居候

文字数 1,340文字

 いつからか、うちに鬼火が住み着いた。
 部屋の中を、何をするでもなくゆらゆらと漂い、しいて言うならば俺のあとをついてくる。
 ただ、決して家の外へは出てこない。

 手をかざしても熱くはないのだが、水は怖いらしく近寄らない。
 ぶつかったと思ってもすり抜けたりするのに、火の上の方を軽く撫でると、炎が大きくなったりする。
 喜んでいるのだろうか……いや、鬼火の考えていることはわからない。

 俺が飯を食うときは必ずテーブルの上に居るし、スマホを見ていると覗きたそうに俺のまわりをチョロチョロする。
 笑ったのが、赤ちゃんが泣き止むので有名なあのCM。
 あれがテレビに映った時は、まるでそれに見入っているかのように炎の動きが静かになる。

 ある朝「おはよう」と言ってしまったら、炎の色がわずかに赤くなった。
 赤って警戒色って聞くけれど、怖さは感じなかった。
 ちなみに「ただいま」の時はわずかに青くなる。
 色味をもっと解析したら、会話みたいなことができるようになるのだろうか。

 冷蔵庫は苦手。
 掃除機も苦手。
 ガスコンロは大好きで、部屋の明かりを点けるときはやけにはしゃぐ。

 ゾンビは映画もゲームも苦手。俺の背中に隠れたりする。
 逆にドライブ系のゲームは好きなようで、いつもより画面に近づいている。
 番組では他に動物モノが好きな気がする。
 あと意外にウケてたのがスター・ウォーズ。
 ライトセイバーの戦闘シーンでは変にエキサイトする。

 餌やりや散歩やトイレの世話みたいな面倒がない……のが、だんだん物足りなくなってきて、ヤバいなとか思い始める。

 ライターとかキャンドルとかを買ってきて灯すと、色味と炎の形が少し優しくなる。
 音楽はクラシックとロックが好き。
 イーグルスのデスペラードで少し黄色くなるなんて、お前なかなかわかってるじゃねぇか。

 炭酸飲料とかビールとかシャンパンとかの泡が弾けると、その上で踊るように炎がゆらめくから、一人で飲んでいるって気がしない。

 カレー、けっこう好きなのかと思っていたが、辛すぎるのは苦手っぽい。

 梅雨の時期は元気がないから、毎日スター・ウォーズとイーグルス。

 風鈴の音、好きみたいだな。
 ただ、窓を開けたり、網戸にすると窓際には近づかない。

 最近、「居候」って呼ぶと、炎の上の方がぴょんと跳ねる。
 それでまんまと撫でたりすると、炎が大きくなる。
 この撫でさせられてる感、呼ばさせてられている感、そんなに悪くない。

 ハロウィンが近づいたから、飾るための小さなカボチャを買ってきたら、やけに炎を踊らせる。
 まさかアレか?
 アレを期待されているのか?

 ナイフで顔を切り抜き、スプーンで中身をくり抜くと、居候のやつ、喜び勇んでカボチャの中に籠もりやがった。
 いつになくピンク色の炎。

「お前、もしかして生まれは海外か?」

 居候は何も言わないが、カーテンに映るカボチャの顔の影が笑顔に見えた。



 その晩は虹色に光る炎のゆらめきを肴に、ちょっとたくさん飲んだ。

 目を覚ましたとき、居候は消えていた。
 ハロウィンまではまだ一週間以上もあるってのにさ。

「あんなに喜ぶんなら、もっと早くジャック・ランタン作ってあげれば良かったな」

 そう。
 別れがこんなにつらくなってしまう前に。



<終>
鬼火
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