狼夫

文字数 684文字

 帰宅するなり夫の機嫌が悪くなった――ああ、あれか。
 娘が観ていたアニメの中の他愛もないセリフ。

「送り狼になるなよ」

 あの使われ方の元ネタは夫とは全く関係ない日本妖怪なのだが、狼という言葉が悪い意味に使われることに夫は敏感だ。
 狼男だから。



 彼と最初に出会ったのは、私が巫女のバイトをしていたとき。
 彼は神職だった。狛犬が狼のあの神社の。
 決してワイルドとかじゃなく、優しくて一途で私の好きな体臭で、おまけにかなりの甘えん坊さん。
 互いに一目惚れだった私たちは必然的に結ばれた。

 彼はすごくモテるのだけど、狼男は狼と一緒で、一度番った相手と一生寄り添うの。
 そうそう。前に「絶滅したはずの狼が見つかったかも」とか報道があったでしょ。あれ、彼。

 変身するのは男だけなんだけど、別に満月がどうこうってわけじゃないらしい。
 彼曰く「ときどき無性にカレーが食べたくなるときってあるだろ。変身衝動ってあんな感じ。で、ちょっと野山を駆け回ってきたら満足する」だって。

 彼はと言えばリビングから姿を消していた。
 娘に番組を変えろだなんて言わず、自分が退くタイプ。
 私は彼を追いかけて行き、機嫌が悪くなっていた彼のうなじにキスをした。
 彼の機嫌はすぐに直った。今は出てない尻尾を振っているのがわかる。
 そのまま甘えてきて、結果盛り上がる。



 ベッドの上で彼の野生を感じながら、私は娘に昨晩言われたことを思い出していた。

『弟が欲しいの。弟と一緒に散歩したいの』

 ああそうか、そういうことか。
 果ててぐったりとしている彼の体を扇情的に撫でながら、とびきり気持ちを込めたキスをした。



<終>
狼男
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