第33話 アイスと絵画(1)

文字数 2,289文字

 こんな形でぼくの前に現れた七の巫女メイは、自らのことを「最終試験監督」だと言う。
「何それ?」
 と意味がわからず言い返すと、これまたあっけらかんと
「なぁんにもしないよってこと」と、笑った。
「は?」
「だからね」と、メイは困ったように頭を掻いた。「これまでの巫女たちは、マスターを試験に合格させるためにアドバイスをくれたり、ヒントを出したり、実力行使に出たりしたと思うけど、あたしはそういうことはしないよってこと」
「?」
「だからね、何もしないんだって」見てるだけ、とメイは大真面目な顔で頷いた。
「どういうこと?」
「さっきから質問ばっかりだな!」
 メイは大笑いした。「あたしはね、黙って見ているよ」
「見ている?」
「そう、最後の試験はノーアドバイス、ノーヒント、ノーアクション!」
 頑張って、と両手を握りこぶしにしたメイを見ながら、呆気にとられてしまったぼくは思わず、「合格しなかったら?」と、またしても質問を投げていた。
「君はずっとぼくのそばにいるってこと?」
「おお、そう発想する?」
 メイは驚いた顔で笑った。「試験って言葉が間違っていたかな?」
 またしても意味がわからずぼくは首を傾げた。メイは言う。
「マスターはほとんど合格してるんだよ。というより、完璧に合格しちゃってるわけね。あたしはね、それを確認しに来たってこと」
「待って待って」とぼくは混乱の中で言い返した。「ぼくがすでに完璧に合格していて、それを君が確認しに来ただけなら、君はもう、ここで帰っちゃうってこと?」
「いやいや、まだ確認が終わっていないから!」
「え?」
「あっれー?」と、困ったようにメイは両手で頭を抱えた。「また言い方間違ったかな?」
「…………」
「マスターはすでにあたしの求める条件を満たしてる。でも、気付いてない」
「…………」
「これまでの巫女は条件を満たした時にそれが何だったかを律義に教えてくれたかもしれないけど、あたしは教えてあげない。うん、あたしは意地悪!」
 ……自分で言う?
「まあ、そんなわけで、マスターはそのことに自ら気付き、自ら答えを出すこと」
 頑張って、と、またしても握りこぶしを見せられた。
 それ以降のメイはずっと無言になった。それはそれでなんとも言いようのない居心地の悪さなわけだけど、語りかけても笑顔で返される生活も数週間続けてみれば案外慣れてしまうものらしい。
 人間って、良し悪しに関わらずその環境に慣れてしまう生き物なんだな……。
 そんな生活を続ける中で、いよいよ引き延ばせないと思い定めて迫先輩の店に顔を出した。季節はすでに、夏の風の中に秋の気配が漂い始めた頃だった。訪問の理由は迫先輩に対してどうしても文句を付けなければならないことがあったからなのだが、それを言い出せずにいるうちにズルズルと時間ばかりが過ぎていたというわけだ。
 心の鬱屈というのは吐き出さずにいるうちに余計なものを巻き込んで黒々となっていくものらしい。
 それに気付いた時、これはまずいと焦り、踏ん切りをつける思いもぼくは持っていた。
 ところが、
「おお! ちょうどいいところに来たな!」
 と、言うべきことを言い出す前に豪快な笑顔で押し切られてカウンター席に座らされ、三種類のハンバーガーを前に「食え」の圧迫をぼくは受ける羽目になった。
「何これ?」
「試作品」
「試作品?」
「まあ、食え」
 仕方なしにそれぞれを一口ずつ食べた。「全部違うんだね。当たり前か」
「どれが一番だ?」
「真ん中のが一番おいしいかな」
「……それ、バンズの値段が一番安いやつなんだが」
 と、ぼくの答えに迫先輩は不満げな顔をした。
「バンズの値段は知らないけど」と、ぼくは言った。「ぱっさりしていてクセのない感じが、一番中身と喧嘩していない」
「なるほどねえ……」
 迫先輩は唸った。「今さ、中身の方も何種類か作ってみるからさ!」
「ちょっと!」
 ぼくは目を丸くした。「こんなのぼくの舌で確かめてどうするの?」
「しょうがねえだろ」と、迫先輩は言う。「俺は馬鹿舌なんだから」
 自分で言う? 「ってか、メニューの改良に着手したんだ?」
「ああ、まあな」
 と、迫先輩は苦笑した。「まっちゃんのアイスが、驚くほどヒットしたからな」
「…………」
 バニラアイスになんらかの粉末をぶっかければいい、なんて、今にして思えば言語道断な暴挙をしたんじゃないかと思えるデザートの改良に打って出てからもうかれこれの月日が経つ。追い詰められて思いついた低予算改良デザートは、けれども発案者の思う以上のヒットを今でも飛ばしていた。
 といっても、そこには先輩の創意工夫もあるわけなのだが。
 空前の味覚音痴な割にレシピがわかっていればきっちり料理を作り上げる力のある迫先輩は、これまた憎らしくも手先が器用という特技を持っている。それでスクエア型の皿にアイスを盛り付け、その余ったスペースにパウダーを使った簡単な、しかも立体型の絵を描いて客に提供してみたところ、「パウダーアートが美しすぎる店」と評判を呼びに呼んで「映え」に敏感な若い女の子たちの心をキャッチしたらしい。
「でもほら、アイスばっか売れても仕方ないからな。お昼時はハンバーガーだって食ってほしいんだよ」
 と、迫先輩は笑った。
「すばらしい向上心!」と、ぼくは苦笑いをしつつ、視線を壁に向けた。
 そこに飾られた一枚の絵は何度見てもぼくの心を揺する。すばらしい。
「あれ、ありがとう」
 とぼくが言うと、迫先輩も絵を見ながら満足そうに頷き、
「どうってことないさ」
 と、微笑んだ。
 それは「夢」の文字で描かれた七色の虹だ。ロドリゲスくんの作品だった。
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登場人物紹介

田中匡樹(たなか・まさき):

 駆け出しのWEBデザイナー。北辰神社を訪れたことで運命がひん曲がる。


(登場作品)

おかしな神社の不思議な巫女たち』

迫孝明(さこ・たかあき)

 田中匡樹のクリケットの師匠。

 江莉佳の父。

 石見徹矢の古くからの知り合いで、北辰神社の神主とは小学校時代からの顔見知り。

 駅前でハンバーガーショップを経営する。


(登場作品)

おかしな神社の不思議な巫女たち

晴陽(はるひ)

 田中匡樹が召喚した。一の巫女。太陽を司る。


(登場作品)

おかしな神社の不思議な巫女たち

ゴン:

 北辰神社の神使。狐。

 人とは少しズレた感覚を持っている。


(登場作品)

おかしな神社の不思議な巫女たち

北辰神社のお正月

ギン:

 北辰神社の神使。狐。

 ゴンに比べると良識的。


(登場作品)

おかしな神社の不思議な巫女たち

北辰神社のお正月

神主

 北辰神社の宮司。かなりの自由人。


(登場作品)

おかしな神社の不思議な巫女たち

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