佳代子のはなし 買い物

文字数 858文字

佳代子が車から降りると、じりじりとした日差しが首筋をとらえた。
ほんの少し日差しを浴びただけで体が熱を持つのが分かる。足早にスーパーへ駆け込むと、ひんやりとした空気が自動ドアから流れてきた。
熱中症のニュースにいまいち共感できないのは、涼しい部屋を捨て外へ行くのか、よくわからないからだ。
カートにかごを乗せる。野菜、果物、魚、肉と色とりどりの中から、何を選ぶのか。主婦歴20年もたてば、あまり迷うことはない。それは新しいものに手を出さないということでもあるし、目新しい食材は、こんな田舎のスーパーには並ばないのだ。
いつもと同じ食材で、たまに買うお菓子は最近安いプライベートブランドに変えた。
ピアノ塾の月謝は据え置きでありがたいが、そのうちきっと値上がりするだろう。そうなると続けていけるのかどうかが怪しいところではある。辞めたくはないんだけどな。佳代子は値札とにらめっこをしていた。

支払いを済ませ、駐車場に向かっていると、見知った人影が目に入った。
向こうも気が付いたようで、何度も会釈をしている。
あの先生はいつも何におびえているのか、と佳代子は不思議に思っている。いつも自信がなさげで、ペコペコしている。ピアノを習っているとき、その不安そうな顔で教えられると、ちゃんとうまくいっているのかこちらも不安になって、ピアノが止まってしまうことがたまにあった。
うまくいくと、嬉しそうにほめてはくれるが、それが本心ではなさそうな、なんだかつかみどころがないような人である。
しかし、彼女がやっているピアノ塾は、月謝が安いのである。それ一点のみでピアノ塾を選んだ佳代子にとって、先生の性格は取るに足らないことであった。
先生は、ペコペコとしながらスーパーへ向かう。佳代子に気を取られすぎで、途中車にぶつかりそうになりながら、ペコペコしながらスーパーの入り口に吸い込まれていった。
そういえば、今日の練習まだしてないな。
車のエンジンをかけながら、佳代子は譜面を思い出す。あそこのスラーがうまくいかないのよ。ハンドルに手をかけ、家路についた。
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