第5話 「少女ターン」

文字数 991文字

 その女の子は、街なかにある綺麗な公園広場に、いつも決まって現れる。
 花壇や庭園のなかを流れるような石畳になった遊歩道。
 とてもモダンな時計台――。
 音楽と言語を表現した巨大なモニュメントがある広場のまえで踊っていた。
 まるでバレリーナのように、クルクルくるくる繰る繰ると、芯がぶれない独楽のように美しく優雅に廻っていた。
 いつもの夕暮れの公園広場で、よく見かけるボクのなかの光景なのだが……。
 女の子は、なにか小さな声で唄っているみたいだった。
 その微かな声は耳からではなく、なぜか鼻孔をくすぐり、脳のなかをふわりと軽く撫でるような錯覚に陥らせる。

 ボクはその女の子を眺めていると、ふと想像した。
 ターンしているかのじょには、ボクが見ている景色なんかとは、ぜんぜん違った風景が見えているのかな?……なんて。
 ふと回転という動作から想像して、どんどん連想してみたら、妙な事柄が頭のなかに浮かんできた。いつのまにかレコード盤から、CD-ROMになって、新しい歌声のデータがクルクルくるくる回転している。たくさんのデータが回転すると、その女の子はコピーされた人形みたいに、どんどん分身みたいに増えていく。
 それは、まるで増殖されて振り撒かれたように、あちらこちらに少女は出没しだした。
 しかたなくボクは、あちこち公園をうろつきながら遊歩道を隅々まで見まわり、その女の子を見つけては、なんの躊躇もなく仮想のゴミ箱に捨てて消去していく。
 不思議なことにゴミ箱のなかには、昔の単行本というものが、どっさりと棄ててあった。

 やがてターンする少女は、公園の休憩所だけでは物足りないのか、あちらこちらボクの行くところに、どこにでも現れてきた。あげくの果てに、街なかでもクルクルくるくる片足で独楽のように廻っているのを目にする。少女の夢に見るような風景は、どんどん変化してゆき、とりとめのない時代を映していたのだろう。
 あるとき、ボクがいつものとおり、うんざりしながら見つけた少女を消去しようとした瞬間だった。

 ――少女のターンが突然、停まった!
 常に回転している少女のピルエットが静止すると、不可解なことに、今度はボクの見ている景色が急に動きだした。
 風景が……光景が……世界が……ぐんぐん廻りだし、めまぐるしい周囲の変化で時間と空間を歪ませていった。

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