第4話 眩し過ぎっ

文字数 13,327文字

「待つのだ。桜花浩太は帰っては駄目なのだ」

 格子戸に手を掛け開けようとしていた浩太の耳に小さな鈴の音のような声が飛び込んで来た。浩太はなんだ? と思うと格子戸から手を放し声の主の姿を見ようとして振り向いた。

「うわっー。眩しい過ぎーっ、目がー目がー」

 だが振り向いた瞬間にあまりにも眩しい虹色の光に目を射られた浩太は目に痛みを感じ悲鳴のような声を上げながら両目を両手で覆い隠した。

「浩太ちゃん。ごめんなさい。見るなって先に言えば良かったわね。あたくし達は平気だから言い忘れたわ。けど、今は我慢よ。頑張って早く帰りなさい」

 創元が傍に来てくれたのかその声が間近かから聞こえていた。

「でも、目がー目がー」

 浩太は両手で両目を覆い隠し叫びながらその場でなぜかくるくると回ってしまった。

「人間風情が余の姿を見ようとなどするからなのだ」

 小さな鈴の音のような声が横柄に威圧するようにそう告げた。

「ちょっと天竜ちゃん。余計な事言わないで。浩太ちゃんはここの事は何も知らないのよ」

 創元が言いながら浩太の肩を優しく両手で掴んだ。

「創元さん。俺の目が見えないからって。どさくさ紛れにそんな。やめて下さい」

 何やらおかしな事を言っている天竜という人物の事も気になってはいたが今はそんな事よりも創元さんの魔の手から逃れなければと思うと浩太は両肩を掴んでいる創元の手をささっと振り解いた。

「浩太ちゃん。あたくし全然信用されてなかったのね。ショックよ。でもそれは誤解だわ。あたくしはそんなはしたない事はしないわ」

 信用してないんじゃないですけど、なんかついと浩太は創元の言葉に答えようとしたが浩太が口を開く前に天竜が口を開いた。

「創元。竜の女王である余に何を言っても駄目なのだ。桜花浩太はもう帰さないのだ。桜花浩太はビルから落ちて竜子の背中に乗ってしまった事で自身が進むべき本来の運命の道筋から外れてしまったのだ。それは竜のいないはずの人間達の住む世界の理に反する事なのだ。だから余が作り出したこの竜の住む世界と竜の経営するこの居酒屋の中からは出ては駄目なのだ」 

 ばばーんという効果音が聞こえて来そうな勢いで天竜が言い放った。

「うわー。自分の事竜の女王とか余とか言ったり運命とか理とかって言葉も使ったりしちゃって更に語尾にのだとか付けるなんか重症そうな中二病患者の人キター」

 浩太は天竜がこれでもかと連続で言った痛い言葉の数々を聞いて思わずそう口走ってしまった。

「余は中二病患者ではないのだ。キターとか中二病とかっていう表現ってもうなんか使い古されててどうかと思うのだ。いや。そんな事はどうでも良いのだ。そんな事よりも今余が言った事はすべて事実なのだ」

 天竜が小さな鈴の音のような声で怒鳴った。

「はっ。ま、またつい余計な事を。すいませんすいませんすいません」

 浩太は急いで言いながら頭を何度も下げた。

「そんな風にコメツキバッタみたいにぺこぺこしても許さないのだ」

 小さな鈴の音のような天竜の声が憎しみの色に染まった。

「ちょっと。コメツキバッタとは何よ。馬鹿にし過ぎよ。横暴よ。いくらあーたが偉いからって。浩太ちゃんもそんなに頭なんて下げなくって良いわ」

 創元が浩太を庇うように言った。

「創元。余に挑む気なのか?」

 絶対的な超越者のような口調になり天竜が告げた。

「浩太ちゃんの為よ。なんでもするわ。こんな世界に前途ある若者を閉じ込めようなんて間違ってるわ」

「こんな世界? 創元。それはどういう意味なのだ?」 

 創元の言葉を聞いた天竜が傷付いたのか急に小さな鈴の音のような声に悲しみを滲ませながら言った。

「そのままの意味よ。自分達を閉じ込めて外の世界との行き来を制限して。前から何度も言ってるはずよ。昔のように人間達と同じ場所で生きなきゃ駄目よって」

 創元がまったく容赦なしに追い打ちをかけるように言った。

「制限はしてるがそんなに厳しくはしてないのだ。竜子は外で竜本来の姿になっていたではないか。そうだったのだ。それが原因で今回の事件が起きたのだ。余もこの世界も悪くはないのだ。これからはもっと制限を厳しくするのだ。竜との契約者テイカ―である元人間の創元達以外は外に出るのを禁ずるのだ」

 この天竜という人は自分では否定してたけどやっぱり絶対にかなり重症な中二病だ。だってやけにこれ見よがしにおかしな言葉ばっかり使ってると浩太は天竜の言葉を聞いていてしみじみと思った。

「待つのじゃ。わしは悪くないのじゃ。ちょこっとだけ竜の姿になった瞬間を見計らったようにわしの背に落ちて来たこいつが悪いのじゃ」

 竜子が酷く迷惑そうに憎々し気に言った。

「ちょっと竜子。あーた何言ってるの。悪いのはあーたよ。外で竜の姿になるなっていつも言ってるでしょ」

「なんじゃと? 全部わしの所為か? はー。そうかそうかわしの所為じゃな。ふん。どうせいつもわしが悪いのじゃ。もう良いのじゃ。煮るなり焼くなり好きにすれば良いのじゃ」

 創元に叱られると竜子が酷くふてくされたようにそう言った。

「竜子そんなに拗ねちゃ駄目なのだ。竜子が全部悪くはないのだ」 

 天竜が竜子の機嫌を取るように言った。

「話がそれてるわね。天竜ちゃん。今は竜子の事はいいわ。そんな事より浩太ちゃんの事よ。浩太ちゃんは家に帰すわよ」

 創元の言葉を聞いた浩太は色々おかしな所がある人だけど創元さんは基本的には良い人だよなと思いながら目が痛くなくなって来たので両手を両目から放しゆっくりと目を開けた。

「ぎゃっ。眩しいーっ、痛いー」

 目を開けた瞬間にまた虹色の光に浩太は目を射られてしまいまた悲鳴のような声を上げた。

「人間風情が余に対して平伏しないからなのだ。もっと光を強めてその目を焼いてやるのだ」

「浩太ちゃんをいじめちゃ駄目よ」

 天竜が言い放った途端に創元の言葉が聞こえ浩太の体を創元が包み込むように抱き締めた。

「創元さん。そんないきなり。それはちょっと」

 浩太は突然の事に身の危険を感じ体をこれでもかと硬直させながら悲鳴のような声を上げた。

「浩太ちゃん。今は我慢して」

 創元が優しく言った。

「創元。もうそういうのはいらないのじゃ。天竜。いつまでいる気なのじゃ? こいつを帰したくないのならこいつを連れてとっとと自分の住処に帰れば良いのじゃ」

 竜子が至極面倒臭そうに声を荒げて言うとううっと天竜が小さな鈴の音のような声で呻いた。

「酷いのだ。竜子は余に冷たいのだ」

 天竜が拗ねたような声を上げた。

「ちょっと竜子。駄目よ。浩太ちゃんは渡さないわ」

 そう言うと創元が浩太を抱く手にぎゅっと力が込めた。

「いや。だから創元さん本当にそういうのはちょっと」

 浩太はうわー、このままではまずいぞと思うと本気で嫌がってるっていう事を伝えなくてはと思い真面目な口調になって言いながらまだ目が開けられないもどかしさに身悶えしそうになりつつ創元の腕の中から逃れ出ようと体を動かした。

「桜花浩太が逃げようとしてるのだ。駄目なのだ。逃がさないのだ」

 天竜が大きな声を上げた。

「天竜ちゃん。近付かないで。ちょっと手は出さないで。やめなさいよ。浩太ちゃんには指一本触らせやしないわ」

 創元がそう言ったと思うと創元の浩太を抱く腕が浩太から離れた。浩太の背後で天竜と創元が争い始めたのか何やら騒がしい物音がし始めた。

「創元さん。何が起こってるんですか? 大丈夫ですか?」

 浩太は目を閉じたまま物音のする方に顔を向けると声を上げた。

「あたくしは大丈夫よ。浩太ちゃん。今のうちに帰りなさい」

 すぐに創元の優しい声が返って来た。

「駄目なのだ。帰さないのだ」

 創元の言葉をかき消そうとするかのように天竜が大きな声で言った。

「浩太ちゃん早く行くのよ」

 創元が念を押すように言った。浩太はなんか俺の所為で揉めてるみたいだし創元さんをこのままにして帰ってしまって良いのだろうかと思うとすぐにはその場から動く事ができなかった。

「おい。お前は、ぼーっとしてるが自分の置かれている状況が分かってないじゃろ? 天竜は全部本気で言ってるのじゃぞ。お前は本当に帰れなくなるのじゃぞ」

 いつの間に傍に来ていたのか浩太の耳元で竜子が淡々とした冷めた口調で言った。

「これだけおかしな事に連続して出会ったら誰だって圧倒されてぼーっとするよ。でも、帰れなくなるとかはありえないでしょ。母さんの事もあるから絶対に帰らないと駄目だから。いざとなったら警察を呼んででも帰るよ」

 浩太は相手は子供だしこの子はちょっと態度が悪いから良いやと思い少し乱暴な砕けた口調で頭の中に浮かんだ事をそのまま言葉にして口から出した。

「なんじゃ? 急に態度が変わったのじゃ」

 竜子が面を食らったように言った。

「創元さんと違って君は随分と年下みたいだから。まずかった?」

 あまり嫌がるようだったら敬語を使った方が良いのかなと思いつつも浩太は冷めた口調で聞いた。

「ふーん。そうか。まあ、良いのじゃ。それにしても警察じゃと? お前それは本気で言ってるのか?」

 竜子があきれたような声を出した。

「本気だよ。帰さないって事は監禁だ。監禁ってのは立派な犯罪だ。俺が本当に帰ろうとしても帰らせないって言うのなら通報する。携帯電話がある。だからすぐにでも通報できる」

 浩太はそう言ってから、そういえば携帯電話ってどうしたんだっけ? と思い制服のポケットというポケットに手を突っ込んだ。

「携帯電話ならお前の持っている鞄の中じゃ。創元がお前が寝ている間に手から取ってしまっていたのじゃ」

 竜子が小馬鹿にしたような口調で教えてくれた。

「教えてくれてありがとね」

 浩太はわざと素っ気なく言ってからそれにしてもこの竜子という子は人を見下したような態度をしてるなと思いつつ鞄の中に手を入れ手探りで携帯電話を探して見付けると取り出した。

「どうしたのじゃ? 通報はしないのか?」

浩太はまた目の痛みがなくなって来たので少しだけ目を開けて周囲の様子をうかがった。虹色の光が背後から当たっている事に気が付いた浩太はこれなら平気だろうと思うと目を全開にした。

「それは最後の手段。えっと、竜子ちゃん。創元さんは大丈夫なのかな? なんか俺の所為で揉めてるみたいだから、なんていうか、このままだと帰り難いっていうか」

 浩太は携帯電話を制服の胸のポケットにしまいながら言葉を出した。

「竜子ちゃん、じゃと?」

 浩太が言ってから少し間を空けて竜子が急に怒ったように言った。

「呼び方駄目だった?」

 竜子の反応に驚きながら浩太は聞いた。

「竜子ちゃん、竜子ちゃん。まずくはないのじゃ。じゃが、むーん。どうなのじゃろうな」

 竜子が言いながら考え込み始めた。

「じゃあなんて呼べば良い?」

 そんなに変な呼び方かな竜子ちゃんってと思いながら浩太は聞いた。

「そうじゃな。なんじゃろうな」

 竜子がどこか上の空な様子で言った。

「ちょっと竜子。何やってるの? あーたまさか浩太ちゃんを帰らせないようにしてるんじゃないでしょうね?」

 創元の声が浩太の背中越しに聞こえて来た。

「そんな事はしてないのじゃ。それよりこいついざとなったら警察を呼ぶとか言ってるのじゃ」

 竜子がそれよりという言葉の所から小馬鹿にしたような口調になって言った。

「浩太ちゃん。警察なんて呼んでも駄目なの。そんな事よりも早く帰りなさい」

 自分に向けられた創元の言葉を聞いた浩太は創元のいる背後を見ようとしたが光の事を思い出し慌ててやめた。

「警察は駄目って、創元さん大丈夫です。本当に俺が監禁とかされて帰れなくなったりしていよいよとなったら呼ぶっていう意味で言ったんです。でも、ここまで何度も帰れって言われてるのに帰らないのも逆に悪いですよね。なんか、俺の所為で揉めてるみたいだからすぐに帰るのは創元さんを見捨てるみたいで悪くって」 

 浩太は顔を前に向けたまま創元に聞こえるようにと少し大きな声を出した。

「浩太ちゃん。あーたったら優しいのね。ありがとう。でも、良いの。すぐに帰って良いのよ」

 創元がとても嬉しそうな声を出した。

「ええーい。この人間は何も分かってないのだ。創元よ。もう余は我慢の限界なのだ。こうなったら本気を出すのだ」

「面白いじゃない。負けないわよ」

 天竜と創元が一際大きな声を出したと思うとすぐに床に何かを激しく打ち付けたような物音がした。

「創元。そこで少し休んでるのだ」

「不覚だわ。こんなにあっさりとやられるなんて」

天竜と創元のそんな会話が聞こえたと思うと突然浩太の目の前に虹色の光の塊、天竜が降って来て立ちはだかった。

「おっとそう何度も何度も食らわないぜっ」

 光を見るのも三度目ともなると慣れて来たものでほとんどダメージを受けずに浩太はさっと目を閉じる事ができた。

「むむ。人間。なんなのだその口の聞き方は。生意気なのだ」

 天竜が浩太の胸倉を掴むとぐいっと自分の方に近付けるように引っ張った。

「竜子。今のあたくしじゃ天竜ちゃんは止められないわ。浩太ちゃんを助けて」

 創元の悲痛な叫び声が上がった。

「嫌なのじゃ。わしは知らないのじゃ」

 竜子が至極面倒臭そうに言った。

「竜子。そこまでやる気がないと余は心配になるのだ。少しくらいなら逆らっても良いのだぞ? ほれ? こいつを助けてみたらどうなのだ?」 

 天竜が言いながら浩太の体を胸倉を掴んでいる片手だけで持ち上げるようにすると浩太の足はあっさりと床の上から離れた。

「うえ? え? ちょっと?」

 浩太は天竜の力の強さに驚き大きな声を上げてしまった。

「ほっとけなのじゃ。天竜は早く帰るのじゃ。わしは静かに生きて行きたいのじゃ」

 竜子が溜息交じりに言った。

「竜子。余は寂しいのだ」

 天竜が落胆した声を出すと浩太の体がすっと下ろされ浩太の足は床に着いた。

「竜子の馬鹿。どうしてあーたはそんなになっちゃったのよ。無気力でやる気がなくって。もうずっとそうじゃない。分かったわ。天竜ちゃん。宴よ。宴の開催を申し入れるわ」

 創元が言うと竜子と天竜が息を呑む音が聞こえて来た。

「なんじゃと? 宴じゃと? 創元、今、お前宴と言ったのか?」

 しばしの沈黙の後、竜子が怒鳴るように言った。

「創元。駄目なのだ。宴をやったら大変な事になるのだ」

 竜子に続いて天竜が酷く狼狽した様子で大きな声を上げた。

「駄目じゃないわ。宴の開催を申し入れるのはどの竜にもどのテイカ―にも与えられた権利のはずよ。そして、それを天竜ちゃんは拒めない。そうでしょ?」

 創元が厳しいきつい口調で言った。

「むむむー。宴。宴はやりたくないのだ」

 天竜が酷く困ったような声を出した。

「あの~。宴ってなんですか?」

 浩太は空気読めないって思われるだろうなと思いながらも竜子や天竜の反応の所為で気になってしょうがなくなって来ていたので恐る恐る聞いてみた。

「うるさいのだ人間。大体お前の所為なのだ。なんでお前は竜子の背中の上に落ちて来たりしたのだ」

 天竜がそう言うと乱暴に突き飛ばすようにして浩太の胸倉から手を放した。

「浩太ちゃん。こっちよ」

 創元の声が聞こえたと思うとすぐに背後からがばりと創元の力強い腕が浩太の体を抱き締めて来た。

「〇×▽◇◇」

 浩太は意味不明な叫び声を上げながら創元の腕から逃れようともがいた。

「ちょっと浩太ちゃん。いい加減に慣れて。大丈夫。あたくし無理矢理にする趣味はないわ」

 創元が安心してというように言った。それって無理やりじゃなきゃするって事? と思った途端に浩太の背筋にぞくりぞくりと悪寒が走り回りまくった。

「そんな事より浩太ちゃん。宴の事を教えてあげるわ。宴というのはね。天竜ちゃんの決定にどうしても納得がいかない時にその決定を覆させる為に戦う事なの。あたくし達が勝てば問答無用で天竜ちゃんの決定は破棄されてあたくし達の主張が通るわ。ただ、浩太ちゃんにも一緒に戦ってもらう事になるの。大丈夫かしら?」

 一緒に戦うだって? 創元の言葉を聞いた浩太はそう思うとにわかに不安になって来た。

「戦うってどうやって戦うんですか?」

 創元さんはともかく他の二人は女の子なんだから、きっとクイズとかだよね、いや。むしろ絶対にクイズとかであって欲しいんだけどと祈るように思いながら浩太は聞いた。

「浩太ちゃん。あーた、もう二十歳は過ぎてるわよね?」

 ん? なぜに年齢? 浩太はそう思いながら創元の言葉にはいと返事をした。

「お酒は強い方かしら?」

 ん? 今度はお酒って創元さんは俺に何をさせる気なんだ? 浩太はそう思いながら、分かりません。浪人中に二十歳になったのでまだお酒を飲む機会とかがなくってと言葉を返した。

「そう。まったく飲めないか、強いかは分からないという事ね。まあ良いわ。男は度胸よね。浩太ちゃんにはお酒を飲めるだけ飲んでもらうの。それが浩太ちゃんの戦いよ」

 創元がなんとかなるわよと励ますように言った。

「飲めるだけお酒を飲むんですか?」

 浩太はそう言ってから、お酒なら大丈夫かな? 俺はあのお酒好きの母さんの息子だもんな。母さんはお酒が好きで毎晩晩酌とか言って飲んでるしたまに一人で居酒屋に行ったりとかもしてるからな。そういえば受験が終わったら一緒に飲もうって母さんに言われてたっけ。などとあれやこれやと考え始めた。

「心配はいらないわ。もしも全然飲めなくってもなんとかするわ」

 創元が言ってから浩太を抱く腕にぎゅっと力が込めた。

「うひぃ。創元さん。だからそういうのはちょっと」

 浩太は狙われてるこれ絶対に狙われてると思いながら悲鳴のような声を上げた。

「あら。ごめんなさい。つい力が入っちゃったわ。おほほほ」

 創元が言いながら浩太を抱く腕の力を微かに抜いた。浩太は早く放して欲しいと思いその事を口にしようとしたが浩太が口を開くよりも早く天竜が口を開いた。

「創元。余は宴はやりたくないのだ。どうしてなのだ? そんな人間放っておけば良いのだ。どうしてそこまでしてやるのだ?」

 天竜の口調と声からは心底宴をやりたくないという思いが滲み出ていた。

「この子には未来があるわ。それにこの子の帰りを待ってる人もいる。今の人の世に存在しないはずの竜が干渉してしまった事でこの子本来の運命の道筋から外れてしまったのかも知れないけどそれがなんだというの? たった一度なのよ。偶然竜である竜子の背中に乗っただけなの。その事に目を瞑れば良いだけじゃない。あたくし達の存続の為に天竜ちゃんが決めたルールを守る事も大切だとは思うわ。けれど、その事でこの子のこれからの人生を諦めさせたくないし、そんな事は絶対にしてはいけない事だと思うの」

 創元の言葉を聞いて浩太は創元の気持ちを嬉しく思ったがそれと同時にどうやら本当に自分は何やらおかしな事態に巻きまれているのかも知れないと思った。

「創元の気持ちは分かったのだ。だが、竜子はどうなのだ? 竜子はやるのか? 竜子がやらないと言えば宴は開催できないのだ」

 創元の言葉に心を打たれたのか天竜が先ほどとは打って変わってとても真剣な口調で言った。

「わしは嫌なのじゃ。こんな人間の為に命を賭けたくないのじゃ。おい、お前。浩太といったか。創元は死ぬ気じゃぞ。宴の場で勝てば天竜の決定が覆り宴の開催を申し入れた側の者の主張が通るが負ければ死じゃ。わしも創元も殺されるのじゃ。お前だけは部外者じゃから生き残れるのじゃがな。それでも良いのか? 浩太よ。お前はそれでも宴をやりたいのか? お前はそうまでして帰りたいのか?」

 竜子が苛立ち怒っているような声で言った。浩太は閉じていた目をぱっと開けてしまった。目の前には創元の着流しの生地に包まれた分厚い胸板があった。

「創元さん。今の話って全部嘘ですよね?」

 本当であるはずがない。ここにいる人達は皆どこかちょっと頭の中がおかしいただの人間達のはずだ。だってそうだろう? 意味が分からない。竜とか戦いとか死とか。そもそも俺が何をしたっていうんだ? なんでこんな事になってるんだ? 浩太はそう思いながら言い顔を上げて創元の顔を見た。

「竜子ったら余計な事言っちゃって。浩太ちゃん。大丈夫よ。あたくし達は負けないわ。負けなければ絶対に死なない。それだけの事よ」

 創元が浩太の顔を見下ろしながらなんでもない事のように言いにこりと笑った。

「あの、俺、今から言いたい事を言わせてもらいます。かなりはっきり言うつもりですけど良いですか?」

 浩太はこの場にいる全員に聞こえるようにと大きな声を出した。

「なんじゃ?」

「何が言いたいのだ?」

 竜子と天竜が面倒臭そうに言った。

「浩太ちゃん。なんでも言って良いのよ」

 創元が浩太を応援するように言ってくれた。

「信じられません。竜とか戦いとかルールとか、ええっと、それに、その他諸々も。証拠を見せて下さい。証拠を。創元さんには悪いけど、皆ちょっと、いえ、かなり頭の変な人達としか思えません」

 言い終えてからすぐに、やってしまった。もう少し言い方があっただろうに。でも言っちゃったんだからしょうがない。どんな言葉が返って来るにせよ創元さんだけにはちゃんと謝ろうと浩太は思った。

「浩太ちゃん。かなり頭が変だなんて。しどい、しどいわ」

 創元が悲しそうな悲痛な声を上げた。

「創元さん。ごめんなさい。それは、ええっと、でも、あのなんていうか、とにかくごめんなさい」

 駄目だった。ちゃんと謝ろうとしたが、創元さんも変な事言ってるしと思うとおかしな謝り方になってしまった。

「良いのよ。浩太ちゃん。そんなにはっきりと言うなんて浩太ちゃんは自分に正直なのね。良い事よ。うん。良い事だわ」

 創元がすぐに先ほどとは打って変わって感動したというように言った。

「創元さん」

 浩太は創元さんはなんて心の広い人なんだろうと感動し思わずその名を呼んだ。

「浩太ちゃん」

「創元さん」

 創元と浩太はお互いの名を呼びながら見つめ合った。浩太ははっとした。これはいけない。俺はただ純粋に感動してるけど、きっと創元さんは違う。良い人だけどそっち系だしと思い慌てて視線を横にずらした。

「浩太ちゃん。どうしたの?」

 創元が心配そうに言った。浩太はううっとなって押し黙った。

「あのな、お前ら。もういい加減にそのワンパターンをやめるのじゃ。もう、ちょっと見せられただけでいらいらするようになって来たのじゃ」

 竜子が激しく憤りを滲ませた声を出した。

「余、余は、嫌いじゃないのだ。そういう熱い心情を持つのは良い事なのだ。はっ。余は何を言ってるのだ?! い、今のはええーと、あれなのだ。冗談。そうなのだ。冗談なのだ。そんな事よりもなのだ。人間。証拠を見せろと言ったな?」

 天竜の言葉を聞いた浩太は天竜の方を反射的に見てしまった。

「ああー。目、目が~、目が~? あれ? なんだ? どうして? 眩しくなくなって来た?」

 浩太は虹色の光に目を射られた瞬間に叫んだが虹色の光が急激に弱まって行き眩しさを失って行ったので途中からは戸惑いつつ問うようにして言った。

「凄い綺麗。虹色」

 浩太はもう何度目になるかは分からないが考えなしに思わず言葉を口から出してしまっていた。光の中心が見えるようになると、そこには肩まである髪の毛や綺麗にカールしている睫毛や凛としている印象を受ける太目の眉毛などと目尻が垂れ気味の優し気な目の中にある瞳がすべて虹色をしている十五歳くらいの少女が立っていた。その虹色の瞳をした少女は白を通り越して透明とも思える肌の上に髪の毛や瞳と同じ色合いの虹色のワンピースを着ていた。

「きき、綺麗!? そ、そ、そこは驚く所ではないのだ。驚くのはこれからなのだ」

 言葉の最初こそ動揺を露わにしていたが途中から薄桃色の形の良い唇から出る小さな鈴の音のような声に威厳を滲ませて天竜が言った。言い終えるとすぐに天竜の姿が体長二メートルくらいの全身が虹色に光っている竜に変わった。

「どええー」

 浩太は叫びながら驚愕で目を見開いた。どっしりとした重厚な体躯をしている竜の背中には骨格と鱗と被膜で形作られた禍々しさを感じさせる形状の大きな一対の翼があった。太く力強さを感じさせる尻尾の両側から生えている鋭い爪を備えた尻尾と同じように太い二本の足でその竜は立っていて、その足よりは細いがやはり力強さを感じさせる二本の腕の先の手は人と同じような形をしていて五本の指には足と同じように鋭い爪が備わっていた。

「良い顔なのだ。これが竜なのだ。余の本当の姿なのだ」

 細かい鱗に覆われた目が笑っているように細くなると天竜が大きな口を開いて満足そうに言った。大きな口の中にはびっしりと虹色に光る鋭く尖った牙が生えていた。

「竜だ。本当に竜だ」

 浩太は放心し、ぼそぼそと呟いた。

「そうなのだ。竜なのだ。ちなみに本当はもっともっと大きいのだ。これは店を壊さない為の小さなバージョンなのだ」

 天竜が嬉しそうに歌うように言った。

「こんな事って、本当に」

 浩太はうわ言のように呟きながら創元の腕から抜け出て天竜の傍まで幽霊のような足取りで近付いた。

「お、おい。なんなのだ? どうして近付いて来るのだ?」

 天竜が驚き少し怯えたように言いながらどしんどしんと重々しい足音を鳴らしつつ数歩後ろにさがった。浩太は天竜の言葉にはなんの反応もせずに更に近付いて行った。天竜が浩太から逃げるように更に後ろにさがり背中が壁にぶつかりさがれなくなってからも浩太は近付いて行った。

「ど、ど、どどどうしたのだ? 止まるのだ。なんでそんなに近付いて来るのだ」

 逃げ出したいが逃げ出すのは威厳に関わるから強がっているというような様子で天竜が言った。

「うわ。硬い。ごつごつしてる。鱗だけど魚みたいな感じの鱗じゃない。なんだろうこの感触。竜ってこんな感触なんだ」

 浩太は天竜の傍で足を止めるとまたしても天竜の言葉にはなんの反応もせずにぺたぺたと天竜の体を触り始めた。最初のうちはきょとんとしていてただ触られているだけの天竜だったが自分が触られているという事実に気付くと絹を裂いたような悲鳴を上げ、浩太をいきなりぶん殴った。

「ぎゃふん」

 殴られた浩太は叫びながら後ろに向かって吹っ飛んだが、創元がささっと素早く動き見事に浩太を受け止めた。

「浩太ちゃんったら。竜とはいえ天竜ちゃんは乙女なのよ。いきなり触るのはマナー違反なの。がっつく男はモテないんだぞっ」

 創元の腕の中でいたたたた、いきなり殴るなんて酷いと呟いている浩太に向かって創元が優しく愛のこもった声で諭すように言った。

「おい。お前。創元の言う通りなのだ。いきなり余の体に触れるとはどういう事なのだ」

 天竜が悲鳴を上げた事などなかったかのような勢いで大声を張り上げた。

「創元さん。ありがとうございました」

 あまりくっ付いてると創元さんが変な気を起こすかも知れないと創元に対して失礼な妄想を膨らませた浩太は慌ててそう言いながら創元から離れると天竜の事を睨んだ。

「う、うう。なんなのだ? その目は?」

 天竜が一瞬だけ怯んだがすぐに持ち直してまた大声を張り上げた。

「さっきはつい騙されて夢中になっちゃったけど、そんな格好になったって竜が存在するなんて信じないぞ。そんなの手品とかトリックだ。どうやったのかは分からないけど、着ぐるみだとか特殊メイクだとかそんなんでしょ」

 浩太は天竜が本物の竜だと本当はもうほとんど信じていたが認めると負けになる気がしたので強がって冷たく言い放った。

「はへ? なんで? なんでなのだ? ここまでしてこいつはなんで信じないのだ」

 天竜が狼狽え目を潤ませながら泣きそうな声を出した。

「これは駄目ね。天竜ちゃん。何か他のもっと効果的な方法を考えた方が良いと思うわよ。そうしないと堂々巡りになるだけだわ」 

 創元が言いながら溜息を吐いた。

「竜子。創元。やるのだ。宴をやるのだ。宴をやって竜が確固とした存在で実在している姿をこの人間に見せ付けて認めさせてやるのだ」

 創元の言葉を聞いた天竜が両手で両目をごしごしと擦りながらふすんーふすんーと鼻息を荒げ尻尾でびたんびたんと床を叩きながら叫んだ。

「おい。天竜。なんじゃそれは? どうしてそうなるのじゃ。わしはやらないと言ったはずじゃ。嫌じゃ。わしはやりたくないのじゃ」

 竜子が飛び上がらんばかりの勢いで声を上げた。

「天竜ちゃん。じゃあ決まりね。竜子。観念なさい。良いじゃない。勝てば良いんだから。それにもしも負けたとしても今のあーたみたいに生きてるのなら死んでるのと同じよ。どうせなら本当にぱっと潔く散っちゃいましょ」

 創元が言うと竜子が創元を睨んだ。

「創元。わしのどこがいけないのじゃ。そういえばさっきも何やら言ってたじゃろ。無気力でやる気がないとかなんとか。そんな事はないはずなのじゃ。わしはちゃんと店の手伝いだってしてるのじゃ。お前は何が不満なのじゃ」

 創元が言い終えた竜子の傍に行くと竜子の目を真っ向から見返した。

「今の竜子は生きる事を諦めてるわ。それが嫌なのよ。不満なの。昔のもっと生き生きとした竜子に戻って欲しいのよ」

 創元が強い意志のこもった口調と声で言うと竜子がふんっと鼻で笑った。

「何を言ってるのじゃ。わしは変わってなどいないのじゃ。最初からこんなだったのじゃ」

 竜子が小馬鹿にしているように言った。

「人と竜とが一緒に暮らしていた頃の世界に戻す。そんな事を言って、その為に頑張っていた竜子の姿をあたくしは覚えてるわ」

 竜子の言葉など意に返さずに創元が昔を懐かしんでいるかのような優しい声で言った。

「わしは」 

 竜子が声を荒げたがその言葉だけでそれ以上は何も言わずに押し黙った。

「懐かしいのだ。そんな頃もあったのだ。いつの頃からなのか。竜子は余に何も言って来なくなったのだ。宴の日程は追って沙汰するのだ。人間よ。携帯電話を使っての親への連絡を許可するのだ。親があまり心配するようなら余が人の姿で事情を説明に行ってやっても良いのだ。だが帰る事は許さないのだ。話は以上なのだ。余は今日はもう帰るのだ」 

 天竜が言い終えるとどしんとどしんと重々しい足音を鳴らしながら出入り口とは反対の方向に向かって歩き出した。

「創元さん駄目ですよ。俺の為に命懸けで戦うなんて」

 天竜が去る為に歩き出しやっと言葉を出せそうな隙ができたので浩太は創元の方を見ながら声を上げた。

「心配はいらないわ。あたくし達の事より親御さんになんて言うか考えないと。そっちの方が今は大事よ。あたくしはちょっとそこまで天竜ちゃんを見送って来るわ」

 創元が小走りに天竜の後を追って行ってしまった。

「創元さん。待って。竜子ちゃんもなんとか言ってよ」

 浩太は言いながら竜子の方を見た。

「また竜子ちゃんか。馴れ馴れしい奴なのじゃ。もう何を言っても無駄なのじゃ。創元はともかく天竜は自分の考えを曲げない奴なのじゃ。まあ、あれなのじゃ。勝てば良いのじゃろ」

 竜子がそう言ってから何かを思い付いたような顔をした。

「どうしたの?」

 その表情に気付いた浩太は何か良い考えでも浮かんだのかなと思い期待を込めて聞いた。

「負けたらわしらは死ぬのじゃ。お前の所為で。わしらが死んだら精々罪悪感で苦しめば良いのじゃ」 

 竜子が意地の悪そうな声を出した。

「そんな」

 浩太はどうしようとんでもない事なってしまったと思いながら呟き、創元を追おうと駆け出したが近くにあったテーブルの足に足を引っ掛けぐにゃりと転んでしまった。
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