第1話 北辰神社
文字数 1,634文字
県庁所在地のターミナル駅から徒歩十分で辿り着ける、どちらかといえばこの界隈では大きな神社だ。市や県が紹介する観光名所としてだけではなく、書店に並ぶ旅行ガイドに名前が載るくらい、実は有名な神社として一部の人には知られている。
有名な理由はお
とんでもないことが起きた今となっては、ね。
この日のぼくは、駅前で
いや、最初から何か様子がおかしいとは思っていたんだ。赤い鳥居を
最初の違和感は左右に
親子の狐?
と、ぼくは思った。思った後で、
狐?
と、首を傾げた。ぼくは神社のことにそれほど詳しくはないけど、狐がいる神社はお稲荷さんのはずだ。北辰神社はお稲荷さんではない。だから、ここには普通、狐ではなく狛犬がいるべきだ。そのくらいの知識はぼくにだってある。だから、この神社は最初から何か、様子がおかしかった。
次の違和感は参道を歩いている時に感じた妙な視線だ。
誰が見ているわけでもない。境内には誰一人いなかったのだから。それにもかかわらずぼくは何かに見つめられているような気がしたし、寒気のような鳥肌が立つような何かを感じて思わず腕をさすっていた。
まあ、神社だしね。
信心深い方ではないぼくは幽霊でさえ信じていないけど、それでも神社という俗世間から隔離された空間には外とは違う、表現しがたい独特の重々しい空気があることは昔から感じていた。だからぼくは、強いて嫌な予感を振り払ってしまったというわけだ。
たぶん振り払わなければ良かったんだと思う。今にして思えば、きっと。
ぼくはあの時、直感を信じて引き返すべきだった。
「ほうら、ギン、思った通りになったでしょ?」
と、人型をした狐がぼくを見て面白そうに笑った。鮮やかな黄金色の毛並みをしていて、笑いに合わせるかのように豊かな尻尾がふさっと揺れる。すると、
「ゴン、これは笑い事ではない」
と、ギンと呼ばれた、これもまた人型をした狐が怒ったように唸った。ゴンと呼ばれた狐と比べると毛並みはくすんでいて、どことなく老齢な印象だ。
「でもまあ、起きてしまったことは仕方ないんじゃない?」ゴンはにやにやと笑いながらぼくを見て、それからぼくの隣で目を輝かせているこの神社の神主を見た。「ああ、やっちゃったよねえ」
何をやってしまったのかは一目瞭然であるものの、何がどうなってこうなってしまったのか、ぼくにはまるで意味がわからない。
「まったく、こんなことをして」と、ぼくの困惑を知ってか知らずかギンの方は素っ気ない。「うちの神さんは何を考えていなさるんだ……」
「ああ、最高です」
目を輝かせたままの神主は、二本足で立ち流暢な日本語を話す狐のことになんてお構いなしで、ただただうっとりとぼくを見つめている。「これは素晴らしい」
「いや、そんなことよりこの状況、説明してくださいよ……」
ぼくは辛うじてそう言い、自分で自分を指さした。いや、正確にはぼくの首に纏わりついている巫女さん……っぽい衣装に身を包んだ小さな女の子を指さす。
いやはや一体どうして、こんなことになってしまったんだ……?