第9話 「雪女奇談」

文字数 1,035文字

 烈しい吹雪の真夜中に、別の世の狭間から雪女が姿をあらわす。
 数十年まえの、記憶から消えている或る過失を雪女は鮮烈に甦らせ、恐怖と寒さで凍りつかすのだ。
 生きていれば誰しも、知らず知らずに、ひとをねたみつらんでいる。
 すくなからず殺めている、がらな……。

 ――雪女はその罪を許してはくれない。
 真っ白な何も見えない雪の彼方に、埋もれて消えてしまうかのように……。
 身も魂も凍りつかせる恐ろしい償いを受けさせるために、やってくるのだ。

 こごえて凍りついて、おやすみよ……。
 大河に囲まれた峻険で真っ白な山々の頂から、雪女は凍った川面を走り、まるで浮かんで滑っているかのように、凄まじい速度でやってくる。
 雪女の吐く息は、とてつもなく冷たい。極寒の零下30度は上まわるだろう。
 その妖しくも恐ろしい、険しく美しいとも見える冷酷な顔を歪ませて……けたたましく嘲笑いながら、首筋に喰らいつき、長いながい合間の唇を強く吸いつかせてくる。
 私の恍惚とした脳裏に、過去の罪を無理やりにも甦らせてくる。

 このまま眠ってしまうのか?……。
 ああ~。このまま、得も言われぬ心地よさに眠りながら凍えて、あの世に逝ってしまうのか?……。
 蕩けそうな意識の狭間で、若かりし女たちの、あどけない幼顔が怒りを露わにし、いつの間にか裸体に晒された私の肋骨のうえに圧し掛かる。
 その毒で膨張したような紫色の怒りの表情を目の当たりにすると、わたしは身動きひとつできなかった。

 ――恐怖で身動きひとつできない。
 きつく心底に抑えつけられ、石化した記憶の蓋を剥ぎ取ると、なかから自分の悪魔が頭を擡げて現われたかのように……。
 真夜中に布団をめくると、自分の下半身に顔を伏せてすがりつく少女なのか大人の女なのか定かでない黒瞳が、赤く光って見える。
 その怨めしい上目遣いが、鬼女のように狂った形相を剥きだしにした。

 怒りに狂った女たちの生首――。
 ゆるさん……赦さん……と、
 あまりの凄まじさ!!
 真夜中に眠りから醒めた私は、いまだ醒めない悪夢のなかにいる。
 雪女の真っ赤な唇が首根っこに喰らいつき、生気を吸い尽くす。
 不可解きわまる不条理さに、私は芯から震えおののく。
 その恐ろしい執念は、冷酷なまでの執拗さで襲いかかってくる。
 あまりの痛さと恐怖のどん底に、凍りつく真っ白な絶識を覚えると……自分の生首が骸骨になり果て、雪のなかに砕け散った。

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