第14話 血清と鎧とバイク

文字数 2,636文字

 その日の夜に行動を起こし、『時の氷穴』へと向かった弁慶と真白と紗那は、義盛(よしもり)重清(しげきよ)にあとを任せ、陣をでた。

「真白、オレの馬に乗るといい」

 弁慶が当たり前のようにそういえば、

「いや、俺の馬へ乗ればいい」

 対抗するように紗那が真白の手を引いた。

「だって、紗那って馬に乗れるの?」

 真白が聞くと、紗那は当たり前だと胸を張った。

「俺だってもうこの世界に一年以上いるんだ。馬だって乗れるようになるよ」

 弁慶はふっと息を吐いてほほ笑むと、真白に言った。

「真白は紗那の馬に乗るといい」
「え、ええ」

 真白は紗那の馬へ二人乗りをし、弁慶の馬に先導されて『時の氷穴』へと向かった。



 狭い氷穴につくと、弁慶は血清と鎧とバイクを取りに未来へと飛んだ。
 その間、すこし、三分ほどの時間があいた。

「紗那」
「なんだ、真白」
「このワタカさんのことが終わっても、紗那は未来には帰れないんだよね」
「……ああ。俺を慕っている重清と義盛をそのままにして未来へは帰れない。俺が未来へ帰っても、彼らは衣川の館で命を落とすことになる。それを阻止したい」
「どうやって?」


 不思議に思ってそう聞けば、紗那は少し精悍な顔つきになった。

「弁慶にもう話してある。でも弁慶はそれを承知してくれないんだ」
「どんなことを、話したの?」
「それはまた今度話す。俺はなんとしても弁慶を説得して自分の思いを通すつもりだ」
「紗那……」

 こんなに強い意志を持った紗那を真白は初めて見た。
 ここまで紗那を変えたのは、あの重清と義盛なのだろう。あの二人を放って未来へ帰ることが、紗那にはどうしてもできないのだろう。それは二人の死を意味するから。

 そう考えていると、『時の氷穴』の円陣がふっと緑色に発光した。
 その円陣の中に救急箱のようなもの持った弁慶と、迷彩柄のタイヤの無いバイク、そして大きな袋が出現した。

「な、なにそのバイク!」
「何かおかしいか?」
「タイヤがないじゃない」

 真白が驚くと、弁慶は「ああ」と今気が付いたようにバイクを撫でた。

「真白たちの時代だとバイクは二輪のタイヤがついてるんだな」
「タイヤがないのにどうやって走るんだ?」

 紗那も聞く。

「これはエアバイクだ。その分スピードが出て、ある程度の障害物は飛び越えていける」
「エアバイク……」

 紗那と真白は目を丸くした。

「この時代の人には見られないようにしなくちゃいけないがな」

 弁慶はにこりと笑んだ。

「その袋に入っているのが鎧なの?」
「ああ、軽量型で硬い素材で出来た、ワタカ専用のものだ。この時代に合わせたデザインで、なるべく体を覆うものにした」
「その弁慶の手に持っているものは血清か?」
「そうだ」

 真白と紗那に交互に聞かれる。
 準備は整った。

「じゃあ、これでワタカさんを助ける用意はできたのね」
「ああ」
「ならばまた時間移動するだけだ。行先は一年前、1184年の3月20日の一ノ谷、えーと時間は?」

 紗那が腕を組んで『時の氷穴』の円陣に入った。
 弁慶が字数列を操作して動かしている。

「時間はワタカが朝起きる前だ。陣に入ってオレがオレ自身にこの計画の説明をして、ワタカのことを伝える」
「ワタカさんにも事情を話すの?」
「いや、話さない。事情を話せば、大人しく未来へ帰ってくれるか、わからんからな」
「命がかかっているのに?」

 弁慶はむっと口を引き締めるとぽつりと言った。

「まだ、あの時点では紗那が源氏軍にきていない。ワタカは真白との約束を守るため、紗那を保護するために、この時代にこだわるだろう」

 それを聞いて紗那と真白は押し黙ってしまった。
 ワタカは真白と紗那をこの時代に巻き込んでしまったことを、心底後悔しているのだと分かった。
 その空気をふっきるように弁慶は氷壁へ向き直ると、字数列を完成させる。

「さあ、あとは転移するだけだ。準備はいいか」
「もちろん!」
「ええ!」

 紗那と真白の声を聞いて弁慶は氷壁に両手をつく。
 氷壁にはヒカリゴケのように字数列が光っていた。

『E(KA)―D《H》 118403200600』

 1184年、3月20日、午前6時の一ノ谷。
 ちょうど『一ノ谷の合戦』の日。
 義経の崖からの奇襲、逆落としのあった日。
 その日に三人は『時の氷穴』を動かして、時間を飛んだ。



 真白たちは三人乗りのエアバイクに乗り込み、『時の氷穴』をあとにした。
 静かな音をたてて宙を滑るエアバイクは、白い丘陵の木々を飛び越えて行く。

「速いっ」

 紗那が弁慶の後ろで声を上げる。
 真白は弁慶の前に乗り、ベルトで腰と足を固定されていた。
 三人とも座席にベルトで腰と足を固定されている。このバイクは三人乗りだけあって、真白たちの時代の大型バイクよりも大きかった。

 そんな大きなバイクが宙に浮いているということ自体、真白には信じがたかった。
 しかし、エアバイクは素晴らしい速度と高度をもって、約1000年昔の日本の大地を滑って行く。

 寒い日だ。乾燥した冷たい風が頬に痛い日だった。
 しかし、こんな寒い日でもエアバイクに乗っていて寒くないし、風も受けなかった。風を避ける何かの技術が使われているようで、それも未来のエアバイクの特徴なのだろう。

 一ノ谷の付近の山の『時の氷穴』から義経の陣の近くの林へと移動すると、エアバイクをそこに隠した。木々と草で覆うと、迷彩柄のエアバイクはすんなりと目立たなくなった。



 エアバイクを隠すと、近くに見える白旗を掲げる源氏の陣が見えた。そこに三人は歩いて近づいていく。
 時刻はまだ暗い早朝の六時すこしをすぎたところ。まだ眠っている兵をおこさぬようにそっと行動する。

 幕舎の門を守る兵の前に来ると、弁慶は「義経様を奥にお連れする」と言って、やはり紗那を義経(ワタカ)の身代わりにして陣の奥へと入って行った。
 かがり火が燃えている幕舎の奥でも、見張りの兵以外の将軍たちは眠っていた。
 ワタカは別の幕舎で眠っているのだろう。きっと、この奥。

 三人は数人でごろ寝しているここの時代の弁慶の枕元までくる。
 弁慶がそっと肩を叩くと、過去の弁慶は鋭い目で枕元の小刀を握り、それを弁慶に押しとどめられた。起こされたその人の顔を見て、過去の弁慶ははっとする。

「お前……オレか……?」
「そうだ。よく聞け。オレはワタカを助けに来た。お前にも協力してほしい」
「助けに……? ワタカになにかあったのか?」

 まだ寝静まっている幕舎の、だれもいない片隅に四人は移動した。
 そして、弁慶は過去の自分に事情を話し始めた。
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