第4話 「怪談話」

文字数 1,505文字

 ――キミはトップのアイドルオタクである、トップオタになってくれ。
 そしてボクは、怪談の王(キング)になる。

 夜中の十二時を過ぎたころ友人の大きな家に集まり、ときどきボクたちは怪談話をすることにしていた。
 そこの応接間は二十畳ほどあって、みんなで五人ほど集まった。なかから外の庭を見渡せる大きな窓が左右に二面あって、ボクたちは部屋の真ん中に集まって、例によって順番に怪談話をしていた。
 一巡してボクの番になったとき、もう深夜の二時に入るころだったと思う。いきなりブザーの音が大きく鳴って、なにやら深夜に訪問者がやって来た。
 その客は二人で、珍しく着物姿をした年配の女性なのだが、とても地味な感じだった。
 ここの主である友人が玄関で話していたが、結局のところ女性二人は帰ってしまった。
 しばらくすると、あきらかに二階から部屋のなかを歩く小さな足音が並んで聴こえる。
 かまわずボクは、アイドルオタクの怪談を始めた。
 話の主人公である筋金入りのドルオタ(アイドルオタク)、それもトップオタが自己破産してもなお、推しのアイドルの熱狂的なファンを辞められず、最後には何者かに呪われ狂ってしまい無理心中してしまう話をした。
 ばたばたと風の音がして、見てみると二面の大きなガラス窓の外には、たくさんの不気味な人たちが居て、部屋のなかをじっと覗き込んでいる。窓の外から恨めしそうに、怪談話をしているボクたちのことを食い入るようにして見ているようだ。澱んだ暗い表情の亡者たちは、みんなトップオタになりたがっているのだろうか?……ボクには分からなかった。

 誰かしら、次の怪談を話しだした。
 ずっと両方の大きな窓から覗いている者たちは、恐ろしい祟りに巻き込まれて、大昔に全滅した者たち。かつて、この忌まわしい場所に住んでいた村人たちだろうか?……。
 ずいぶん昔の話になる。そこの村人の男たちは、村のずっと奥にある採掘場に連れていかれて、わずかな金で肉体的にも精神的にも過酷な労働を半ば強制的にさせられていたらしい。だが、その採掘場が大きな地震のために壊れてしまった。そのとき、たくさんの死人がでたらしい。だが、生き残った者たちが怨みをつのらせ、夜になると町にでて強盗や殺人に放火を繰り返す暴徒になり果てた。そして、暴徒たちは役人たちに捕らえられ殺された。その後、無惨にも村の民家はすべて焼き放たれ、村は全滅したのだ。
 悪霊たちは、ずっと大きな窓の外から覗いている。もはや獣のような恐ろしい姿は、ひととしての感情などなく、強い怨みの念がとり憑いた厄介な悪霊となっていた。
 そんな凶暴な悪霊たちだったが、みな部屋のなかを覗き込んでいるだけで、不思議なことに暴れたり悪さをしだす者は居なかった。
 ……ふと、一度目の怪談話をするまえのことをボクは思い出した。
 そのとき訪れた二人の女性たちは、いつの間にか玄関にお札を張って去っていったのだ。

 にわかに風が吹き、のたりくねる大蛇のように折れ曲がった木々の伸び放題の雑草が、ざわざわと音をたてた。
 その瞬間、風景が一変する。
 荒れ果てた部屋のなかは、誰も居ない廃墟だった――。

 じつはその家の主は、ボクが話した地下アイドルの女の子を殺して、その直後に自らも命を絶ったという怪談話に登場した、あのトップオタの家だった。そして、この忌まわしい場所は、怪談王になろうとして発狂の果てに死んでしまった者たちが夜な夜な集う心霊スポットなのだ。
 この大きな廃屋になった部屋のなかでは、浮かばれない霊たちが集まり、毎夜のように怪談話をしているらしい……。
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