第6話 「とある、まぼろし」

文字数 1,528文字

 重い瞼をあけると、そこには……いつもの自動販売機が、しめった街の高層ビルのように、わたしの頭上に突っ立っていました。

 ……まえまえから不思議に思うことが、わたしにはあるのです
 とても愉しそうなアルコール中毒というか依存症のオジサンを、すこし大きめの酒屋のまえで、いつもいつも見かけます。
 そのオジサンは、カップ酒の自動販売機のまえで、とても嬉しそうな顔色をして酒を飲んでいるんです。
 真っ赤っかに酔っぱらった顔をして酒を飲んでいるなと……。

 いつものように、わたしは酒屋に買い物に行くと、そのオジサンのことを思い浮かべながら晩酌にする日本酒を買っていました。
 店のまえで倒れるように、酔って寝ているオジサンを頭の隅によぎらせながら、わたしは大好きな酒屋に入っていきます。
 日本酒に焼酎、ワインやウイスキーなどの洋酒のほかに各国の珍しいビールが取り揃えてあります。
 たくさんの種類を揃えた店内の壁に設置された大きな酒の棚を、わたしは隅ずみまで吟味しながら、これだと思うものを買って店から出ていきます。
 すると、いつものことなのですが……。
 まるで、お約束のように、あのオジサンが自動販売機のまえで、店先の路上に倒れるようにして寝転がっているんです。

 ……あんたアル中なんだろ?
 おそろしく酒に弱いアル中なんだね。
 わたしはこころのなかで、そんなことを声に出さずに言いました。
 わたしはデジャヴのような既視感に、その光景を何度となく見ました。
 オジサンの情けない醜態を何度この目で見たことか……。

 ――怠け者で働くことを止めてしまい、うっかり生活保護など受けたりしたら、普通の人間は半年から三年でダメになるそうです。
 ぎりぎりの生活保護を打ち切られるので、少ない収入のバイトも出来ません。
 中高年齢の失業者には、まるで仕事がありません。
 面接どころか、求人している会社に電話を掛けても年齢で断られます。
 なので、だんだん労働意欲も湧かず、暇な時間は余るほどあるのですが、まったく無駄な時間ばかりが過ぎていくのです。
 引きこもりは若者よりも、実は中高齢者のほうが多いそうです。

 ……ふと想ったりします。
 そのオジサンは引きこもらず、外で酒を飲んで路上で寝転んでいる、と。
 それから、ぜんぜん関係ないことですが……地震や災害などの非常時には、自動販売機のカップ酒も、無料でガシャガシャと出てくるのかな?……なんて。

     ◇     ◇

 そうですよ。仕方なく生活保護を受けています――。
 毎日のように、見張りみたいに役所のケースワーカーが家に訪問してきます。
 なんでも知り合いのひとの話ですが……。
 働きなさい働けとケースワーカーに急き立てるように追い詰められて、それが理由で精神の病気になるひとも居るらしいのです。
 ……なんと、皮肉で怖ろしいことか!?

     ◇     ◇

 空虚な無力感で膨らんだ陰鬱な暮らしぶりになっていきますので、ほとんどのひとが現実を忘れるためにアルコールに嵌まってしまい、やがて依存症になるみたいなのです。
 そういうわけで、カップ酒の自動販売機のまえで酔いつぶれて寝ている、あのオジサンが存在するのでしょう。
 これは、社会の遣りきれぬ現実的ホラーの顛末なのか?……。
 なんとなく、わたしにも幻聴めいた……とある話が聴こえてくるようです。

     ◇     ◇

 目が覚めると、いつもの自動販売機が、わたしの枕元に立っています。
 猛烈に喉が渇いて起きあがると、わたしはカップ酒のガラス瓶が散乱した路上に寝転がっていました!?……。

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