竜の世界へ里帰り!【中編 3/4】
文字数 4,949文字
湖が淡い朱に染まり、景色が闇に溶けてゆく。
イルヴァに肩を揺さぶられ、イナフは薄らと目をあけた。
寝ぼけた視界に映るのは、暗闇に浮かぶふたつの眼。
それがイナフを見下ろしている。
カゴを担いでいるイルヴァと、
呆れたように腕組みをするラダリェオ。
んー……夜かぁ。
ふたりとも、もう起きてたんだね。
(背伸び)
……イナフ。
実は今さっき、肉食種から襲撃を受けたのだ。相手は5人。狙いは貴方だろう。
しかし、彼を見るなり逃げていったよ。
それなのにお前ときたら、にへら顔でちっとも起きやしない。
寝る時はいつも頭の一部を起こしておけと教えただろう。
……どうしたんだ、らしくもない。
うー……ごめんなさい。
オレの感覚は人間界ですっかり甘やかされたみたいだ;
おかげで助かりました……。
(正座)
やはり草食種にとって、外の世界は危険すぎる。
だが王国にくれば何も気にせず毎日たっぷり熟睡できるぞ!
今のは人間界ボケしてただけだ。
……ごめんごめん。出発しよう。
満月を横切る三体つの飛影が、西へ西へと風をきる。
見下ろす景色は森から荒野へ。
岩々は赤く、山は鋭く、地の様相が変わってゆく。
台地の境界を越えた途端、視界に広がる砂の海。
砂漠は地平を埋め尽くし、見果てぬ先まで続いていた。
空から眺めるに、そこにあるのは無と静寂。
わずかな茂みを見つけては薬草を求め降りてみたが、目的のものは一つもなく。
捜索が難航するなか、
夜の砂漠に吹きすさぶ風が絶えず肌を切りつけた。
かじかむイナフを見かねてか、ラダリェオが次に向かったのは砂漠の境界に点在する洞穴のひとつだった。
その入口に立つなり、奥の闇から何者かがくる。
イルヴァがイナフを庇い立つ。
ラダリェオは薬草のサンプルを手に、ずんと一歩前に出た。
よう。
こいつを探してるんだが、知らないか。
(押しつけるようにサンプルを見せる)
おいおい。なにが訪ねて来たかと思えば。
相変わらず、キミは礼儀というものを知らないな。ラダリェオ。
わぁ……!
エバさん、お久しぶり!
(イルヴァの後ろからひょこっ)
おおお!!!?
イナフ、無事だったのか!? 私はてっきり……。
イルヴァ、キミまで同行しているとは!
揃いも揃って何事だ??
ご無沙汰しております、師匠!
実はかくかくしかじかで……。
なるほど、それで薬草探しをね。
……いいだろう。
この私と勝負をして、打ち負かす事ができたなら薬草の在りかを教えようじゃないか!
師匠!;
貴女の戦闘に対する情熱と向上心は十分に承知しておりますが、今だけはご勘弁下さい!
その薬草は日照の僅かな刻にのみ、土から顔を出す希少なもの。
……密林の民よ、氷雪の民よ!
昼間の過酷な暑さのなか、お前達がやみくもに探しては命取りになるだろうな。
さあ、私の協力を得たくば力を示せ! これが熱砂の掟だ!!
イナフとの再会を祝し、喜びをわかち合うためにも、なおさら戦うしかあるまい!
怖気づいているのなら、まとめてかかってきてもいいんだぞ……!
(わくわくっ)
掟だかなんだが知らないが、単に特訓の相手をして欲しいだけだろうが!
お前と互角に渡り合える奴はそういないだろうからな……さしずめ退屈凌ぎが現れて嬉しいってところか。
……とっとと終わらせたいんでな。
お望み通り、オレがねじ伏せてやる。骨の二、三本は覚悟しておくんだな。
おお!
キミなら相手にとって不足はない。
どれ、久々に暴れさせてもらおうか!
ここでは狭すぎる。
来たまえ!
あうぅ……;
エバさん、やめてくれよぉ;
ラダリェオさんも乗っからないで;
(ふたりの後を追おうとする)
待ってくれ、イナフ……!
オレ達はこの場に残った方がいい!
師匠のいう『勝負』とは、人の姿で行うものではないのだ!;
一瞬の光を放ったのち、二体の竜が姿を現した。赤黒い鱗を逆立てて、
岩山のような体躯を震わせ、
真正面から激突する!
肉食種のなかでも力自慢の二種族が争う様子は全てが豪快。
殴る、噛みつく、もつれ合う。
尻尾が大地をかすめるたび、満月に砂の煙がかかり、
巨大な腕が相手を薙ぐたび、砂丘の山が崩れ落つ。
両者はしぶとく諦めず、開いた距離を一気に詰める!
その凄まじさを、
イナフとイルヴァは洞穴からあぼーんと見守っていた。
やがて二体の戦いは、
勝利の咆哮にて締めくくられた。
堪らず化身を解いたエバの前に、ラダリェオが聳えるように立つ。
(ぜぇぜぇ)
ぐふっ……; 見事だ。
ふ、ふふふ。私の全力を受け止められるのはラダリェオ、やはりキミしかいないようだ……。
どうだ、この喜び。存分に伝わったか?
(ぜぇぜぇ)
なんでも拳で伝えるのをやめろ!!(怒)
……オレの勝ちだ。
薬草の場所まで案内してもらおう。
ああ。約束は守ろう。
……ただしイナフ、イルヴァ。キミ達は留守番だな。
採取スポットへは私とラダリェオで向かうとする。
そこはね、本当に暑いのだ。熱砂の民でなければ、たちまち命を落とすだろう。
キミは焼かれたって死なないのだから平気だろう!?
よし。そうと決まれば朝まで待とう。
今夜はこの洞窟で休むといい。
陽が昇ったらオアシスまで案内しよう。
そこを拠点として行動する。
そんなこんなで、
一行はエバの塒で極寒の夜を凌ぐのだった。
ラダリェオと…主にエバが昔話に花を咲かせている傍ら、
イナフとイルヴァは夕飯をご馳走になった。
―― 2日目の朝。
陽が昇るにつれ、凍てつく寒さは和らぐを越して、
どんどん気温が上昇してゆく。
エバが案内したのは砂漠を進んだ先にある、
こじんまりとしたオアシスだった。
既にぐらぐらとした暑さのなか、
その薬草が取れるという場所はまだ先らしい。
ちょっとした野営を作り、エバは太陽の方角を示した。
では、我々は行ってくる。
イルヴァ、留守中はイナフをよろしく頼むぞ。
オアシスとはいえ、日中の暑さはこれからが本番。
ヨークラート族にはこたえるだろうからな……。
……なんならイナフ、お前は森に戻って待つか?
ああ! そこは我々熱砂の民でも滅多に近寄らない場所でな、
殆ど生命は住んでいない。
目や口を開けることさえ危険が伴い、
竜の姿になれば被膜が焼け落ちるだろう。
……いや、死んでも死なない(?)キミなら心配ないか。
私は土の中を移動させてもらう。薬草の根を見つけたら地面を掘り起こすから、
キミはそれを拾い集めてくれ。
今のうちに水をたくさん飲んでおこう……;
(うっかりセスのところへ逝けるなら、
それもまたよし……か)
陽炎の向こうへ消えゆくふたり。その後ろ姿を見送って、
イナフとイルヴァはオアシスで待機した。
ギラギラと滾る太陽が、最も高い位置にきた。
薬草カゴにマントをかぶせ、
イルヴァはイナフの様子を心配していた。
竜族は変温動物ゆえに、気温がそのまま体温となる。
イナフはヤシの木にもたれてぐったりしていた。
大丈夫か……?;
こまめに水分補給をして、少しでも体を冷やした方がいい。
しかし、砂漠の暑さとは本当に過酷なものだな……。
師匠の言う通り、オレ達は森で待つのもアリだが。
いや……イルヴァさえよければ、なるべくここで待たせてくれ。
だって何から何までやってもらって、自分だけ快適な場所で待つなんて出来ないよ。
……とはいえ。
改めて、オレは最弱種だって思い知ったよ……;
もっと強靭な体に生まれたかったなぁ。
イルヴァこそ寒冷地の出身なのに、大丈夫なのか?
まぁ、あの師匠に鍛えられたから……(笑)
そう気負わないでくれ。
オレだって留守番なんだ。
ここは素直に、得意な者に任せるとしよう。
はぁ……。
(これが温泉旅行のユケイの気持ちかぁ……)
それにしても、オアシスとはいえ暑いなぁ……;
遠くの景色が揺らいで見えるよ。
ラダリェオさん達はさらに暑い場所へ行ったんだよな;
行ってもらってなんだけど、早く帰ってきて~~……;
イナフ?
随分とぼんやりしているな。
オレの傍に来てくれ。少しは暑さをしのげるかもしれない。
(冷気を纏っている)
んんー……。
イルヴァの周りだけ涼しい……。
真のオアシスここにあり~(?)
こちらに小さな水たまりがある。
水温を下げるから、一緒に浸かろう。
……さぁ、足元に気を付けて。
(手を取る)
それだけか????
もっとこう、なんかないのか。
例えば危機感みたいなものとか。
……イナフが幼い頃、反王国派に預けた時期があっただろう?
短い期間ではあったが、イナフはそこでイルヴァと出会い、親睦を深めたようだ。
それが今でも健在というだけだろう。
若者のあれこれに、我々年寄りが口を出すものではないよ。
それにね……私はあの子達を見ていると、不思議とご飯が進むんだ。
(キリッ)
意味がわからん;
むしろオレは吐き気がしている。
……あのイルヴァとかいう奴、本当に大丈夫なのか? 事ある毎にイナフにベタベタと。なんか妙な性癖を隠し持ってたりしないだろうなぁ……。
その心配はない。
イルヴァは誠実で優しい子だよ。
王国でも竜王から青薔薇の称号を授かるなど、その実力は一目置かれているし、
ひとたび表をゆけば振り向かぬ女性はいないと聞く。
面倒を見てきた私としても鼻が高い。
自信を持って、イナフにお勧めする!
あっ、ラダリェオさん達が戻ってきたみたいだ。
うわ……肌が真っ黒に焼けてる;
無事で本当によかった。おかえりなさい。
どうだ、これだけあれば問題あるまい。
(ラダリェオが担いでいる麻袋を指す)
熱砂の民にとっても希少な代物ではあるが、
戦利品と思い、遠慮なく持ってゆくがいい。
……オレは決めた。
もう二度と砂漠には行かない。
次は湿原に生えているものだな。
さっさとこの地を去るぞ。飛べるか、イナフ。
なにぃ!?
それは聞き捨てならないな!
キミはまたここへ来て、私と手合わせするべきだ!
どうせ毎日ヒマなのだろう!?
撤回しろ!
キミはまたここへ来る!
そうだね!?
(迫)
男に二言はない!
だから絶対に行かない!!
行かないったら行かない!!
(迫)
おやめください師匠!;
期日まであと一日と半刻しかない。
今は先を急くべきなのです!
……じゃあこうしよう。
私も最後の薬草探しに協力……しがてら!
ラダリェオ、キミの気が変わるまで説得を続けさせてもらう。
やめろと言っても聞かないんだろう……?
まぁいい。頭数が多い方が早く終わる。
コキ使ってやるからついてこい。
頼もしい……。
オレのまわり、頼もしすぎる……。
んー、オレはどうやって皆にお返しをすれば……;
はははっ、そんなの気にしなくていい。
我々肉食種や雑食種にとって、草食種は皆小さくてか弱くて、カワイイものさ。
見返りなんて求めちゃあいないよ。
さ、次なる湿原とやらへ行こうではないか!
私は飛べないからな。イルヴァ、背中に乗せてくれるか?
カワイイから……とは少し違うが、
困っている者があれば手を貸したいと思うものだ。
師匠、イナフ。どうぞお乗りください。
(竜の姿となって腰を落とす)
そんなに申し訳なく思うならな、
あとで腕にでも齧りついてやるから覚悟しておけ。
微妙な空気をかき消すように、
ラダリェオが空へと先陣をきった。
エバを新たな仲間に加え、
一行は湿原へと向かってゆくのだった。
つづく★(ドコドンッ)
【 エバ 】
性別:女年齢:706歳
武器:体術
種族:竜族/肉食/走行型/タイラルド族
人間界に生まれ竜界で育った。
砂漠に住まう力自慢の竜族。
その腕力と肉体の頑丈さはロゴドランデス族に次いで世界トップクラス。
元反王国派のひとりで、ラダリェオの弟子(自称)。
そしてイルヴァの師匠でもある。
とある理由から強さを求め、終わりなき修行に明け暮れている。
霊感がある。
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