回収のバイト 昭二のばあい

文字数 696文字

どうしてこんなところに置くのか。
昭二はほとほとあきれていた。
カートを回収する仕事はおそらく楽だろうと思っていたが、その想像の通り、それほど忙しくも大変でもない仕事であった。
ただ、ひとつ、しんどいと感じることがあった。それは、役に立っているとは思えない、である。
回収しても回収しても、置いたそばから使われるので四方八方に飛び散っていく。おまけに前職とはあまりにもかけ離れているので、昭二としては少しプライドが傷ついてもいた。
娘は、雇ってくれるところがあるだけマシだと言うが、せっかく退職したならもう少し自分の好きなことをして過ごしたかった。だが家にいることをストレスに感じた妻から差し出された求人が、このスーパーのカート回収のバイトであった。
すれ違うパートやバイト、社員などと軽口を叩き挨拶を交わす。前職のころであれば、決してかかわることがなかったようなタイプの人間と話すようになり、それは日々の刺激となっていた。
汗をぬぐうと、視線の先に社員の山本がいた。人ごみの中でも頭一つ分高いので、目立っている。
「メシ食ってるのか」
と声をかけてしまうほど山本は細い。暑い日も寒い日もかわらず制服のジャンパーを着ている。
こんな日差しの強い日に倒れてしまうんじゃないかと思わず心配になるが、山本はさっさと車に乗り込んだ。
昭二は、大きな音を立てながら、何十台もカートを回収する。動きが蛇みたいだと見ていたのは初日だけで、今は人やモノにぶつからないよう、気を配りながら進んでいく。
グネグネと曲がりながら、だけどまっすぐ進んでいく。
入り口の前に立つ。ゆっくりと開いたドアから、エアコンで冷えた空気が流れだしてきた。
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