2. 国境警備隊からの急使

文字数 2,482文字

 「アベルディン、なぜいつも、悪いことをしたように肩をすくめて会いに来る。もっと堂々としていれば良かろう。不審(ふしん)な姿は、かえって目立つのではないか。」
 王アレンディルは、(あき)れた笑みを浮かべて言った。

 金髪に、鼻筋のとおった細面(ほそおもて)、まつげの長い褐色(かっしょく)の瞳。兄上はとても美青年だ。弟の自分でもつい見惚(みと)れてしまう・・・と、アベルはいつも思う。自分も髪と目の色は同じで、似ていると周りから言われることもあるが、おこがましいというか、とんでもない!

 「僕は今、ただの見習い兵士として、ここで暮らしています。だから・・・。」
 「この宮殿の者は、もうほとんどがそなたの正体を知っているぞ。そなたが望むゆえ、普通に接してはいるがな。」

 「アベルリンおじちゃま!」

 まだとても幼い(おい)(めい)がよたよたと駆け寄ってくる。フィルディア王子と、フィリージア王女。この二人は双子だ。それに、父親似ではないが、幼いながらも美男美女だ。母親もとても綺麗な人だから。なので、髪はほんのり赤味がかった薄茶色、瞳は水色、そして、くっきりした二重瞼(ふたえまぶた)

 アベルは、初めて彼女と会った時のことを、よく覚えている。イスタリア城の中庭で、余命一年と宣告された病気の兄上を心配し、泣いていた。だけど今では王妃で、子宝にも恵まれ、幸せに暮らしている。

 兄上と彼女とは、体裁(ていさい)やしきたりや都合(つごう)ではなく、恋愛結婚で結ばれた。それがとても嬉しいと、彼女の父親であるイスタリア城主、エオリアス騎士は言っていた。彼は、先代王のもと近衛兵(このえへい)。当時は最強の騎士と(うた)われていたらしい。

 さて、アベルが人目を気にしながらも会いに来る相手は兄ではなく、この甥っ子と姪っ子。アベルはこの二人が可愛(かわい)くてたまらない。お兄ちゃん気分が味わえるから。ただし、二人はまだかたことでしかしゃべることができず、ほとんど会話はできない。

 「あのさ・・・僕の事、アベルって呼んでって言ったでしょ。それか、アベルお兄ちゃん。」

 幼なすぎる王子と王女は、可愛らしく首をかしげて、きょとん顔。

 アレンディルが声を上げて笑っている。
 「すまぬ、最初にゼルフィンがそう教えてしまったものだから。」

 ゼルフィンとは、アレンディルが子供の頃から彼に仕えている侍従(じじゅう)のこと。もう七十をとっくに超えた老僕(ろうぼく)である。

 「今、お昼休みなんだ。一緒にちょっと遊ぼう。」

 そこで気づいた。あれ? そういえば、子供たちの母親であるアリシア王妃がいない。
 それを気にしていると、ドア越しに気配がやってきた。しかしその歩き方は、彼女ではないとすぐに分かった。男の人だ。

 間もなく姿を現したのは、衛兵(えいへい)からの知らせを伝えにきた騎士だった。王都には、王様に直接仕えている騎士もたくさんいる。

 騎士は王に近づき、ひざまずいた。
 「陛下(へいか)、南の国境警備隊より急使が参っております。」

 これを聞いたアレンディルは、不可解そうに少し(まゆ)を動かした。今、妙な言葉が使われた。急使? 解決の報告であるはずだが、急ぎの使いを送ってきたその理由とは・・・。

 アレンディルがそう嫌な予感を覚えたのには、こんな経緯(いきさつ)があった。
 ある日。南の国境沿いに広がるアディロンの森の村人から、野蛮(やばん)な集団に襲われているという、助けを求める依頼(いらい)を受けた。それで解決に当たらせるため、国境警備隊を向かわせていたのである。

 幅の広い川に守られているため、ふだん国境警備隊は橋の内側に常駐しており、橋の向こうの森はほとんど未開の地で、その村は唯一、人が存在する場所。森もその村も、とても謎めいている。イアリクという村だ。

 するとやはり、取り次ぎ役のその騎士は不吉な報告を続けた。
 「ラルティス総司令官率いる部隊が、活動予定期間の一週間を過ぎてもまだ戻らないそうです。急使たちが基地を出発した時点で、すでに十日(とおか)たったと。」

 「一人もか。」
 アレンディルは、いよいよ眉をひそめた。 
 特に南の国境警備隊には、ラルティス総司令官を筆頭に強い戦士が多くいる。ならず者を相手に全滅ということは考えられないが。

 「はい。それで、新たに部隊を送っても良いかどうか、ご判断いただきたいとのことです。」

 異常事態だ。訓練された兵士ではない者たちを成敗(せいばい)するのに、新たな部隊? 残った国境警備隊の隊員たちも、これはただ事ではないと感じて使者を送ってきたのだろう。

 「では、緊急に会議が開けるよう手配してくれ。」

 騎士は指示をきくと、うやうやしく頭を下げて部屋を出た。

 ラルティス総司令官・・・川で(おぼ)れかけたところを助けてくれた人。
 名前が出てきた時、アベルの目にその過去がよみがえった。安心感を与えてくれる、(おだ)やかな笑顔と声が浮かび上がる。年齢だけを言えばおじさんに当たるかもしれないが、彼は、少し目尻(めじり)の下がった優しい青い瞳をしていて、実際の歳を全く感じさせない美貌(びぼう)の男性だった。その彼の身に危険が及んでいるということだろうか・・・。

 アベルとマクヴェイン騎士は、目を見合った。
 今のは、ある意味、悪い知らせだ。表情だけで、互いにそう思ったことが読み取れた。実際、そこへ向かった国境警備隊の彼らが、今どういう状況にあるのかは不明だが、思わぬ事態に(おちい)った可能性がある・・・と推測(すいそく)できる話だった。

 アベルは、心配で仕方が無くなった。
 「兄上・・・。」
 その声に応えて弟の目を見たアレンディルは、深刻(しんこく)な顔でうなずいた。
 「そなたの友人、レイサー隊長のご兄弟に、何か良くないことが起きているのかもしれぬ。すぐに調べさせよう。」

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。王アレンディルの弟でありながら、正体を隠して訓練中の見習い兵士。難病の治療で1歳から15歳頃まで神秘の山にいたため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。アベルの親友。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強していた薬剤師。現在は正規軍の軍医になる勉強中。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した。さすらい戦士をやめて実家のカルヴァン城へ戻り、現在は若い騎兵隊の隊長を務めている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする少女。アベルのことが好き。

アレンディル。アベルの兄。ウィンダー王国の若き王。父ラトゥータスの遺志を受け継ぎ、争いの無い時代を強く望んでいる心優しい君主。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵を務めた英雄騎士。父のあとを継いでラクシア市の領主となり、カルヴァン城の城主となった。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官を務め続けている美貌の三十代。

エドリック。ベレスフォード家の三男。王アレンディルの近衛兵。

アルヴェン。イスタリア城主の息子で跡取り。レイサーの友人。

イルーシャ。バラロワ王国(敵国)の王女。野心に燃えている父とは違い、争いを嫌う穏やかな美姫。

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