竜の世界へ里帰り!【中編 4/4】
文字数 5,107文字
空を駆けるはラダリェオとイルヴァ。その背にイナフとエバを乗せ、
一行は湿原地帯へと向かっていた。
彼方に沈む太陽を背に、ゆく手に昇る月に向かって、
ラダリェオは翼を休めず進んだ。
空の旅は丸一日かかり、期日3日目の朝が訪れた。
どんよりとした曇り空。
時おり風が運んでくるのは視界を覆う濃霧。
湿気に満ちた空気のなか、茂る草木は背が低く、
緑の合間に見えるのは土を含んだ一面の水。
まともな陸地を見つけ、一行は湿原地帯に降り立った。
ぜぇぜぇと膝をつくイルヴァの傍ら、
ラダリェオが鼻を効かせている。
霧の向こうへ行ってしまうのを、イナフ達は慌て追いかけた。
やがて足を止めたのは、
細い木々に囲まれた大きな沼の前だった。
よく見ると、沼の中央に密集してなにかが生えている。
ほのかに漂うこの匂いは……。
間違いない。あれが最後の薬草だ!
ラダリェオさんは本当になんでも知ってるんだね。
今のところ外敵の心配はなさそうだな。
……よし。案内は終わりだ。
あとはお前達でどうにかするんだな。
なにぃーーー!?
このタイミングで離脱するとは図ったな!?
えっ……ど、何処へ行くの!?
この後たくさん話したいことが……!
はぁ……。
……いいかイナフ!
何度も何度も、なぁ~~~~~~んども言っているが、オレに構うのをやめろ! 正直言って迷惑だ!!
それに、オレは……お前みたいなヤツが関わっていい存在じゃない。
次に目が合った時は、わかってるな……?
(鋭い爪をギラリとさせる)
そ、そんな……;
どうしてそんなことを言うんだよ。
オレはこんなにもラダリェオさんと一緒にいたいのに。
お礼だってしたいんだ。
……はぁ、ラダリェオ。
キミがこの場を去ること、私は止めはしないが、
この子達の用心棒を任された代わり、
後でみっっっちりと特訓につき合ってもらうからな。
……ゴッホン!;
あぁ…………えーと。
オレの記憶が正しければ、その沼は底なしだ。
せいぜい気をつけろよ。達者でな。
イナフ……。
……追いかけたいだろうが、
今は目の前の課題を終わらせる事が先決ではないだろうか。
イルヴァの言う通りだ。
子供でもあるまいに、しゃんとしろ。
……底なし沼か。
さて、どうしたものかな。
キミ達が水面すれすれを滞空しながら薬草を摘むのは無理がある。
周辺にある木を浮かべて足場にでもしようか。
槍斧を地面に突き立てて、イルヴァはひとり沼の縁へと。可視できる程の冷気をまとい、ためらうことなく踏みだした。
沈むどころかその足音は、氷上の音を響かせて。
触れた場所が瞬時に凍り、真っ白な道ができるのだった。
薬草の近くに到着した。
足場は入念に凍らせておいたから、暫くはもつだろう。
カゴを取りに戻るので、待っていてくれ。
むっ……!?
こちらへ近づく足音がある。
イナフ、私の傍へ!
師匠は遠くの音や振動を感知することが出来るのだ。
間もなく何者かが襲来する可能性がある!
沼地は毒を持つ者達の縄張りだ。魔物の可能性もある。
気を引締めてくれ……!
イナフはふたりの背に挟まれるように守られた。
やがて水を蹴る音がして、
霧の奥から現れたのは ――
やっほ~!
イナフ~~~!!
(手を振りながら駆けてくる)
こ~~~ら~~~!
待ちなさ~~い! 一人でどんどこ先行かないの~~~!!
と、水生の
人間……??
しかも追われているのは子供の方……とは。
これはまた珍客が現れたものだ。
ふい~、やっと見つけた。
(タッチ★)
あのね、あのねっ!
やっぱり心配だから、ジギにお願いしてオレ達も竜族の世界にワープさせてもらったんだ!
ああ、この子がユケイ。
人間界でオレを助けてくれた子だ。
危険じゃないよ。
……ユケイ、どうやって此処がわかったんだい?
近くに魔王が来ているの?
えっとね、さっきまで梟の獣人さんが案内してくれてたんだけど……あれ?
どこに行っちゃったんだろう。
(きょろきょろ)
も~、突っ走るからご挨拶できなかったんでしょう?
彼なら王国に戻ると言って、去っていきましたよ。
(梟の獣人……?
もしやエミエル様の命にてラダリェオの監視を任されている、
オウルラウル殿のことだろうか……。
いやそれより、ロゴドランデス族の残党がまだ存在していたのは問題だ……)
聞いてよ!
ジギがね、めっちゃミスったんだー!
オレ、ここに来る代わりに子供達の苺狩りを見守る予定だったんだけど、
まさかのオレは王国に立入り禁止なんだよ!
何も悪いことしてないのに、近づくのも駄目だって。
だから一昨日は魔王城で一日中お掃除マンやってた!
オレ竜族のロゴゴナンデス族? じゃないのに。ムッカムカなんだよー!
んー……それは嫌な思いをしたね。
オレを追ってきてくれたばかりに、ごめんね。
(なでなで)
ふっ、驚いたな。
あの魔族の王を呼び捨てとは……。
キミは一体何者なんだ?
オレ? へっへっへー。
ねぇねぇ、あれが薬草?
オレも手伝うよ!
見たところ、キミは少々やんちゃそうだな。
沼に落ちたら大変だから、ここで待っていてくれ。
採取はオレがやっておく。皆さんはどうぞ、再会を楽しんで。
待った待った!;
採取はオレがやるよ。
さすがにそこまで至れり尽くせりされちゃあ申し訳が立たない。
ユケイも大丈夫だから、そこで待っててね!
(カゴを背負い、氷の道を駆けてゆく)
待ってくれイナフ……!
オレのブーツは滑らないよう加工されているが……
なにより裸足では凍傷になるぞ!?
(急いで後を追う)
イナフさんにも頼もしい仲間がいたようです。
案外心配いらなかったのかもしれませんよ?
イルヴァが見守る傍で、イナフは手早く薬草を摘み、カゴを満たしていった。
オレが足手まといだから、ラダリェオさんは嫌になったのかな……。
……よし、これだけあれば十分だ。
足の裏が冷たいや; 早く戻ろ。
……わっ!!
(豪快に滑った)
あぁもう、おかげで怪我はないよ。
ありがとう。
……ちょ、これ……恥ずかしいなぁ////;
ほーん? ほーん??
なんで2人とも意気投合したのん?
ユケイとやら。
キミもイナフとイルヴァを暖かく見守りたいと思うなら、
手を取り合おうじゃないか。
ユケイはぴゅーんと駆けてゆき、イルヴァの腕をくぐり抜け、
イナフに飛びついた。
イナフはオレと結婚するんだから、
みんな取っちゃ駄目なんだよーっ!
あーもーすみませんねぇ、うちのおバカっちが。
「うん、そだねー(^-^)」って流してもらって構いませんからー。
あのね、結婚したらね、
毎日一緒に遊ぶんだ!
ゲームとかして!
そっかぁ。
ユケイと結ばれる子は毎日が楽しくなりそうだね!
でもごめんよ。
オレは女の子が好きだから、ユケイとは結婚できないな。
えーっ、なんでなんでー?
翠とリズと……あとシバとエルクもオレと結婚するよー?
果たしてユケイ君に嫁達を養うことが出来るんでしょうか!?
5人前ですよ~~!?
あの……師匠。
先程から彼が言っている『ケッコン』とは、一体なんの事でしょうか?
ああ、あれは人間界の言葉でね、
番になるという意味だ!
どうしたイルヴァ!?;
さっきからノリがいいな(?)と思ってたけど、顔色が悪いじゃないか;
(助け起こす)
問題ない。
問題……ない。
それより、薬草が集まったことを魔王に報告した方がよいのでは。
……そうだな。早く魔王に報告して、イルヴァを解放してあげなきゃな。
疲れが溜まってるみたいだし;
えっと、何処に行ったら会えるんだろう?
ジギならオレが呼ぶよ!
この魔石を使ってね。
いでよ! 魔王~!!
……ほう。
薬草が集まったのか、早速見せてもらおう。
……な、なんだこれはァァ!;
やたら重いと思ったら、詰め方はぐちゃぐちゃ、土や石、余計なものまで混じっている;
これが竜族の仕事か……まァいい。取引は成立だ。
感謝する。
恐れながら魔王よ!
この度の薬草集め。彼ひとりでは……いえ、私がつき添っても不可能だったでしょう。
灼熱に耐えうる者や、身体の頑丈な者。
彼らの特殊な能力なくては、到底実現できぬ課題だったように思います。
それを何故イナフに課したのか、御教え願いたい!
ン……?
オレ様の部下……蟲族では不可能だが、竜族にならできると見込んだ。
それだけだが……。
失礼ですが、貴方は我々……
竜族のことをよくご存じでない様だ。
皆が皆、強靭な肉体を持つわけではないのです。
特に草食種は、王国の外においては常に命を狙われる身。薬草集めどころではありません。
このような課題には向かないでしょう。
あっ、わかった!
エミエルを基準に考えたでしょー!?
ウルサイ……。
(ユケイのクセ毛をぺしっ!)
なるほど……浅学だった。
さぞかし苦労をかけたようだなァ。
謝礼といってはなんだが……これをやろう。
(懐から黒い石を取り出す)
……それはオレ様の転送魔法を込めた魔石だ。
念じれば人間界と竜界を自由に行き来することが出来る。
ただし、移動できるのはお前ひとりだけだがなァ……。
こちらこそ、助かります……!
人間界にも名残惜しいものがあったから、正直こういうのが欲しかったんだ。
あっでも、人間界と竜界のそれぞれ何処にワープするんだろう。
それを魔石に覚え込ませる必要がある……。
まずはこの竜界で一ヶ所決め、次に人間界で決めるがいい。
……方法は簡単だ。石でその場所に傷をつければいい。
それが呪印になる。
ほーんほーん!
なんかオレのとはちょっと仕組みが違うんだね。
イナフはどこに印をつけるのん?
んー……そうだなぁ。
……安全な場所を見つけて、そこに印をつけようかな。
でもまずはイルヴァを王国まで送るよ。
つまり、イナフさんとお別れしなくてよくなったって事ですかね。
良かったですね、ユケイ君。
では、このカゴは回収させてもらう。
改めて……ご苦労だった。
その魔石、くれぐれも悪用してくれるなよォ……?
(暗黒のゲートに消えてゆく)
よし……。
オレは王国に戻って、エミエル様に報告しなければならない事がある。
イナフはどうする?
是非一緒に来てくれたら、嬉しいのだが……。
もちろん。
今度はオレが飛ぶから、背中に乗って少しでも休んでくれ。
ならば私はラダリェオと勝負してこよう!
準備運動がてら、奴の縄張りの森までは走っていく。
ではイナフ、イルヴァ。そしてユケイ、水生の人間よ。
さらばだ!
(霧の向こうへ去ってゆく)
えっとえっとぉ、一件落着って感じだからオレ達も帰ろうかな。
桜が映え映えのスポットに、ピクニックに行く途中だったもん!
んまっ。
諦めてなかったんですね?
でも、ま。
魔王城のお掃除を頑張っていましたから、ご褒美に連れて行ってあげます!
そういえば、
キミに会ってもらいたい竜族がいたんだけど、タイミングが悪かったなぁ……。
でもまたいつか機会があるかもしれない。
人間界に行った時は、必ず声をかけるね。お礼もしたいしさ。
わかった!
約束だよっ♪
(指切りをして、翠とともに魔石の光の奥へと消える)
どこか浮かない顔のイルヴァを乗せて、イナフは翼を翻し、
湿原地帯をあとにした。
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