4. 撃たれた男の正体

文字数 1,950文字

 「これで、少なくとも、私に王を傷つけられるような力など無いことは、お分かりいただけたか。」

 男は、アベルに体重を(あず)けながらそう言った。アベルは今、男の左の脇の下から背中へ片腕を回して、正面(しょうめん)から引き起こすようにその体を支えている。

 事情はよく分からないが、狙われてるみたいだし、この人の言うことが本当なら王国の危機だ。僕なら人を介さないで兄上に会わせることができる。全くというわけにはいかないけど。

 アベルはそのまま振り向いて、肩越しにヴォルトを見た。
 「矢・・・抜かないと。」
 「いや、今はダメだ。いっきに失血すると思う。それに、(やじり)の形状によっては簡単に抜けないし、下手に(さわ)ったらひどくなるよ。」

 アベルは弓術(きゅうじゅつ)を得意とするが、弓矢に(くわ)しいわけではない。その点は、少し先輩のヴォルトの方がよく知っている。

 「でも、とにかく、この人を手当てしないと。ヴォルト、僕に任せてくれないか。」
 「どうするんだ?」
 「できるだけ密かに、この人が望むことをする。」
 「どうやって。」
 「あてがあるんだ。とにかく、ここをお願い。何とかごまかして。」
 「(うそ)だろ、交代が来たら何て言えばいいんだ。もし部隊長が見回りに来たら?」
 「僕は貧血でちょっと休んでるとか言っといて。」
 「どうせ、すぐにバレるよ! そしたら(しか)られるっ。」
 「責任は全部僕がとるよ。」

 アベルは、謎の彼に肩を貸しながら歩いて、馬がいる方へ向かった。自分の馬だ。傷ついた彼を馬の背に乗り上がらせる時には、ヴォルトも手を貸した。
 アベルは手綱(たづな)をほどいて、彼の後ろにまたがった。そして、静かに馬を歩かせながら城を目指した。
 それをヴォルトは、落ち着かない気持ちのまま見送った。

 「傷にひびく時は言ってください。馬を停めますから。」
 「ありがとう・・・なんとか耐えられそうだ・・・。」
 顔にあぶら汗を滲ませながら、男は弱々しく答えた。
 「あなたをまず、友人の軍医にみせます。それから知り合いに頼んで、直接、王のもとへ。」
 「知り合い・・・とは。」
 「王の近衛兵(このえへい)です。」
 「エドリック騎士と・・・マクヴェイン・・・騎士。」
 「エドリック騎士の方にお願いできると思います・・・あの・・・あなたは?」

 この人は今、二人の近衛兵の名を、即座(そくざ)にはっきりと口にした。つまり、軍の関係者でなければ、内部に詳しい者だ。そういえば、彼はさっき、アレンディル王は自分のことをよく知っているとも言い放った。

 「若い兵士さん・・・あなたこそ・・・誰。」

 アベルが、彼のことをただ者でないと感じているように、王の近衛兵を知り合いだと言い、ずいぶん容易(たやす)いことのように動いてくれる若い兵士は、彼にとってもまた謎である。

 それで、男が肩越しにしげしげと見つめていると、アベルはこう言った。
 「私はあなたを信じた。あなたのことは、ひとまず王に会わせるまでは、その二人のほかには誰にも言いません。それに、ほかの誰にも見られないようにします。もし、あなたも信じて正体(しょうたい)を教えてくれるなら、私も名乗ることができるかもしれない。」

 「私は・・・。」いくらか思案しながら、男は答えた。「私は、ベルニア国の統治者(とうちしゃ)・・・ムバラート様の・・・側近(そっきん)。いや、もと側近だ。」
 すぐに(かん)が働いた。
 「では、あなたがもつ情報とは・・・もしかして、侵略計画。」
 「まだ・・・口に出してはいけない。それで・・・あなたは。」

 「私はアベルディン。」

 もと側近は、絶句(ぜっく)したようだった。
 「殿下・・・。」
 「どうか、それも内緒で。」

 アベルは、城が建っている高台の(ふもと)に馬をとめた。そして、崩れるように馬から下りた負傷者をうまく受け止めてやり、支えながら歩いて、(しげ)みの陰になった場所にある、木の(みき)を背もたれにして座らせた。

 「ここで待っていてください。」

 男は力無く、かすかにうなずいた。

 アベルは城館を見上げた。灰褐色(はいかっしょく)の城は、ランプやかがり火に照らされて白く、夜空にいかめしく浮かび上がっている。それは段々に築かれていて、長い坂道やいくつもの階段をまとっている。城まではすぐのように見えるが、リマールのもとへたどり着くにはまだ遠い。

 「頑張ってください。できるだけ早く戻ってきますから。」

 そう声をかけて離れたアベルは、城館へと続く坂道を、馬を飛ばして上がって行った。


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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。王アレンディルの弟でありながら、正体を隠して訓練中の見習い兵士。難病の治療で1歳から15歳頃まで神秘の山にいたため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。アベルの親友。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強していた薬剤師。現在は正規軍の軍医になる勉強中。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した。さすらい戦士をやめて実家のカルヴァン城へ戻り、現在は若い騎兵隊の隊長を務めている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする少女。アベルのことが好き。

アレンディル。アベルの兄。ウィンダー王国の若き王。父ラトゥータスの遺志を受け継ぎ、争いの無い時代を強く望んでいる心優しい君主。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵を務めた英雄騎士。父のあとを継いでラクシア市の領主となり、カルヴァン城の城主となった。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官を務め続けている美貌の三十代。

エドリック。ベレスフォード家の三男。王アレンディルの近衛兵。

アルヴェン。イスタリア城主の息子で跡取り。レイサーの友人。

イルーシャ。バラロワ王国(敵国)の王女。野心に燃えている父とは違い、争いを嫌う穏やかな美姫。

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