第2話ー尾崎のばあいー

文字数 1,045文字

スーパーのパートは楽だ。
力仕事もそれほどないし、急に休むことになってもどうにかなる。客と接することもないので、黙々と商品を並べるだけである。
なにやら騒がしい笑い声の方を見やると、レジでバイトしている数名が尾崎の方へやってきた。いつも同じ時間にあがる、パート仲間だ。
彼女たちと働いていると、楽しいことも多い。意味のある会話をたくさんするわけではないけれど、仕事終わりに少し話す程度が尾崎にとってはちょうどいい気分転換である。
終わりの時間を過ぎてしまっていたので慌てて片付けの準備をしていると、バイトの大学生久松がやってきた。
人と目を合わせるのが苦手なようで、久松はこちらを見ない。なので説明を聞いているのかわらかない。今の若い子はみんなそうなのかと思うが、だったらどうだというのだ。説明を聞いてくれないと困るのだ。
尾崎は久松に挨拶をしてから、軽く引継ぎをする。といっても、煩雑なことはない。
消え入りそうな声で返事をした久松を残して、バックヤードへ入った。

更衣室からは笑い声が響いていた。尾崎がドアを開けると、おつかれと声をかけてくれたのは誰なのかわからないが、尾崎も返事をする。
これから買い物に行くという柴田は、いつも持っているエコバックを見せてきた。レジで働いているので、お得商品の情報をしっかりキャッチしている。誘われるが「私はいいかな」と断ると、オッケーとあっさりしたものだ。
この職場に来てわかったのは、自分の意見をもっていないと付き合いがうまくいかないということだ。他人に合わせていた尾崎に柴田は
「あわせるもの大切だけど、ちゃんと意見言わないと今後誘いづらいわよ」
といったのだ。
そのときは、とは言っても付き合いというものもあるじゃないかと思ったりもしたが、要はそのバランスがうまくない尾崎を気にした柴田がフォローしてくれたと知ったのは、しばらくたってからだった。
みんな同じタイミングで着替え終わるため、なんとなくいつも一緒に更衣室を出る。
ふと隣り合った柴田から明日のお得情報を聞いていると、前の集団と距離があいた。
そのとき小さな声で、今度お邪魔してもいい?と聞いてきた。
「もうすぐでしょ? 娘さんの命日」
10年も前に亡くなった娘だが、誰かに気にかけてもらえているようで、うれしかった。
「あいてる日、確認してみる」
パートの仲間たちがちりじりになって帰っていく。あっさりしたもので、付き合いやすい。
尾崎もみんなに手を振った。
柴田は笑いながら、エコバックを持ってスーパーの方へ歩いて行った。
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