第6話ー下井のばあいー

文字数 1,293文字

帰ろうとしたときに、ずいぶん混雑しているレジを見て手伝いに入った。
まだ慣れていない杉本のレジに入り、少しでも客が早くさばけるようにした。
一時的に大勢の客が来ることはよくあることだ。アルバイトの吉岡と杉本が客の多さに愚痴を言い合っているが、愚痴を言い合う時間があるほどの客の数である。
レジを離れ、着替えをする。今日はパートナーがご飯を作ってくれるので、デザートを買う。
杉本のレジに並び、「今日は頑張ったから」と小袋のチョコレート菓子を渡すと、吉岡が「私のぶんもありますよね?」と笑いながら聞いてきた。「もちろん」と渡すと、大仰に喜んだ。
車に乗って帰路につく。自宅まで30分ほどかかるが、仕事とプライベートを切り分けるにはちょうどよい時間だ。好きな曲をかけると自然と鼻歌が出る。指でリズムを取り、楽しくなったところで自宅に着いた。

玄関を開けると、良いにおいが流れ込んできた。
今日は揚げ物?声をかけると、てんぷらだと帰ってきた。
「やったー。今日食べたかった」
手を洗い、自室で着替える。リビングに入ると、食事の用意はほとんど終わっているようだ。
「おいしそう」
思わず声が出る。
「でっしょ。揚げたてだよ」
彼女の宮崎は笑いながら、「前みたいにたくさん食べられないから、せめて揚げたてをおいしく食べよう」と言った。

天ぷらを味わい、下井が買ってきたデザートを並べる。
小さなカッププリンだ。味が濃いのでひとつで満足できると、今は二人のお気に入りなのである。
「最近、下腹の肉が取れなくて」
「わかる。やっぱり運動しないとダメかな」
デザート食べてる場合じゃないよねと笑いあう。
「散歩がいいんじゃない。タダだし」と下井がなんとなく言ったせいで、
「これから食後は散歩しよう!」
と宮崎が張り切りだした。
運動が嫌いな下井としては、なんとかやらない方向へもっていきたかったが、行動力が高くなんでも挑戦する宮崎は、今日はもう散歩に行く気になっている。
宮崎一人で行くことを提案したが、防犯を理由に下井も同行することになってしまった。
こういうときの宮崎は、三日で飽きることもあるが、ごくたまに習慣化することもある。
やせたいが運動したくない下井としては面倒だが、30分も歩けば帰ってくるのだ。ここで言い合いをして30分たってから散歩に行くよりはよっぽどよさそうである。一度やってみて嫌なら無理強いする宮崎でもない。

食器を片付けて散歩の用意をする。
玄関を出ると涼しい風が吹いていた。

しばらく歩くと、何人かとすれ違う。高校生、スーツを着た女性、犬の散歩をしている人、赤ちゃん連れ。
「わ、みてみて!」
宮崎が袖を引っ張るのでそっちを見ると、リードをつけた猫を連れた飼い主がいた。
猫は頭を低くして、道のにおいをかいでいる。飼い主は全く動かない猫に合わせ、じっとしている。
「猫って散歩するんだ」
知らなかったねと言う宮崎が、下井を見た。
知らないことを知っていくこと。それを素直に楽しいと思えることが散歩だと起こるようだ。
「また明日も行く?」
下井が聞くと、
「当たり前じゃん」
と宮崎が笑った。三日坊主になるのはもう少し先になりそうだと下井は笑った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み