3. 物騒な小男

文字数 2,903文字

 王都(おうと)を守るために配属された兵士はみな、市壁の中にある城で生活している。城は兵士たちの宿舎であり訓練場である。上官たちによる会議の場としても使われる。

 見習い兵士のアベルや、軍医見習いのリマールもまた、その城の中に眠る部屋を与えられて暮らしていた。ただし、アベルは自分と同じような新米(しんまい)兵士たちと同じ大部屋。リマールの方は個室だが、ベッドと机と本棚でスペースは無くなるような、もともと寝室でないところを改装(かいそう)した小部屋である。夜の自由時間になると、アベルはこのリマールの部屋を(おとず)れて、一日の出来事を語り合うのを習慣にしていた。

 そして、満月に薄雲がかかる夜のこと。

 詰所(つめしょ)には先輩兵士も数名ひかえているが、今、アベルは、新米兵士のヴォルトと二人だけで、門番をしていた。その門の両脇で燃えているかがり火の前に一人ずつ立って、私語を(つつし)み、衛兵(えいへい)らしくじっと直立したまま外を見つめていた。

 市壁沿いにも、道を照らしている街灯(がいとう)が立っている。長い時間、そこには誰も現れず通りはひっそりとしている。なんせ、今は真夜中だ。深夜の冷たい空気が顔にしみる。

 この時間の当番は特に退屈なのに、特に油断禁物で、ずっと気を張っていなくちゃいけない。見習いや新米の二人は真面目(まじめ)に職務に(したが)っていたので、さっと視線を向けることができた。

 今、街灯が照らした人影に。

 その人は、フェルドーランの森に続いている木立の中から、突然ひょっこり出て来た感じだった。実際はそうでもないかもしれないが、遠目には、少し腰の曲がった老人といった雰囲気の小男(こおとこ)だ。そう見えるのは、彼が少し前屈(まえかが)みになりながら、不自然な姿勢でやってくるから。そして、時々ふらつく。

 老人か、酒に酔ってるかのどちらかだろう。もしくは両方。そう思いながら、若い少年兵士たちは様子を見ていた。

 そのフードを目深(まぶか)にかぶった怪しい人物は、そのまま二人の前へとやってきて、また一瞬よろめいた。

 門番の二人はすっと動いて、その男の前に立ちはだかる。そして、事務的に決められた質問をしようとした。

 すると。

 「待って・・・。」と、男の方が言ってきた。

 不意をつかれて、二人の少年兵士は思わず待った。

 その男からは、すぐには、言葉は出てこなかった。少ししてから、聞き取り(にく)い小さな声で、男はうつむいたまましゃべりだした。途切(とぎ)れ途切れに、最初の言葉はこうだ。

 「私は・・・あなた方の質問に・・・正直に答えることが・・・できない。」

 唖然(あぜん)となったあとで、門番の二人は困った顔をした。え・・・ほんとのことが言えないの? それじゃあ、何をきいても意味がない。とりあえず、彼を調べるか。そう思い、ヴォルトは彼に一歩近づく。

 男も一歩身を引いた。手を伸ばしたヴォルトから(のが)れようと。そして、先に話させて欲しいというように、(てのひら)を向けてきた。

 「すると、あなた方は・・・私を・・・調べる。そして上の者を呼び・・・多くの者が・・・私のことを知ることになる。」

 息遣(いきづか)いも荒く、ほんとに深酔(ふかよ)いのせいか具合(ぐあい)が悪そうだ。ただそうすると、酒臭くないのが不思議だった。そう思うも、まずは門番の義務を果たさなくてはならない、と二人も考え、ひとまず調子を合わせることに。その対応は、少し先輩のヴォルトが引き受けた。

 それでヴォルトは、「・・・そうですね。」と、返した。
 「それはならない・・・私は・・・味方(みかた)。」

 アベルとヴォルトは顔を見合う。そして思った。酔っぱらいって、こんなふうにしゃべるものだったか。もっと陽気になって、あること無いことをぺらぺら口走るものだと思っていた。でも、泣く人もいるし、人生を語る人もいる。考えてみれば様々だ。

 「若い兵士さんたち。どうか・・・私を・・・密かに・・・アレンディル・・・王のもとへ・・・連れていってはもらえないか。」

 この人、いよいよ突拍子(とっぴょうし)もないことを言いだした。自分の言葉が分かっているのか。泥酔(でいすい)しているようには見えないが、朝になったら記憶が無くなっているんじゃないか。

 「そのわけは・・・。」
 「私の報告を・・・王が・・・聞いたと知られないために・・・密かに・・・王に会わねばなりません。私は・・・王と、そして・・・この国を救える・・・重大な情報を持っている。これを伝えなければ・・・ウィンダー・・・王国は・・・何の手を打つ間もなく・・・(ほろ)ぼされる。」
 「いったい、何を・・・あの、あなたは何者なんです。」
 「私にあまり・・・話させないで。すでに・・・今・・・この場で口にすべきではないことを・・・少し・・・しゃべってしまった。これ以上は・・・説明・・・できない。どうか、信じて。」
 「そうはいきません。王都の門をくぐろうとする者を調べるのが、わたしたちの義務。あなたのような物騒(ぶっそう)なことを口にする者を、特に見過ごすわけには・・・」
 「王は私をよくご存知だ!」

 男はとうとう、気力の全てを振り絞ったような声を放った。そして、うっ・・・と(うめ)いて、少し体を沈ませた。我慢(がまん)して立っているようだ。

 その場は数秒、シン・・・となった。

 にわかに、不安が胸をしめつけ始めた。二人とも、彼をただの酔っぱらいで片づけてはいけないような気がしてきた・・・。
 
 「私がここへ来たことを・・・彼らに・・・知られてはならない・・・(かん)づかれてしまうから。なるべく・・・人目につかないように・・・どうか・・・王の御前へ。」

 男のさっきの声に驚いたアベルの心臓は、今もずっとドキドキしている。彼の具合が悪そうなのは、酔っているせいだ。それで、少しおかしくなってて、めちゃくちゃなことを・・・と、思いたかった。でも・・・きけば、会話が成り立つ答えが返ってくる。謎めいてはいても、受け答えはおかしくない。

 アベルは、下から(のぞ)き込むようにして、男の顔をよく見ようとした。
 フードの(かげ)の中で、引き()(ほお)と、震える(くちびる)が見えた気がした。その頬に(にじ)む、一筋の血も。そして確信した。

 この人の顔も声も、やっぱり酔ってなんかない・・・! 

 一方、ヴォルトは恐る恐る話を続ける。
 「彼らと・・・いうのは?」

 と、その時。
 男はまた(うめ)き声を上げたかと思うと、がくんと(ひざ)を折った。

 「待って、ヴォルト・・・この人・・・。」

 アベルは男の体を支え、彼の外套(がいとう)をそっと開いてみる。
 すると、右の横腹あたりに、赤黒いシミが見えた。
 そこから、矢羽が生えている・・・!

 「怪我(けが)をしてる・・・!」

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。王アレンディルの弟でありながら、正体を隠して訓練中の見習い兵士。難病の治療で1歳から15歳頃まで神秘の山にいたため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。アベルの親友。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強していた薬剤師。現在は正規軍の軍医になる勉強中。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した。さすらい戦士をやめて実家のカルヴァン城へ戻り、現在は若い騎兵隊の隊長を務めている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする少女。アベルのことが好き。

アレンディル。アベルの兄。ウィンダー王国の若き王。父ラトゥータスの遺志を受け継ぎ、争いの無い時代を強く望んでいる心優しい君主。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵を務めた英雄騎士。父のあとを継いでラクシア市の領主となり、カルヴァン城の城主となった。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官を務め続けている美貌の三十代。

エドリック。ベレスフォード家の三男。王アレンディルの近衛兵。

アルヴェン。イスタリア城主の息子で跡取り。レイサーの友人。

イルーシャ。バラロワ王国(敵国)の王女。野心に燃えている父とは違い、争いを嫌う穏やかな美姫。

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