第5話ー杉本のばあいー

文字数 1,018文字

同じ時間帯に入っている、アルバイトの吉岡が「今日、お客さんが少ないといいね」なんて言ったせいで、しばらく大勢の客がレジに行列を作った。
明るく接客上手な吉岡と、ありがとうございましたが「っしたー」となってしまう杉本の二人だったところへ、帰るところだったマネージャーの下井がやってきて、なんとか列をさばいた。
もう21時も過ぎたところへ、かごいっぱいに品物を入れたお客さんがやってくる。スーツだったり、食事の帰りだったり、パジャマの人もいたりする。レジにも少し慣れてきたので、客の方を見ることができるようになってきた。
しばらくすると、客がまばらになり、もうほとんどいなくなった。
吉岡が「本当になっちゃった」と笑う。
「だから言ったじゃん」
「今日は結構来たよね」
帰りかけの下井が引き返してきたので、それなりに長い列だったのだろう。杉本にはどこまで客が並んだらヘルプが必要なのかなどは、まだわからない。
「おつかれ」
杉本のレジに、下井が商品を置く。コーヒーと小袋に入ったお菓子が数点。杉本がレジを通す。下井がカードで支払うと、「がんばったから」と小袋のお菓子をくれた。
「私のぶんももちろんありますよね?」
笑いながら手を差し出す吉岡に、下井が「しょーがないな」と笑って差し出す。吉岡は人懐っこい顔でお礼を言う。
二人で手を振り下井を見送ると、吉岡が杉本に「すぎもっちゃん」と話しかけた。
「すぎもっちゃん?」
あだ名で呼ばれたことがあまりない杉本は面食らい、想像以上にとがった声が出た。
「あ、ごめん。あだ名ダメ?」
「あんまり呼ばれ慣れてないから」
「そうなんだ」
杉本は高校生のころでもその高い身長と目つきの悪いせいで、あだ名で呼ばれたことなどなかったのだ。
しかし吉岡はずっとすぎもっちゃんと話しかけてきた。わざとなのか、ボケているのかわからない。吉岡は人の話を聞かないようで、杉本が返事をしなくてもずっと話していた。
「すぎもっちゃんて、今いくつ?」
「十九だよ」
「そーなんだ!まだ未成年なんだね」
「成人してるよ」
「そっか、お酒は強いの?どんなのが好き?」
「酒は二十歳にならないと飲めないけど」
そーなんだと言いながら、吉岡はさして気にせず、別の話題に移っていく。
こういう時に限って客は来ない。
吉岡の口癖をカウントしていく。今夜はおそらく吉岡の独演会となるだろう。口癖のカウントがいくつになったころに帰ることができるのか、それを考えただけでも気が遠くなるようだった。
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