり創元さんと母さんって知り合いなんじゃ? だって普通の人間が普通に飲み来られるって創元さん言ってたし、と時間差で今頃になって改めてふっとそう考え黙り込んでしまった。そんな事ないよね? なんか嫌だ。母さんが創元さんの知り合いで一緒にお酒とか飲んでると思うとなんか凄く嫌だ。浩太はそう思うと頭の中に居座ってしまった考えを振り払おうと頭をぶんぶんと左右に大きく振った。
「浩太ちゃん。何やってるの? じれったいわね。もう見てらんないわ。浩太ちゃん代わって。あたくしが話すから」
また創元が大きな声が上げた。浩太は慌てて送話口を手でぎゅっとまた押さえた。
「あら? やっぱり知り合いだと思うわ。ねえ浩太。あんた今居酒屋いや~んにいるんじゃないの?」
受話口から聞こえて来た母親の言葉を聞いた瞬間、浩太は自分の体が凍り付くぴきーんという音を聞いた気がした。
「あわあわあわあわわわわ」
浩太は動揺してあわあわと言ってしまった。
「もしもし。お電話代わらせてもらいました。あたくし松永創元と言います」
浩太の携帯電話をささっとさり気なく奪い創元が言うと受話口から母親の嬉しそうな大きなあら~創ちゃん? 本当に創ちゃんなの~? 私よ~、弥生よ~という声が漏れ聞こえて来た。
「嫌だ。うっそん。あーた、まさか、やよちぇん? うっそん。いや~ん。なんでよー」
創元が至極嬉しそうに言いながら体をこれでもかとくねくねと動かした。
「そっちこそよ。うちの息子が行ってるなんて。はっ。まさか、創ちゃん、うちの子に変な事してないわよね?」
母さん。聞こえてるから。声だだ漏れだから。頼むからそんな事言わないで。気まずいから。一緒にテレビとか見ててエッチなシーンとかになっちゃった時みたいに気まずいから。浩太は泣きそうになりながらそう思った。
「そんな事よりやよちぇん。息子って。しかもこんなに大きい子って。嫌だ~。全然聞いてない~」
創元さん。さっきから嫌~嫌~って。そんなに嫌なら今すぐに電話を切って下さい。浩太は切実にそう思った。
「なんじゃ? 浩太、お前、やよちぇんの息子なのか?」
はぶばあっ。この店に来てるって事は竜子ちゃんとも知り合いって事か~。浩太はク〇〇ンの事か~と叫ぶような勢いでそう思った。思ってから、すぐにあ、でも竜子ちゃんと知り合いでもそれは別に良いか害はなさそうだしと思い直すと少し元気が出た。
「それでどうなの? うちの息子ちゃんと飲んでる?」
こんな母さん母さんじゃないと浩太が思うほどに母親のテンションは高くなって来ていてその声は常に受話口からだだ漏れの状態となっていた。
「まだ、ああ~ん。そうね~ん。大丈夫よ~ん。あたくしがきっちりかっちりしっかりお酒の飲み方を仕込んであげるわん。そうそうそうだわ。それで、ちょっと相談があるのよ」
創元さんなんでそんなにくねくねしながら喋るんですか、と思うとなぜか浩太はその動きに恐怖を覚え悲鳴を上げたくなった。
「相談? 駄目よ。浩太はまだ童貞なんだから」
「かかかか母さんの口からまたたまたしししし下ネタが出るなんてててて」
浩太はショックのあまりに意識を失いそうになりながらぼそぼそと呟いた。
「違うわよ~ん。しばらくの間うちで雇いたいのよ~。なんか色々あったみたいじゃない~。そんな話を聞いてたらうちの竜子が気に入っちゃって~。放したがらないの~。だから泊まり込みでしばらく駄目かしらん」
創元の言葉を聞いて竜子がずかずかと創元の傍に歩み寄った。
「おい。創元。わしは何も言ってないのじゃ。わしの所為にするななのじゃ」
竜子が怒鳴った。
「もう~何~? 竜子ちゃんまさか浩太の事好きになっちゃったの? まあ、創ちゃんじゃないなら良いけどさ。竜子ちゃんだったら浩太をあげても良いわよ」
浩太の母親が至極嬉しそうに言った。浩太の中の母親像がぼろぼろさらさらと砂でできた像が崩れるように崩れて行き母さん滅茶苦茶じゃないかと思いながら浩太は頭を抱えた。
「わしは、もがもがもがもが」
竜子がまた怒鳴ったがささっと流れるような動きで創元が竜子の口を押えた。
「一週間くらい良いかしら?」
一週間? 浩太は創元の発言を聞いて口からぼふっとエクトプラズムのような何かが出た気がした。
「一週間と言わず一ヶ月くらい良いわよ。良い気分転換になると思うわ。受験の事も私の事も忘れるくらい楽しませてやって」
そう言った浩太の母親の声は普段よりも大きかったがそのテンションは浩太の知っているいつもの母親のテンションだった。
「浩太ちゃん。そういう事になったから」
創元が浩太の方に顔を向けるとばちんっと音が聞こえて来そうな勢いで片目を瞑りウィンクしつつ言った。
「もう放すのじゃ。余計な事は何も言わないのじゃ」
竜子が観念したような声で言うと創元が竜子の口から手を放した。
「あ。そうだ。竜子ちゃんにも代わって」
浩太の母親が言うと創元が竜子に携帯電話を手渡した。
「おお。やよちぇん。大丈夫なのか? 体調が悪いとか聞いたのじゃが」
竜子が心配そうに言った。
「大丈夫よ。ありがと。それでね竜子ちゃん。浩太の事お願いね。まだまだ子供だから迷惑掛けると思うけど」
浩太の母親の言葉を聞くと竜子が優しそうな微笑を顔に浮かべた。その顔を見た浩太は竜子ちゃんってこんな顔もできるんだと思いじっと見つめてしまった。
「大丈夫じゃ。創元からはわしがしっかりと守るのじゃ。それにしてもやよちぇん。お前もやるな。こんなに大きな子がいたとは」
竜子が言うと浩太の母親の笑い声が受話口から聞こえて来た。
「あーあ。ばれちゃったわね。いきなり連れて行って驚かそうと思ってたんだけどね。残念だわ」
言い終えてからまた浩太の母親が笑い声を上げた。
「そうだったわ。やよちぇん。体は本当に大丈夫なの? 浩太ちゃんも心配してるわよ」
創元が竜子の持つ携帯電話に顔を近付けて言った。
「平気よ平気。皆に心配させちゃってごめんね。まあ、すぐに顔を見せに行くわ」
「待ってるのじゃ」
「楽しみにしてるわ」
浩太の母親の言葉を聞いて竜子と創元がほとんど同時に返事をした。
「そろそろ浩太に代わるのじゃ」
竜子がそう言うと携帯電話を浩太に向かって差し出して来た。
「浩太ちゃん。しばらく会えないんだからちゃんとお話しておきなさい」
創元が浩太の耳元に顔を近付けると小さな声で言った。
「あひゃっ」
浩太は創元の息が耳にかかったので思わず変な声を上げてしまった。もう創元さん絶対にわざとやってるぞこれと思いながら浩太は携帯電話を受け取り耳に当てると母親に向かって声を掛けた。
「もしもし母さん?」
「浩太。二人とも凄く楽しくて良い人だから、たくさん楽しんでいらっしゃい。受験の事とか私の事なんて忘れちゃって良いから」
母親の言葉を聞いて浩太は母さんありがとうと思いちょっと泣きそうになった。
「ありがとう。母さんも俺の事心配しなくって良いからしっかりと体を治して。受験の事は、えっと、どうするかは少し考えてみる」
言いながら大学を諦めるという選択かと浩太は思った。
「忘れちゃって良いって言ってるでしょ。たまには息抜きが必要よ。まあ創ちゃん達が傍にいたら楽しくって受験どころじゃないと思うけどね」
母親が嬉しそうに笑いながら言った。身の危険を感じるという意味で受験どころじゃないよと浩太は思ったがそんな言葉を母親に言うのは恥ずかしくって無理だった。
「そうだね。創元さんてちょっと変わってるけど良い人だし」
浩太は頑張ってそう言った。
「そのうち慣れるわよ。あら。ちょっと待って看護婦さんが。そうだった。母さんこれか検査だったわ。何かあったらまた電話して」
うんと浩太が言うと最後に創ちゃんと竜子ちゃんに代わってと母親が言った。浩太が母さんが最後に二人に代わって欲しいって言ってますと言いながら創元に携帯電話を渡すと創元が竜子を呼び二人揃って携帯電話に顔を近付けた。
「やよちぇん何よ? 二人揃って聞いてるわ」
創元が嬉しそうに微笑みながら言った。
「創ちゃん竜子ちゃん。悪いけど浩太をよろしくね」
浩太の母親がそう言うと竜子が分かったのじゃと言い創元が大丈夫よ。名残惜しいけど検査なんでしょ。早く行ってらっしゃいと言った。
「うん。じゃあまたね」
浩太の母親が二人に言葉を返し通話は終わった。
いたたたと言いながら立ち上がると創元の声が店の奥の方から聞こえて来たので浩太は慌てて創元のいる方に顔を向け声を上げた。
「創元さん戻って来たんですね。そんな事よりどうするんですか?」
創元が浩太の傍に来ると、視線を斜め下に向けた。
「まあ、そこの椅子に座りなさい。それで、まずはあたくし達の事よりも親御さんに連絡をする事。なんならあたくしが電話しちゃおうかしらん?」
創元の言葉を聞いた浩太はぶんぶんと頭を大きく左右に振った。そんな事をされたら母さんはどう思うんだろう。そう考えると激しい不安に駆られ絶対に駄目だと思った。
「俺が自分で電話します」
浩太は宣言するように言うと椅子に座り胸のポケットから携帯電話を取り出し操作して母親に電話を掛けた。数コールの後に繋がるともしもしと母親の声が受話口から聞こえて来た。
「ああ。母さん。すぐ出てくれて良かった。それで、ええっと、あ、ああ~。そうだ。体調は? 体の具合の方はどう?」
しばらく帰れなくなっちゃったんだと言おうとしたが言葉を出す直前にそんな事をいきなり言ったらどう考えても母さんが心配すると気付いた浩太はその言葉を出す事ができなくなり言う事がなくなってしまったので慌てて体調の事を聞いてごまかした。
「ちょっと、浩太ちゃん。どういう事? お母さんは病気か何かなの?」
創元が大きな声を上げた。
「え、ああ。ええっと、ちょっと」
うわ。創元さん声でかい。これじゃ母さんに創元さんの声が聞かれちゃうと思った浩太は叫ぶように言いながら創元から距離を取った。
「浩太、今どこにいるの? 今の声は誰?」
母親の声を聞いて浩太は悲鳴を上げそうになった。聞かれてる創元さんの声が母さんに聞かれてる。そう思うと浩太は慌ててなんでもないなんでもないなんでもないからと言った。
「今の声、なんか母さんの知り合いに似てるのよね。けどあれね。浩太はまだお酒飲んだりしてないもんね。だから浩太が居酒屋なんかにこんな時間から行くはずないわよね。はっ、でも、自棄酒? 母さんの息子だもんね。お酒好きに決まってるわよね。浩太、あんたひょっとして今飲んでるの?」
知り合い? 居酒屋? まさか創元さんと母さんが知り合いなんて事はないよね? だってここは竜の居酒屋なんだから普通の人間は来られないんだよね? と思いながら浩太は創元の方に顔を向けた。
「創元さん。ここって普通の人は飲みに来たりできないですよね? それと、どこにいるか聞かれてもここの事は話しちゃ駄目ですよね?」
送話口を手でぎゅっと押さえながら浩太は小声で聞いた。
「来られるわよ。それに表向きはただの居酒屋として商売してるから居酒屋いや~んという名前と場所なら言っても大丈夫よ。あたくし達の事も竜とか言わなければ何を言っても平気。ただ、お店に来てもらっても浩太ちゃんと会わせてあげる事はできないわ」
教えてくれてありがとうございましたと創元に向かって言いながら、浩太はなんだ普通に普通の人間が飲みに来られるんだと思った。思ってからじゃあ同級生と飲んでてこれから遊びに行ったりそいつの家に泊まりに行ったりするからしばらくは帰れないって言おう。あ、でも俺はこれからどれくらい家に帰れないのかな? 二日間くらいならこの言い訳でごまかせそうだけどそれ以上だときついかな? と考えながら口を開いた。
「母さん今日はなんか勘が冴えてるね。実はちょっと飲んでみてるんだ。同級生と会ってさ。居酒屋でも行こうよなんて強引に誘われちゃってつい。こんな時なのに」
言葉の途中で浩太はあれ? まさか、ひょっとしてやっぱり創元さんと母さんって知り合いなんじゃ? だって普通の人間が普通に飲み来られるって創元さん言ってたし、と時間差で今頃になって改めてふっとそう考え黙り込んでしまった。そんな事ないよね? なんか嫌だ。母さんが創元さんの知り合いで一緒にお酒とか飲んでると思うとなんか凄く嫌だ。浩太はそう思うと頭の中に居座ってしまった考えを振り払おうと頭をぶんぶんと左右に大きく振った。
「浩太ちゃん。何やってるの? じれったいわね。もう見てらんないわ。浩太ちゃん代わって。あたくしが話すから」
また創元が大きな声が上げた。浩太は慌てて送話口を手でぎゅっとまた押さえた。
「あら? やっぱり知り合いだと思うわ。ねえ浩太。あんた今居酒屋いや~んにいるんじゃないの?」
受話口から聞こえて来た母親の言葉を聞いた瞬間、浩太は自分の体が凍り付くぴきーんという音を聞いた気がした。
「あわあわあわあわわわわ」
浩太は動揺してあわあわと言ってしまった。
「もしもし。お電話代わらせてもらいました。あたくし松永創元と言います」
浩太の携帯電話をささっとさり気なく奪い創元が言うと受話口から母親の嬉しそうな大きなあら~創ちゃん? 本当に創ちゃんなの~? 私よ~、弥生よ~という声が漏れ聞こえて来た。
「嫌だ。うっそん。あーた、まさか、やよちぇん? うっそん。いや~ん。なんでよー」
創元が至極嬉しそうに言いながら体をこれでもかとくねくねと動かした。
「そっちこそよ。うちの息子が行ってるなんて。はっ。まさか、創ちゃん、うちの子に変な事してないわよね?」
母さん。聞こえてるから。声だだ漏れだから。頼むからそんな事言わないで。気まずいから。一緒にテレビとか見ててエッチなシーンとかになっちゃった時みたいに気まずいから。浩太は泣きそうになりながらそう思った。
「そんな事よりやよちぇん。息子って。しかもこんなに大きい子って。嫌だ~。全然聞いてない~」
創元さん。さっきから嫌~嫌~って。そんなに嫌なら今すぐに電話を切って下さい。浩太は切実にそう思った。
「なんじゃ? 浩太、お前、やよちぇんの息子なのか?」
はぶばあっ。この店に来てるって事は竜子ちゃんとも知り合いって事か~。浩太はク〇〇ンの事か~と叫ぶような勢いでそう思った。思ってから、すぐにあ、でも竜子ちゃんと知り合いでもそれは別に良いか害はなさそうだしと思い直すと少し元気が出た。
「それでどうなの? うちの息子ちゃんと飲んでる?」
こんな母さん母さんじゃないと浩太が思うほどに母親のテンションは高くなって来ていてその声は常に受話口からだだ漏れの状態となっていた。
「まだ、ああ~ん。そうね~ん。大丈夫よ~ん。あたくしがきっちりかっちりしっかりお酒の飲み方を仕込んであげるわん。そうそうそうだわ。それで、ちょっと相談があるのよ」
創元さんなんでそんなにくねくねしながら喋るんですか、と思うとなぜか浩太はその動きに恐怖を覚え悲鳴を上げたくなった。
「相談? 駄目よ。浩太はまだ童貞なんだから」
「かかかか母さんの口からまたたまたしししし下ネタが出るなんてててて」
浩太はショックのあまりに意識を失いそうになりながらぼそぼそと呟いた。
「違うわよ~ん。しばらくの間うちで雇いたいのよ~。なんか色々あったみたいじゃない~。そんな話を聞いてたらうちの竜子が気に入っちゃって~。放したがらないの~。だから泊まり込みでしばらく駄目かしらん」
創元の言葉を聞いて竜子がずかずかと創元の傍に歩み寄った。
「おい。創元。わしは何も言ってないのじゃ。わしの所為にするななのじゃ」
竜子が怒鳴った。
「もう~何~? 竜子ちゃんまさか浩太の事好きになっちゃったの? まあ、創ちゃんじゃないなら良いけどさ。竜子ちゃんだったら浩太をあげても良いわよ」
浩太の母親が至極嬉しそうに言った。浩太の中の母親像がぼろぼろさらさらと砂でできた像が崩れるように崩れて行き母さん滅茶苦茶じゃないかと思いながら浩太は頭を抱えた。
「わしは、もがもがもがもが」
竜子がまた怒鳴ったがささっと流れるような動きで創元が竜子の口を押えた。
「一週間くらい良いかしら?」
一週間? 浩太は創元の発言を聞いて口からぼふっとエクトプラズムのような何かが出た気がした。
「一週間と言わず一ヶ月くらい良いわよ。良い気分転換になると思うわ。受験の事も私の事も忘れるくらい楽しませてやって」
そう言った浩太の母親の声は普段よりも大きかったがそのテンションは浩太の知っているいつもの母親のテンションだった。
「浩太ちゃん。そういう事になったから」
創元が浩太の方に顔を向けるとばちんっと音が聞こえて来そうな勢いで片目を瞑りウィンクしつつ言った。
「もう放すのじゃ。余計な事は何も言わないのじゃ」
竜子が観念したような声で言うと創元が竜子の口から手を放した。
「あ。そうだ。竜子ちゃんにも代わって」
浩太の母親が言うと創元が竜子に携帯電話を手渡した。
「おお。やよちぇん。大丈夫なのか? 体調が悪いとか聞いたのじゃが」
竜子が心配そうに言った。
「大丈夫よ。ありがと。それでね竜子ちゃん。浩太の事お願いね。まだまだ子供だから迷惑掛けると思うけど」
浩太の母親の言葉を聞くと竜子が優しそうな微笑を顔に浮かべた。その顔を見た浩太は竜子ちゃんってこんな顔もできるんだと思いじっと見つめてしまった。
「大丈夫じゃ。創元からはわしがしっかりと守るのじゃ。それにしてもやよちぇん。お前もやるな。こんなに大きな子がいたとは」
竜子が言うと浩太の母親の笑い声が受話口から聞こえて来た。
「あーあ。ばれちゃったわね。いきなり連れて行って驚かそうと思ってたんだけどね。残念だわ」
言い終えてからまた浩太の母親が笑い声を上げた。
「そうだったわ。やよちぇん。体は本当に大丈夫なの? 浩太ちゃんも心配してるわよ」
創元が竜子の持つ携帯電話に顔を近付けて言った。
「平気よ平気。皆に心配させちゃってごめんね。まあ、すぐに顔を見せに行くわ」
「待ってるのじゃ」
「楽しみにしてるわ」
浩太の母親の言葉を聞いて竜子と創元がほとんど同時に返事をした。
「そろそろ浩太に代わるのじゃ」
竜子がそう言うと携帯電話を浩太に向かって差し出して来た。
「浩太ちゃん。しばらく会えないんだからちゃんとお話しておきなさい」
創元が浩太の耳元に顔を近付けると小さな声で言った。
「あひゃっ」
浩太は創元の息が耳にかかったので思わず変な声を上げてしまった。もう創元さん絶対にわざとやってるぞこれと思いながら浩太は携帯電話を受け取り耳に当てると母親に向かって声を掛けた。
「もしもし母さん?」
「浩太。二人とも凄く楽しくて良い人だから、たくさん楽しんでいらっしゃい。受験の事とか私の事なんて忘れちゃって良いから」
母親の言葉を聞いて浩太は母さんありがとうと思いちょっと泣きそうになった。
「ありがとう。母さんも俺の事心配しなくって良いからしっかりと体を治して。受験の事は、えっと、どうするかは少し考えてみる」
言いながら大学を諦めるという選択かと浩太は思った。
「忘れちゃって良いって言ってるでしょ。たまには息抜きが必要よ。まあ創ちゃん達が傍にいたら楽しくって受験どころじゃないと思うけどね」
母親が嬉しそうに笑いながら言った。身の危険を感じるという意味で受験どころじゃないよと浩太は思ったがそんな言葉を母親に言うのは恥ずかしくって無理だった。
「そうだね。創元さんてちょっと変わってるけど良い人だし」
浩太は頑張ってそう言った。
「そのうち慣れるわよ。あら。ちょっと待って看護婦さんが。そうだった。母さんこれか検査だったわ。何かあったらまた電話して」
うんと浩太が言うと最後に創ちゃんと竜子ちゃんに代わってと母親が言った。浩太が母さんが最後に二人に代わって欲しいって言ってますと言いながら創元に携帯電話を渡すと創元が竜子を呼び二人揃って携帯電話に顔を近付けた。
「やよちぇん何よ? 二人揃って聞いてるわ」
創元が嬉しそうに微笑みながら言った。
「創ちゃん竜子ちゃん。悪いけど浩太をよろしくね」
浩太の母親がそう言うと竜子が分かったのじゃと言い創元が大丈夫よ。名残惜しいけど検査なんでしょ。早く行ってらっしゃいと言った。
「うん。じゃあまたね」
浩太の母親が二人に言葉を返し通話は終わった。