第27話 六の巫女、アイラ(3)
文字数 2,048文字
「まず!」
アイラのキンとした声で我に返った。情けなさしか満ちない回想の中でぼくが溜息をついていた間も、ゴンとアイラの不毛なやりとりは続いていたらしい。そしてアイラはこう言った。
「男女の恋愛はお互いの感情を確認するところから始まりますのよ」
「まあ」と、ゴンが相槌を打つ。「そりゃあ、そうだろうよ。相性が悪かったら子供が作れないでしょ?」
「違います! そうではございません!」アイラは目を三角にして声を張り上げる。「人間を狐のような野蛮な生き物と一緒にしないでいただきたいですわ!」
「野蛮!」ゴンは仰け反った。「野蛮って何? ひどくない? 人間と狐と、一体何の違いがあるっていうの? 好きで番 になったらすることは同じだよ?」
「それだから狐は野蛮だというんですわ! 人間にはもっといろいろとあるのです!」
いやいや、なんなんだよ二人とも……。
どちらもとんでもないことを言ってはいるけど、確かにゴンの突飛さに比べればアイラの言っていることの方がはるかにまともだけど、それでも頭が痛いことに変わりはない。
「とにかく!」と、アイラはぼくをきっと睨んだ。「マスターはお互いの意志を確認するところまではお済みです。ハグもお済みです。そうなったら、次にすることは一つなのです!」
言われてぼくは狼狽えた。一つ?
すぐさま「よし! 子供作るんでしょ?」と、ゴンが嬉しそうに言えば、「ゴンさま!」とアイラが叫ぶ。「違いますわ! この野蛮狐!」
「ひぇえええ……」
アイラのあまりの剣幕にゴンは目を白黒とさせて天を仰いだ。
……過去、ここまでの勢いで神使に食ってかかった巫女はひとりもいないかったずだ。そもそも巫女が神使に反論している姿なんてぼくは見たこともない。……ってか、神使に対して野蛮だなんて、そこまで言っていいものなのか? アイラの気の強さにぼくはまたしても頭が痛くなり、思った。さっさと帰ってくれないかな……。
「いや、じゃ、じゃあさあ……」と、たじたじとなりながらもゴンが言う。「田中くんはこのあと何をすればいいっての?」
「そんなもの、決まってましてよ」問われたアイラは事もなく言った。さらりと。「キスですわ。接吻です!」
…………。キス?
ある意味予想通り、ある意味予想外の返答を聞いてぼくの方は凍りついた。そんなぼくの前にアイラはつかつかと歩み寄り、つんと鼻を上に向けるような仕草でぼくを見上げ、もう一度同じことを繰り返す。「キスですわ!」
「ちょ、ちょっと、待って」
辛うじてそう言い返し、ぼくはぶんぶんと首を振った。「無理だって!」
「どう無理でして?」
アイラのきつい詰問にぼくは喉の奥で呻き、「そもそも、そういうのって、だってほら、その場の雰囲気とか、そういうのがいるわけで。だから……」と、しどろもどろに言葉を探しているところで呆気なく切り込まれた。
「雰囲気なんて作ればよろしくてよ!」
「作る?」
目を丸くするぼくに向かって、
「マスター!」と、アイラは両手を腰に当ててふんぞり返った。「デートをいたしましょう!」
「デート?」
「どうしてエリカ様をデートにお誘いなさいませんの?」
「や、そりゃ、だって」
「だって?」
「だって、ほら、なんていうか、誘いにくいんだって」
「なぜですの?」
「うぅ……」ぼくはまたしても呻いた。「そもそも、エリカさんはぼくのこと好きなのかな? なんて辺りもよくわかんなくなってきちゃってるわけで」
「ああ……!」と、盛大に溜息をついてアイラは言う。「本当にどうしようもないポンコツですこと!」
……どうせポンコツですよ、ぼくは。
「ならばなおのこと、デートでしてよ!」
「なんでさ!」
「お誘いすればその反応で、マスターを思う相手の気持ちが確認できるからですわ!」
「…………」確かに、そうか。
「とにかく!」とアイラは、これまでがまさかの序の口だったと言わんばかりの強い強い口調でぼくに言った。「お気持ちを確かめてデートにお誘いし、キスをする。今回のマスターの課題 はキスです。キスするまで私 許しませんわ!」
ああ、もういやだよ! なんなんだよ! 別にアイラに許してもらったからって何だっていうんだよ!
「いちいち見苦しい!」
「はい!」
心の中で反発していたところでアイラに怒鳴られ、飛び上がった。横にいるゴンはといえば憐れむような視線をぼくに向けている。つまりは、助けてくれる気はないということでもある。泣きそうだ。
しかしどちらにしても、ポンコツなぼくにとってエリカさんをデートに誘うのは難易度の高い挑戦だった。そもそもが「彼女いない歴」イコール「年齢」の田中匡樹 だ。どこに連れ出せば女性が喜ぶのかもわからないし誘いの声かけの作法さえまるでわからない。
その後もアイラはぼくを何度もせっついた。けれどもぼくはのらりくらりと日々をやり過ごした。アイラは日に日に不機嫌になっていった。ぼくの胃は日を追うごとにキリキリと痛んだ。
そして、そうこうしているうちに古下さんとの約束の日がやってきた。
アイラのキンとした声で我に返った。情けなさしか満ちない回想の中でぼくが溜息をついていた間も、ゴンとアイラの不毛なやりとりは続いていたらしい。そしてアイラはこう言った。
「男女の恋愛はお互いの感情を確認するところから始まりますのよ」
「まあ」と、ゴンが相槌を打つ。「そりゃあ、そうだろうよ。相性が悪かったら子供が作れないでしょ?」
「違います! そうではございません!」アイラは目を三角にして声を張り上げる。「人間を狐のような野蛮な生き物と一緒にしないでいただきたいですわ!」
「野蛮!」ゴンは仰け反った。「野蛮って何? ひどくない? 人間と狐と、一体何の違いがあるっていうの? 好きで
「それだから狐は野蛮だというんですわ! 人間にはもっといろいろとあるのです!」
いやいや、なんなんだよ二人とも……。
どちらもとんでもないことを言ってはいるけど、確かにゴンの突飛さに比べればアイラの言っていることの方がはるかにまともだけど、それでも頭が痛いことに変わりはない。
「とにかく!」と、アイラはぼくをきっと睨んだ。「マスターはお互いの意志を確認するところまではお済みです。ハグもお済みです。そうなったら、次にすることは一つなのです!」
言われてぼくは狼狽えた。一つ?
すぐさま「よし! 子供作るんでしょ?」と、ゴンが嬉しそうに言えば、「ゴンさま!」とアイラが叫ぶ。「違いますわ! この野蛮狐!」
「ひぇえええ……」
アイラのあまりの剣幕にゴンは目を白黒とさせて天を仰いだ。
……過去、ここまでの勢いで神使に食ってかかった巫女はひとりもいないかったずだ。そもそも巫女が神使に反論している姿なんてぼくは見たこともない。……ってか、神使に対して野蛮だなんて、そこまで言っていいものなのか? アイラの気の強さにぼくはまたしても頭が痛くなり、思った。さっさと帰ってくれないかな……。
「いや、じゃ、じゃあさあ……」と、たじたじとなりながらもゴンが言う。「田中くんはこのあと何をすればいいっての?」
「そんなもの、決まってましてよ」問われたアイラは事もなく言った。さらりと。「キスですわ。接吻です!」
…………。キス?
ある意味予想通り、ある意味予想外の返答を聞いてぼくの方は凍りついた。そんなぼくの前にアイラはつかつかと歩み寄り、つんと鼻を上に向けるような仕草でぼくを見上げ、もう一度同じことを繰り返す。「キスですわ!」
「ちょ、ちょっと、待って」
辛うじてそう言い返し、ぼくはぶんぶんと首を振った。「無理だって!」
「どう無理でして?」
アイラのきつい詰問にぼくは喉の奥で呻き、「そもそも、そういうのって、だってほら、その場の雰囲気とか、そういうのがいるわけで。だから……」と、しどろもどろに言葉を探しているところで呆気なく切り込まれた。
「雰囲気なんて作ればよろしくてよ!」
「作る?」
目を丸くするぼくに向かって、
「マスター!」と、アイラは両手を腰に当ててふんぞり返った。「デートをいたしましょう!」
「デート?」
「どうしてエリカ様をデートにお誘いなさいませんの?」
「や、そりゃ、だって」
「だって?」
「だって、ほら、なんていうか、誘いにくいんだって」
「なぜですの?」
「うぅ……」ぼくはまたしても呻いた。「そもそも、エリカさんはぼくのこと好きなのかな? なんて辺りもよくわかんなくなってきちゃってるわけで」
「ああ……!」と、盛大に溜息をついてアイラは言う。「本当にどうしようもないポンコツですこと!」
……どうせポンコツですよ、ぼくは。
「ならばなおのこと、デートでしてよ!」
「なんでさ!」
「お誘いすればその反応で、マスターを思う相手の気持ちが確認できるからですわ!」
「…………」確かに、そうか。
「とにかく!」とアイラは、これまでがまさかの序の口だったと言わんばかりの強い強い口調でぼくに言った。「お気持ちを確かめてデートにお誘いし、キスをする。今回のマスターの
ああ、もういやだよ! なんなんだよ! 別にアイラに許してもらったからって何だっていうんだよ!
「いちいち見苦しい!」
「はい!」
心の中で反発していたところでアイラに怒鳴られ、飛び上がった。横にいるゴンはといえば憐れむような視線をぼくに向けている。つまりは、助けてくれる気はないということでもある。泣きそうだ。
しかしどちらにしても、ポンコツなぼくにとってエリカさんをデートに誘うのは難易度の高い挑戦だった。そもそもが「彼女いない歴」イコール「年齢」の田中
その後もアイラはぼくを何度もせっついた。けれどもぼくはのらりくらりと日々をやり過ごした。アイラは日に日に不機嫌になっていった。ぼくの胃は日を追うごとにキリキリと痛んだ。
そして、そうこうしているうちに古下さんとの約束の日がやってきた。