竜の世界へ里帰り!【中編 2/4】
文字数 4,026文字
2つの被膜が風をきる。
イナフとイルヴァは竜の姿となって
王国を遥か後にした。
やがてイナフの先導のもと、降り立ったのはとある森。
ふたりは人の姿に戻り、道なき道を進んでいった。
鬱蒼としたその森は、樹冠の下に薄闇を抱き、
木漏れ日が霧を浮き上がらせる。
暗がりに潜む多くの気配。
イルヴァは槍斧をギラリとさせて、
それらを牽制しながらイナフに続いた。
以前よりマシにはなったが、
王国の外は未だ弱肉強食の世界だ。
イナフ、草食種のなかでもヨークラート族の貴方は特に狙われやすいだろう。
……あまり傍を離れないでくれ。
そんなに気を張らなくても。
何かあったらオレがイルヴァを守ってあげるよ。
フフッ。
自慢の脚技は鈍っていないと?
ところで、どこへ向かっているのだ?
匂いを探るに、この辺りに目的の薬草はなさそうだが……。
あぁごめん。
この森に降りたのは別の理由があるんだ。
……大体、ヒントがアバウト過ぎる。
例えば森林地帯でも、川辺なのか、崖の壁面なのか、日差しを嫌って洞窟に生えるのか……。鼻を効かせる以前に、もっと探す場所を絞らないと。
だから薬草に……というか、世界に詳しいシミカを訪ねてみようと思ってさ。
いい加減にしてくれ。
イナフを王国に迎えたいというのに、これじゃあいつまで経っても……。
まだ諦めてなかったのか?
前から何度も言ってるけど、オレは民になる気はない。
……何故だ。
王国にくれば、草食種はもう逃げたり隠れたりしなくてもいいんだ。
衣食住や安全は保証され、戦う必要もなくなる。割当てられた労働はあるが、決して過酷なものではない。
好きなことを見つけたり、他者との交流を楽しんだり。季節ごとの催しはきっと日々の楽しみになる。
毎日が穏やかに、幸せに暮らせるんだ。
だか、そこにイナフがいないなら……オレは寂しい。
んー……聞こえはいいけど、
その裏には理不尽な仲間外れがあるじゃないか。
例えば……
言いかけて、ふと。イナフは懐かしいシミカを見つけた。
そのシミカは大木の根本に
どっしりと腰を据え、眠っていた。
Σ あ……あれはッ!?
間違いない! うわああああ!
ラダリェオさあ"ぁ"ぁ"ああああん!!!!
(全速力で駆け寄る)
ぐぅぐぅ……zzz
……ふがっ!?(起)
こ、この声は、イナフ!?
まさか、お前なのか……????
えへへっ、幽霊じゃないよ!
元気だった? ちゃんとご飯食べてる!? 最近なにしてるの? 腰痛の具合はどう!? あれぇちょっと髪短くなった? 肩に枯葉がついてるよ⁉ 今年は冬眠したの!? あぁそっか今は朝だから寝てたんだね! いきなり起こしてごめんよ! オレは朝夕逆転しちゃってたから、つい! でもオレに会えて嬉しい!?!?
ラダリェオさんっ! なぁラダリェオさぁああん!!
だぁああああああ;やめろぉぉお!;
オレの周りをうろちょろするな!;
命拾いをしたのは……まぁ、良しとして。
何故またオレの前に現れた!
もう二度と構うなと言ったはずだ!
王国の騎士なんぞ連れて、さては討伐でもしに来たか……!
やだなぁ、そんなわけないよ。
んー……ちょっと困り事があってさ。
実はかくかくしかじかで……
……はぁ;
それで3日以内に薬草を集めなければ、魔界で働くことになる……と。
頼むよ。
セスさんの為に世界中を巡った、ラダリェオさんの知識が必要なんだ。
ふん。
オレには関係のないことだ。
自分のことは自分でなんとかしろ。
えぇっ、そんなぁ。
駄目なのかい?
ラダリェオさぁん……。
(うるうる)
Σ ぐぬ、ぬぬぬぬう;
そんな顔をしたって無駄だ。
やめろ。今すぐにだ!;
もしオレが魔物になってしまっても、
変わらず息子だと思ってくれるかい?
……。
…………。
……仕方ない。
心当たりがあるから案内してやる。
か、勘違いするな。
お前が魔物になるなんて想像もしたくないだけだ。用が済んだら直ちに追い払うからな!
けけ、決して心配しているわけではないから勘違いするな。
大事なことだから2回言っておく。
ぬう……。
……。
…………。
……まぁなんだ。
ちょっと来い。
ラダリェオが巨大な竜となって森を飛び発つ。それに続いてイナフとイルヴァも翼を翻した。
眼下に過ぎゆく光景は、大河や渓谷、壮大な瀑布。
人工物は一切なく、
大地を駆ける魔物の群れや、竜同士の争いが見えた。
イナフは改めて帰郷の実感を噛みしめるのだった。
いくつかの山を越えたのち、
ラダリェオが徐々に高度を落とした。
とある森に降り立つなり、ひとりずんずんと行ってしまう。
厚い茂みを踏み倒し、後者に道を敷きながら…。
イナフはにこりとその道を辿り、
イルヴァは後方を守りつつ眉間にシワを寄せていた。
その森もまた鬱蒼としていたが、
爽やかな風が吹き抜ける、心地のよい森だった。
大きな背中がふり返らずに言う。
言っておくが、オレは案内するだけだ。
一切手伝わんからな。
くっ……。
ロゴドランデス族と関わるなど、あってはならない事なのに……。
まぁまぁ、そう言わないで。
ぶっちゃけオレにもロゴドランデス族は怖いっていう認識はあるよ。でも、全員が全員そういう奴じゃないって分かったんだ。
ラダリェオさんは優しいし、ユケイはとっても良い子だしね。
イルヴァはラダリェオさんのことをよく知らないだけさ。
恐らく。
竜族としてはちょっと風変わりだけど、な~んかラダリェオさんに似てるんだよなぁ~。
重なる枝葉をひらいたそこは、
木葉の天井がぽっかりと開いた広場のような場所だった。澄んだ湖のほとりにて青く輝く艶やかな葉は、
サンプルのひとつと一致していた。
ラダリェオは近くの岩にどすんと座り、
腕組みをして目を閉じた。
イナフはカゴを降ろし、その群集に足を踏み入れた。
むむっ。
絡みつくように生えている
蔦植物が厄介だな。薬草との見分けはつくが、棘があるようだ。
気をつけてくれ。
大丈夫か?
こんな事なら手袋を用意してくればよかったな;
(せっせと薬草を摘む)
これくらい平気さ。
……イテテッ。
うわ、また刺さった;
待て。血が出ているじゃないか。
……失礼ながら、ヨークラート族の肌は他種族より柔だと聞く。
摘むのはオレに任せて、イナフは薬草を整えてカゴに詰めてくれ。
無理をするとかぶれるかもしれない。
ごめんごめん。
オレがいちいち声に出すから心配させちゃったな。
本当に大したことないよ。早くカゴの1/3を満たして休憩しよう。
イルヴァも眠いだろ?
~~~ええい!!;イナフ! お前は水辺で傷を洗ってこい!
こんな単純作業、オレがさっさと終わらせてやる!!
(蔦植物ごと薬草を引き抜いてカゴにぶち込んでゆく)
要は薬草がそれなりに入っていればいいんだろうが。
不純物の仕分けまでしてやる必要はない!
―― はい終わり!!!!
(カゴの1/3に薬草を含めた色々なものが詰まった)
ラダリェオの剣幕に圧され、
森林地帯での採取は強制終了となった。
次は……砂漠の植物だな。
が、その前にオレは眠い。
夜になったら活動してやる。その気があるなら待っていろ。
……時間に猶予はあるな?
……ん。
……騒ぐなよ。
(少し離れた場所で横になる)
……順調っと。
んー、ありがとう。殆どふたりのおかげだよ。
イルヴァ、ラダリェオさんが起きるまでオレ達も休憩しよう。
顔を反らして何度も欠伸をしてただろう?
見られていたか;
実はイナフと再開した時、長引いた夜勤が終わって帰宅する途中だったのだ。
眠いのは……否めないが、イナフが期日内に薬草を集めることの方がオレにとっては重要だ。
どうか気にしないでくれ。
絶対疲れてるじゃないか;
夜が来るまで寝よう。
ほら、そこの木に寄りかかって。座って座って。
いや、しかし……。
この雑多なカゴの中身を整理した方がよいのでは?;
オレの知るところ、魔王ジギ殿はこういうのを凄く凄~く気にする御方なのだが……;
それはあとでやろう。
年上の言うことは聞くものだぞ。
とにかく座れって。えいっ。
(押し倒すように座らせる)
どうだどうだー動けないだろー♪
なーんて。あーあ、えらく体格に差がついたなぁ……。
昔のイルヴァなんてオレの肩くらいしかなかったのに、雑食種と肉食種の成長エグすぎるよー。
それに、以前にも増してヒンヤリしてる気がする。
フフッ、体格差など些末事。貴方は変わらずオレの兄者です。
これでも冷気の力を制御できるようになったのだ。
次の砂漠ではきっとお役に立ってみせよう。
……お言葉に甘えて、今は英気を養うとしよう。
薬草集めが終わったら、お前とゆっくり話したいよ。
色々と積もる話もあるしさ。
ラダリェオさぁぁん。
ここは笑うところだよ;
せっかくイルヴァが打ち解けようとして冗談を言ってるのにー……。
こうして、
幼馴染のイルヴァ、義父のラダリェオの協力のもと
イナフは一つ目の薬草を手に入れた。
次なる砂漠地帯へ備え、
一行は日没まで眠りにつくのだった。
こいつらみんな、夜行性なのである!
つづく★
(ドコドンッ)
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